戦国時代のニートがナンパに挑戦した結果ww
舞台は戦国時代ですが、実際に物語が書かれたのは江戸時代です。
江戸時代の小説は色々とカオスだった…
浅井了意『狗張子』
角左衛門…通称カクさん…は兵庫県の姫路出身でニートだった。
才能はあったが、ありすぎて逆に困っていた。
自信家だったので官僚くらいしかやる気が起きなかったのである。
秀吉の家臣だった福島正則という権力者との間に若干のコネがあったので、そのコネを無理やりこねくり回して何とかならないかと打診してみたところ、「それじゃあ取りあえず京都においで」という返事をもらったので、カクさんはさっそく故郷を旅立った。
「せっかくだから観光でもしよう」と思い立ち、明石、尼崎、高槻などの観光スポット巡りをしながらカクさんが京都を目指していると、途中で喉が渇いてたまらなくなった。
ふと、道のかたわらを見てみると、ボロくさい民家がポツンと一軒だけ立っている。
家の中には女が居た。
『…!そんなバカな!』
カクさんに激震が走る。女の見た目が美しすぎたのだ。
『こんなド田舎に、あんな美少女がいるなんて…!』
世の美少女というものは、すぐに金持ちのおっさんに引き取られてしまうものだ。
ましてや強い男達がやりたい放題でハチャメチャな戦国時代において、「ド田舎の美少女」とはもはや絶滅危惧種のことを意味していた。
…これは一世一代のチャンスなのでは?とカクさんは思った。
しかし一方で、これは何かしらの仕組まれた罠なんじゃないか?という不安もあった。
女は窓から差し込む日の光を頼りに、家の中でせっせと靴下作りの内職に励んでいる。
「み、水をもらえませんか?」
カクさんは勇気を振り絞って、何食わぬ顔で女に声をかけた。
…その声は震えていた。
「あら、お安い御用ですわ」
女はにっこりとほほ笑んだ。
そしてそのまま、隣の家まで走って行った。
…帰ってくると女は手に持っていたお茶をカクさんに差し出した。
なんと彼女は、見ず知らずのカクさんのために、わざわざ隣の家までお茶をもらいに行って来てくれたのだった!
『天使だ…。この子は天使だ…。天使は実在したんだ…』
感動したカクさんはそのまま女の家に転がり込むことにした。
…仕事のことなんて、もはやどうでもよくなっていた。
カクさんが女の家でゴロゴロしていると、ある不思議なことに気が付いた。
女の家にはキッチンやコンロといった調理器具の類がいっさい無いのだ。
「ねぇ、火はどうしてるの?料理はしないんですか?」
カクさんのこの言葉の内には、君の手料理を食べてみたいな…というどこか甘えたものがあった。
その質問に、女の顔は少し暗くなった。
「お米を買うお金もない貧乏暮しですから、お料理なんて必要ありません…。お腹がすいたときは、ご近所さんの畑仕事なんかをお手伝いして、そこで晩御飯をご馳走になりますの…。それだけで今の私には十分なのですよ…。少しみじめですけど、仕方ありませんね…」
そう語っている間も、女は靴下づくりの内職にせっせと励んでいる。
間近で見ると女の衣服は泥だらけで、その横顔は疲れ切っていた。
『かわいそうに、これも乱世のせいに違いない…』
カクさんは女の境遇に同情した。しかし下心が無かったわけではない。
心の底から同情するためには、女のルックスはあまりにも美しすぎた…。
美人なのに貧乏、貧乏なのに美人…そんなギャップ萌えがたまらない…。
『乱世だ…。何もかも乱世のせいなのだ…!』
カクさんの下半身がなによりも乱世だった。
「まったく、なんてけしからんカラダをしているんだ君は!」
カクさんは女の手を強引に引っ張った。
女は倒れこんだ。
「こんなド田舎に君みたいな美少女が住んでいて良い訳がないだろう!ブスならかまわん。道端に落ちている小石に誰も気づかないように、ブスなら別に気にならない。しかし君はダイヤモンドだ。ダイヤモンドが道端に落ちていてはダメなんだ!それはもう…なんか犯罪だ!」
自分のこの勇気が一体どこから湧いてくるのか、カクさん自身にも分からなかった。
彼はたたみ掛けるように続けた。
「さあ、僕と一緒に京都へ行こう!僕が君の面倒をみよう。たぶんコネで何とかなるから!」
…さあ、どうする!?
