ボクと、ポチ2
以前投稿した、短編「ボクと、ポチ」の続編です。
USB漁ってたら出てきました。
1年以上前の文章なので、今と書き方が違います。
どう見てもボクを食べそうにしか見えない蛇の、ポチ。自称犬。
そしてボクは小さくひ弱な子ウサギ。
旅の連れになったボクに、ポチが名前をつけてくれたよ。
1匹から2匹になって、呼び合える相手ができたから。
だから、呼び合える名前があればうれしいって。
そう言って、ポチがボクに名前をつけた。
ボクの名前はラヴィ。白いウサギの女の子。
ウサギだからラヴィ、って安直な名前の付け方だと思う。
けど犬だからポチって名乗る蛇がつけたんだから、安直なのは仕方ないかも。
ちょっとだけ「え」って思ったけど、呼ばれるようになると驚くほどなじむ。
今では、うん、気に入っているよ。
ボクの住んでいた森を離れ、ボクらの旅は始まった。
目的は、実際には蛇にしか見えない自称犬、ポチのご主人様探し。
蛇を犬として飼ってくれるような奇特な人間は、滅多なことじゃ見つからないと思う。
旅立ったばかりだけど、ボクにはこの旅の終わりが想像できない。
ボクは果ての見えない遠すぎる旅路に、ちょっとだけ気持ちがうつろになりそう。
森から離れ、僕らは雑木林の中を流れる川辺にたどり着いた。
川岸に、釣り人がいた。
旅立ち以来、初の人間との遭遇だ。
ボクにとっては人間なんて怖い生き物でしかないけど、ポチは別だよね。
だってポチは、人間のご主人様を探しているんだもの。
蛇を犬として飼ってくれる、奇特な変人を。
ポチはのんびりした様子で、堂々と人間の前に這い寄る。
え、そんなためらいなく簡単に行っちゃうの?
いつもと全く変わらない、ポチ。
そんなポチに対して、人間は。
「うわあぁぁぁっ 蛇だ!」
逃げた。
うん、こんな大きな蛇を前には、当然の反応だと思った。
でも、ポチはどう思うだろう。
あんなに人間のご主人様を欲しているのに、人間にこんな避けられ方をして。
がっかりしてるかな。驚いているかな。悲しんでいるかな?
ボクの方が緊張して、どきどきした。
おそるおそる見てみると・・・そこには平時と変わらない、のほほんとした蛇の顔。
「何故かみんな、私のことを蛇だって叫んで逃げるんだ。不思議だよね?」
「・・・うん。そうだね」
内心では「全然不思議じゃないよ!」って思ったけれど。
ボクは空気の読めるウサギなので、とりあえず同意を示しておいた。
雑木林の川向こうへ、泳いで渡るとポチが言う。
ポチは泳ぎが上手だ。ボクも負けてはいられない。
でも川の流れが速すぎて、結局ボクはポチに助けられた。
ポチの尾っぽを掴んで、向こう岸へと連れて行ってもらう。
お昼はそのまま、川で魚を釣った。
ボクのごはんは、その辺に生えている草。
魚は、ポチのごはんだった。
ウサギを旅の道連れにした自称犬は、そのくせ驚くほど普通の食事をする。
うん、蛇として。
つまり、なんでも食べるよ。それがお肉なら。
基本肉食でいつもの食事は鼠とか小鳥とか。
ボクにとっては森の仲間たち、みたいな食事のラインナップ。
あんまり見たくないし、ポチもボクを気遣ってか、食事の時はボクの目の届かないところで何かを食べている。何を食べているのか、ショッキングすぎて見たくない。
でも魚はあんまり通じ合うことのない相手だし、食べてるところを目撃しても特に何も思わなかった。ポチもそれに気づいてか、魚を食べるときは遠慮しない。
でもポチは、何故かウサギだけは食べなかった。
鼠とか小鳥を見かけたときは、ちょっと席を外すよと言って狩りに行くのに。
ウサギを見つけたときだけは、いつも素通り。
なんで?
「ねえ、ポチは何でウサギを食べないの? ボクなんて、いいごちそうだと思うのに」
「そんな、ラヴィさんを食べるなんてとんでもないよ。確かに前は、ごちそうだったけど」
「ボクに遠慮してる?」
「そうじゃないよ」
正直なポチは、苦笑を浮かべながらウサギはもう食べないと言う。
本当に、なんで?
