ストップワールド
この度行われた第11回MF文庫Jの一次審査も通らなかった作品です。
作者もなんか書いてて『やらかした』と、ずっとおもって書いてました。でも、取り敢えず書こう! その精神で何とか最期の行まで書ききりました。(人生初長編)もしよかったら読んでやって下さい!
面白い話をしてあげよう……。そう言って全知全能の神は分厚い本を開いた──
プロローグ~全ての始まり~
あるところに、一人の女の子がいました。彼女は暗い自分の世界に閉じこもっていました。
あるところに、一人の男性がいました。彼は可もなく不可もない生活を送っていましたが、ある世界に憧れていました
あるところに、一人の少女がいました。彼女はお家を守るため、自分を見失い、いつまでもいつまでも停滞していました。
あるところに一人の少年がいました。彼は、こんな世界なんて壊れてしまえと強く、強く願いました。
あると…………
第一章~送還~
「わいわい……がやがや……」
人が騒ぎ立てて居る。
空気はふわふわ、ぽわぽわしている。
そんな修学旅行へ行くバスの中で、一人の少年が呟いた。
「黙れよ。うっさい」
その声はとても小さく、隣でぼんやりと窓の外を見ていた、もうひとりの少年が、ちらりと呟いた少年の方をみただけだったが、何故か心配そうな顔をして
「俊? なんか言った?」
と、聞いた。それに少年──九重 俊が本心からどうでも良い事のように、
「あ? いや、なんでもない」
と、返事をした。
その解答に満足したのか、もう一人の少年──水野 秀樹は、ぼんやりと窓の外を再び眺めはじめた。秀樹が窓の外を見始めたのを確認すると、俊は浅い眠りについた。
俊が目をさましたとき、沖縄へと向かうフェリー乗り場に、ちょうど着いたタイミングだった。こんな良いタイミングで起きられたのも、
「ねえねえ! 俊!! 起きなよ!」だの、「着いたよ! 着いたよ!」だの隣で騒いでいる奴が居たからで、そのうるさい奴とは紛れもなく、秀樹だった。
そんな声に起こされた俊は
「うっせーなー。もう。おら、行くぞ」
と、まるで秀樹が遅れているかのような口ぶりで、速くバスから降りるように催促した。
「もう、なんだよ。せっかく起こしてやったのに……」
そうぼやいたが、当の本人である俊には一切届いていないようだった。
「まあ、いっか」
そう呟き直すと、トットットと、俊の後に付いてバスを降りていった。
フェリー乗り場に着くと、
「お、今日も元気かな? 九重君?」
担任の冨田先生が急に話しかけてきた。
「ええ、まあ」
「それなら、いいね! では、船酔いには気をつけるんだよ」
「はい」
俊が返事をし終わると、向こうから何か叫びながら秀樹が駆けてきた。
「しゅーーーーんーーーー!! フェリーのチケ────
瞬間辺りの風景がブラックアウトした。
「ここは…………? どこだ…………? 俺は確か今さっきまでフェリー乗り場に居たはずだが……ここはどう見ても、海の近くではないな…………むしろ、都会の真ん中といった感じだが……」
目を覚ました俊は、暫く辺りを見回してみたが、周りはビル、ビル、ビル。どこがどうひっくり返っても、近くに海がありそうな雰囲気は無かった。
「ん? なんだこれ?」
尻のポケットになにやら違和感を覚えると、そっと手を伸ばしてみる。すると、そこにはクレジットカード大の端末が入っていた。その端末には、『新着メールあり』という文字が躍っており、俊はおそるおそるその表示に触れてみた。
表示に触れると、画面が端末から浮き上がりホロボードが現れた。俊は一瞬だけ驚きを見せたが、そのホロボードに書かれたメールの本文を読み始めた。
『初めまして。こんにちは。この世界を作った者、全知全能の神です。この世界で皆さんにやってもらいたいことは二つあります。
一つ目は、ストレス溜まりからポップするモンスターを狩ってもらいたい。
二つ目は、そのモンスターを狩りきって、この世界を終わらせてほしい。
こんな世界を作り、しかも皆さんを巻き込んでしまった事は、全神一同大変申し訳なく思っております。どうか、どうか…………』
「死なないで下さい。か…………」
最後だけはつい声に出して読んでしまった。というのも、不安にさいなまれながらも、どうしても現実のこととは思えないからで。そして、信じられないのに、なのに。心のどこかでこの状況を、この世界を受け入れ、わくわくしている自分が居たからだった。
「これからどうすっかな」
そんな事を思いながら、何かこの世界に関する情報を少しでも掴めないかと、端末を弄っていると『ストレージ』という表示を見つけた、その表示に触れると、メールの時と同じく、ホロボードが浮かび、
《アイテム》 《装備品一覧》
という文字が、表示された。よく分からないので、アイテムという方に触れると、唯一つ。
《蒼き刀─竜─》(あおきかたな りゅう)
という文字だけが現れたので、特に迷うこともなく、続けて触れると、目の前に一振りの蒼い日本刀が出現した。
「おわっ」
慌てて掴み取ると、ずしりと重みを感じるのに、重すぎない。塚の握り心地は、まるで、手に吸い付くようだった。その刀は、自分専用にオーダーメイドされたようだった。そっと抜刀すると、刀身は薄い青色で、とてもきれいな色をしていた。見ただけで如何にも切れ味が良さそうである。そっと刀を竜の彫刻が為された木製の鞘にしまうと、先ほどの手紙の文章──モンスターを倒し──の部分がふと、頭をよぎり、そのまま鞘を握ると、立ち上がった。
一度、端末を学ランの胸ポケットに仕舞うと、辺りの状況を探るために移動してみることにした。
暫く歩くと、保母さんのような出で立ちのおばさんを見つけた。
「あのう。すみません」
そう声を掛けると、おばさんはビクッをして、ゆっくりと振り向いてきた。
「ああ~良かった~人間だったわ~! ねえあんた、この世界一体何なの? 何か知らない?」
急に質問攻めにあった。初対面の人にもかかわらず、こんなにも話しかけてくるのは、元からそういう性格なのか、いきなり現れたこの世界に気が動転しているのか。それは分からなかったが、俊はこう答えた。
「すみません……。僕にもメールの事以外分からないんです。今は、少しでも情報を集めようと、人を捜していたところでして」
当たり障りの無い様に答える。それが今の精一杯だった。
「あら? そうなの? 刀を握っていたから、てっきり、何か知ってる人かと思ったのに。」
と言い、おばさんは残念そうにしている。その、残念そうな顔がある人と重なり、俊は、早く移動してこの女性と、顔と離れたいと思った。
「ではこれで……僕はまた、人を捜しに行きますよ」
そう言おうとした矢先、突如おばさんの背後に透明だが、しっかりと質量がありそうな。そんな靄が発生した。
「なんだ? これは?」
「え? 何?」
おばさんが振り向いた瞬間。その靄の中から、半径二〇mほどの大きな、黒い球体が姿を見せた。
その球体は完全に周りの靄が晴れると、真ん中に裂け目が出来、ギョロリと大きな目玉が現れた。その大きな目玉はしっかり、俊とおばさんを見据え、ゆっくりと移動してきた。
「逃げるぞ!」
吠える様にそう言うと、俊はおばさんの手を掴もうと自分の手を伸ばした。そのときに見てしまった──おばさんの顔を──その、恐怖におののいた顔を──その顔が又もある人と重なる──────……
……────────お母さんっ
その顔を見たら一瞬だが、思考が止まってしまった。止まった隙に一つ目のモンスター〈ワン・アイズ〉が迫ってくる。頭に浮かぶ顔を必死に振り消し、おばさんの手を掴んで走り出す。
おばさんはつんのめりそうになりながらも、後の手を握り、しっかり後を走ってくる。幸いここはビル群のメインストリート。ビルとビルの間に飛び込んでしまえば、細い路地が、迷路の様に繋がっていた。適当に選び、逃げ込むと、右に左に。と、路地を駆け抜けていく。
右、右、左、暫くまっすぐ……、次右、左…………。
一度止まり振り返ってみる。
「ああ……もう追って来てないな」
俊はそう呟くと、おばさんの手を離し、膝に手を置き、息を整えた。
「ありがとう。あ、自己紹介がまだだったね。菊井 髪菜といいます。以後お見知りおきを」
「あ、はい。宜しくお願いします。僕は九重 俊といいます。」
二人が自己紹介を終えたころだった。近くの路地からバキバキバキバキバキバキバキと、コンクリートやら、アルミサッシ、ガラスなど。路地を構成していたモノ達が壊されていく音がした。
「まさか。追って来たのか!? 逃げるぞ! 髪菜さんっ」
再び手を掴み、走り出すも、暫く行くと行き止まり。破壊音は刻一刻と近付いてくる。辺りを見回す。地面にマンホールはないか? 開けられそうなドアは…………ん? あの扉なら!
俊は左側にあったドアをにらみ、シャラン。と、抜刀。鞘を左手にもったまま、その刀身で、ドアを叩き割る。思った通り、扉は叩き割れ、新たな通路を作り出すことに成功した。刀のほうも刃こぼれしてないか、とても不安だったが、心配するまでもなく、初めと同様に、蒼く切れ味の良さそうな刀身を保っていた。
チャリッと、刀を鞘に戻すと、その新たな通路は飛び込んだ。中は厨房だった。音の大きさから、さっきよりも近付いてきている事が分かる。俊は入った瞬間、咄嗟に一番軽くて大きそうな器具を力強く、扉の前に押し倒した。
更に走る。厨房を抜け、店内を走り抜けると、先ほどのメインストリートに出た。
「髪菜さんは離れてて! 見つからない様なとこに居て!」
そう叫んだ。
「え? 何する気なの? あなた。……あなた! まさかアレと戦う気なの!? 駄目よ。止めておきなさいっ」
「いいや。食い止めるだけだよ。直ぐに追いつく。だから!」
辺りをぐるりと見渡す
「あっち! あっちの路地に入ってて!」
「本当に? 信じて……良いんだよね?」
「任せて! なるべく奥に居るんだよ!」
そう言うと俊はシャラァンと抜刀し、中段に構えた。
「もし、この世界のモンスターにもヘイト値というものが存在しているなら、一発、一発でいいからどこかに刃を当てることが出来たら……。できたら、髪菜さんからあいつを離すことが出来る……」
と、ぶつぶつと呟き、少し前にやったゲームでの攻略法を思い出しながら、作戦を立てていた。
ガッシャーーーーン パリーーーーン
入り口のドアををぶち抜いてワン・アイズが道路へと踊り出てくる。俺の方へ来い。と、願ってみたが、その願い空しく、髪菜の方へと行ってしまう。
「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ」
吠えながらワン・アイズの下をスライディングで潜り抜けざまに、下部を切り裂く。
思いの外深い傷を負わせる事に成功し、ワン・アイズの注意が俊の方へ向く。それを確認すると、髪菜が居る方とは逆の方向へと、刀を鞘に戻しながら駆け出す。よっしゃ! ヘイト値あんじゃん! そう思うと一気に走った、一定の距離を置いて敵が近寄る。
暫く走っていると、敵の気配がどんどん遠ざかっていく。不審に思い振り返ってみると、目からビームを出そうとしていた。咄嗟に抜刀し、そのままの勢いで、鞘を路肩に投げ捨てる。
「嘘だろ!? 聞いてねぇぞそんなのよぉ!」
言いながら観察。まだ打ってこない。俊は避けるなんて考えず、敵に向かって走り寄る。走って行く最中、焦った敵が、短めのビームを打ってくる。
もう駄目か……。そう思ったが、たまたま顔の前に持ってきていた刀に当り、ビームが跳ね返る。
「ラッキー」
ニヤリと笑うと、俊は一気に駆け出す。
走る。走る。
敵の一歩手前で、思いっきり地を蹴る。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
振り上げた刀の切っ先が、敵のチャージしていたビームごと敵の目の中心を貫く。
突き刺した所からは血ではなく、始めに出てきた靄が噴出する。するとまるで風船が萎む様にワン・アイズは消えていった。
「あれ? はぁはぁ……。勝った……のか……?」
極度の緊張から解放され、鞘が落ちている路肩までずるずる這い寄り、座り直すと、気を失う様に眠ってしまった。
同時刻。別の場所
山伏風の中年男性がふと、振り向く。大して遠くない位置から、
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」
という声が聞こえてくる。どことなく聞き覚えのある声だな……と思い、声のする方へ行ってみると、制服を着た高校生が、一つ目のモンスターに走り寄っていった。
モンスターがビームをチャージし出す。
「あ、危ない! 避けろ!!」
と、叫ぼうとしたときだった。瞬時に辺りに広がるだろうと思う光景から目をそらしたが、特に悲鳴も聞こえてこないので、そっと目を向けると、モンスターの目に刀の切っ先がビームごと突き刺さり、眼球から勢いよく靄のようなモノを噴出させている光景だった。その光景がチクリと記憶をさす。「こんな光景……そうそう日常生活でお目にかかれるモノでも無いのに……。なんでこんなに既視感があるのだろう……」と思い、首をかしげていた。
少年は疲れたように道の端でくたりと眠ってしまった。
「ここは? 何処だ……? 俺は……そうか、眠ってしまっていたのか……ん? 誰か居るよな……」
俊が目を覚ますと、そこは一面真っ白の世界だった。
「ふふふ……やっと来たね……」
「おまえは……? 誰だ?」
「直ぐに分かるよ」
「ん? どういう事だ?」
「俺は、お前だし。お前も、俺さ……」
「は? 分けわかんねーよ!」
「君が分け分かってないのは、この世界の事じゃ無いのかな……?」
「え?」
「大丈夫。直ぐに全てを思い出せるから。」
当りにすぅぅぅぅぅぅぅう。と、景色が戻ってくる。
俊が目を覚ますと、見知らぬおじさんが立っていた。
「うわぁっ! 誰だよ! てめえ!」
後づさる。
「誰とは失礼な! 俺には岩山 田介という名があるのだ!」
「知らねーよ。お前の名前なんてっ! 俺にナニしようとしたんだ!?」
「なにって……気を失う様に眠り始めたお前さんを介抱してやってたんだぞ……少しは有り難がれよ」
「ああ、そうだったのか。有り難う。俺はてっきり物取りかなんかだと……」
「ひどいな。それで? お前なんてんだ?」
「俺は、九重 俊」
「そうか。で? 俊。さっきの戦いは誰かに指示してもらったのか?」
? 俊の頭には疑問符が大量に浮かんでいた。
「なんで?」
「いや? なんかな。だって、普通、一人じゃ考えつかないだろ。ビームごと貫くとか」
ああ。そういうことか……あれ? でも何で分かったんだろう……? またもや俊の頭には疑問符が浮かんでいた。
「いや、自分でも良く分かんないんだけどさ。何となく、あのモンスターが放っているビーム、チャージ中なら、特に加速している分けじゃないし、無害かな? って思ったんだよ」
そこで俊は、ハッ。と、髪菜さんを置き去りにしてきた事を思い出した。
「あっ! 岩山さん。悪い。人を待たせてるんだ! 行ってくるよ」
「え? お前以外にも人が居たのか。俺も着いて行って良いか?」
そういうと、肯定もしてないのに、何故か着いてきた。
「髪菜さーーーーん」
そう言って俊は手を振った。
「あっ! 帰って来た……敵は?」
「倒してきたよ!」
そう言って足下を見ると、小さな男の子が。
「ん? この子は?」
「さっき路地の奥で小さくなって隠れているのを見つけてさ……。置いてくのもアレかなって思って連れてきた」
「そうなんだ。で? その子どうするの?」
「ここなら、二人くらいがこそこそ隠れ住んでも大丈夫な場所がありそうだし、私、ここに残ってこの子の面倒を見ることにしたの。だからね、大丈夫よ。心配しないで。ねっ? 俊君こそ、これからどうするの?」
「髪菜さんは? 髪菜さんは大丈夫なの? それで。」
「うん! 私、元の世界では保母さんやってたくらいだからね? 一人くらいならどうにかなるわよ!」
「いや、そうじゃなくて……
続けようとした言葉は髪菜によって遮られる。
「大丈夫よ、大丈夫。それより君は? こんな所に残る分けじゃないんでしょ?」
「俺は……」
俺は一体どうしたいんだ? 元の世界でもしたいことのないままダラダラと過ごしてきたし、今更どうしたいなんてこともない。いっそ俺もここに残ろうかな……?