カクさんは女の目を見た。
「いやよ…!離してっ!」
女はカクさんの腕をたいそう強く払いのけて、そのまま押し黙った。
女の露骨な拒絶反応に、カクさんの自尊心は粉々に砕け散った。
『な、なぜだ…?まさか僕って、そんなにイケてない?』
…女は何も答えない。
息の詰まるような気まずい沈黙が二人を包む。
「…実は私には、夫がいるんです」
カクさんに二度目の激震が走る。なんと、彼女は人妻だったのだ。
『ああ、またか!』とカクさんは思った。
『いつもそうだ。良い女はいつも、既に誰かのお手つきなんだ!』
…そんなカクさんの絶望をよそに、女は話を続ける。
「夫は藤内という名前で、布の商人をしています。夫は今、仕入れのために遠くの国に出張中です。留守番を任された私には、この家を守る義務があるんです。…いわゆる自宅警備員というやつですね。私はもう、十年以上のベテラン警備員になります。」
十年…、それにしては女が若すぎるとカクさんは思ったが、女の強い貞操観念に心を打たれずにはいられなかった。そして先ほどまでの自分の行動が愚かしく思えてきて、恥ずかしさで死んでしまいたくなった。
「十年間も、たった独りでこの家を守ってきたのですか?」
その質問に、女の目からは涙のしずくが零れ落ちた。
「…はい。しかしそれも今日までの話です。明日、夫がついに帰って来ます。だから、さあ、ここからすぐに立ち去って下さい。私の決心が変わらない内に…」
この話にはカクさんも流石にもらい泣きをした。
そして、女の貞淑を賞賛し、リュックサックから餅や果物を取り出して彼女に分け与え、彼女の家を後にした。
その夜、京都と大阪の県境にある大山崎町の宿にカクさんは泊まった。
しかしそこである重要な書類を無くしてしまったことに気づく。
きっとあの女の家で落としたに違いないとカクさんは思い、次の日に急いで取りに戻ると、道ばたでお葬式をしている集団に出くわした。
「誰かお亡くなりになったのですか?」とカクさんが尋ねると、参列者のひとりが答えた。
「ええ、藤内さんという人がお亡くなりになったんです。布の商人をしていた人でしてね。長旅に出ていたのですが…途中で事故に遭いまして…。今日になってやっと、遺体が届きましてね。こうして無事に葬儀をすることができたんですよ」
ふじうち…?布商人…?長旅…?カクさんは嫌な予感がした。
参列者の後をつけて墓所まで行くと、そこはなんと、あの女の家のあった場所だった。
昨日までそこにあったはずの家は跡形もなく消え去っていて、草木だけが寂しそうに風にそよいでいる…。
「こ、ここに、美少女が住んでいませんでしたか…?優しくて天使みたいな、絶世の美少女が…?」
カクさんの質問に、参列者たちは不思議そうな顔をした。
「え?ああ、確かに藤内さんの奥さんはスゴイ美人でしたね。でも彼女はもうとっくの昔にこの世に居ませんよ。十年くらい前だったかな?旦那さんが旅に出た後、すぐ病気になって死んじゃったんですよ。浮気もしないで、実に良い奥さんでしたねえ…」
それを聞いたカクさんは目まいがして、目の前が真っ暗になった。膝がガクガクと震えてきて、まともに息をすることもできない。
ああ、なんてことだろう!女は、幽霊だったのだ!
幽霊になってもなお、彼女は夫の帰りを、健気に待っていたのだ!
※お気に入りの訳※
「かかる艶なる身をもちて」→「まったく、なんてけしからんカラダをしているんだ君は!」