■第34話 冬がきた
アキはあまりアサヒとのことをナツに話さなくなっていった。
ナツも積極的には聞きたい話ではない。
互い、”その事 ”だけ意識的に避け、それ以外は今まで通りの仲良のよい
姉妹だった。
雪がちらつく季節がやってきて、ナツ達が住む街もほんのり灰色の雪景色に
包まれた。
コートの襟元にグルグル巻きにする長い毛糸のマフラー。
マフラーの端にはフリンジ代わりにボンボンが付き、ゆらゆら揺れている。
小走りで駆ける上下のリズムに、肩から落ちるそれを片手で押さえながら
ナツは冬朝も学校へ向けて白い息をはずませていた。
アキとダイスケは、ふたり。変わらずのんびりと徒歩で通学していた。
アスファルトをうっすらと白く覆う雪を、アキのファー付きのブーツと、
ダイスケのエンジニアブーツがやさしく踏みしめ進む。
『もうすぐバレンタインだねー・・・』
アキが静かに口を開いた。
その発する言葉に合わせ白い息が流れる。
『あぁ・・・そうだね。』
あまりそういうイベントごとには興味がないダイスケ。
アキに言われるまで、あと半月でバレンタインだという事も忘れていた。
『フジエダ先輩に手作りするの?』 まっすぐ向き、歩みを進めたまま訊く。
アキは頬を緩めて『作るよぉ~』と微笑んだ。
すると、
『ナツは・・・ どうするんだろうね?』
アキが少し遠慮がちに、言葉を詰まらせながら呟く。
歩む歩幅が少しだけ小さくなり、ダイスケのそれと距離があいた。
『どうって?』 ダイスケが振り返ってアキに目線を向け質問の意図を探った。
ナツも、毎年簡単な ”感謝チョコ ”を作っては、まわりに配っていた。
『日頃のご愛顧に感謝して。』とブツブツ言いながらちょっと照れくさそうに。
ダイスケもそれを子供のころから貰っている。
今年だけ作らないなんて事はない気がしていた。
『友達とか、陸上部のメンバーとかに渡すんじゃないの?
ほら、ナツって。男子だけじゃなく、女子にも配るじゃん。
いつも・・・。』
『陸上部・・・。』 微かに聞き取れるかどうかぐらいの声色で呟き、
アキが目を伏せた。
冬季の陸上部はさすがに雪道をダッシュするのは危険なので、
室内でのトレーニングや廊下の走り込みが主なメニューとなる。
アキはアサヒの部活が終わるまで邪魔にならない廊下の端で待って、
毎日一緒に帰っていた。
アサヒが図書委員の当番がある木曜日は、一緒に図書室にこもった。
とある部活終わりの帰り道。
アサヒが言いにくそうに少し口ごもりながら、ずっと気になっていた
ことを口にする。
アキの機嫌を損ねないよう細心の注意を払って、言葉を選んで。
『あのさ・・・ 毎日待っててくれなくてもいいよ?
オノデラさんも、友達と遊びたい時とか・・・あるだろ?
ほら、俺も。 ・・・たまには部員との付き合い、ってゆーか・・・
そうゆーのも、あるし・・・
一応、先輩だから後輩の面倒とか、さ・・・。』
その言葉に、アキの顔がみるみる曇る。
口をぎゅっとつぐみ、目を伏せて。 ぽろぽろと涙が落ちて頬を伝ってゆく。
『ぁ・・・ ごめん。そうじゃなくて・・・』 慌てて機嫌をとるアサヒ。
泣かれてしまうのが一番弱い。途端にオロオロして居心地の悪さを感じる。
すると、アキが顔を上げ、潤んだ赤い目元でアサヒをまっすぐ見つめた。
まるでそれは訴えるような、責めるような視線で。
『私より、陸上部の人たちが大事ってことですか・・・?』
そう言うと、また涙が溢れる。
毛糸の手袋をした両手で顔を覆うと、通学路の真ん中でしゃがみ込んで
泣き出したアキ。
部活終わりの生徒が通学路を通ってゆき、ふたりの姿を好奇心の目で眺める。
『そうじゃないよ・・・。』 慌ててアキの横に屈み、コートの両腕を掴んで
立たせようと力をいれる。
立ち上がった瞬間、アキの全体重がかかりバランスを崩してグラウンドの
フェンスに背中をついてよろけたアサヒ。 腕の中には泣きじゃくるアキが。
『ヤだぁ・・・。』 泣きながらアキがアサヒの胸に顔をうずめ、抱き付いた。
『ん・・・。』
アサヒがアキの小さな背中を子供をあやすようにトントンと叩いた。
首を反らせて鈍色の冬空を見上げたアサヒ。
弱りきったその顔。 小さな白い溜息が無意識のうちに漏れていた。