「だってこんなに、ラヴィさんに情がわいてしまったのに。親しく思ってしまったのに、もうウサギを食べることなんてできないよ」
そう言って、ポチは満面の笑顔を浮かべる。
晴れやかな、さわやかな笑顔。
口から鋭い牙がギラッとのぞく。
日光を照り返して輝く牙が、ちょっと怖い。
だけど何でだろう。
ボクはもう最初に会ったときほど、ポチのことを怖いとは思えなくなっていて。
白い牙だって、それに食われる自分が想像できなくなっていて。
まだ信頼はしていないけど。
頼ろうとか、積極的には思えないけれど。
それでもポチのこと、信用してもいいかなって。
いつの間にか、そう思うようになっていた。
雑木林を抜けて、ボクらは再び旅の空。
ウサギのボクと蛇のポチ。
歩く速度は違ったけれど、二人でペースを合わせて林の外へ。
そこには青い空と、緑の平原が広がっていた。
とても開放感のある、広々とした美しい景色。
身に迫る危機感しか感じない。
見通しが良すぎて、これじゃあ進めないよ。怖いよ。
こんなところにのこのこ出て行こうものなら、すぐさま外敵に見つかって食われるよ。
もしもここを悠長に進もうというのなら、ボクは断固抗議するよ。
キッと鋭くポチを見やれば、そこにはポチの困り顔。
え、なんでポチまで困ってるの?
「どうしてかな。広いところにいると、私のことを何故か襲おうとするひとがいるんだよ」
「たとえば?」
「鷹さんとか、鷲さんかな」
「ああ、うん」
納得した。
どうやら蛇にも外敵はいるらしい。
ボク、何となく蛇とかオオカミとか、ウサギを襲う生き物は無敵だと思ってたよ。
でも上には上がいるっていうもんね。
遙かなる食物連鎖の頂点に思いをはせながら、ボクはポチを見上げてた。
我ながら、困った顔をしていたと思う。
なんで、かな。
このときには旅を中断させるとか、切り上げて帰るって選択肢はなくって。
ボクはどうにかして、ポチとのこの不思議な旅を続けたい気分だったんだ。
そしてポチには、最初から旅をあきらめる気など、毛頭なかったらしい。
ボクの心配、どうにも杞憂で終わったみたい。
ボクと出会う前から旅を続けていたポチには、ちゃんと対処法があった。
「こんな時には、まず人間の道に行くんだよ」
人間の道は大きく、不自然だからすぐにわかる。
木々を切り開いて作った、林を分断する道。
連れだってそこに向かうと、ポチはボクに尻尾を巻き付けた。
一瞬、苦しみを心配したけど、強く巻き付かれても苦しくないように加減されていた。
ポチはボクを絡め取ると、そのままするすると木に登り始めた。
ポチってすっごく器用だ。こんな時に実感する。
それから道上にまで張り出した、太い枝の上に待機。
ボクはずっと尻尾に巻き付かれたまま。
何もすることがないので、うとうとしそう。
やがてしばらく待っていると、道の向こうに大きな陰。
人間と、人間の乗り込んだ荷馬車がゆっくり向かってくる。
ポチはそれを見ると、いそいそと枝の上で自分の位置を微調整しだした。
ちょうど、さしかかる荷馬車の真上になるように。
初めての成り行きに、ボクは何が何だかわからなくて。
何をすればいいのかわからないから、全部ポチに任せていた。
・・・ら、心臓止まりそうなほど、驚いた。
ポチはボクに巻き付いたまま、木の上から飛び降りた。
そう、荷馬車が真下にきたときに。
それから素早くすささっと動いて、ポチはボクを連れたまま、荷物の陰に隠れたんだ。
「つまり、見晴らしのいい場所は人間に運んでもらおうってこと?」
「その通りだよ。飲み込みが早いね、ラヴィさん」
どんな意図があるのか、行動を鑑みれば一目瞭然だよ。
満足そうに笑うポチは、時に大胆な男のようだった。
ぱっからぱっから荷馬車に揺られて、僕らは一昼夜を過ごした。
そうしてたどり着いたところは、こぢんまりとした牧場。
どうやら馬車の主のおうちみたい。
馬車が止まり、人間が荷台にやって来た。
そこにいたのは、巨大な白蛇と、それに巻き付かれた小さな白い子ウサギ。
つまり、ポチとボク。
人間は悲鳴を上げた。
「う、うわああぁぁぁぁっ 毒蛇だー!!」
一目散に逃げ出す、その姿。
どうやらポチは、毒蛇らしい。
「「・・・・・」」
黙って見送る、ポチとボク。
人間の姿が完全に見えなくなってから、ポチが言った。
「この馬車の持ち主さんは、とっても騒がしい人のようだね」
「・・・そうだね」
呑気にのんびり、全身を伸ばしてほほえむポチ。
その泰然と構える姿が、驚くほどボクに安心をくれた。
ボクたちはこの牧場で一夜を明かすことにして、寝床を探した。