「九重は俺と旅に出ますよ。なに、心配しなくとも彼は強いです。しっかりやっていけますよ」
「え!? 岩山さん……。何言って……」
田介の言葉が上手く理解できず、俊の脳内はまたもや疑問符で一杯だった。
「まあ! そうだったの! ところであなたは……?」
「ああ。岩山 田介といいます。九重とはさっき出会ったばかりですが、とても強くてびっくりしてしまいましてね。彼とならこの世界に立ち向かえるかなって思いまして……」
「そういうことね! 俊君。頑張ってきなさい! おばさん応援するからっ」
「あ、ありがと……」
って。なんか決まってしまったぁぁぁぁぁあああ????もう俊にはどうすることも出来ないのだった。
整理しよう。俺はこいつと旅に出る。うん。はい。オッケー……? か? 俊は頭を抱えて、目を回していた。
「え? 本当に行くの? え? 本当に?」
「じゃ、行くか! 九重よ~」
「いってらっしゃーーーい!!」
田介は俊の言葉に、聞く耳を持たなかった。
そんなこんなで俊と田介の旅は始まったのだった。
無言で歩く二人。
「あ、あのさ……ありがと」
なんと先に口を開いたのは俊だった。
「ん? 何で礼なんか言うんだ?」
「いや……さ。俺、髪菜さんから離れたい、離れたいと思ってたんだよ。多分岩山さんが連れ出してくれなかったら、俺、あのまま髪菜さんのとこにずっと居たと思うんだ。」
そして、それは、あまりにも元の世界の自分と重なるんだ……。俊は心の中でそうそっと呟いた。
「あれ? そうだったのか? 俺はてっきり、お前は菊井さんの所に居たかったと思っていたのに」
「え? そうなのか? じゃあ、何で連れ出してくれたんだ?」
「う~ん? 何でだろうな?」
「え?」
「いや~さ。自分でもよく分からないのだけど、きっとお前と旅をしたら面白いんじゃないかな~? とか思ったんだよ」
田介は俊から目をそらしながら、少し恥ずかしそうにこういった。
「ふーん。そうか」
俊は一言発すると、スタスタスタスタ…………と、歩いて行ってしまった。
「おい九重! 置いてくなよ!!」
俊の背後にはそんな田介の声が空しく響いた。
「ここから先は、もう町ではないようだな」
田介の呟き通り、さっきまでの都会な景色から急に一転、すさまじく広い砂漠が現れた。
「そうみたいだな」
俊が素っ気なく答える。
「今日はもう日が落ちたし、町から出るのは明日にしようと思うが、どうだ?」
「ああ。それでいいよ。何処か、落ち着いて休める場所を探そう」
俊の返答に田介は頷き、来た道を少し戻ると、ちょうど良い小屋があったので、今日はそこで休むこととなった。
翌日
「さあ! 出発!」
「ああ」
田介の号令に俊がどうでも良さそうに応じる。
砂漠行がどんなにつらいモノかも知らずに………………
「あぢい………………」
「………………」
「………………」
砂漠に足を踏み入れてから早一週間が経とうとしていた。それなのに一向に次の町はおろか、人っ子一人出会わなかった。それよりも、水と食料が尽きようとしていた。
「なあ、九重、九重よ…………俺、死ぬかも……」
「いいか……らっ! 黙って……歩け…………よ……少し……少しの……喉のかわ……きが、命……と、り……」
尋常じゃない暑さと、終わりの見えない砂漠に、もう既に嫌気が差し始めていた。
「ああ…………」
「………………」
「………………」
こんな会話何度目か。おおよそ一〇〇回は超えていた。
そんなときだった。俊達の、目の前に靄が発生したのは。
「う、そ……だろ…………」
「お、おう…………」
がりがりに痩せたハイエナが現れた。敵意剥き出しで。
「なあ、九重? こいつ倒すのか?」
「ああ」
ハイエナの名はデザート・ハイエナという。特徴としては、とても獰猛で、肉食なこと。
「うわ……。ああああああああっ!! もう! さっさと倒すよ! 岩山さん!」
「おうよ!」
俊が刀を抜き、田介が引きずっていた戦斧を構える。
さて、どうやって倒すかな…………。俊はぐるっと辺りを見回すと、ため息をついた。
「な、何にもねえ…………」
見渡す限りの砂地だった。
う~~~~ん…………。まあ、それで良いか…………。と、俊は考えている。そんな事を考えている間、デザート・ハイエナは俊達の周りを歩き回っている。
「おい。九重? どうする? こいつ」
「待て……。策はあるっ」
ニヤリと笑った。
「おーーい! こっちだクソ犬」
挑発に食いついて、ハイエナが飛び込んでくる。
それを俊は横飛びで避ける。
ハイエナが飛んだ先へと、更に追ってくる。
二回目に回避する際、俊は砂を、デザート・ハイエナの目を狙って投げた。
「きゃうん」
避けようとして、デザート・ハイエナが後ろ足立ちになる。
「今だ!! 田介!」
「任せろ! 俊!!」
後ろ足立ちになったデザート・ハイエナの背中に、思いっきり戦斧を叩きつける。敵は真っ二つになり、傷口から大量にストレスを吹き出し、消えて行った。
「やったぜ!」
「おう!!」
喜び合う二人。ガッツポーズを決める俊。
「あ、そういえば。戦闘中に下の名前で呼んじゃってさ……。もし、馴れ馴れしいとか、そういうの嫌だったら言ってくれ……よ?」
「ん? 全く不快なことは無いぞ? 寧ろ、嬉しかったくらいだ。なんかさ、下の名前で呼ぶのって、良い意味で、馴れ馴れしいだろ? 俺はそっちの方が、仲間って感じがするけどな」
「そっか……。なら良かった」
どこかほっとしたような様子を、俊はのぞかせた。
「というか、俺もお前の事ちゃっかり下の名前で呼んだしな」
「あれ? そうだっけ?」
「おう。嫌か?」
「いや? 全然?」
「そうか。ならまあ、ここからもまた宜しくな! 俊!」
「おう! 田介!」
二人が再び歩き出した時には、既に日が傾き始めていた。
そんな日から、三日後
「およ? で、田介! 見ろ! 町だ!!!!」
「え? おお!!! 町だぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ」
二人で思いっきり砂を踏みしめて走り出す。
「着いた~~~~~~~~~~~~~~~!!」
「まず、何か飲もう!」
二人の声は嬉しそうではあったし、本人たちも精一杯張ってはいたが、何分、喉が乾いているのだろう。とても嗄れていた。
ウエスト・タウンと呼ばれるその町は、さながら西部劇にでも出てきそうな見た目で、実際、町の住民も皮のジャケットを羽織っているなど、西部劇が飛び出してきたような町であった。
二人は『リガー・スポット』と書かれた看板がある酒場で、木で出来た、両開きの戸を押し開けて中に入り、空いた席に座ると、ウエイトレスが水の入ったコップを持ってきた。二人はそのコップを手に取るやいなや、瞬間的に飲み干し、ウエイトレスに追加を注文した。この後三〇杯近くお代わりすると、やっと落ち着いてきたのか、田介が口を開いた。
「何か注文するか? 腹も減ってるだろ?」
その問いに俊が顔を上げながら答える。
「それもそうだが、この世界に来て初めてだろ? 物を買うの。物価や、お金の単位すら分かんないけど、どうするの?」
「あ……そっか。うーん」
田介は暫く考え込むと、
「じゃあ、一旦ここから出て、情報収集と洒落込むか」
「で? どれがPCで、どれがNPCなんだろうな?」
「すまんな俊。俺には若者言葉は分かんないんだ。分かるように言ってくれ」
一瞬、俊は呆れたような顔をしたが、
「ああ、えーと、PCってのが、俺ら含め、元の世界から連れてこられた人たちで、NPCってのが、この世界を作った神が、元からこの世界に用意してた人の事だ。で、ちゃんとPCに話しかけないと、まともな答えは返ってこないんだよ」
「あー。なるほど、なるほど……理解した。俊は物知りだなー!」
「いや、別に、ネトゲ用語だし……知らないのも当然なんだけど……」
「まあ、いいや。で、俊? 俺的にはあの地図売ってる少女がPCだと思うんだが……」
そう言って田介が前方の路肩を指す
「同感だ……。俺も、あの子の所に行こうと思っていたところだ」
遠くからなのでよく見えないが、どうも俊と年が近そうな少女が『地図売っています』という看板を前に置いて、商売しているのが分かる。
その少女は、何か慌てた様子で、あわあわしながら店番をしていた。
「ああー行ってみる?」
「うん、流石にあれはPCだよな…………?」
俊達がそんな話をしている間にも、あわあわとした接客は続いていた。
二人が少女の前まで来ると、
「こんにちは」
と、俊が挨拶をする。近くで見ると容姿がよく分かった。少女はセミロングほどに伸ばした茶髪に、漆黒のローブを着込んでおり、まるで魔女のような風貌だった。
「こっここぉんにちはぁっ」
鶏かよ……俊は突っ込みたいのを必死に押さえ、
「地図を下さい」
と、一言言ったら、
「あ、え、あう……ああん…………えっと……ええっとぉ……
…………ま、まいどアリガトウございまス」
めちゃくちゃ片言の日本語で対応してきた。どうも接客にはなれていないようだ。
「えっと、いくらですか?」
「え? ……ああ! 二〇カイになります!」
「二〇カイ? それはどうやって支払ったら良いんですか?」
「ああ……PNTは持っていますよね?」
「PNT?」
段々落ち着いてきたのか、少女はあまりどもらなくなっていた。
「始めにクレジットカード大の端末を手に入れませんでした? personal navigation terminalの略らしくて、直訳すると、個人用道案内端末。まあ、リアルワールドで言う、携帯電話みたいな物ですね」
「ああ、それなら持ってるけど? これだよね?」
そういって俊は学ランの胸ポケットから、自分の刀が入っており、始めに尻ポケットから出てきた端末──PNTを出す。
「では、裏面を私のPNTの裏に合わせて下さい」
「こ、こうか?」
互いにPNTの裏と裏を合わせ、数十秒待機すると、
「あ、OKみたいです!」
「ん? これで支払い完了なのか?」
「はい! 支払い、地図起動アプリのコピー、転送、新規地図情報の更新全て完了です」
「うわ……すげえ! すげえ便利じゃん!!! 田介! すげえぞ!」
「んん…………おじさんにはさっぱりだな……。で、お嬢ちゃん。さっきリアルワールドとか言ってなかったか?」
「はい? 言いましたけど……」
「それは、俺たちがいた元の世界の事で相違ないよな?」
「ええ。因みに、この世界は『ストップワールド』と呼ばれてるようですね」
「ストップ…………ワールド…………」
俊は噛み砕くように何度も口の中でもごもご。と、何度も繰り返し言っていた。
「なんで、〈ストップ〉ワールドなんだ? 何が、ストップなんだ?」
「すみません……そこまで詳しくは知らないです。お客さんから聞いたことや、町の人々が口にしてるのを聞いただけなんで…………」
「そうなのか…………」
そう呟き、一人俊は空を仰ぎ見る
……収穫無しか……。
そう頭の中で思っていると、
「あ、でも、気になる話を聞きました! どうも、この世界には王都と呼ばれる場所があるらしく、そこの『王立魔術図書館』に色々な事が書かれている本が大量に眠っているとか、いないとか……」
「どっちなんだ?」
「分かりません。所詮は噂です。私が実際に見たわけでもないですし、買った分けでもない情報ですから」
「そうか……」
地図を買うために、しゃがんでいた俊が立ち上がり、田介と目を合わせる。
「じゃ、田介! 決まりだな!」
「ああ」
「「王都に行くぞーーー!!」」
そうと決まれば、色々準備する物もあるな…………と考えていると、足下から
「え? お兄さんたち王都へ向かわれるんですか? あああっあっあのう……も、もし宜しければ、ご一緒させて貰え……ないで…………しょうか………………」
だんだん言葉も尻すぼみになり、緊張と、照れと、不安で分けの分からない顔になっていく少女。俊と田介は顔を見合わせると、ニヤっと笑いあう。
「ああ! 全然大丈夫だ! 寧ろ歓迎するよ! 旅の仲間が増えたほうが面白いからな! なあ? 田介?」
「ああ! 勿論だ」
瞬間少女の顔がぱぁぁぁぁぁぁぁぁあああああと明るくなる。その笑顔はまるで春に淡く咲き誇る桜のように美しくて、華やかだった。
「ああ、じゃあ、自己紹介しとこう。俺の名前は九重 俊そっちのおっさんが岩山 田介」
田介が「誰がおっさんじゃぁ!?」と怒っているのは無視し、俊が続ける。
「あなたは?」
「わ、私は、錦川 桜花といいます。職は雷のマジシャンです。ふ、ふつつか者ですが宜しくお願いします!」
やっぱりどこかテンパっている桜花だった。
「ああ! よろしく」
「よろしくな!」
もう少し地図を売りたいと言う桜花を残し、二人は桜花が滞在している宿を目指す。場所は桜花に売って貰った地図で確かめたので、多分迷うことはない。
「ここかな?」
民家のような作りで、この西部劇さながらの町にとても似合っている二階建ての宿『キャット・シェルター』にたどりつくと、見るからにNPCなおばあさんが出てきて、空いている部屋と、部屋の情報を教えてくれる。二人は、手頃な二人部屋を取ると、PNTで支払う。
因みにだが、俊達がお金を持っているのは、砂漠を彷徨っている時に出くわしたブラッド・ウルフを討伐したときに、モンスタードロップしたからで、そのほかにも、ワン・アイズだの、色々倒してきたから、それなりの額は手に入れていたのである。
宿の部屋には入らずに、そのまま出ると、
「あ、そうだ。俊、その服動きにくいだろ?」
そう言って田介が俊の学ランを指す。
「ああ? ああ……まあまあだな。動きにくいっちゃ動きにくいけど、別に生活に支障はきたしてないし…………」
「いや、服買いに行こう。服。普段着とジャージがあるだけでも大分違うと思うぞ」
そしてそのまま服が売っているお店に移動。
「いらっしゃいませ」
「うおっ」
「ん? どうした? 俊」
「お、おう。ちょ、ちょっとな」
「?」
「何かお探しですか~?」
店員が寄ってくる
「ああ、動きやすい服はあるか?」
「こちらでございまーーす」
この店は、いわゆるRPGの武器屋のような感じではなく、リアルワールドのユ○クロのような店だった。
連れられて行くと、パーカーや、ジャージ、ジーパン等が売っているコーナーに着いた。
「こ、ここまででいいです…………」
「はぁい! では! ごゆっくり!!」
「おう。ありがとう」
店員が去っていくと
「ふーーーーーーー」
「もう。どうしたんだ? 俊」
「い、いやぁ。何でもないよ? うん。全然店員なんて怖くないよ?」
「……あー。俊はそうなのか。ああいうタイプの店員が苦手なのか」
「いーーーやーーー? 別に?」
そのお店で、俊は黒いジャージ上下と、ジーパン、黒いTシャツに白い前開きのパーカーを買い、田介は白いスウェットの上下を買った。
店をでて、宿に戻り、自室に入ると、
「うおおおお! 布団だ! きれいな! 白い! 布団だぁぁぁぁぁぁあああああ」
自室に戻った頃には既に暗くなっており、布団を敷いてくれる時間を過ぎていたようだった。
早速服を着替える。服の着替えもPNT一枚でこなす事が出来るので、便利だ。
「おお………………! こ……れは……動きやすい…………」
「だろ?」
「おう! 学ランってやっぱ動きにくいんだな!!」
そのまま雑談をして桜花を待つ。
暫く待ってたらPNTに着信が。表示は『メッセージアリ(一)』とのこと。俊は簡単に操作してメールを確認する。メッセージは想像通り桜花で、『今、部屋に着いたのですが、お二人は何処にいらっしゃるのですか?』とのことだった。
俊の連絡先は恐らく、客を逃がさない為に、商品受け渡しの時に交換したのだろう。変なところで、商売上手な桜花だった。
俊は、『二〇三号室。田介も一緒』と簡潔に返事を書き、送信。直ぐに桜花から『今すぐ行くので待ってて下さい』と、返信が来た。
メールが来て二分くらい経ち、コンコンと扉が叩かれた。
「入ってもいいですか?」
桜花らしき少し幼げな声がする。
「おう! いいぞ」
そう田介が声に反応した。その反応速度は、こいつロリコンの気があんのか? と俊が思いたくなるほど反応が早かった。
メール通り桜花は直ぐに来た。桜花の部屋は二一三号室でちょうど真上だったらしく、特に走って来たという様子でもなかった。
「お二人とも下にいらしたんですねっ」
そう言う桜花は……何というか女の子らしいモコモコした薄いピンク色のパジャマを着ており、俊はなんだか目のやり場に困るような様子だった。
「では、改めて。私は、錦川 桜花といいます。できれば、名前で呼んで頂けると、有り難いです」
「おう。そうか。宜しくな! 桜花!」
「はいっ!」
「俺らの事は何て呼んでもらってもいいぞ」
「そうですか」
「なあ? 俊?」
「ああ。全く問題はないぞ」
「では、なんて呼ぶか考えておきますね! ところで、お二人はもうご飯は食べられました?」
「え? いや、まだだけど?」
そういばこの町入ってから何にも食べてなかったな……と、俊は腹をさすりながら物思いに浸る。
「あ、じゃあ、お話の続きは食堂でしませんか? さっき見てきたんですけど、この階の奥にお風呂と、食堂があるようなんですっ!」
「ああ、じゃあ、そうする? 田介?」
「おうっ(コクコクコクコクコクコクコクコクコクコクコクコクコクコク)」
田介が振り千切れんばかりに目をキラキラさせながら首を縦にふっていた。
そんなに腹減っていたのかよ。そうおもい、俊はため息をついた。
「ほう……じゃあ、桜花はこの世界に来たときからそのアプリケーションを持っていた分けだな?」
「ええ。まあ。初めの頃は皆さん全員のPNTにも入っていると思ってたんですけど、初めの町に居るときに自分のPNTにだけ入っていると知ったんです」
「ん? 桜花も違う町からここに移動してきたのか?」
「『も』ってことはお二人もですか? 私はなんか都心みたいなビル群に居たんですけど……」
「え? そうなのか?」
「ええ」
「ということはだ、俺たちは全員あのビル群に召還されていた分けだ。場所はまちまちにしてもな」
「そういうことになりますね」
そんな話をお茶(だと思われる液体)を啜りながら話す。初めは食べながら話そうということになっていたが、俊と田介があまりにガツガツバクバク食べるもので、そのあまりの勢いに桜花が若干引いてしまい、会話が成立しなかったのだった。
「ふうん。それで、桜花は自分にだけ作れる地図を売り、生計を立てていたと」
「そうなりますね。私にはお二人のようにモンスターを倒してポップカイ(モンスタードロップのカイ)を手に入れる事はできなかったですし」
「まあ、確かに俺らみたいな力押しで稼ぐのは女の子にはちと厳しいだろうな」
「だな…………」
「あ、そうだ。お二人さんはどんな武器を使われているんですか?」
「ん? 俺はこれだが?」
そう言って俊は立てかけていた刀を掴み、机の上に置いた。
「? 刀……ですか?」
「ああ」
そう言って少しだけシャリンと青白く光る刃を出す。
「うわぁぁぁ。綺麗ですね!」
「だろ? 結構気に入ってるんだこの刀」
そう言って再び立てかける。
「俺はこれだ」
そう言って田介がテーブルに立てかけられていた戦斧を机にごとっと置く。田介の戦斧は柄が白木で、刃が仄かに赤いので、余計に刃の赤さが際だっていた。
「赤いですね! 斧……? ですか? 重そうですね」
「ん? まあな。重さは……ほら、みんなそうだろ? 自分に合った重さだよ」
「なるほど」
「んで? 桜花のはどんなのなんだ?」
「私のですか? 私のはですね」
