■第51話 電話
『ぁ、アサヒ先輩っ??』
その声はいつにも増して落ち着きなく、少し声が裏返ってアサヒの耳に届いた。
陸上部員全員で連絡網用として教え合った電話番号だが、実際アサヒから
電話が来たこともナツから掛けたことも、今まで一度も無かったのだ。
『どーしたんですかっ?!』 なにかあったのかとナツの心臓は不安に
跳ね上がる。
膝の具合が芳しくないのか、なにか緊急で必要な物でもあるのか、
狭い自室でひとりウロウロと同じ場所を歩き回る。
『いや、あの・・・。 えーぇと・・・部活。
・・・そう、部活の様子が、さ・・・ 気になって。
どう? みんなちゃんとやってんのかー・・・?』
声が聴きたくて電話したなんて言える訳がない。
病院待合席でひとり俯いて、手持無沙汰に前髪を軽く引っ張った。
ケータイをあてた左耳が、ジリジリとまるで燃えるように熱い。
『え? ・・・あぁ、部活ですか?
みんなちゃんとやってますよ。 副部長が頑張ってます。
あと、珍しく顧問がちゃんと顔だしてます。』
自分がいなくてもどうにかなるという事実に、勝手だがやはりどこか
寂しくなるアサヒ。
すると、ナツが即座に続ける。
『でも・・・ やっぱ、みんな寂しがってます・・・
ズッコケ部長がいてくんないと。 ダメです、みんな・・・。』
『ズッコケゆうな!おい。』 互いの笑い声がケータイを通しやわらかく
くぐもって響く。
ナツのやさしさが否応なくアサヒの胸に届く。
『お前は? どう、最近・・・。』 どこか遠慮がちにさぐると、
『あー・・・ まぁ、ボチボチです・・。』 ナツは必死に頑張っていることは
決して言わない。
『まぁ、あんま無理して走り込みすぎんなよー・・・。』
ナツの懸命に走る姿を思い、目を細めるアサヒ。
直接顔を見れないのが歯がゆくて切ない。
電話を通しての声では、なにをどうしたって物足りない。
『デスねー。 どっかの誰かみたいにズッコケたら大変っスもんねー?』
『ちょ!お前なっ!!』 思いっきり笑った。
アサヒの笑い声が静まり返った病院廊下に響く。
ナツもまた、自室の窓際に立ち、アサヒが今ケータイを握る病院の方向を
見つめて笑った。
『あのさ・・・ リハビリ始まったんだ。』
『おぉ!遂にですかー・・・ 今まで退屈だったでしょ~?』
すると、アサヒが少し口ごもりながら小さく言った。
『おぃ。 薄情者~ぉ・・・
たまには、見舞いぐらい来い・・・。』
言ってしまって、途端に照れくさくて真っ赤になり俯いたアサヒ。
言われて、せわしくなく瞬きをするナツもまた真っ赤で。
ケータイを切ったアサヒの微かに震えた手から、松葉杖が冷たい床に
滑り落ちて音を立てた。




