■第61話 ダイスケの言葉
それは、その日の部活がはじまる直前のことだった。
ゆっくりと後方から近付いたダイスケが、アサヒに声を掛ける。
『部長。 今日の帰り、ちょっと時間つくってもらえませんか?』
そう言うダイスケの目の奥は睨むように鋭く、一瞬アサヒは身が竦む思いが
したが小さく笑顔を作って頷いた。
丁寧に小さく頭を下げると、部室を出てグラウンドへ向かってゆくダイスケの
痩せた背中をアサヒは黙って見ていた。
ダイスケの言いたいことは大体分かっていた。
アサヒ自身、なんとかしたい、なんとかしなければならない問題だと誰よりも
思っている事なのだから。
モヤモヤとしたものを拭いきれず、終始その日の部活はどこか上の空だった。
部活終わり、アキに事情を説明するも、なにか勘付いているのか中々首を
縦に振らない。
『私がいちゃ出来ない話なの?』 と執拗に詰め寄るも、冷静なダイスケに
ぴしゃりと説き伏せられ、不満顔を向けアキは渋々ひとりで帰って行った。
もうひと気も少ない体育館にアサヒとダイスケ、ふたり。
磨き上げられた床にバレーボールコートの白線や、バスケのシュートの
黄ラインが浮かぶ。
壁に背をもたれて立つと、それはひんやりとジャージ越しでも冷たさが伝わる。
暫く黙っていたダイスケ。まっすぐ前を見すがめている。
アサヒとふたりになった途端その横顔は怒りを露わにしているのが一目瞭然だ。
言いたいことは山ほどあるが、何から話していいものか考えあぐねていたダイスケ。
『モチヅキの言いたいことは分かってる・・・。』
アサヒが先に切り出した。
松葉杖の、まだ歩行すらままならない足元に目を落としたままで。
杖の先で体育館床を無意識に擦った。
『・・・分かってたらなんで今こうなってるんですか。』
ダイスケが低く呟いた。
『どうするつもりなんですか?
ナツも、アキも・・・ 今、ふたり共、あんなツラい状況で・・・
その状況を作ってるのは部長じゃないですか!』
『・・・分かってる。』
絞り出すように一言呟いたアサヒに、ダイスケが畳み掛ける。
『分かってるって、なにが・・・
あいつが・・・ナツが、ピアノ辞めた理由とかわかりますか?
ちゃんと真剣に勉強しない理由わかりますか?
本気でおばけは怖がるし、辛いカレーは全然ダメだし・・・
でも自分が苦手だって言うとまわりが気を遣うから、
ナツは絶対言わないんです。
ナツは、そうゆう奴なんです。
先輩が入院した時だって、
絶対しんみりしないように笑わせようって率先して・・・
自分を押し殺すんです。 我慢するんです。
特にアキに対しては・・・
まわりが見ててツラくなるくらい、アキを優先するんです。』
ダイスケがアサヒを睨みながら、息荒くまくし立てる。
いつも冷静で落ち着き払ったダイスケのこんな顔を見るのは初めてだった。
『でも、僕。 こないだ・・・
アキを泣かせても諦めたくないものはないのか訊いたんです。
そしたら、ナツ・・・
・・・すっごい哀しそうな、泣きそうな顔、してた・・・
どうせ、あのふたりの区別もつかないくせに・・・
ナツのこと、ちゃんと見せあげられないくせに・・・
ナツを、これ以上哀しませないで下さい!
アイツ、絶対、人前では泣かないんです。 無理して笑うんです。
泣きそうな顔すら滅多に見せない・・・
泣くときは必ずひとりで、どっか秘密の場所に行って、
一人ぼっちで泣くんです。
僕にも、僕にすら・・・ その場所は・・・教えてくれない・・・。』
俯いてダイスケの言葉を受け止めていたアサヒが、瞬時に顔を上げた。
(秘密の場所・・・?)
アサヒの頭の中を、色々な想いが駆け巡る。
途中からアキに感じていた言葉では明確に言い表せない違和感。
記憶の糸を手繰りあの雨の日を思い起こす。
あれは・・・ 我慢しきれず溢れた、大粒の涙・・・?
満開の紫陽花を見つめる、横顔
愛おしそうにカタツムリの殻をつついた、微笑み
(・・・アイツ・・・だった、のか・・・?)
腕から力が抜け、アサヒの手から松葉杖がスルリ床に落ちた。
アルミ合金が床にぶつかった耳障りな音が、体育館に木霊する。
そのまま壁に背をつけズリズリとしゃがみ込むと、背を丸めて両腕で頭を
抱え込んだアサヒ。
その顔は苦しげに歪み、行き場のない遣り切れなさに握り締めた拳は体育館の
床を思い切り叩きつけジリジリと赤くなっていた。