そう言って背中から外し、机上に置く。桜花のは杖だった。柄が長く、先が二・三重巻いており、その渦の中心に黄色く、透明な球体がはまっていた。
「ほう、長い杖か……いわゆるロッドというものか」
「そうですよ! 威力は弱いですけど、小さい火花くらいなら出せますよ」
「え? 本当に? 見せてよ」
そう俊が頼むと、
「あ、じゃあ、少しだけなら……」
と了承してくれた。そう言うと、杖を手に持ち、石突きをコツンと床に当てる。そうすると、黄色い球体からパチっと火花が散り………………田介に炸裂した。
「し…………痺れる………………」
パタリと田介が机に突っ伏す。
「でんすけぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇえぇぇええええええ」
「わわわわわわ! ご、ごごごご、ごめんなさぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃぃぃ」
桜花と俊二人でこれでもかという程取り乱していた。謝り、ペコペコ頭を下げる桜花。田介を運ぼうとするが、重たくて上手くいかない俊……要するにカオスだった………………
「うーん…………」
「おっ! 目が覚めたか」
「良かったですっ」
うっすらと涙を溜めた桜花が心から安心したようににっこりと微笑む。
あの後たまたまここに泊まっていた屈強そうなお兄さんに部屋まで運んで貰ったのだ。
「ん? 俺は一体……」
「ご、ごめんなさい。普段はあんなに出力でないんですけど、食後だったからでしょうか? もの凄い出力で打ってしまいました」
「ああ……そうだったのか。まあ、いいよ。桜花が戦力になるって事が、俺の体で証明出来たようだし、それに……な、俊」
「ああ。実は、後で桜花の力を試すためにどっかのタイミングで、不意打ちをきめようかとしてたけどさ、そんな必要無くなったし」
俊がぽろっと言うと、カァァァァァァと顔を赤くした桜花が、
「女の子に不意打ちとか、不意打ちとか……酷すぎますぅぅぅう」
と叫び、杖をガツンと打ち付けると、バリイィィィと雷鳴が迸り、俊を焼いた
「ギャァァァァァアアア」
「女の子に不意打ちなんて、考えるだけで罪ですっ」
そう言って桜花はプイとそっぽを向いた。
「そ、そんな……」
ここで俊の意識は途絶えた。
チュンチュン、チュン、チュンチュン
鳥が五月蝿いな……。そう思って起きると、朝だった。あれ? 俺何でこんな部屋の隅に転がってんだ? そんなことを思いながらゴソリと起き上がり、顔を洗おうと廊下に出る。そして、鏡を見た俊は
「なんじゃこりゃぁ! あ! 思い出したぞ! 機能桜花にやられたんだ! 何もしてないのに! 何もしてないのにっ」
そう叫んだ。というのも、髪の毛がものすごく爆発しているからで、そのまま暫く叫んでいたら、
「ちょ、俊さん! 何人の名前叫んでるんですか!? 二階まで丸聞こえですよ。って…………プププ……」
そう言って口元を必死に押さえながら桜花が階段から現れた。
「おいっ今確実に笑っただろ」
「ええ……ぷっ……それは俊さんの自業自得ですよね?」
「え? ああ……ああ!? 俺何もしてないじゃん!」
「女の子襲おうとするからですー」
そう言って桜花は二階へ戻って行った。
「おいっ待てよ!」
そう言いながら階段に向かうと、上階から『ちょっとやり過ぎたかもです。ゴメンナサイ』 そう書かれた整髪料の小瓶が降ってきた。
その日は買い出しだの、地図の叩き売りだのをして一日過ごした。
「今日は有り難う御座いました。初めてですっ! こんなに売れたのは」
「いやいや、なあ、田介」
「まあ、そうだな、俊よ」
男二人がニヤニヤと顔を合わせ、桜花をちらちらと見ていた。
「何がです?」
「いやさ、だって今日桜花とっても落ち着いてたじゃん。沢山売れたのは、きっとその御陰だよ」
そう俊が微笑みながら言うと、
「い、いえ、ややや、やっぱり、ででで田介さんとかっ! 俊さんとかのっ! よ、呼び込みの。お、御陰ですよぉっ!」
何故が顔を真っ赤にした桜花が、しどろもどろになりながら手を前に押し出し、振り回している。
「なーに照れてんだよ桜花」
「て、照れてなんかいません! そ、それよりっお風呂行きません? お風呂」
「ん~そうだな…………この世界来てから一回も入ったことないなぁ……この世界の風呂も気持ちいいのか?」
「ああ……そうですね、まあ、リアルワールドに比べたら少しちゃっちいですけど、それなりにリラックス出来ますよ」
「ほう…………そうか。じゃ、行くかな。俊、お前はどうする?」
「ん? 行くよ。お風呂か…………楽しみだな」
お風呂は時間的になのか意外と混んでいた。
「ん~これじゃあ、ゆっくり出来ないかもな…………」
「そうだな……。まあ、いいんじゃね? 最悪少しでもさっぱり出来ればいいんだし」
そういってPNTで服を消していき、裸になった俊と田介がカラカラカラと戸を開け、中に入っていく。
中はそれなりに広かったので、(これならゆっくりできるかな)と俊は思った。
「ふぅぅぅ極楽極楽~~」
「やめろ田介。なんかじじ臭い」
「じ、じじ臭くなんかないぞ!?」
そんな会話をしていると、
「お隣いいすか?」
と、声がした。
「あ、貴方は……先日はお世話になりました。本当に助かりました」
「いやいや、いいよ。そんな」
はははと笑い手を小さく振っているその男性は、昨日田介を部屋まで運んでくれた、ムキムキのお兄さんだった。
「ん? 俊。誰だ? この人は」
「あ、こちらの方は、昨日田介を部屋まで運んでくれた方だよ。ほら! お礼言わないと!」
「お、おお! おう! そうだったのか! いやぁ、本当に有り難う御座いました」
「あはは、やめて下さいよもう……」
「そ、そうですか?」
「ええ。それで気になったんですが、昨日一緒にいたあの少女は、貴方たちのパーティ-メンバーなんですか?」
「ええ、まあ」
「そうなんですか」
何かとても残念そうにしている。
「あ、あと、お二人はメインアームズは何なんです? あ、私は大剣使いです」
「あ、私は刀で、こいつは戦斧です」
「ああ……その武器はお二人に……よく似合ってますね」
「そうですか? ありがとうございます」
その後は取り留めの無いことを話し、暫くして
「あ、じゃあ、お先です~」
そう言って田介が上がってしまったので、
「お、おい田介待てよ。あ、お先です」
そう言いながら田介を追いかけて俊も上がっていった。
二人とも振り返らなかったため、男がニヤっと笑ったのには気付かなかった。
俊はジャージを、田介はスウェットをそれぞれ着て脱衣所を出、廊下に立ってみたが、まだ桜花が上がっていないようだった。男二人はしょうがなく廊下にあった、籐のベンチに座って桜花を待つことにした。
暫くして、コーヒー牛乳を片手に桜花が出てきた。
「あっ! 俊さん! 田介さん! お待ち遠様ですっ」
俊が桜花の方を向くと、そこには昨日と同じ服を身にまとっている姿が伺えたが、そんなことより、桜色にほてった頬、まだ若干しっとりとしている茶色い髪に目がいってしまい、昨日以上に照れてしまった俊だった。
そんな俊を見て、ここまで女の子に耐性が無いというのも何だか可愛想だな……と思う田介だった。
今日はそこで別れ、それぞれの部屋で就寝という運びになった。
深夜を回った。俊も田介も桜花もそれぞれの部屋でゆっくりと睡眠を取っていた。
「きゃぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁあああああ」
夜の静寂を破った一声の叫び。それは紛う事なき桜花のモノだった。
「田介! 今のっ」
「ああっ! 行こう!」
二人は枕元に置いてあった自分の武器を掴み、一目散に部屋を飛び出して行った。
二階。桜花の部屋の前。
俊は桜花がいる部屋の前で止まると、右手を田介に見せ、無言で静止を促す。
田介はそれに応じ、扉の前で立ち止まる。
俊はそっと扉を二センチ程開く。
中の様子を見た。
そこには今にも襲われそうな桜花が、頼りない小さな手で必死な様子で杖に縋り、部屋の隅で小さくなっていた。
俊はその光景を見た瞬間、カッと頭に血が上った。
俊は考える。どうしたらこの状況を変えられるか。どうしたらこの男を桜花から引き剥がせるか。どうしたら全員無傷で居られるか。どうしたら…………………………。
俊が考え込んでるうちにも男が少しずつ桜花に近付いていく。
考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ……
今何がある? 周りには……田介、扉、俺、桜花、扉、男。男と田介は田介の方が大きい。俺の刀、田介の戦斧、桜花の杖。男は見たところ武器を持ってない。俺、ジャージ。田介、スウェット。桜花、パジャマ。男、浴衣。窓は一箇所。男は窓の反対側。窓からの逃走は無い…………………………………………………。
「俊?」
「策はある!」
俊の顔にいける……という表情が浮かんだのを感じた田介がニヤリと笑う。
「お前に従うよ。俺はどうしたらいい?」
「ありがと。田介はここに立って男の逃走を阻止して、あと、駆け寄ってくるだろう、桜花に伝言を一つ頼む」
そう言って田介の耳元でゴニョゴニョと伝言の内容を話す。
「え? それだけでいいのか?」
「ああ。それと、俺が合図したらそこの扉思いっきり開けてくれ」
「おう! 了解した」
「じゃ、行くぞ…………一……二……三! 今だ!!!!!」
シャッと扉が開く。
刹那俊が床を思いっきり蹴り、男の横腹に突っ込みながら逆手に抜刀する。
そのまま、峰で男を殴る。
男が桜花の正面から数メートル横に転がる。
そのまま逆手に持っていた刀を男の腿に突き立て、叫ぶ。
「桜花ぁ! にげ……ろぉぉぉおお」
桜花が頷き、扉の方へ──田介の方へ移動していくのを目だけで確認する。
男が筋肉に力を入れ、無理矢理刀を引き抜こうとする。
男のうめきが大きくなってきている。
もう一度目で田介の方を見ると、伝言通り桜花が杖を構えている。
桜花と目が合い、目線に気付いた桜花がコクリと首を振る。
俊は男の鳩尾に肘鉄を食らわせ、静かにさせる。
男は、鳩尾に肘鉄を食らっても尚俊を腕で払おうとする。
俊は地面を蹴って男から飛び退りながら
「桜花ぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!! 今だぁぁぁぁぁぁぁああ」
「はいっ」
瞬間、桜花が杖を思いっきり振り下ろす。
発生した雷が俊の刀を避雷針にして、男へ集中砲火される。
男の服はすっかり焦げ、ガクリと気を失った。
──翌日──
俊が桜花の部屋で目を覚ますと昨日桜花を襲おうとしていた男が自分の体に巻かれた紐を解こうと藻掻いていた。
昨日、あの後に男の馬鹿でかい悲鳴を聞きつけた、周りの部屋に泊まっている人々が野次馬をしに集まってきていた。その中に居たとある夫婦が
「これは一体何があったの……?」
「なんか……床がもの凄く焦げてるんだが……」
「うわっ。血も飛んでる……」
疑問が一杯の目で見られた俊たち三人はそこにいた人たち全員に聞こえるように、事情を話した。そうしたら、
「じゃあ、縛る?」
と、初めに疑問を振ってきた夫婦の旦那が聞いてくる。
「あ、はい。縛りたくはあるのですけど……。肝心の紐やらロープが無くて…………」
「あ、それなら心配しないで。俺ら夫婦揃って紐使いだから。まあ、俺は紐やらワイヤー使いで、嫁の方は鎖使いだけどね」
「あっ! そうなんですか? なら、是非お願いしたいですっ」
「ああ。いいよ」
そう言うと。旦那さんが腰に手を持ってくと、数本のワイヤーと、テグスが伸びてきた。旦那さんはそれを伸ばしながら部屋の中に入って行くと、先を男に向けて弾いた。すると、まるで生き物のように紐が男をがんじがらめに縛り上げた。
「まあ、こんなもんかな」
「うお……すごいな」
田介がまじめに感心していたが、当の被害者である桜花が
「こ、この糸は……本当にもう簡単には解けないんですよね?」
「あん? ああ、まあ、第三者が解こうとしない限り大丈夫だよ。ていうか、多分俺かこいつしか解き方分かんないと思う」
そう言って親指を奥さんの方に向ける。
「ありがとうございましたっ! えっと……九重俊といいます。もし宜しければ、お名前を教えて頂けないでしょうか?」
「ここは、ふん! 名乗る程の者では無いぜ……的なことを言った方が良いのかもしれないけどね……。まあ、名乗ってもいいよね?」
そう言って奥さんを見やる。
「良いんじゃない? 多分その子たちは悪いようにしないと思うし……」
「え?」
嫌がられると思っていたのに、意外と、疑われなかった事に、俊は驚いてしまった。
「いや、深い意味は無いのよ? でも、仲間の女の子の為に必死になってたんでしょ? そんな子がずるい真似するようには思えないわ」
「それもそうだね。あ、じゃあ、名乗るとするかな。俺は滝無 夏目という」
「私は、彼の妻で、滝無 真央といいます」
それに続いて田介と桜花もそれぞれ名乗り、PNTの連絡先を交換した。
そんな夜が明け、桜花を俺の部屋に田介と行かせ、俺は一人桜花の部屋に残り、男を見張っていた。
「おい。起きてたのか。二・三質問がある。素直に答えれば悪いようにしない」
そう俊が男に告げる。
「何が聞きたいんだ?」
「先ず、名前。あと、桜花に何をしようかと思っていたのかということくらいか」
「っふん……素直に答えると思ってるのか?」
俊はさっと刀を抜き、男の顔に切っ先を向ける。
「答えないなら、もう、良い。」
「ちょ、待て、話すから! 切り捨てるなよ」
俊の顔から表情というモノが消え去り、まるで中身ががらんどうの人形になってしまったかのよう、声はまるで地獄の門から聞こえて来るような、おぞましいモノとなっていった。
「話さないのか」
「ごめんなさい。話します」
俊の雰囲気に気圧された男──皆瀬 弘と名乗った男が語った。
「あ、はい。素直に話します。可愛い女の子だったので、つい、襲おうとしてしまいました。今は反省しています」
男は若干早口にそう言った。
「ほう。それだけか?」
「あ、いえ、実は……」
「実は?」
「一緒にいる男二人が……その……力のない馬鹿だと、油断して……。襲っても援軍が来ないと、思いました……」
「ほう。そうかそうか。よくわかった」
「か、解放してもらえるのでしょうか?」
「馬鹿なのか?」
そう言い残して、俊はその部屋を出た。
食堂にて
「で? 桜花はあの男の処遇。どうしたいんだ?」
田介が昨夜の事を切り出す。
「ああ……まあ、町の真ん中に捨ててきましょう」
案外さらりと酷いことを言う桜花だったが、それだけ昨夜の事は怖かったのだろう。そう思うと、男の処遇は適切かもな。と、思う、俊と田介だった。
「それとだけどさ。もうこの町出ても良い頃じゃないかな。そろそろ王都目指そうよ」
「うーーん。そうだな。桜花もそれで良いか?」
「はい。じゃ、早速皆瀬とか言う変人を捨てて、王都に向かいましょうか!」
「「おうっ」」
軽く俊と田介が拳を上げる。
「じゃ、この町ともお別れだぞ」
昼過ぎ。それなりに大量の食糧と水を確保し、皆瀬を噴水近くに放置した俊たち一行は、『こちら方向三〇km先王都』と書かれた立て看板の前で立ち止まり、荷物の確認等をしていた。
「………………………………………………」
ん? 誰だ? 視線を感じて俊が振り向いたが、そこには誰もいなっかった…………。
王都まで延々と続く道。『キングズ・ロード』を俊達一行が歩いていると、段々森が見えてきた。その森は通称『迷わせの森』と呼ばれていて、何人もの旅人を迷わせ、飢え死にさせてきた王国第一の砦である。
俊達一行はこの森を延々と歩いていた。本人達は
「迷ってねえよ。つか、迷う分けないじゃん」
と、強がっていたが、丸一ヶ月迷うと段々笑っていられなくなり、
「あははははは…………ここさっきも通りませんでした?」
と、こんな有様である。
そんな時だった。ガサガサガサ…………まるで、なにか小動物が居るような……そんな音が聞こえてきた。
「ん?」
みんなで目の前の草むらに目を向ける。すると、
「キキッ」
サル型モンスター『モンキー・ラバー』が飛び出してきた。
そして、俊に飛びつくと、ポケットからPNTを盗み取り、逃げていった。
「…………ま、まてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええ」
サルを追いかけて、討伐するまでに、また一月が過ぎようとしていた……。
第二章~王都~
サルを討伐してから早三週間。もう既に、方向は全く分からなくなっていた。
「ぐわーーーーーーーーー。ここ何処だよ! もう!」
俊が発狂しかかっていた。
「俊さん落ち着いて下さい」
「お、おう。……………………ん? なんだ? あの白いのは」
「え? あ、あれは!」
「ああ。きっと王都だ!」
桜花と田介が叫ぶ。
「近付いて見よう!」
近付くと、桜花のPNTの地図アプリに〈王都〉という表示が現れた。
「これが……王都……」
一ヶ月ちょっと歩いたのち、俊達三人はやっと王都に着いた。
「大きいですね……」
「ああ。でかいな」
王都──『フィース・オブ・ロイヤル・ファミリー(FORF)』の外観は丸く、東西南北の四箇所に橋が渡してあり、ぐるりと王都を覆うように防護壁が築かれ、その周りには堀が巡らしてある。都内は白く、数多の水が流れていて、中心に行くにつれ段々と高くなっていき、その頂上には城『キングダム・キャッスル』がそびえ立っている。都内を流れる水はキングダム・キャッスルの中心にある噴水から流れ出しており、その水はキングダム・キャッスルの地下から湧いているのである。
「お~~い。誰か居ないか~~? 門を開けて貰いたいんだが~~」んた
田介の叫びは空しく木霊した。というのも、王都の門は朝、昼、夜の三回しか開かず、その時間以外で開くときは戦か、祭りの時だけであるからだ。
「う~ん。暫く開かない様だな。さて、どうするか?」
田介が問いを投げかけた時、俊が後の茂みを凝視していたので、
「ん? 俊どうした? 何か居たか?」
「いや、なんかな……? 視線を感じた気がしたんだけど……。気のせいだったみたいだ」
~三時間後~
太陽が頭のてっぺんを越えようとした時だ、王都の桟橋が「ギギギ……」と重い音を響かせながら開いた。直ぐにタタタと門兵が出てきて声高に叫んだ。
「今より一時間門を開門する! 用のあるものはこの検問を通り、都内に入られん!」
俊達が着いてから、わらわらと行商人のような一行や、旅行に来たような夫婦、俊達と同じ冒険者などが集まってきていた。彼らは門が開くと、行儀良く一列に並び、一人ずつ検問をクリアし、門をくぐっていく。
俊達の番が回ってきた。
「王都に来た目的を聞こう」
「情報収集と、食糧調達のためです」
「よろしい。通れ」
「次の者」
と、俊が検問を通過した後に桜花田介と続いて行く。桜花はいつも通り初対面の人と話すのに、緊張していた。
「うわぁぁぁぁぁあああ綺麗な都ですね」
「ああ。そうだな。噂以上だ」
「じゃあ、どうする? 先ずは飯でも食べる? それとも宿を探す?」
「先ずはご飯たべたいです」
「田介もそれで良いか?」
田介はコクリと頷いた
「王都の料理は美味しいですね!」
王都で一番安いと評判の店に入った俊達一行はその店の安さと味に驚いていた。その店は、落ち着いたシックな内装で、BGMも落ち着いたヒーリング効果の高そうな店だった。
「この後は宿探しでいいか?」
「はい」
「それでいいぞ」