程なく目をつけたのは、小さな家畜小屋。
ポチに続いて入り込んだそこには、二匹の牧羊犬がいた。
どう見ても蛇なポチにうなりを上げる二匹。
正真正銘の犬たる二匹はボクを見て・・・
ぎらっと、嗜虐を含んだ強い殺意を向けられたのがわかった。
肉を食べ、弱い生き物をいたぶることを楽しむ生き物の、弱者に対する視線。
食われると、思った。
だけど、ポチが。
ポチが、牧羊犬たちが動き出す前に口を開いていた。
それはそう、いつもの調子でいつもの口調で。
「やあ、私はポチ。犬だよ!」
場の空気が、困惑と疑心に固まった。
牧羊犬たちの眼が「何言ってんだ、こいつ」と語っている。
動けなくなるほどの途惑いって、すごい威力だよね。
侵入者たる蛇の、まさかの犬宣言。
親しみさえ感じさせる口調でなされたそれに、空々しいまでのさわやかさを感じる。
そんなことを言い出すとは微塵も思っていなかったからこそ、硬直は拘束力が強い。
予想外すぎる言葉に凍り付いている間に、ポチはいつもの慣れた調子でボクに巻き付いた。
そのままするすると、器用にポチが移動する。
犬が困惑から解放されるよりも先に、ポチはボクを梁の上まで連れ込んでいた。
犬たちには、絶対に手の届かない場所に。
ポチの行動は、どこまでわかっていてされたものなのか。
それとも全部、わかっていないままやったことなのか。
犬を名乗るくせに犬にはできないこと、無理なことを把握しているような行動。
ボクが見つめると、ポチは困ったように笑いながら言った。
「失礼なひとたちだったね。同じ犬として恥ずかしいよ!」
「うん、そうだね」
同じじゃないだろと、内心で思いながらもやっぱりボクはポチに頷く。
否定する必要も感じないから、ボクは毎回ポチの言葉を肯定する。
ボクは、犬と名乗りつつも犬じゃないポチが、嫌いじゃないって思った。
最初は怖かったけど、今ではむしろ一緒にいたいとすら思っている。
僕たちウサギを食べてしまう、蛇なんだってわかっているのに。
ボクの本能は、どうやら大した役立たずみたいで。
ボクは何故か、こんなポチに安心してしまうんだ。
ポチがボクに、ほほえみかける。
柔らかくてあたたかなそれ。
ボクはもう、それが見せかけだけのモノじゃないって、知ってる。
家畜小屋の梁の上、動物たちの寝息を耳にしながら、夜は更ける。
落ちないようにと、ポチは決してボクを離さない。
ぐるっと巻きついて、一見捕食されているみたい。
だけど実際は、何があっても安全なように気を配ってくれている。
――いつも、そうだ。
ボクはいつも、出会ってからずっと。
ずっとずっと、ポチに守られている。
わかっていたけど、見ていなかったこと。
その一端を、今日はじめてちゃんと見た気がする。
ボクはいつも、かばわれてばかり。
いつまでも、守られてばかりいたくはないのに。
ボクだって、時にはポチに何かしてあげたいのに。
自然とそう思うようになっている自分に、このときは気づかなかった。
この旅がいつまで続くのか、ボクにはわからない。
だけど終わる前には、ポチにもらった温かさのお返しがしたい。
ひんやりと冷たいポチだけど、中には温かいモノが詰まってる。
それが、ボクを暖めてくれるから。
母さんが世界の全てだったボク。
でも今は、心の中の半分くらいをポチが占めていて。
いつの間にか、ボクの中でポチは大きくなっていて。
ずっと一緒にいたいって、自分の中に小さくつぶやく声を聞いた。
そんなこと、無理だってわかってるのに。
ポチの夢は、旅の目的はまだ見ぬご主人様を探すこと。
蛇のポチを、犬として飼ってくれる人間を見つけること。
そんな人間、見つかるとは思えないけれど。
でももしかしたら、見つかるかもしれない。
そしてそうなったとき、ボクとポチはお別れすることになる。
だって蛇を犬として飼うような変人が、ボクまで一緒に飼ってくれるとは思えない。
そんな変人が飼うには、ボクは愛玩動物として普通すぎるよ。
良くて、蛇のエサとして扱われるのが精々に決まっている。
生き延びるも困難な道を選ぶよりは、今のボクは素直に生きられる道を選ぶよ。
ポチもきっと、そのことをわかっているはず。
ボクはポチの夢が叶うと同時に、ポチのそばにいる権利をなくす。
ポチと、いっしょにいられなくなる。
胸の奥、深いふかいところ。やわらかな肉の奥。
不意に、ずきりと痛むものを感じる。
「・・・?」
確かに痛んだと思ったのに、意識した瞬間に痛みは消えていて。
ボクは気のせいだったかなと、小さく首をかしげた。
最後まで読んでいただいて、ありがとうございます!