■第58話 編み紐の感触
アサヒの病院を後にしたアキが、表情を強張らせて自宅へ戻った。
玄関を上がりリビングに進むと、ソファーにもたれかかってテレビを
見ているナツの姿。
テレビの中のお笑い番組から流れる笑い声に、ケラケラと愉しそうな
ナツの笑い声がシンクロする。
『ぁ、おかえり~。』 一瞬アキに目をやって、またテレビに戻ったナツ。
そして、もう一度アキを見た。
『なんかあった・・・?』
ナツがだらしなくソファーにもたれる体勢から、姿勢を正しアキの方へ
向き直る。
アキの落ち込んでいるような元気がない顔は、すぐ分かる。
『だいじょうぶ。』 と小さく呟くその声色だって、大丈夫じゃない時のそれで。
ナツが立ち上がり、アキの傍へ駆け寄った。
華奢な肩に手を置き、アキの顔を覗き込むように再度声を掛ける。
『・・・アキ・・・?』
すると、アキが口許に弱々しく笑みを作り、肩に置かれたナツの手を
そっとほどいた。
その時、ナツの手首を掴んだアキの細い指先に編み紐の感触。
その手首を掴んだまま、それに目線を向けたアキ。
ナツの日焼けした右手首には、結わえられた2本のミサンガが・・・
(1本じゃなかったっけ・・・?)
なぜかアキは、それから目を離せなかった。
つい最近まで1本だったのが、急に2本になった理由を考えていた。
”願い ”が1つから2つになった理由を。
”願い ”は、ひとり分から、叶えられない誰かもうひとりの分が
増えた理由を・・・
(先輩、の・・・・・・。)
自分の白く細い手首にそっと佇むブレスレットに目を落とした。
それは、アサヒからホワイトデーにプレゼントされたもので。
”彼女 ”のアキが貰った、眩いほどに輝いていたはずの、それ。
ナツは、”アサヒの ”ミサンガを身に着けている。
アキがなにか借りたいと頼んだ時には断られた、”アサヒの ”ものを。
『ウチのクラス。 数学の宿題、すごい出されちゃったの・・・
集中して終わらせたいから、しばらくひとりで部屋使っていい?』
心配そうに覗き込むナツに、アキが微笑みを作って言う。
『いいけど。』 コクリ頷くと、ナツはまだ不安気な目を向けていたが
『だいじょうぶだってば~』 とアキはナツの肩をトントンと優しく叩いた。
アキが踵を返し2階の部屋に駆け上がってゆく。
大きな音を立てて階段を駆け上がると、後ろ手にドアを乱暴に閉めた。
そして、その場にしゃがみ込んで泣き崩れた。
津波のように襲って来る不安。
焦燥感が喉元までつのり、息苦しささえ憶える。
胸にこみ上げる仄暗いものに、白い手首に巻くブレスレットでさえ光を
失って見えた。
悲鳴のような泣き声が上がりそうな口許を両手で覆い、アキは泣きじゃくった。