「それでだ。王都に来た一番の目的である『王立魔術図書館』だが、そこの位置情報も一緒に調べることで、良いか?」
「勿論です」
例によって田介はコクリと頷いた。
色々話を聞いてまわって分かったことがある。王立魔術図書館は王の許可が無いと入れない、今王は迷いの森をうろついている狼の群れに恐れをなしている。等と言うことだ。俊はこの二を繋げて考えていた。
一時間後
「ここが宿か……」
「だな。本当に王都で一番安いのか?」
そこには三人が元いた世界では、一般的に高級とされる宿──ホテルがそびえ立っていた。
「そ……そのはずなんですが……」
一度中へ入ってみる。そこに書かれていた料金表には『一泊二二〇カイ~』と書かれていた。
「確か前の宿が二〇〇カイだから、確かに安価ではあるよな……」
「でも、料金と宿の質が全然釣り合ってなくて逆に不安なんだけど……」
「ですね……」
三人とも半信半疑になる。暫く入り口でまごついていると、奥の階段から腰にダガーを携えた女性が降りてきた。
「あ、あのう……」
「はい? 私に何か?」
凛と透き通った声で女性が返事をする。
「すみません。ここって本当にこの料金で泊まれるんですか?」
「ああ。やっぱり不安になるよね。私も初めは不安だったんだけどさ、泊まってみたら案外値段変わらなくてさ。とても満足してるよ」
「そうなんですか。因みに今幾らほど支払って居るんですか?」
「宿泊費、ご飯三食、お風呂込みで三〇〇カイってとこかな」
「あ、本当にそんなお値段なんですね。安心しました。ありがとうございます」
「いやいや。お役に立てて良かったよ」
三人でぺこりと頭を下げると、「じゃ」と手を挙げて出て行った。
「じゃあ、まあ、ここにするか」
「そうですね」
意見が一致し、三人がカウンターへ向かう。
「そうだ。何人部屋を取る?」
「あ~前のことがあったしな……」
すると、少し顔を赤らめた桜花が
「さ、三人部屋で宜しくお願いします」
と申し出た。
「まあ、それが一番良いかな」
三人部屋を取ると、三人は一旦宿の部屋に入った。
「「「うわあ!」」」
三人の声がハモる。俊達の部屋は一〇階で、王都が一望出来るようになっていた。しかも、布団は地下に敷いてある分けではなく、ベッドだった。
「ベッドふかふかです!」
桜花のテンションが異様に高くなった。
広い風呂、それなりに豪華な飯を済ませた後の夜。
「明日からはどうするんですか?」
「先ずは図書館で調べ物をしようと思う」
「それで? どうやって図書館へ入るつもりなんだ?」
「ん? その事なら任せとけ。策がある」
俊はニヤリと笑った。
翌日
「では、図書館侵入作戦を初めまーす」
「「はーい」」
てくてく。と、事前に調べておいた道を通って図書館へ向かう。
「あれ? 俊さんそっちじゃないですよ?」
「いや、良いんだ。先ずはあそこに向かう」
そう言って俊は前方──『キングダム・キャッスル』を指さした。
キングダム・キャッスル門前に着いた俊は、制服に着替え、二人には俺の話に上手く合わせるようにとそれだけ指示を出し、一声
「我! 王の煩わしき悩みを取り除きに来た物也! 願わくは王への謁見を所望する!」
すると、屈強そうな男が姿を現し、
「我は、王の家臣である。今の言葉は本当か?」
と訪ねてきた。
「ああ。勿論」
ニヤっと、笑う。
「ふむ……では、王への謁見を許そう」
そう言われて門を潜り、城の最上階へと通された。
「ここで待ってろ。今王が参る」
「はい」
待つこと数分
「王都フィース・オブ・ロイヤル・ファミリー十五代目国王ダルク・ドグマ様のおなーりー」
王が現れ、皆跪き、頭を垂れる。
「くるしゅうない。頭を上げい」
そっと前を向く。そして王の瞳をしっかりと見据える。
「そちが我悩みを解決するすべを持っていると言うのは誠か?」
「はい。誠に御座います」
俊はしっかりと、はっきりとそう答える。
「では、そなたらにこの案件預けたいと思う。期限は特にないが、なるべく早くすましてくれよ」
「はっ! ですが、王よ。私たちは旅の物故、色々と準備するのにも一苦労に御座います。お悩みを解決する策は持っておりますが、実行に移すだけの力が御座いません」
「なんじゃ。鎧や武器が欲しいのか? では、家臣に用意させるぞ?」
「いえ。そうではなく、王立魔術図書館の閲覧権限を頂きとう御座います」
「なんじゃと……? 図書館の閲覧とな? ふむ……いや、あそこには……しかし……」
最後の方はしっかりと聞き取れなかった。
「ええい。背に腹は変えられん! では図書館の閲覧を許そう」
とたん辺りがざわつく。俊は心の中でガッツポーズを取った。
「では少し待たれ。今、閲覧許可証を作成する」
「有り難き幸せに御座います」
王はきっちり三人分許可証を発行してくれた。
俊達は城を後にすると、図書館へと向かった。
「なあ、俊。お前いったいどうしてあんな方法で閲覧許可が貰えると思ったんだ?」
「ああ、それならこれだよ」
そう言って俊はPNTを取り出し、何やら操作する。そして、一枚のチラシを取り出すと、田介に突きつけて見せた。
「ん? 『ブラッド・ウルフ討伐者募集』? これが何だってんだ?」
「いいか? 俺が聞いたところによると王はここ半年ほどこのモンスターがする悪戯に頭を抱えていたそうだ。ただ抱えるだけなら、こんなビラ作るわけないし、王が抱えている兵を使ってどうにかし終わっていたら、ビラ配りは当に終わっていただろう。それに、最近このビラ配られる頻度が上がってきているらしくてな。これは相当困っているな。と思ったって分けだよ」
「なるほど……流石というか……すごいな。お前」
「ちょっと閃いただけだよ」
「流石です俊さん! 王様の弱みにつけ込むなんて!」
「いや、桜花、その言い方だとなんか俺が悪いことをしているみたいじゃないか」
「いいえ? ちゃんと凄いと思ってますよ~」
「なんだかなあ」そう思い、ちょっと首をかしげる俊だった。
図書館は許可証を見せれば簡単に入れてもらえた。
中に入ると、そこには、宙に舞う本棚、円形の昇降板、空間がねじ曲がっているのではないかと思う程に高い天井と、光取り窓に取り付けられたステンドグラス……等々。とても幻想的な光景が広がっていた。
「では、各自気が済むまで調べ物開始! 調べ終わったら、PNTに連絡を入れて宿に帰ること! いいね?」
「はい」「うす」
と、二人が返事をする。この後何時間も何時間も調べに調べた………………
「ああ……なんか外が白み初めて来たな……」俊がそんなことを思っていると、
「ふぁぁぁぁぁぁあああ」
どこからか約二名程の欠伸が聞こえてきた。
「なんだよ。お前らもまだ居たのか」
その二名を探しだし、それぞれ両方に声をかける。
「ふぁぁい……ふぁぁあめちゃくちゃ眠いですぅ……zzz」
「起きろー。一旦話を纏めるぞ~」
「え……起きるのか? 俊よ中年男性には厳しいんだが……」
「良いから良いから。何か解ったことあるか?」
「あ~。俺はほとんど収穫無しだけど、一つだけ分かった……zzz」
「何が分かったんだよ! 起きろ!」
俊が田介を揺さぶる
「は! すまんすまん。俺らが居た世界は現在止まっているそうだ。俺らは止まったコンマ一秒の世界に居る」
「なるほど……だからストップワールドか……」
「ああ。そう言う事か」
「桜花は? 何か分かった?」
「私ですか? 私は……あ~そうですね。魔法や武器について色々分かりましたよ」
「例えば?」
「この世界に居る人は全員違う武器を所持してます」
「ほう。ということは、俺以外に刀を持っている人は居ない分けだな?」
「はい。そういう事になると思います」
「あとは……この世界に攻撃の魔法は、魔法系武器の使用以外には存在しません。魔法系武器所持者以外は支援系魔法しか使えません」
「え? 俺も魔法使えるの?」
「そうだと思います。ただ、呪文が載った本はまだ見つけられてないので、また探しますね」
「ありがとう。そうしてくれ」
「はい。それで、俊さんは?」
「俺か? 俺は歴史とか色々調べたよ」
「簡単にまとめてもらえますか?」
「いいよ」
俊が語り出す
「この世界は『神』と呼ばれている者がリアルワールドで、ストレスを処理し切れなくなった時に作られる。だからモンスターというのはストレスの権化で、切る時に吹き出すのはストレスの霧のようだ。そしてな……この世界は数年前にも出現しているようなんだ」
「なるほどです」
「更に。この世界には基本的にそのストレスを溜めている人から順番に召還されてるようなんだ」
「え……」
「うん。一応言っておくけど、俺には心当たりがある」
「え……いや……わ、私…………私は……。私の心当り……は……」
何か、桜花の胸の内に秘められていたモノが溢れ出す。
「私……私…………」
桜花の顔がどんどん暗くなる。
「あ、思い出したりしなくていいよ。俺もそうだけど、辛い事だと思うし」
桜花がガクガク震え出す。
「な、何が分かるんですかっっっ!!!!!!!!」
桜花が叫んだ────何かから怯える様に。
「他の人には分かるはず無い! 違う! 分からない! 分からない!!
「俊さん……ち、違う! そんな目で見るな!
「いや、分からない! 分からないんだ………………
「分かられてたまるか……
「ち……違う…………何が違う……?
桜花が頭を抱えて意味の分からない事を言い出す。何度も何度も。止めどなく溢れてくる感情の雷撃が彼女の心を破壊してしまったかのように……。彼女が押しとどめていた蓋を壊してしまったかのように……。
「桜花? 気をしっかり持て! ここには……少なくともこの俺と田介は! お前を軽蔑したり、蔑んだりする目で見ない! いいから一回落ち着け! 落ち着いてくれよ! 桜花ぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
俊の声が空しく響く。
「聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………聞こえないよぉ」
桜花が図書館から走り去ってしまった。彼女の頬にはキラキラと雫が光っていた。
桜花が走り去った後にはカランと、彼女の杖が床に響く音だけが空しく響いた。
「桜花……」
俊は手を伸ばそうとしたが、その手は虚空を掻きむしるだけ。
「田介……俺、どうしたら良いかな?」
「zzzzzzzzzz」
「ちょ、おま……寝てるし……」
俊がため息をつきながら何気なく振り向く。
「お? この本は……!」
俊はその本を手に取ると一目さんに部屋を飛び出して行った。
走って行く桜花の脳内には一本の映像が流れていた。彼女自身にも理由は分からなかったが、語りは桜花自身だった。
映像は映し出す。
あるところに、一人の女の子が居ました。女の子は友達も多く、いつもにこにこしていました。ですが、女の子には一人、苦手な子がいました。彼女を一旦Aとしましょう。Aはなぜかその女の子にしょっちゅう突っかかってきました。ある日、Aの財布からお金が盗まれました。いくらだったかは思い出せません。Aから財布を盗んだ犯人として、真っ先に疑われたのは、女の子でした。いつもAと衝突して、仲が悪かったからです。初め、みんなは私が犯人だと言うことに反論を唱えてくれていました。ですが、急に形勢は逆転してしまったのです。クラスで一番声の大きい男の子が味方に付いてしまったからなのです。この男の子をBとしましょう。Bは先生うけが良い子でした。BはAを擁立するだけではなく、先生に話を聞かれた際に女の子が疑わしいと、証言さえしたのです。後から聞いた話、AとBは当時付き合っていたそうです。女の子は毎日のように先生に職員室へ呼ばれました。時には校長室にさえも呼ばれました。
女の子が先生に呼び出されていると言う事は瞬く間に、クラス中、学校中に広まりました。呼び出されるようになって、一週間経ったある日のことです。女の子の下足箱には何枚もの『泥棒』や、『自首しろ』と書かれたメモ用紙が、机には油性のマジックで大きく『泥棒』だの、『犯罪者』等と、書かれていました。勿論先生は気付きました。机も取り替えて下さいました。ですが、先生はみんなの前でこう言ったのです。
「いいか? 誰が何をし田としても、イジメの対象にするのは良くないぞ」と。
これはもう、女の子が犯人であると公言している様なモノです。イジメはエスカレートしました。先生からの呼出は連日続きましたが、一度もイジメには触れませんでした。触れたとしても、「本当のことを話したら、きっと今の状態から抜け出せるぞ」とか、そんなことでした。もう、ここからは誘導尋問です。女の子にはもう、どうすることも出来ませんでした。
女の子は日に日に学校から足が遠のきました。とうとう仲の良かった子からも疑われるようになったからです。先生、生徒、全員が敵でした。親にも相談できていませんでした。親はお家の尊厳を守ること意外には、殆ど関心を示さないヒトだったからです。きっと相談しても、「疑われたこと」そのものを怒ることから始まると思います。もう尋問も説教も濡れ衣も何もかもが嫌でした。
とうとう女の子はもう誰も信じることが出来なくなってしまいました。女の子は、自分の部屋にも、自分の心にも鍵を掛けてしまいました。そして、その日以来一度もその鍵が開かれることはありませんでいした。
ここで映像は途切れた。
走り去った桜花は迷いの森に入ったところで茂みの陰に隠れ、震えていた。
「違う……違う……聞こえない……」
未だにうわごとを言い続けている。
「よお! 桜花! こんなところで何してるんだ?」
「ひぃ! 嫌だ! 来るな!」
桜花が目をむいて後ずさる。
「まあ、話聞けって」
「…………」
「いいか? この世界には誰でも使える魔法ってのがあるって言ったよな?」
「…………」
桜花がゆぅっくりと頷く
「そのな魔法だけどな? こうやって使うんだよっ!」
「術式解放! 灯!」
俊の手からぽぅと淡く光る暖かい色の光が生まれた。それは桜花を包むように溢れていった。
「え……。なんで……呪文を……?」
桜花がぽつりぽつりと呟く。
「そんなことより! いいから触ってみろよ」
俊の手から次々に光が溢れてくる。桜花の手が光に触れる。
「暖かい…………」
一歩俊が近付くが、桜花は光に触れたままじっとしている
「……」
光の暖かさが、まだ楽しかった日々を、友と過ごした日々を、思い起こさせたのだろう。彼女の頬にぽろぽろと涙が溢れ、流れて行く。
次の瞬間、俊が桜花の手を掴み、思いっきり引っ張る。彼女の体がすぽり。と、俊の胸に飛び込んでくる。
「嫌だ。いや……だ。は…………なせ」
「嫌だ。離さない! 離すもんか!! この手はこの世界が終わるまで! いや、この世界が終わり、消えても離さない!」
先ほどまでは、桜花を包んでいた光が、俊も包みこんだ。
「嫌だ……いや……だ………」
「何が嫌なんだ? 嫌なことがあるなら吐き出せ! 全部聞いてやる! 一緒に背負ってやるよ!」
「え…………………………」
そっと俊が桜花を抱きしめる。
「桜花の事はっ! 俺が信じてやる!!」
「いいや、俺も信じるぞ」
「うおっ。で、田介!? 何でここに?」
「いやあ、さ、起きたら丁度俊が出てくとこでな? 桜花も居ないし、何かあったんだと思って、追いかけて来たんだよ。案の定こんな事になってたんだな」
「起きれるなら。起きててくれよ! いちいち起こすの面倒だったんだよ!」
「は……ははははは…………」
「「ん?」」
男二人が桜花の方を見る。
「私……こんなに幸せ者だったんですね………………。自分の事を、信じてくれる人がこんなに居たのに……気付けなかったなんて…………はははっ。笑っちゃいますね」
桜花は俊の胸に、ぽろぽろ、ぽろぽろと涙を零し続けた。自分の記憶を洗い流すかのように。自分の記憶を浄化するかのように。
そして、桜花が落ちていた杖に触れた時だ。桜花の杖が目映いばかりの光を放ち、形状が変化していった。木だった部分がみるみる金属製の白いそれへと変化し、先端の黄色い水晶は先の尖った色は変わらず、六角柱の形へと変化した。
「何ですか……これ」
「う~ん。恐らく、これは形状変化というやつだろな。さっき読んだ『武器今昔』という本に書いてあったけど、どうも、その人が抱えているストレス値や、倒したモンスター数。そんなものが形状を決める決め手になるとかって書いてあった」
「そうなのか。凄いな! 桜花! その杖めちゃくちゃかっこいいじゃん!!」
「ありがとうございます。はいっ! とっても気に入りました。もう、大好きです。この杖」
「と、皆さんも」そう、桜花は心の中で付け足した。
その日は一旦宿に戻る事になった。宿には一部屋に一つずつ風呂が付いており、食事も部屋に持ってきて貰えるのだが、何分疲れていたのだろう。部屋に入ると、各自たちまち、自分の布団で眠ってしまった。
「では、第一回!ブラッド・ウルフ討伐作戦会議を開きまーす」
俊がそんな声を上げたのは、図書館通い五日目の夜の事だった。
「あいよ。で? 俊よ。そんなことを言いつつも、もうざっくりとした作戦は立ててあるんだろう?」
「いんや? 全く」
「え? そんな! 俊さんが策を練ってないなんて珍しいですね」
桜花が少し残念そうに言う
「いやいや。俺だって、何でも知ってる分けじゃないし。だからこそ、会議を開いてるんだろう?」
「あ、なるほどです」
「そういうこと。で? 何か情報は持ってない?」
「そいつらが起こした『悪戯』ってのの正体ならざっくりと知ってるぞ?」
「おお! 詳しく教えてくれ」
「うん。なんかな、城の料理長が地上五階にある貯蔵庫に、肉を取りに行くたびに、どんどん肉が減っていったらしいんだよ。それも、でかいブロック肉丸ごとな。そこで、不穏に思った料理長が王に頼んで、兵二人に貯蔵庫を見張らせたんだ。暫く兵が張ってたらな? なんと、誰も居ないハズの貯蔵庫から物音がしたらしい。それで、「今だ! 飛び込め!」と、飛び込んだら」
「なるほど。ブラッド・ウルフが居たと」
「そうだ。しかもつがいだったらしい。あと、進入経路だけどな? どうも窓から堂々と侵入したらしいんだよ」
「何? 空が飛べるのか?」
「俊さん知らなかったんですか?」
「え? 桜花は知ってるのか?」
「はい。というよりか、さっき図書館で俊さんが冒頭三ページで机の上に放棄した本。あれ、図鑑だったんですよ。そこに『ブラッド・ウルフ:大きく、禍々しい翼と、何でも切り裂ける爪が特徴』と書いてあったんですよ?」
「え? そんな本だったの? アレ」
「おーい? 俊? お前、散々俺らに真面目に探せだの。どーの、こーの言ってたよな?」
「うう……。スミマセン……」
「まあ、いいですけど。俊さん。このくらいの情報で大丈夫なんですか?」
「ん? ああ……。任せろ。策はある」
明後日、午後七時。辺りが段々薄暗くなってきたころ。俊がキングダム・キャッスル五階、貯蔵庫前で声を上げた。
「総員! 準備は出来たかーー?」
「「おーーー」」
「支援魔法は自分が使いたいモノだけでも覚えたか-?」
「「ぉー」」
「ん?なんか声が小さいぞ!?」
「「おー!」」
「よーーーーし! では、ただいまより、ブラッド・ウルフ討伐作戦を開始する! 総員、持ち場に着け!」
「「了解!」」
扉を開け、中に入る。俊は(聞いてたよりも広いな……)と思っていた。俊は肉の陰、田介は天井の梁の上、桜花は今さっき入ってきた扉の前でそれぞれ待機。その兵が言うには午後七:三〇~八:〇〇にかけて現れるらしい。今の時間は……七:二五。そろそろだ。…………と、PNTで時間を確認しながら、俊が思っていると、
「バサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサ」
(((来た)))三人の鼓動が早くなる。一匹のみ中に入ってきた。俊の目の前から肉がどかされる。
「今だ!」
俊がさけんだ瞬間三人がばらばらな行動に出る。
天井の田介は「術式解放! 灯!!」と、光源を出す。
桜花は急いででブラッド・ウルフが入って来た窓を閉める。
俊は「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」と、何処でも良いから当たれ!と念じて刀を思いっきり振る。
窓の外に居たもう一匹のブラッド・ウルフは慌てた様子で窓へ突進を決めようとするが、桜花の雷撃で弾かれる。
俊に切り飛ばされた方のブラッド・ウルフは、空中で翼を使い、見事な宙返りを披露して着地。俊と膠着状態になる。
先に動いたのは俊だった。俊は
「術式解放! 速!」
と、唱え、一気に加速し、ブラッド・ウルフの手前で踏み切ると、宙返りをきめて、背に跨った。ブラッド・ウルフは激しく抵抗する。が、俊の方が一枚上手だった。俊は思いっきり足をブラッド・ウルフの腹に食い込ませ、体を固定すると、刀を逆手に持ち直し、翼を根本から切り裂いた。そして、暴れるブラッド・ウルフから飛び降りながら、
「田介ぇ!」
と、叫んだ。瞬間上から田介が振ってきて敵を真っ二つに叩き切った。
次いで、ずっと、ブラッド・ウルフの片割れを相手取っていた桜花に、
「窓開けろぉ!」
と、叫んだ。桜花は小さく頷くと、
「雷撃……砲!!!」
と叫び、ブラッド・ウルフを太い雷撃のミサイルで吹き飛ばすと、窓を開け放った。
こちらのブラッド・ウルフも空中で宙返りを上手く決めると、そのまま突進を決めてきた。
その突進を迎え撃つ様に俊と田介がタイミング良く、刀と戦斧で迎え撃つ。
だが、誤算が生じた。敵の爪が俊の胸を切り裂いた。
三本の傷から大量の血を噴出させ、真っ二つに切られた体から大量のストレスを噴出させながら、俊とブラッド・ウルフはそれぞれ床に倒れた。
しーーんと、辺りが静まりかえる。
はっと、我に返った桜花が俊に飛びついた。
「………………!!!!!!!!!!………………俊さ~~~~~~~~~~~ん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「術式解放! 癒! 癒! 癒!」
桜花の魔法は空しくも俊の体に吸い込まれ、一向に傷は塞がらない。
「何してるんですか? 田介さん! 早くお医者さんをよんできて下さい!!」
「お、おう。ま、ま、ま、待ってろ!」
段々と弱くなる俊の息を後に、田介は貯蔵庫から出て行った。
「う……あ…………」
「だ、大丈夫ですか!? 俊さん!」
「お、うか…………」
「なに!? 何ですか?」
心配そうな桜花の声が倉庫に響く。
「お……うか…………おれ……俺は大丈夫だ……からぁっ………………心配すんな……」
「無理して喋らないで下さい! いま田介さんがお医者様を呼びに行ってますから」
「そ……うか……ありが……たいな……」
「なんで…………泣いてんだ? おうか…………」
「うえっ。や、やっと、やっと皆さんを心から信用出来て……なのに、なのに…………。こんなとこで……ぐすん……こんな早くに仲間が…………大事な仲間が……大切な人が……こんなことになっちゃって! 泣かない分けないじゃないですかぁっ」
泣きながらも、桜花は少しでも俊を元気付けようとして気丈に振る舞った。だが、流れ込んでくる感情には逆らえなかった。涙が止まらなかった。
「桜花…………」
「俊さん! 俊さん! 俊さんっ!!!」
桜花の両手から溢れ出ていた、薄い緑色の光を放つ治癒魔法。今まで傷をふさぐ程の力も出てなかった、その魔法が一気に力を増す。
軌跡。そんな単語が俊の脳内に浮かんだ。これを軌跡と呼ばずして、何を軌跡と呼ぼう。みるみる俊の溢れて来ていた血が止まる。更に、閉じる気配すら無かった傷が閉じようとし始める。この力は何だろうか。きっとこれは仲間と仲間を繋ぐ友情──いや、愛情なのだろうな。気を失う直前、桜花と俊は同じ事を考えていた。
田介が医者を連れて倉庫に入ったとき、俊と桜花が重なる様に気絶して倒れていた。
「おいっ! 大丈夫か!?」
「「…………………………」」
「おい! 俊! 桜花!」
「「……………………」」
田介が二人の肩を揺さぶるが、全く応答がない。が、そこで田介が気付いた。
「あれ? 俊の傷……完全に塞がってるな……。まさか…………桜花が?」
ふん。流石だな……そんな事を思っていた。
「だが、まあ。完全に気を失ってるな……こいつら。あのう。すみませんが、この二人をベッドまで運ぶの手伝って貰えませんか?」
医者と、担架お持ってきていた兵士が首肯した。
「う…………ん」
桜花が目を覚ましたのは気を失ってから三日後の事だった。
「ここは……?」
辺りを見回してみたが、泊まっていたホテルではない。桜花はふらふらと扉の方へ歩いていくと…………「バタン!」急に戸が開いた。
「おおおおおおおおお!!!!!桜花!!!気が付いたのかぁ!」
俊が飛び込んできた。
「ええええ! 俊さん!? 本当に俊さんですか!? 良かった…………良かったぁ~~~」
「何でまた泣いてんだよ? 俺はほら、見てみろ! こんなにピンピンしるぞ!」
俊は飛び跳ねて見せる。
「良かった…………俊さん死んじゃったらどうしよう。とかぁっ! わ、私は魔法使いなのに…………なのに! 傷一つ塞げなくて……」
泣きじゃくる桜花の頭にぽんと、手を乗っけると、俊は優しく言った。
「何言ってるんだ? 桜花が、俺の傷を塞いでくれたんじゃないか。今俺がピンピンしていられるのは本当に桜花のおかげなんだぞ?」
「そ、そうでしたっけ……」
「そうだ」
瞬間笑顔になった桜花は「良かったです!」と、一言言うと俊の横を通って廊下へ消えて行った。…………?
「お~~~~~~~~~~~~~い! 桜花! お前ここの中自由に歩くの初めてだろ~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」
「あ、そうでした。というか、ここは何処なんです?」
「ここはキングダム・キャッスルの中だ」
「え? 王城に居るんですか!?」
「ああ」
「何で?」
「それはなあ、お前らが気を失っていたから、俺がちょっと休まして貰えるように頼んだら、ここの部屋を貸してくれたのさ」
どこからともなく現れた田介がそう答える。
「うおっ! 田介……居たなら声くらいかけろよ……びっくりするじゃねぇか」
「なるほどです。ありがとうございました」
にぱ、と。桜花が笑う。
この後、しっかりと王様にお礼を言ってから王城を後にした。報酬については後日となった。
「しっかしまあ。疲れたな」
「ですね~」
宿へ帰る俊達がだらっと雑談をしていると、
「ちょっと待ちなよ。テンシ様よお」
そう話しかけてきた連中がいた。だが、俊達はだれも自分達が呼ばれているとは気付かない。
「無視すんじゃねぇ~よっ」
そう言いながら桜花へと殴りかかってきた。
「きゃっ」
桜花から短い悲鳴が上がる。
「おいお前! 何やってんだよっ」
俊が怒鳴り、抜刀する。
「おいおい。テンシ様よお。アタシの事忘れちまったって事は、ねーよな?」
「誰だよお前」
俊が短く告げると、もの凄く怒った様子を見せ、着ていたマントの裏からハンドガンを取りだした。ハンドガンを出す際に、マントのフードが取れ、赤い髪が夕日の下に晒される。
「嘘だよなぁ? そうだよなぁ? 『テンシ様』がアタシの事忘れて、事もあろうか『獄炎』なんかと連んでるなんてなぁ」
そう言いながら、そっと指を引き金にあてがう。「バンッ」そう銃声が鳴り、咄嗟に顔を背けた。だが、痛みはおろか、悲鳴すら聞こえない。
俊がそっと目を開くと、突っかかってきた女の手から、ハンドガンが吹き飛ばされていた。
「だ、誰だぁっ!?」
女が咄嗟に振り向く。俊達も目を凝らして見たが、誰の人影も見えなかった。
「バン」「バン」続けて第二発目、三発目も発射された。二発目は女が取り出そうとしていた簡易ナイフを、三発目は女の右手を。それぞれに着弾した。女がわめき、後ずさると、遠くにゆらりと人影が上がった。その陰はゆっくりとこちらへ近付いてくる。その陰が近付いてくるにつれて、だんだんと輪郭がはっきりしてくる。
「ま、まさかお前…………『白虎』か!? う、嘘だろ……? なんで? なんでお前も私の敵に…………」
しっかりと見える距離まで近付いてきた陰は、白いロングコートを着た少女であることが分かった。その少女は言う。
「……お前は一瞬でもテンシに仇なそうとした。よって、断罪することになった。だが
テンシは人殺しが嫌い。今なら逃がしてやる。ほら、行けよ。『暗器使い』。そして、ゴクエンハの糞虫ども」
「ひいっ」
女は顔を引きつらせると、一目さんに逃げていった。
女が逃げると、周りの路地から、同じようにフードを被った連中がわらわらと出てきて、女の後に続いて行った。
残った少女は言った。
「……テンシ様。ただいま参上しました。第一近衛隊隊長、白虎。國松 冬香です。」
詳しく話を聞くために、冬香を宿へ連れてきた。
「なぁ? テンシって何なんだ? 何で桜花が襲われたんだ? 獄炎とは? そして君は誰なんだ?」
獄炎と聞いた時に田介がビクリとしたが、そのことには誰も気付かなかった。
「なぁ? なんなんだよ?」
俊は頭の中が疑問符でいっぱいだった。何が起こっているのかすら、分からない様子だった。
「……待って。一つずつ話すから」
「おう」
「……まず、テンシという存在から説明していく。この世界は既に何回か存在しては消え、存在しては消えを繰り返している。そのことは皆さん把握している?」
三人が頷く
「……結構。そして、今から話すことは前回ここが出来た頃に遡る。当時、ここの世界には二大勢力があった。私は『天士派』──あなた。九重俊の元に居た。元々天士というのは『天空を駆ける剣士』から来ている。ふふふ。刀を操っていたのだから、武士と言う方が正しかったのかも。今ならそう思う。ごめんなさい。話が逸れてしまったわ。もう一つの一派『獄炎派』。それは、あなた──岩山田介が率いていた。あら。意外と冷静に聞くんだ。意外。そして、天士派の中にも色々部署があった。私はそこの近衛兵長をしていた。天士の片腕だった。私は天士の為になれることが嬉しかった。え? 私のことはいい? それならいいわ。続きに行きましょう。さっき襲ってきたのは、最近現れた一派『天獄派』のひとりで、元天士派の器野 刀子天士派では珍しい暗殺部隊だった。その部隊は、あまりにもしつこく嫌がらせをしてくるような勢力、団体に、それ相応の手を施す部隊。ただ、天士はその部隊を、忌み嫌っていた。天士は人殺しが嫌いだったから。どう? これで、大体分かったかしら?」
冬香はここまで話し終えると、バタリ。と、倒れた。
「ちょ、おい! お前、大丈夫か!?」
「…………話しすぎて疲れた」
話の続きは明日になりそうだ。
俊は考えていた。自分は一体誰なのだろう。と。
翌日話の続きが始まった。
「……あとは何が知りたい?」
「えーと。先ず、『天空を駆ける剣士』の由来。あと、天士派、獄炎派の違い。後は……そうだな……ああ。天獄派についてかな?」
「……分かった。じゃあ、話す。先ず、天士の由来だけど、貴方は元々一人では無かった。天士は、いつも一羽の鷹。『天』と、言ったかしら。を、連れていたわ。私はこの世界にも居るのではないか。と、探した。探した結果、ノースタウンに居ると分かったの。この鷹に引っ張られて、天高く駆けていた。だから天士。
獄炎派と、天士派の違いだけど、大きく違うのは、非戦闘民への処遇だった。天士派は、非戦闘の民衆には色々と、ポップしたアイテム、カイ、その他食事などをを分け、暮らしの手助けをしていた。変わって、獄炎派は、非戦闘民に、少しでも戦えるように鍛えろ。俺について来られる者のみに恩恵が与えられる。と、していた。どちらも、世界の終わりを目指す事に変わり無かった。だけど、そこにいたるプロセスの違いが、彼らを二分する手助けになっていた。
最後に、天獄派について。天獄派とは、元天士派、元獄炎派のメンバーを主な構成員とする一派。元は、貴方たちを捜し、元の二大勢力に戻そうとしていたそう。だけど、貴方たちが、共に手を取り、世界を歩んで行っていると知った今、何とかこの二人を引き離そうと、共に一つの目標に向かい初めて、作られた一派。とても急進派で、多分だけど、これからも、幾度となく絡んでくると思われる。こんな感じで良いかしら」
「あ、もう一つ。どうしてお前らは記憶があるんだ?」
「……知りたい?」
「ああ。それが分かったら、俺の記憶も戻るかもしれないじゃないか」
「……それはないわ。あなたの記憶は天と共にあるもの。あなたは前の時に言っていたわ『見つけられたくない記憶がある』と。きっと、これって、天に全てを預けて、あなたの潜在意識下には何も残していかなっかたって事じゃ無いの? もし、私と同じ方法で記憶を戻しても、きっと、神に見つけられたくない記憶ってのが消されていると思う」
「なるほど。でも、田介の記憶も戻るかもしれないし、ひょっとしたら桜花にも記憶があるかもしれないから、試してみないか?」
「……そう。じゃあ、桜花にだけは、試してみようかしら」
そう言うと、自分のPNTを操作して、丸薬の詰まった小瓶を取り出す。
「……はい。飲んで」
「え?」
「……いいから一息に」
「は、はあ……」
渋々といった感じで、桜花が丸薬を飲み込む。
「…………………………」
「どうだ? 桜花」
「……特に変化はありません」
「そうか」
「……じゃあ、桜花は初参加さんだったのね」
「みたいだな」
「で? 田介の分は?」
「ないわ。というより──
──獄炎……いや、岩山さん。あなた、記憶あるんでしょ? 前の」
「え? いや、どうかな……」
「え? 田介さん、記憶……あったんですか?」
「いや、まあ……うん。あるな。記憶」
「田介……」
俯いてぽつり、ぽつり。と、田介の告白が始まる。
「俺は、前の世界が終わってからも何故か、本当に理由は分からないのだが、少しだけ記憶を持ち続けていた。俺がここへ呼ばれた理由は、恐らく、この世界を覚えていたから。今回の世界が始まったの時に持っていた記憶は、とても曖昧なものだった。俊に今回の世界で、初めて会ったとき、何か見たことある奴が居るな……でも誰なんだろう……? って、疑問を持って近寄った。ひょっとしたら記憶を取り戻せる手助けになるかもしれないから。そのまま今に至る。そして、今の話と、今までの旅で、大体思い出せた。俺は何を思いだしても、今回は俊の味方で居る。何があっても。この世界が終わるまでは」
「……そう」
「そうか……。これからも宜しくな」
「おうよ!」
俊が元気よく返事をした。
「あのう…………」
おずおずといった感じで、桜花が声を上げる。
「どうした?」
「話は変わりますが…………。ひょっとして、あなた……冬香ちゃんですか? 本家の……」
「……? え? まさか…………錦川さんのところの桜花ちゃん? 本当に?」
「ん? 親戚なの?」
「はい! 私が分家で、冬香ちゃんが本家なんです! えと、うちの家系はですね、代々日本舞踊を受け継いでいる家系でして、あんまり有名な名家って分けではないのですが、一応、本家分家に分かれていて、それなりに歴史もあるんですよ」
「なるほど」
世界は狭いな……俊はそんなことを思っていた。
「んで? 冬香は俺らに付いてくるのか?」
「……いいの?」
「勿論! なぁ! みんな!」
「おう! (はい! )」
「………………りがとう……」
冬香がとっても照れていた。
「で、だ。天にはどうやったら会えるんだ?」
「……いいの? ひょっとしたら、全ての記憶が戻ったときに、今の記憶が無くなってしまいかねない」
「そ、そうなのか……」
「……わからない」
俊は悩んでいた。記憶は欲しい…………。でも、今の生活を捨ててまで手に入れたいのか? 今の生活こそ、一番幸せな形では無いのか? と。
「今の生活は気にいってるから、記憶は欲しいけど、それで、この記憶がなくなってしまうなら、俺は、その事を望まないでおくよ」
「……そう」
なんだか満足げな冬香だった。
第三章~最後の戦い~
この日から丸二年たった。
俊達は王都の四方にある町、『ウエスト・タウン』『ノース・マウンテン』『サウス・アイランド』『イースト・ヴィレッジ』全てを回った。沢山現れた強いモンスターも狩りまくった。俊の素晴らしい戦術によって死者はほぼ出なかったし、大勢の人とも出会う事が出来た。それは俊達にとってプラスにしかならなかった。だが、俊達の旅は順風満帆とは行かなかった。卑劣なまでの『天獄派』からの邪魔や、暗殺紛いの事まで、全てを避けることはとても辛いものだった。
そんな二年経った年の秋、俊達は『フライ・ドラゴン』という飛行スピードが速い飛竜と戦っていた。
「俊! そっち行ったぞ!」
「分かってるよ!」
ここはノース・マウンテンの外れ、岩山地帯の真ん中ほどの場所だ。
「ああ……畜生。早いな……あいつ」
チッ、っと。舌打ちをする。
「何か新しい策は…………………………」
今あるモノ……桜花の電撃……冬香の遠距離火力……そり立つ岩山……高速で飛び回る飛竜……田介……は遠いな。俊は考えあぐねる。脳がすり切れそうになってきたが、気にせずに策を練る。
「う~~ん」
「………………………………………………………………………………………………」
「策……策……。…………!!」
「思いついたぞ!!」
俊が叫ぶ
「冬香はそこから迎撃態勢のまま待機! 田介は何処に竜が落ちてきても良いように待機!! 桜花は手当たり次第に雷撃をっっっ!」
そう叫ぶと、俊自身は一番高い岩を登っていく。
「雷の雨!!!!」
桜花の電撃が始まった。
二年という時は長かった。桜花は一時間ほど電撃を打ち続けても倒れない体力を手に入れていたし、田介の斧も形状変化し、白銀の持ち手に深紅の美しい刃が付いている『深紅の炎』になっていた。
上から見ると、竜は八の字を書くように飛んでいる。俊は動きを見きると、「術式解放!堅!」と、硬化呪文を唱え、万一の場合に備えると、一息に飛び降りた。
バフ。見事、飛竜の背に着地。
そのまま刀で片翼を切り落とそうとする。が、堅い……。飛竜は暴れ、振り落とそうと藻掻くが、桜花の雷がいい牽制となり、大人しくなった。
大人しくなった飛竜だったが、また直ぐに暴れ出す。
「この…………やろうっ」
刀を持つ手にいつも以上の力を入れる。刀の刃が半分ほど食い込むと、飛竜は空中で痛みに足掻く。
そのときだった。誤算が生じたのは。桜花の電撃が、俊めがけ降ってきたのだ。
「あ、俊さん! すみません!」
だが、慌てない。俊は二年という月日の中で、桜花の雷を避ける術を覚えていた。(何故かというのは……そう。察して貰いたい)
俊は丁度雷の先を裂く様に刀を振ると、雷を散らした。
「バリィィン」
大きな爆発音とも、雷の音とも言えない音が鳴り響く。
「おい! 危ないじゃないか! しかっり狙えよ!」
「あう……スミマセン……」
飛行が止まってしまえば、そこからは冬香の出番だった。しっかり狙いを定めると、引き金を引いて発射。全て命中し、飛竜が大人しく地面へ吸い込まれていく。
落ちていく飛竜の真下では、田介が構えて居る。飛竜が田介の斧の間合いに入ると、「ブゥン」と、音を轟かせ、切り上げる。
