■第14話 雨の帰り際
翌日も、雨はグラウンドに幾つもの水溜りをつくった。
放課後。
図書委員の当番だったアサヒは、静まり返った図書室で貸出カウンター席に
突っ伏し退屈な時間をやり過ごしていた。
(なーんで俺が図書委員かなぁ・・・ 対極だろー・・・。)
黙って座っているのも退屈で、ウロウロと本棚の通路を歩いてみる。
静寂に包まれる図書室内には当番の他、机に向かって読書をする姿が
チラホラと。
スポーツ関連の書籍の棚の前に立ち一冊取り出して開いてみるが、
全く活字が頭に入らない。
『やっぱダメだ・・・。』 ひとりごちで、それを棚に戻そうとしたその時。
一冊取り出した本棚の隙間向こうに、ふんわり長い髪が揺れるアキの姿が。
図書室の重い扉から小さく顔を出し、キョロキョロとなにか探しているようで。
(なにやってんだ・・・?)
その隙間から不思議そうに首を傾げ、そのままアキの様子を眺めていた。
すると、貸出カウンターに座るもう一人の当番になにか訊ねた後、
本棚の方へ進む。
それは本を探しているような、本棚の間に誰かを探しているような感じで。
思わず、アキから見えない角度の位置に隠れたアサヒ。
まるで隠れんぼしてるみたいで、なんだか愉しくなった。
小さい小さい声で、
『オーノ デーラ さんっ』
何処かから聞こえた呼び掛ける声に、アキが立ち止まりキョロキョロと辺りを
見回している。
その姿がなんとも面白くて、再度呼び掛けてみた。
『オーーノ デーーラ さんっ』
すると、アキは少し困った顔をして口を尖らせ、
『フ、フジエダせんぱーい・・・?』
小声で呼び返す。
(あれ・・・ 声だけで分かんだ・・・?)
丁度アサヒが身を潜める棚のすぐ向こう側にいるアキを驚かそうと
静かに静かに厚目の本を抜き取り、そこに突っ込んで手を伸ばすと、
背中を向けているアキの肩を後ろから、ぽん。と叩いた。
『きゃあああ!!』
図書室内に、静寂をつんざくような悲鳴が響く。
瞬時にざわざわと、どよめく室内。
アサヒが慌てて本棚の隙間から腕を引き抜き、その場にしゃがみ込んでしまったアキに駆け寄る。
『すんませーん。なんでもないでーす!』 アサヒが誰にというでもなく声を
掛けアキの横にしゃがみ込み、顔の前で両手をあわせて『わりぃわりぃ。』
と笑いながら謝った。
突然のアサヒの登場にアキは驚き、怒ったように呆れたように目をすがめる。
そして、少しだけ目を伏せると、頬をほんのり高揚させ、その口許はやわらかく
微笑んだ。
そんなアキを、なにも言えずにアサヒは見ていた。
図書室閉館の時間になり、アサヒとアキ、一緒にそこを後にする。
今日も雨でグラウンドが使えない為、アサヒはこの後は部活に出る必要も
なかった。
なんとなくアキと揃って靴箱へ向かい、2年のアサヒは中央の列。
1年のアキは右端の列で外履きに履き替え昇降口でまたふたり顔を見合わせる。
”一緒に帰る約束 ”はしていないし、”一緒に帰ろう ”と言った訳でも
言われた訳でもない。
互いに感じた微妙な空気感に、アキがビニール傘をさして
『じゃぁ・・・。』 と、昇降口の段差を下り、ひとり歩き出した。
『ぁ・・・。』 言い掛け、でも二の句を継ぐことが出来ずにいたアサヒに、
アキが小さく振り返る。
ビニール傘の柄を肩に乗せて。
透明な傘についた雫に、傘越しのその表情は少し滲んでぼやけて。
雨音は、透明の傘にスタッカートを付けて弾かれる。
あの、雨の日のように・・・
思わず、アサヒが口を開いた。
『オノデラさんちって、あじさい寺に近かったよな・・・?』
どこかで会ったことがあるような、ぼんやりした記憶。
ただ、黙って紫陽花色の涙を見つめていた、あの去年の6月の雨の日が
鮮やかに甦った。