飛竜はお腹に数発の銃弾と、斬撃をくらい、深手を負っていた。
「すぅぅぅぅぅうう……はっ」
強く深呼吸すると、俊は切り替える。
「うおぉぉぉおおお…………りゃあ!」
「ばひゅぅぅぅぅぅぅぅぅううう……」と、切り取られきった翼の付根から大量にストレスが吹き出す。
「げほっげほぉ」むせるが、竜から飛び降り、しっかり、竜と向き合う。
「ぐるぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお」
痛みに藻掻く飛竜。全員で追撃を仕掛ける。
「ぶ、ぶうおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉおぉおっぉおおおおお」
飛竜は断末魔を上げると、傷という傷からストレスを振りまき、消滅した。
同時刻
人々が『始まりのビル街』と呼ばれる場所にて、チーム名『暗闇の戦闘兵』が頭上に『LAST』と表示されたモンスターを撃破した。
撃破されたモンスターが完全に消滅したときに、
『Congratulations』『帰還許可』『Congratulations』『帰還許可』と、ストップワールドで生き残っている全ての人のPNTから音声と共に、ホロボードが現れた。
全ての人が「やったあ…………」とか「終わった! 帰れる!!」とかと、歓喜に湧いていた。
だが、次の瞬間『Congratulations』の音声、『帰還許可』の表示に、ラグが走り出す。音声もノイズが混じり、音が割れ始める。さらに、白かったホロボードが真っ赤に染まり、『Warning』『Warning』『Warning』と、危険を知らせるアラートが鳴り響き出す。
──────そして、空が割れた──────
割れた空から巨大な鎧騎士が現れた。鎧騎士は腰に巨大な一振りの剣を履き、頭の天辺から足の先まで、所々にオレンジ色のラインをあしらった金の鎧を着ていた。この騎士は始まりの場所と人々が呼ぶビル群に降臨した。騎士の姿は数キロ離れたノース・シティに居る俊達からも見る事が出来た。
「な……なんだ? あれ」
「何でしょう…………」
「ビ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
PNTから今までに聞いたことのない通知音──というよりは、警報の様な音が鳴り響く。
「おい。何だ? この音は!?」
「ど、どうやらメールが来たみたいですね」
みんながPNTを操作してメールを開く。
『皆さんこんにちは。全知全能の神です。二年ぶりですね。ラストモンスターを倒して頂いたのに済みません。こちらの手違いで、神々で処理する予定だったストレスが一気にそちらの世界に流れ込んでしまったようです。そのストレスは実体化して最強のモンスター『鋼鉄の騎士』になってしまったようです。そして、その世界の特性上、モンスターが存在している間は、こちらからの干渉が一切出来ません。なので、せめてもの手助けに倒すヒントを一つだけお教えします。あのモンスターは、首など、鎧のないところが弱点です。鎧さえ剥いでしまえば、後は簡単に倒せるはずです』
ここで文章は終わっていた。
「クソッ。何なんだよ……。神ってよ……」
膝から崩れた俊は、忌々しげに岩が所々突き出た地面に拳を突き立てた。
「……天士」
「おい。冬香……。天の所に連れてけ。絶対に負けるもんかよ……。このモンスターに! この世界に!!」
「……うん、分かった。ここから近い。こっち、付いてきて」
俊は田介達の方を向き、言った。
「悪い。お前らにも付いてきて貰いたい。駄目かな?」
「そんなこと無いですよ! 私たちは俊さんについて行きますよ。この世界の終わりを一緒に見るまでは。ですよね? 田介さん?」
「おう! 勿論だ」
「ありがとう…………」
天が居るという洞窟は本当に近かった。四人全員で『灯』の魔法を使い、明かりを付けて、洞窟へ入っていく。一番奥へ付くと、一羽の眠る鷹をかたどった石像が設置してあった。
「何でこんな所に石像が……?」
「……この石像が天。私も、天獄派も誰もが持ちだそうとした。だけど無理だった。私たちではびくともしなかったから」
「え? そんなのどうすんだよ? ここまで来といて只の石像でした。じゃ、笑えねーぞ」
「……多分、多分だけど、天士。貴方なら多分大丈夫。なんとかなる」
「……そうか」
俊が恐る恐る石像へ手を伸ばす。すると
「ぱり…………
「ぱりぱり…………
「ぱりぱりぱりぱり…………」
ばらばらと、石像の岩が剥がれ落ちていく。そして中から一羽の鷹が現れた。そして、ゆっくり目を開いた。
「……っつ。う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ」
鷹が目を開いたとたん、俊が悲鳴を上げだした。
みるみる俊の体が、淡い光に包まれていく。
光が消えた時、そこにいた俊の格好は今までのモノと大きく違っていた。服はパーカー&ジーパンから、直垂と袴という、武士の様な格好へと変化した。
刀は鞘が白木の木彫りから、宝石のように透き通った青く、美しい下地に、鋼で竜のレリーフがあしらってある物に変化した。刀身は今までの色とは比べものにならないくらいの青みを帯び、その色は大海のそれと同じモノであった。その名も──〈竜刀水神〉(りゅうとうすいじん)
髪の毛も黒髪から薄い碧髪へと変化していた。
「あああああああああ。頭が……割れそう…………」
光が消えても俊の悲鳴は断続的に続いた。
「おい。俊? 俊だよな? 俊! 大丈夫か!?」
「ああ……。なんか、狭い隙間に、大判の分厚い辞書を、無理矢理、詰め込まれて、いるみたい、だ……」
そう言うと、バタリ。と、俊は気を失った。
「あ。やっと来たね」
「お前が天か?」
「そうだよ。天士……。いや、俊。久しぶりだね」
「久しぶりになるのか……。すまん。まだ記憶が定着してないみたいだ」
「大丈夫。直ぐによくなるから。それよりも、今。この状況を何とかしよう。ほら、目を覚まして! 獄炎派が近付いてきてるよ」
「なんでお前。獄炎派を知ってんだ?」
「あいつら。何回もここへ来たからね」
「そうなのか……。迷惑をかけたな」
「ううん。お前は俺だし、俺はお前だから」
急激に景色が戻ってくる。
「おお! 俊。目を覚ましたか」
「ああ。畜生……。まだ少し痛むな。……いや。でも」
そう言い、起き上がると、俊は刀を腰の三角帯に通し、帯取りを用いてしっかりと腰に固定した。
「おい。まだ起き上がるなよ」
「いや、大丈夫だ。それより、急がないと。……今ここに、獄炎派が近付いてきてる」
「なんで分かるんですか?」
「天が教えてくれた」
「ああ。急ごう。敵はもう直ぐそこだ」
俊の頭の上にとまった天がそう告げると、
「「て! え~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!! と、鳥が喋った!?」」
田介と桜花の驚いた声が、見事にはもった。
急いで洞窟の最深部から駆け出していく。
俊達が、洞窟から出ようとすると
「ガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラ」
急に岩雪崩が起きて出口が塞がってしまった。そして、岩陰からちらりと見えた、赤い髪。
「あいつは……。チッ。やっぱり、獄炎派の妨害か」
田介が悪態をつく。が、
「ちょっとどけ。田介」
「俊?」
「記憶が戻ったよ。天。また宜しく。みんなのことも、まだちゃんと覚えてるよ。これからも宜しく」
桜花がパァッと笑い
「はい! 宜しくです!」
一言言った。
「じゃあ、やってやるか」
俊がシャリィィィィィィィンと、美しい刀を抜刀する。そして、しっかりと両手で上段に構えると、一気に振り下ろした。
「ガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラ」
出口をふさいでいた岩が切り裂かれ、小さくなった。すると、更に岩が崩れ、道が切り開かれた。
俊は岩を切り裂いた刀を振り、血を払うように、砂埃をはらうと、そのまま峰を肩に乗せた。そしてそのまま言う。
「さあ。お前ら! この世界を終わらせに行くぞ!」
「ああ」
「はい」
「…………うん」
洞窟から出ると、既に獄炎派の面々が取り囲んでいた。
「お、おお…………そ、その格好は……。天士様。お帰りなさい。さぁ! 記憶がお戻りになったのでしょう? さあ! 今こそ我らと共に!」
赤毛の少女。獄炎派リーダー暗器使いの、器野刀子が俊に声をかける。
「何故って。仲間だから。こいつ等は、かけがえの無い。『仲間』だから。お前達も元は仲間だった。だが、ちょっと妨害行為をしすぎたよな? 悪い。今のお前等は信用できない」
「そんな……。天士様! 私たちを置いて行ってしまうのですか?」
「置いていく分けじゃない。これから始まるだろう最後の戦いに備えに行くんだ」
「私共も付いて参ります!!!!」
「ごめん。俺はこいつらと行く」
「何故」
「何故って。仲間だから。かけがえの無い。『仲間』だから」
器野はキッ。と、俊を睨むと、
「なら! ここからは我々がこの世界を終わらせに行く! 邪魔なお前らは…………。ここで排除してやる!!」
そう言った。
「きゃっ」
桜花が敵の一人に捕まってしまう。
咄嗟に地を蹴り、俊が敵の目の前に躍り出ようとする。
「いいか? 天士? それ以上近付いたらこの娘の命を消してやるぞ」
そう言って器野は、マントの内側からナイフを取り出し、桜花の喉に突きつけた。
器野の脅し文句に俊が立ち止まる。
だが、立ち止まったまま俊は叫んだ。
「シロ!!!」
「……了解」
懐かしい呼び名ね……。と、冬香が目を細め、引き金を引く。冬香の狙撃銃──『四聖銃・白虎』から飛び出た弾丸はナイフを掴んでいる器野の手に吸い込まれて行ったが
「同じ手を喰らうと思ったかぁ!!」
器野が素早く反対側の手で、新たにナイフを取り出すと、それで弾丸を弾く。
「……そんな」
更に器野はマントの中に手を入れると、ナイフの代わりにハンドガンを取りだし、三発冬香へ発砲する。
冬香も、三発撃ち、応戦するが、二発しか弾けなかった。
「ぐっ……」
一発だけ肩に当たってしまい、冬香が顔を歪ませる。俊が冬香の元へ駆けていこうとしたが、
「待てよ。天士。動くなと言っただろ?」
器野の言葉に遮られる。
「……天士。いや、俊!! 私なら大丈夫! それより桜花を!」
「分かった! 任せとけ!」
「アン。お前。絶対許さないからな……」
「どうしようって言うんだい?」
「どうしよっかな」
俊が辺りをぐるりと見渡す。
「こうするかな!」
「術式解放! 発!」
あらかじめ拾っておいた石が、俊の手のひらに現れた魔法円によって、高速で投げ出される。石はまっすぐ器野の元へ飛ぶと、ナイフで受けきれないと判断した彼女は、少し後方へ仰け反る。
俊は、隙ありとばかりに桜花の元へ飛び込み、取り押さえている男を殴り飛ばす。
桜花を救出した俊は桜花を田介の方へ行かせると、
「へへへ。もう俺の枷は外れたぞ」
そう言った俊は、中段に構えた刀で器野に斬りかかる。
器野はもう一度、先ほど弾丸を弾いた少し長めのナイフでパリィすると、右手に元々取り出していたナイフを「術式解放! 発!」と、俊へ投擲して、後ろへと飛び退る。
俊は飛んできたナイフを刀で弾くと、追いかけ上段から斬りつけるが、空をきった。瞬時にそのまま刃を返すと、下段から一気に切り上げる。切っ先が器野をかすめ、マントと、前髪を切り裂く。
マントが無くなった刀子の体には、いろんな暗器が仕舞われたベストと、ベルトが現れた。
「チッお前ら! ボサッと見てないで助けろよ!」
器野が叫ぶと、周りで見ていた部下が一斉に躍りかかってくる。が、それは突如降り注いだ雷の雨に一蹴された。
「なんだっ!?」
器野が辺りを見回す
「間に合いましたね」
桜花が自分の杖を胸に抱いて言う。
「よそ見してる暇があるのか。すごいな」
「ちいっ」
器野が肩から斜めに袈裟懸けされたが、万一の為に服の下に装備していた胸当てに弾かれた。
「くくく。防御してないとでも思ったか」
「……私に背中向けたわね」
「!」
器野の背後から弾丸が襲う。それは、端っから器野の体を狙って打たれたものではなかった。弾丸は、肩口を襲うと、器野の胸当ての留め具を全てすり切っていった。襲った弾丸が、回転数を上げるように、削られた冬香手製の細工弾だったから出来た芸当である。
ストン。と、器野のTシャツの裾から胸当てが落ちた
「な……」
驚きを隠せない様子の器野は、慌てて腰から小刀を抜刀し、長めのナイフと、二刀流の構えをとった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおテンシぃぃぃぃぃいいっぃぃぃぃいいい」
そのまま俊の元へ飛び込んでくる。
左手からの斜め切り、更に、足のステップ、捻りを使って、二十連続攻撃を繰り出してきた。
だが、覚醒した俊には当たらない。
俊は、それを丁寧に一発づつ弾いていく。
「くそっくそっくそぉ!」
「当たれよ……当たれよ……」
最後の一発は、ナイフごと弾く、
右手に残った小刀だけで、襲いかかってくる。
俊は右下から切り上げて、パリィすると、左足を軸に一回転し、右上から袈裟懸けにする。
俊の刀が、今回はすんなりと、器野の体を滑って行く。肩口から入った刀が、器野の乳房を通り、へその下部までを、バッサリと切りすてた。
鮮血が飛び散った。器野膝から崩れ落ちる。
「くっそ……。テンシ様……。なんでだよ…………」
器野が息絶えた。
周りの部下がわらわらと起き上がりだし、目の前の光景に唖然とした様子を示す。
「いいか!? 獄炎派の野郎どもっ! もう二度と俺らの前に姿を現すなっ!」
俊の声は引きつっていた。泣いていたのだ。自分で殺しておいて、身勝手だとさえ、思われても仕方がない。だけれども、悲しいのだ。辛いのだ。かつて、汚れ仕事を一括して任せてしまっていた仲間を、なんと、自分の手で、刀で、討ち取ってしまったのだから。神の作った世界に、屈してしまったかの様に思えた。
獄炎派の部下が一人、また一人と、この場を去って行く。
全員を見送ると、俊は器野の亡骸の横に、膝から崩れ落ちた。
「畜生……。畜生…………」
俊は涙を流していた。
「……俊。貴方はよくやっているわ」
「シロ……」
「……この世界を終わらせるんでしょ? ほら! しゃんとしなさい!」
こういう時はしっかりとした口調で、俊を元気づけてくれる。冬香はそんな少女だった。
「お、おう…………」
よろよろと立ち上がると、みんなの方に振り返る。
「みんな……。俺、この世界を終わらせられるのかな?」
「大丈夫ですよ! 俊さんならやれますよ!」
「そうだな。で? 俊。あのデカブツどうするんだ?」
桜花と田介が笑いかける。
「…………」
俊が泣き止み、少し複雑そうな顔をしたが、直ぐにニッっと笑うと、
「任せろ。策はある」
……………………と、いう作戦でいく」
俊の作戦というのは、今までの俊が一人軸となり突っ走っていく形では無く、多くの人を頼って、任せて、信頼して遂行するものになっていた。
「なるほどな。良いんじゃないか?」
「……流石」
「では、早速人を集めましょうか」
「ああ」
各々がPNTを使い、二年の間続けてきた旅の中で出会った、全ての人々にこんなメールを送った。
『一ヶ月後に、ゴールド・ナイト討伐作戦を展開予定です。ですが、私たちの人数ではどうにもなりません。助けて下さい。討伐作戦会議は二週間後にノース・マウンテンの大広場にて行います。来て下さい。一緒にこの世界を終わらせましょう!!』
二週間後。人が列をなしてノース・マウンテンに向かって来た。
集まった人達の中には、
「おう! 俊! 久しぶりだな! 今俺が開いているギルドのメンバー集められるだけ集めてきたぞ!」
と、『イースト・ヴィレッジ』で、傭兵ギルドを作ろうとしていた男が居たり、
「天士様! 今一度我らがお力になります」
と、元天士派で、ずっと地下に潜って、天獄派から逃げながら、隠遁生活を送っていた。という人達が駆けつけてくれたりした。
そんなような人々が居り、五〇〇人を超える大パーティが結成された。
「みんな集まってくれて有り難う!!」
「うお~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
人々の熱気に広場が湧く。
「先ず、情報が知りたい! 何かゴールド・ナイトについて情報を持っている者はいないか?」
少し広場がざわつくと、
「俺らが、ラストモンスターを討伐した」
と言う者が現れた。彼らはチーム名『暗闇の戦闘兵』で、紛う事なき、ラストモンスターを屠ったグループである。
「で? 情報は」
「ああ。ゴールド・ナイトは、俺らの居た上空に現れた。奴の大きさはざっと十メートルで、剣は大体五メートル。正直、面と向かうと、恐ろしくてびびっちまった。あと、あいつから逃げてくるとき、奴が、剣の先からビームみたいなのを出して、町を破壊していたのを見たぜ」
「なるほど……圧倒的なサイズと、ビーム攻撃か……ふうん……」
「有益な情報だったか?」
「ああ。助かったよ! 有り難う」
「あと、天」
「ん? なんだ?」
「『始まりのビル街』まで飛んで、前に俺が戦闘場所に選んだ場所が健在か、見てきてくれないか?」
「おう! いいぜ。待ってろよ! 直ぐ戻るから」
天が戻ってきた。
「大丈夫だったぜ。十二分に使える」
「良かった」
「では! 次に作戦を説明する!」
「作戦は先ず、俺と天でゴールド・ナイトのタゲをとっておびき寄せる。」
天が俊の頭上で翼を誇らしげに大きく広げる。
「次に、糸使いの滝無夫婦に足止めをして貰う!」
広場の中央辺りからワイヤーと鎖が伸び、『OK』の文字を作る。
「そして、足止めをした後に、熱と冷却によって敵の鎧を壊したいのだが。誰かいないか?」
広場の右端から二人揃って、立ち上がると、前に進み出てくる。
「俺に任せろ」
「私にやらせろ!」
「おお! 有り難う! で、名前は?」
「大型生物討伐専門ギルド所属。氷の魔法使い。犬神!」
「同じく炎の魔法使い。琴平!」
「じゃあ、任せるぞ!」
「そして、ある程度、魔法攻撃を繰り返したら次に打撃を加え、鎧を粉砕しようと思う。打撃系武器を持っている者は田介に付いて行ってくれ! 」
六〇人ほどの、棍棒や、ハンマーを持った連中が田介の方へ移動する。
「弱点の首と、穴が開いた時の高い位置は、銃撃隊に狙撃して貰う。遠距離火力・魔法系武器を持っている人はシロの方へ行ってくれ」
一〇〇人くらいがごそっと動く。彼らが動くと、がちゃがちゃ。と、銃器が音を出した。
「低い位置は、近距離部隊で行う。近距離戦の者はここに残ってくれ。」
「そのほかの者には後方支援をして貰う。そのほかの者は桜花の方へ行ってくれ」
二〇〇人くらいが桜花の方へ移動する。
残った一〇〇人程の近距離戦の者達に俊が
「俺たちの仕事は、鎧に穴が開いたら、一斉に斬りつけることだ! 良いか? 絶対に死ぬなよ? 負傷者を一人でも少なくしろよ!」
と、一通り説明と、注意をする。
「では! 一度元の場所へ戻ってくれ!」
「注意事項を説明しておく。敵の攻撃として確認されているものは、巨大な剣による斬撃と、レーザービーム。だけだが、おそらくあの剣は高い攻撃力を誇っているはずだ! 十分に気をつけて欲しい。
後方支援班は居るが、一応自分でも回復系の何かは用意してくれ!
あとは、ここに数冊の魔法辞典を用意しておいたから、自由に閲覧して自分たちの力の糧にしてくれ!
では、二週間後にまた!」
二週間の間、人々の空気は人それぞれだった。必死に魔法のスペルを暗記する者、武器を磨く者、回復系アイテムを買い集める者、仕立屋に行って服の綻びを直す者。人それぞれ、最期の戦いに向けて準備をしていた。
「お~~~~い! 俊君~~~~~!」
「髪菜さん!!」
「おお~お久しぶりだな~~」
「ああ、岩山さん。俊君とは上手くやれていますか?」
「ええ、勿論。 楽しくやっていますよ」
「俊君は?」
「楽しかったよ」
「あ~~あのときのおにいちゃんだ~~~」
あのときの子供もいた。
「お! ボウズ! 元気してたか?」
「うん!」
田介に頭を撫でられて、得意そうにしている。
「して、髪菜さんは一体どうしたの?」
「あ、これ! 良かったら周りのみんなで食べて!」
髪菜がPNTを操作してバゲットを出す。その中には、色とりどりのサンドウィッチが入っていた。俊達の周りにいた武器を研いでいた人達が、わらわらと集まってくる。
「「「いっただっきま~~~~す」」」
こういった、差し入れを持ってきてくれる人も居た。
二週間という期間は、はあっという間に過ぎ去った。
二週間後、ノース・マウンテンに一番近いビル群に、俊達大パーティが集合していた。各々が様々な防具を身に纏い、小声で呪文を確認する者も居た。
俊も直垂の上に、小さい甲冑風の胸当てを付けていた。
「みんな~~! 準備は良いか~~~~~~~~~?」
「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」
人々の熱気に、地面が揺れたような錯覚さえ覚える。
「それでは総員戦闘位置に付け!!」
バラバラと人が散っていく。銃撃戦部隊はビルの屋上に登り、近接戦部隊は重戦士から順番に、前から路地に入って行く。更に後ろでは、後方支援部隊が準備を始めている。
滝無夫婦は路地に入らず、左右の路肩にある植え込みの陰に、それぞれしゃがみ込む。
犬神と琴平は滝無夫婦の後ろにそれぞれ控える。
そして俊は道路の真ん中に突っ立っていた。
遠くから天が飛んでくる。そして、俊の目の前でホバリングする。
「俊。来たよ」
「そうか。じゃあ、行かないとな」
俊と天が小声でそんな話をすると、
「では! ただいまより! ゴールド・ナイト討伐作戦を開始します!」
辺りが静寂に包まれる。みんなが意識を集中させ、これからの戦いに備えて、精神を研ぎ澄ましているのが、ひしひしと伝わってくる。
「よし、天。行くぞ!」
俊が自分の頬を叩く。
「おう」
天が俊の直垂の襟部分を掴むと、ふわりと、飛翔した。
「……ああ。天士様」
ビルの上で冬香が小さく小さく、感動を押さえるように呟く。
「俊! あそこだよ!」
「任せろ!」
天が旋回し、ゴールド・ナイトの元へ飛んでいく。
俊はゆっくり刀を抜く。
「…………あと、五メートル! 四! 三! 二! 一!」
天がカウントダウンをする。
「うおおおおりゃ!」
ゴールド・ナイトの首に刀を滑らせる。そのまま一回転。
瞬間、ナイトが、俊の方を向く。そのまま巨大な剣を俊の方へ向ける。振り下ろされた剣を天が見事に避ける。
そして少し離れると、ちゃんと追って来た。
「よし! 天! みんなの元へ戻ろう!」
ゴールド・ナイトの攻撃が右から左から、時にはレーザーも飛んできたが、全てを天が、回避する。そのまま、みんなの元へと戻る。
そして、ある一線を越えると、
「チャリチャリチャリチャリ」
「ひゅるるるるるるるるるるる」
道の両側から紐と、鎖が伸びてきて、ゴールド・ナイトを縛りあげた。
藻掻けば藻掻くほどきつく縛られていく。
「ナイス! 滝無さん!」
「「ああ。任せておいて!」」
夫婦の声が重なる
「犬神! 行くぞ!」
「言われなくても分かってる! ボサッとするなよ! 琴平ぁ!」
「火炎の渦!」
「氷結する息吹!」
次の瞬間に飛び出してきた二人の魔法使いが、炎と冷却の魔法を交互に掛けていく。
魔法によって切れてしまった紐を次々に投げ直して、縛る。
また、首を狙った狙撃手の面々による銃撃も、何発か命中していた。
魔法と、ワイヤーと、鎖と、銃弾が、綺麗な四重奏を奏でる。
魔法に応じて、段々鎧が黒ずんでいく。すろと、空中に居た俊が叫んだ。
「重戦士部隊! 出撃!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
両側の路地から棍棒を持った人々が出てきて、モーニングスターや、ハンマー、斧等、各々の武器でどんどんと鎧を叩き割っていく。高い位置は、
「術式解放! 発!」
と、詠唱。投擲魔法を足下に展開して、自身を投げ上げるように応用し、高く高く跳んで行った。打撃武器使いがゴールド・ナイトの鎧を叩き割り、中身の黒い本体が露わになる。
上手くいってる……。そう俊が思った時だった。ブチンと、剣を縛り付けていたワイヤーが一本切れる。
「え?」
うそだろ!? 俊は剣に注目していた。だが、それが間違いだった。
反対側から、自由になった左手が迫って来ているのに、気付けなかったからだ。
「クッ……」
左手は、俊を取らえる。
ゆっくりと圧が掛かっていく。
「て、天。……大丈夫か?」
「片足が引っかかって、と……取れない」
ここまでか……。
「あきらめちゃ駄目です! 俊さんっ! 術式解放! 発!」
その声に、目を見張る。そして、俊が捕まっている左手に、一人の少女が飛び込んできた。
「な……何やってるんだよ……」
「俊さんを離せぇ! このやろっこの……」
「桜花、桜花! もう止めてくれ!」
「止めません! 俊さんはこの作戦の要だから! 私の大事な仲間だから」
「雷撃の雨!」
「パチン」桜花の魔法は空しく弾かれる。
ステンレス加工された敵の手には、全く効かなかった。
「…………」
そんな時だった。ゴールド・ナイトの右手が自由になったのは。
「俊君! 危ない!」
夏目が叫ぶ。が、俊の居る所までは届かなかった。
咄嗟に近くにいた符術詩が術符を投げるが、ぎりぎり届かなかった。
「あ! 桜花!」
まるで手に着いた虫を払うように、自分の手に向かって剣をぶつけた。
そして、その剣は桜花を巻き込んで、ガチン。と、俊を掴んでいる手にぶつかる。
地に落ちたとき、桜花は上半身と、下半身に分断され、ほぼ瀕死だった。
ドクドクと流れ出す血液が、桜花のローブをどんどん濡らしていく。
「俊さん。大好きな俊さん。負けないで。みんなと、この世界………………この世界を終わらせてくださ────
「桜花ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ」
「うわああああああああああああああああああああああああああああ
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
「ああああああああああああああああああああ
「ぐおわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああ
「ひっぐ。うぇ……おぇ……桜花……おうかぁ」
俊は桜花の亡骸を路地の奥へそっと置くと、彼女の杖を手に取り、表の通りへ出て行った。
「総員! 戦闘開始!」
大声で涙を吹き飛ばすように叫ぶと、大量の銃声と、近接部隊の叫び声が聞こえてきたが、今の俊には何も聞こえていない。
ゴールド・ナイトが足踏み攻撃し、それに巻き込まれた数人が血を迸らせたのにも、全く気付けなかった。
桜花……。心の中でそっと呼ぶ。
もう俊の中には、桜花の事しか残っていなかった。
「天。前回の時に俺が、どうしても出来なかった呪文。覚えてる?」
「ああ。あれが実行可能な人は存在しないさ」
「やってやんよ」
「は? あれは、神にも届く術なんだよ? 」
「術式解放! 解!」
俊が手に握っていた杖が、淡い桜色の光を出しながら、インゴットの塊と化す。それは分解魔法と呼ばれる魔法。物質そのものへ直接働きかける魔法で、物質そのものの形状に働きかけるため、大量の魔力と、繊細な秘術を要する事から、人々はこう呼んだ。『神の魔法』と。
「俊。お前……」
「ああ。出来たよ」
「でも」
「分かっているさ。これだけじゃ終わらない」
「術式解放! 製!」
インゴットが再び淡い桜色の光に包まれ、光が消えた時には錦の鞘に納められた、一振りの桜色の刀が出現した。これも、同じく『神の魔法』“壊す”のではなく、“作る”魔法。
「お前って奴は…………。流石だぜ!」
「なあ! 天。俺とお前なら!」
「ああ! 何処までも飛んでいけるさ!」
「だよな! さあ……」
「「さあ! 行くぜ! 終わりを告げる時だ!!」」
ぶわぁっ。と、一気に音が戻ってくる。
俊はその感覚にゾクゾクしていた。
鳥肌が立つ。
ゆっくりしゃがむ。
足全体に意識を集中させる。
力を込める。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
バヒュン。一気に力を解放して、飛び立った。天もジャストなタイミングで翼を振り下ろし、空気の塊を地面に叩きつけた。
空、高く。高く。スピードはマックス。一気に加速して行く。
一定の高さまで飛ぶと、大きく宙返り。
そして、垂直に飛んでいた力を、水平方向への力に変換する。
両手の刀を横腹の方へ引き絞る。
不思議と、怖くは無かった。
天が居る。桜の刀からは桜花のぬくもりが、あの暖かさが伝わってきている気がした。
そして、ゴールド・ナイトの胸ど真ん中に突っ込む。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお………………」
引き絞っていた刀達を一気に横へ振り、薙ぎ払う。
横、縦、横、斜め
縦横無尽に切り裂いていく。
体が軽い。軽い。軽い!
俊は歓喜さえ覚えていた。
「なんだ? あれ……」
「綺麗…………」
狂戦士と化した俊の剣技に、全ての人が釘付けになる。
二本の刀が織りなす残像は、流れる川に桜の花が散っているようだった。
「バン」
人々の静止は銃声によって終了した。
「貴方達! ボサッと見てないで、早く援護しなさいよ!」
珍しく、冬香が興奮していた。怒鳴っていた。
冬香の怒声に寄り、みんなが我に返る。
そこからは全て俊達のターンだった。
敵が振り下ろす剣は滝無夫婦が鎖と、紐で全てを弾く。
まだ壊れていない部分には交互に灼熱の業火と、絶対零度の吹雪。
壊れかけている所には重たい、一撃粉砕の打撃。
壊れている所は百発百中の銃撃、目にもとまらぬ速度で振られる短剣に、一撃一撃が重い、両手直剣。
後方支援部隊も攻撃を始めた。今まで治癒符を打っていた符術士は、より攻撃に特化した術符を。治癒士は回復ではなく、アビリティ追加のパッシブ魔法を。
そして、空中に居る俊と天は、縦横無尽に切り裂きながらも、後ろから来る銃撃部隊の流れ弾を振り返らずに弾き、更なる攻撃を続けた。
数分後、俊の刀が黒い本体に、初めての亀裂を作った。
「ぶほっ」
詰まっていたストレスを俊はもろに浴びる。
そして、目の前に見覚えがある光景が浮かぶ。
首を吊る女性と、足下で泣き続ける少年──
──それは、幼い日の俊だった。
俊は一瞬目を剥いたが、瞬時にキッと睨むと、
「そんな記憶に惑わされるかぁぁぁぁぁああああ」
「仲間の過去は、仲間みんなで背負う!」
「俺の過去も今もっ! 色んな人、田介や、桜花や冬香やっ! みんなに支えられて! 乗り越えられたんだぁぁぁぁぁぁぁああああああ」
「全知全能の神! 覚えておけ!!」
「人は! 人類は! 一人じゃないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお」
「超えられない過去なんて無い!」
「天! 一気に決めるぞ!」
「おう!」
俊は刀を鞘に仕舞うと、少し離れる。
そして加速して──────────
「行けえ! 俊!!!」
「……これで終わる」
「「「「「「いけぇぇぇえっぇぇぇぇぇぇえぇええええええええ」」」」」」
俊の行動に気付いたみんなが声を掛ける。
みんなの声が力になる。
──────────高速の居合い切りをぶつけた。
俊が敵の胸にめり込む。
敵の中に充満したストレスは、俊に色々な映像を見せた。
目を背けたくなるものばっかりだったが、俊は背けず、まっすぐ前を向くと、叫んだ
「お前らの! そのストレスは! 俺が解放してやるよ! 付いてこい!」
敵の背中側が隆起する。そして、そこがはち切れると、二本の刀を携えた俊と、大量のストレスが飛び出してきた。
ストレスの噴霧は止まらない。
ゴールド・ナイトの残骸はそのまま靄が晴れるように、消えて行った。
「や、やったあ…………」
「終わったのね……」
最終章~最期の決断~
みんなが安堵する中、俊だけは空を睨んでいた。
「まだだ。何か残ってる気がする」
「え?」
「何かってなんだ?」
突如、空から一人の人間が降りてきた。その男はニタリ、と。笑った仮面を付け、真っ黒なタキシードに身を包んでいた。男からは異様なオーラが感じられた。
「皆様。初めまして。全知全能の神です」
「んな……。お前が、全知全能の神。なのか」
「ええ。そうです」
「皆様。お疲れ様でした。つきましては、皆様にご褒美として、何かを差し上げたいと、思います。何でも叶えられます。
ですが、その願いは一つだけ。お一人だけ、叶えられます。誰か代表を出して下さい。その方に、全てを委ねます」
辺りがざわめく。一人の短剣を持った少年が、おずおずと手を挙げた。
「僕は……。九重さんが代表にふさわしいと思います……です……」
辺りが静かになる。次にみんなが口を開いたときは
「そうだな!」「九重でいいか」「まあ、策士だしな」「リーダーだもんな」
みんなが俊を推していた。
「ありがとう。みんな」
「全知全能の神!! 俺! 九重俊が代表だ!!」
「はい。では、こちらへ」
全知全能の神と、俊の足下に幾何学模様が現れ、ゆっくりと上昇していく。
着いた先は城の入り口だった。
「さあ。九重様。こちらへ」
中に入ると、サッと使用人のような少女が現れた。彼女は、布を顔にかけられているため、素顔は見えないが、スカートを履いているため、少女だとしておく。
「お帰りなさい。全知全能様」
「ああ、ただいま。ミケ。お客様をお部屋へご案内して差し上げなさい」
「はい。こちらです」
長い長い廊下を歩いた。途中通った部屋は、何故か大量のメモ用紙が壁に貼られ、その紙全てが
『あるところに、一人の女の子がいました。彼女は暗い自分の世界に閉じこもっていました。
あるところに、一人の男性がいました。彼は可もなく不可もない生活を送っていましたが、ある世界に憧れていました
あるところに、一人の少女がいました。彼女は自分の世界に逃げ込み続けていました。
あるところに一人の少年がいました。彼は、こんな世界なんて壊れてしまえと強く、強く願いました。
あると…………』
と、まるで物語が始まるような、それでいて全てが終わってしまっている様な。そんな言葉を延々と流していた。
豪華な扉の前で立ち止まった。
「こちらの部屋でお待ち下さい」
「ありがとう。君は使用人なの?」
「…………」
「命令に関しない質問には答えられません」
「……そっか。ねぇ、そんな風に生きて、ストレス溜まらない?」
「…………」
数分待つと、応接間の様な所に通された。
「やあ。九重君。ささ、そこに腰掛けて、楽にしてくれたまえ」
「ああ」
俊が座るのを確認すると、全知全能の神も座り、足を組んだ。
「さて、先ずは何から話そうかな」
「先ずは、このクソみたいな世界を作ったことに対する懺悔から聞いてやろう」
「クソみたいな世界? 何を? 君は、元の世界より、伸び伸びとして、それでもって、充実した日々を送っていたじゃないか」
「はぁ!? 何を言うか! 沢山の人が死んで、ホームシックに泣く孤児も居て、そんな世界に、俺が喜々としていただと? ふざけるな」
「今君が話したのは、一般論だ。私は君が、君自身が感じたことを、聞いたのだがね?」
「俺の感想…………」
「実に楽しかったろう? ワクワクしたろう? そして何より、『生きている』って感じがしたろう?」
「……ああ。それは認める。だが、そんなのは所詮まやかしだ。俺は、目の前で人が死んでまで、冷静には居られない」
「ははは……。まだ偽りの感想を述べるのか。君は」
「なに!?」
「だって君……。あの彼女………………錦川桜花といったか。彼女が死んだとき、泣き崩れて、その後、戦意を失うどころか、尚、敵に向かっていっただろう? 更に力を増して」
「なんだとっ!? お前はこう言いたいのか!? 『俺が、桜花の死を踏み台にした』と」
「だって、それが、事実だろう?」
全知全能の言葉には常に嘲笑が感じられた。その言い方、動き、全てに俊はイライラしてきていた。
「なんだとっ!? てめえっもう一度言いやがれ!!」
「聞こえなかったのか? 君は仲間の死さえも、自分の力としたのだよ。恐ろしいことだとは、思わんかね?」
「俺は! 俺は…………」
「どうした」
「ただ単に、桜花の仇が討ちたくて…………。それで…………」
全知全能の神が足を組み直す。
「それで、仇を討ちに行ったまでだ。悲しみ? あるよ。溢れてくるよ。でもなあ! 策を練った“俺“本人がそんなところで弱音を吐いたら、そんなところで戦意喪失して、倒れ込んだら。更に多くの人が死ぬ。俺が集めたパーティなのに……。俺の所為で、人が死ぬんだ!」
「なら、仲間の一人や二人、死んで良かったと」
「そんなことは言ってない! 桜花は死して尚、俺に力をくれた、俺に勇気をくれた。それが、その証明が、この刀だ」
そう言って腰から一振りの、淡く、桃色に輝く刀を抜き、テーブルの上に出す。
「ほう……。神の魔法を使ったのか。それは、素直に褒めよう」
「いや、褒められてもだな……。つまり、俺は沢山の、俺の身には余るほどの『愛』を桜花に貰った。人は、そうやして、愛して、繋がって、助け合って、支え合って生きてんだ! 覚えとけクソ神」
「クソ神……ふっ。威勢のいいクソガキは嫌いじゃないよ」
「はっ」
俊の顔が初めて綻んだ。
「では、本題に入ろう。君は何が知りたいのだ? この世界の何が」
「全て」
「良いだろう。その全てを聞いた上で、最後の願いを言ってくれたまえ」
「分かった」
俊がゆっくりと、首肯した。
「この世界が初めて作られたのは一九四五年。終戦の年だ。この年は以上に人々のストレス値が高くてねえ。我々神官連合は、ストレスまみれの世界を作ることで、ストレスを出している張本人。人類にその処理をさせる計画、『S・W計画』を実行に移した。
一から、新しい世界を作るのには苦労したよ。それに、ストレスという、見えない値を如何に具現化するか。それにも労を費やした。そして、一九四五年終わり、その世界に総勢一〇〇〇人の人間を招いた。
やはり、多くのストレスを抱えている人は強いねえ。ほぼ全員が狂戦士と化していたよ。あれは凄かった。たった一年という短い月日で、ストレス値が正常以上になるまでに消化された。そして、その時のリーダーが発した願いというのが、『もう一度、この世界を作り、召還して欲しい』というものだった。実に狂っている。私は思ったよ。人という者は、こんなに戦いに飢えているのかとね。
次も次も次も………人はみな、狂っていた。自分の置かれた状況に屈するどころか、喜々として戦場に繰り出して行き、死んでいったよ。時には生存者が居ない回もあった。でも、なぜか、世界がどのような形で終わろうとも、ストレス値は正常になるのだ。
そこで、我々は一つ仮定を立てた。この世界を作るという行為そのものが、もう既に、ストレス値を下げることに繋がって居るのではないかとね。そして、人を呼ばずに世界を作り、放置してみた。だが、ストレス値は下がるどころか、増えていった。私は戦慄したよ。人という下等生命体の可能性にね! 時に神をも驚かす結果を出してくれる。その存在に!!
ぞして、前回。君が初めて召還された時。私は、人の可能性というか、なんというか。弱冠齢一四にして、多くの人をまとめ上げ、死者を最小限に留め、対立組織さえも上手く巻き込み、この世界を終わらせていった君に。尊敬の念さえ覚えた。それに加え、君の願いは『全ての人の幸福』だった。自分のためだけじゃない。自分以外の人のためになる願いを言ったのは君が初めてだった。だから、今回も呼ばせて貰った。多くのお仲間と一緒にね」
「幾つか質問がある」
「どうぞ。ご自由に」
「この世界に来たとき、記憶があるやつらが居たのだが?」
「それは、それが、その人等にとって最高の幸福だったからなのだろう」
「なるほど。俺は、そこで幸福の使い方を示して行ったから、自分の力で、この世界に記憶をつなぎ止めていったんだな」
「その通り」
全知全能の神は指を組んだ。
「神官連合とは? 我々って一体誰のことだ?」
「ああ、それなら……」
全知全能の神が、「パチン」と、指を鳴らす。すると、いままで暗かった所。観覧席のようになっている、二階に明かりが灯った。
そこには、西洋貴族の格好をして、仮面を被っている人の様な存在が、ざっと一〇人ほど露わとなった。
「さあ! これが神官連合だ! みんなが見てる。最後の願いと行こうじゃないか! 何なのだ? 君の願いは何なのだ!?」
「最後の質問だ!」
全知全能の神の言葉を遮り、人差し指をたてる。
「ん? 何だ?」
「俺は、この場所に来たことがあるか?」
「ああ。前の時もお前が来た」
「そうか」
「では、最後の願いを聞こう。ミケ! 『誓いのドクロ』を持ってこい!」
先ほどの女の子、ミケがステンレスの台車にドクロを乗せてきた。
「そのドクロに血を付けて願いを言え」
「へっ。またこの展開か……」
「何!?」
「ここまでの台詞、ドクロ……前と同じじゃないか。全知全能」
「は? お、お前、まさか……ここの記憶があるのか?」
「あるさ。そのために俺は、わざわざ天を媒介にして記憶を残したんだ。俺の頭に残っている記憶なら、お前、消すだろ? 自分に都合が悪い事を、一つ残らず。だけど一匹の鷹ならどうだ? きっと気にも留めなかったろ。勝手に俺の大事な記憶を弄らせるかって」
「な……。そこまで用意周到だとは……。流石だなあ! 九重俊よ!」
全知全能の神は、急に立ち上がると、そう言った。
「で、だ。そのドクロ。世界崩壊の契約ドクロだろ? たしか、血をつけると、俺を元の世界に戻し、そして、世界を〇に還元するんだろう? また、新しい世界を作るために」
「ああ。その通りだ。そこに、何か不都合はあるのか?」
「ああ、あるさ。 “俺の願い”はいつ叶えられるんだ?”」
「は? 前の時、お前の願いは聞き届けられただろ?」
「いや? 届いてないぞ?」
「ふん。戯れ言を。証拠だってあるじゃないか! 人々に記憶が残っているのが、その証拠だ!!」
「は? お前は何を言っているんだ? 俺が、願いが叶えられていない理由として挙げようとしていた事象を、叶えられていた事に対する証拠とするとは!」
「どういう事だ? 聞こう」
「どういう事? しらばっくれるな。俺の願い『全ての人の幸福』が叶えられているなら、なんで、こんなに多くの記憶を持った──再び召還された人が居るんだ? お前は言った。「ストレスは、ストレスを出している本人に対処させよう」と。と、言うことは、だ。多くのストレスを出している奴を呼んで、体を嫌が応にも動かせ、ストレスを発散させる方がより効率的だよなあ? そうすると、結果として、ストレスを多く抱えた人から順番に呼ぶはずだ。だが、ここで一つ問題が生じる。何故、ストレスと無縁の子供が居たのか? ってことだ。しかし、それは、簡単に説明がつく。ストレスを多く抱えた人は、ほぼ鬱状態に陥っている場合がある。と。恐らく、お前らが、それに気が付いたのは、生存者が出なかった回だろう。それに気付いたお前は、ストレス値が低い人もランダムに呼ぶことにした。
これらを踏まえると、再びこの世界に呼ばれ、怯え、震えている人が居る事、既に幸福に成っているハズだろう人々が、あんなにも大勢居た事。それらに疑問を持つ事は、なんら不思議じゃないだろう?」
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふ。あっはっははははははははははっはははははっっっっはあはははっははっはあああああああああああああああああ」
「な、なんだ?」
「いやぁ。そこまで頭が回るクソガキを人に留めておくことが、とっても勿体なく感じるよ!! そんな君は、一体どうしたい? このドクロじゃ、世界を消すことしかできない。なら、どうするのか?さあ! さあ! その、高速回転する脳みそで考えてくれたまえ!」
「俺自身が、全知全能の神になる!」
「ん?」
「いや? お前みたいなクソ神に任せておいたら、俺の願いがいつ叶えられるのか分かったもんじゃない。しかも、お前はまた、この世界を作るんだろ? そんなことはさせない。俺は、二度と、大事な人が傷つくのを見たくない!」
「…………ふっ。人の分際で神になろうとするのか」
「出来ないのか? 全知全能の神様よ」
「……無理だな。傲るなよ? 所詮、人の分際で」
「ほう。出来ないのか。じゃあ、お前は“全能”じゃないな。あれ? 矛盾が発生してますなぁ……」
「くっ……」
全知全能の神が苦虫をかみつぶしたような声を出す。
ダメか……俊がそう思った時だった。
「分かった。お前に位を譲ろう」
「え? 本当か?」
「ああ。さっきも言ったように、お前は人留めておくのは、勿体ないしな」
上階がざわめき立つ。
「だが、一つ、願いがある。それは、きちんと、この世界を終わらせて欲しいということだ。九重俊。いや、二代目全知全能の神。きちんとやってくれるか?」
「ああ。任せとけ」
「では、戴冠式を始めようか」
そう言うと、全知全能の神が、ホロボードを浮かびあがらせ、何やら操作すると、一粒の丸薬を精製した。
「これは、『全知の実』という。これを飲んだら、もう君は新しい全知全能の神だ」
俊がごくりと唾を飲み込む。
「心の準備は出来てるか?」
「ああ。ありがとう。では、飲ませてもらうよ」
俊がその丸薬──全知の実を受け取ると、一呑みにした。
「ぐっ…………」
またこの感覚……。俊は大量のデータが流れ込んでくる、その、嫌な感覚に、顔を歪ませた。
「こ、これが……。神になるということ……」
「そうだ。多くの責任と、大きく、自由すぎるその力。君は、その素晴らしい脳みそで、きちんと天秤に掛けられると、私は信じているよ」
「……新しき、全知全能の神様。ミケと申します。いごよしなに」
「この子は?」
「ああ。その子なら、ミケだ。もともと私に仕えていた猫又だ。きっと、代が変わったことを感じて、主を変えたのだろう」
「ああ。そうなのか」
そこまで言うと、元全知全能の神だった男は、そっと仮面を外した。
「っ! お前……」
お面の下からは、哀愁の漂う、中年男性が現れた。
「ああ、九重君。今日も元気かな?」
「担任の冨田先生じゃないですか……。何で……?」
「私は、君を尊敬していたと言ったろう? 君に興味を抱いた私は、君のクラス担任になることで、君について色々知ったんだ。別に監視していた分けではないよ。ただ単純に、君という存在に、心惹かれたんだ」
「そうだったのか……。いや、でも! じゃあ、何で、修学旅行の日なんかにこの世界を起動したんだ?」
「それについては謝罪させて頂こう。この世界は時限式でね。まさか、あんなタイミングで起動するとは、全くをもって思っていなかったのだよ」
「……ふっ。まあ、いいか。大して楽しみだった分けでもないし……」
「本当に済まないことをした」
「いや、もう良いって」
「では、そろそろ、この世界を終わらせてくれよ」
「ああ。そうだな。そろそろ、やるか」
俊は先代に授けられた知識を使い、ホロボードを浮かび上がらせると。各種リストを立ち上げる。
「本当に、俺の好きなようにして良いんだよな」
「どうぞ。二代目」
「そうか。初代」
俊は『死者リスト』の人々を全員『生存者リスト』に移動させ、また、『全人類の記憶』から、自分の名前を消した。
机の上にあった桃色の剣は、元からそこに無かったかのように、綺麗さっぱり消えた。
その後、『世界の時間』を再び動かして、『生存者リスト』に入っていた人々全員を『世界の人口リスト』に移動した。
俊は、その際にちらりと見えた『錦川桜花』や、『岩山田介』、『國松冬香』等々の名前に目を細めた。
そして最後に、『ストップワールド』のプログラムを完全消去した。
全ての人の記憶から、この世界の情報、及び、九重俊の記憶が消え去った。
そのころ、地上では。
「ああっ! 田介さん!」
「おおっ! 桜花! 生き返れたのか!」
多くの死者が蘇り、人々はその再会に歓喜していた。
「はい! そうみたいです! ところで俊さんは……?」
「シュン? だれだ? 冬香? 知ってるか?」
「……いいえ? 桜花ちゃん。それは誰なの?」
「え……?」
俊の事を覚えて居る者は一人、最後に生き返った桜花だっけだった。
俊の存在をみなで共有出来ない事と、もう会えないだろう事に対する感情が濁流の如く、桜花に押し寄せてくる。
「俊さん……もう会えないんですか……?」
目尻に涙を浮かべた桜花は、心から寂しそうに、空を見つめ、呟いた。この時空を見つめた理由は、彼女自身分からなかったが、なんとなく、その方向に、俊が居るような感じがしたのだった。
同時刻、ノース・マウンテン近くにて。
器野刀子が目を覚ました。
「はっ……私は……」
器野は、必死に、自分がここで倒れていた理由を探ってみたが、どんなに思い出そうとしても、記憶に靄がかかって、上手く思い出せない。思い出せるのは、
「テンシ様……」
の一単語だけ、その言葉の意味は分からなかったが、その単語を思い出すと、なぜかドキドキワクワクして、胸がキュっとなった。
所戻って、神官連合本部
「なあ、九重俊よ。良かったのか? これで」
心配そうに初代が話しかけてくる。
「ああ。これで良かったんだ。これで……桜花を信じ続け、見守る事が出来る。全人類の、いや、全生命体の幸せを願う場所として、ここ以上にうってつけの場所はないからね」
「そうか……。それなら、良かった」
「ああ。本当に感謝している。有り難う。冨田先生! いや、初代全知全能の神様」
「君の物語は始まったばかりだ。これからこの世界がどうなって行くのかは、君次第だからな。しかと、この重役、最期のその時まで全うしてくれよ」
「任せとけ! で、お前はこれからどうするんだ?」
「う~~ん。一応今の生徒の卒業までは、冨田先生を続けようと思う。その後は分からない。もう私は、神でも人でもない、なんとも微妙な存在だからね。このまま消えて行くのか、存在し続けるのか。全くをもって分からないよ」
「そうか……お互い、初めての試みなんだな……。うん。じゃあ、俺はそろそろあの部屋に戻って、みんなに挨拶してくるわ」
「「じゃあ、また。いつか」」
二人の声が見事にハモって、二人は小さく苦笑した。
そう言うと、俊は、先ほど初代と駆け引きをした部屋のドアを開け放った。
エピローグ
あるところに、一人の女の子がいました。彼女は暗い自分の世界から出て、一気にカーテンを開けました。明るい日の光が女の子を包みました。自分でも何があったかは分かりませんが、とても清々しくて、何とも幸せな気持ちでした。
あるところに、一人の男性がいました。彼は可もなく不可もない生活を送っていました。そして、記憶にはありませんが、ある世界から帰還した男性は、何とも言えない幸福感に包まれていました。
あるところに、一人の少女がいました。お家が何ですか。少女は自分の夢を探すため、一歩一歩、歩き出しました。
あるところに一人の少年がいました。彼は、仲間を見守るために、神様になりました。そして、ずっとこの先まで、大事な仲間の幸せを祈って、生きていくのです。全世界を幸せにしながら。
みんな、みんな、幸せになりました。
END
──どうだったかな……? 面白かったかい? ミケ
碧髪で、どこか武士を連想させる格好をした、全知全能の神が静かに問う。
「にゃおん」
彼の膝の上で、雌の猫又が小さく鳴いた。
Story End
こんなに長い駄文におつきあい頂き有り難うございました。もし宜しければ、犠牲になった高校二年の青春を弔う為にも、感想等々コメントを頂けたら。と、思います。そして、それを踏まえ、次の新人賞に向けて頑張りたいと思います! 宜しくお願いします!!