お約束展開を目指して
どこにでもいる、普通の女子高生。
勉強はあまり好きではないが、かといって無視するほどの度胸もない。スポーツは平均的な値をウロウロしているだけ。友達も多くはないが少なくはない。教師受けも悪くはないがよくもない。帰宅部で、部活に汗水流しているわけではない。
現在、お付き合いしているのは、生まれて初めてできた彼氏様。1年生の時にクラスが同じになり、何となく喋るようになり、何となく一緒にいることが多くなり、そして、何となく付き合うようになった。熱烈な恋心をお互い抱いているわけではないが、一緒にいると落ち着く、そんな関係。
そう、あり大抵に言えば、本当に、どこにでもいる、普通の女子高生。
つい先ほど、彼から衝撃的な言葉を聞くまでは――。
「うそ…」
自分の口から、まるでドラマのような言葉が出た。しかし、それも仕方がない。そう、今体験しているのはまさに「ドラマのような」出来事なのだから。
「嘘だったら…どれだけよかったか…」
苦しそうに表情を歪めるのは、私の彼氏である、村山弘樹君。付き合いだしてそろそろ1年といったところだ。お互いのことを下の名前で呼ぶぐらい親しく、まだキスまでの関係だが、関係は良好だろう。
野球部に所属する彼は、スタメンではないがベンチ入りすることはできているぐらいの実力の持ち主。格段格好いいというわけではないが、人のよさそうな表情は見る人を安心させる魅力を持っている。そこに魅力を感じる一人が、私だ。幸い、彼と私は接点があり、なんやかんやという運びで付き合うことになっている。
そんな、人の好い彼が、本当に苦しそうに表情を浮かべている。
彼の手にある一枚の写真。
それが、彼がこのような表情をしている原因だ。
「本当に、本当、なの…?」
バカみたいに言葉を繰り返す。それほど、衝撃的な告白だったから。まだ「明日遠足行くぞ」と言われる方が、納得できるぐらいの、突拍子もない話。
「ああ、……戸籍謄本で調べたから、確実だと思う」
「そんな……」
笑おうとして失敗した。別に、笑う必要なんてないのに、笑わないといけない気になったからだ。
「見せてもらっても…?」
震える手で、彼が手にしている写真に手を伸ばす。彼は無言でそれを私に渡した。
写真は少し色あせていた。無理もない、十五年ほど前の代物なのだから。
そこに映っているのは、幸せそうに笑う男女と、それぞれ腕に抱かれている赤子達。その目は眠っているのか、はっきりとした表情はわからないが、おそらく男女は夫婦で、赤子達は彼らの子どもなのだろうと推測される。
そして、そこに映っている男女は、そこから十五年ほど年を経た姿にすれば、よく見知った人物になった。
今朝も家で見てきた、私の両親だ。両親の若いころの姿を見るなんて、なんだか照れくさいのだが、おそらく間違いないだろう。私の幼いころの記憶の二人と、似通ったところがあるからだ。
ということは、この赤子の内一人は私だとわかる。私は一人っ子だから、この二人が両親であるのならば、赤子は私しかいない。
そう、私しかいないのだ。
だが、実際に映っている赤子は、二人。
これは一体、どういうことだろう。
ぐるぐる、ぐるぐる。頭の中に様々な憶測が回る。
しかし、結果は既に分かっているのだ。ほかでもない、目の前の彼が先ほど言ったのだから。
「……信じられないかもしれないけど、そこに映っているのは、ぼくなんだ」
「でも、…そうだとしたら…」
「ああ、そうだ。………ぼくときみは、血のつながった兄妹なんだよ」
二時間ドラマで聞きそうな、ありふれた台詞。フィクションならではの言葉。実は生き別れの兄妹が、赤の他人として出会い、恋人になる。そんな陳腐なストーリー。
それがまさか、自分たちがその立場になるなんて。
写真を持つ手が震えた。
「ぼくは、今の両親を実の両親だと思っていた。けれど、この間の誕生日に、ぼくの出生を聞いた。……それだけで衝撃だったのに、まさかぼくの実の両親が君の両親だったなんて……」
声が震えている。彼はショックを受けているのだ。それは少なからず、彼の愛情が私に向けられているから。
兄と妹。
血のつながった二人。
それは、どう足掻いても世間から認められない、禁断の関係。
「ぼくは、……ぼくは、君のことが、好きだ。一緒にいると安らぐし、ドキドキする。……未来のことはわからないけれど、長い付き合いになるなとは感じていた。感じていたんだけれど……」
言葉が途切れた。様々な想いが、彼を苛んでいるのだろう。
その気持ちは痛いほど、よく分かる。だって、彼の気持ちはそのまま、私の気持ちなのだから――。
「弘樹君…」
写真を机に置いて、そっと彼の手を包み込む。ぴくり、と彼の腕が反応した。
「ありがとう。ありがとう、大好きだよ、私も。弘樹君のこと…」
そのまま、彼の手をそっと自身の頬につける。彼の手から、徐々に力が抜けていくのが分かった。
「私は、弘樹君が好き。これは家族愛なんかじゃない。弘樹君という人が好きなの。血の繋がりなんて、関係ない。大好き、大好き、だよ…」
「っ……!」
ぎゅっと抱きしめられる。彼の腕に包まれて、胸がキュンと鳴った。
そして、少しずつ二人の顔の距離が近づいていき――
「弘樹!」「華子!!」
ばんっ! と突然開いたドア。そこにいたのは、私の両親。……私と、彼の両親。
「何を、しているの…」
「……ぼくは華子を愛しているんです」
「何を…何を言っているんだ!? お前たちは血のつながった…」
「そんなの、関係ない! 大体、ぼく達はお互いが兄妹だなんて知らなかった! 知らないまま出会って、惹かれあって、……恋人になったんだ」
「華子、お願い、こっちに来て!」
「……お母さん、お父さん……」
「華子」
力強い目で、彼に見つめられる。ぎゅっと、肩を抱く手に力が入った。
この目を、手を、離すことなんて、できない。
「ごめんなさいっ!」
「華子!」「弘樹!!」
私たちはお互い目配せをして、ぎゅっと手を握り合った。そして、向かった先は、窓。
ここは四階。そこから飛び降りたらどうなるかなんて、知っていたけど構わなかった。爽やかな風が入り込む窓枠に、二人で足をかけた―――
「……て、なんでそこでその選択肢を選ぶかなー」
「だって、仕方がねぇじゃんか! 大体、なに? 愛し合った二人が、実は血の繋がった兄妹でしたなんて、陳腐にもほどがあるっつーの!」
「だって、最近そういったべったべたなドラマ、見かけないじゃん。だから見たかったんだよ」
「なんつーワガママ…」
あきれてものが言えない。そんな体験をするなんて思っていなかった。
否、そんなことはなかった。結構体験していた。目の前の人物に対してだ。
「じゃあ、アンタはどんな選択肢選んだらご満悦だったんだよ」
見た目はふわふわと、愛らしいことこの上ない少年。その少年に対するは、先ほど悲劇のヒロインを演じていた、華子である。口調が違うが、こちらが彼女の地だ。
「んー、とりあえずその場はバラバラに引き裂かれて、それでもお互いを思いあっていて、その気持ちは忘れることができなくて。それで、何年後かに二人はまた再会して、そこから誰にも知られない場所に引っ越しして、二人だけで幸せに暮らす、てのがよかったなー」
「べったべただな」
けっと意地の悪い声が出る。
「だーかーら、べったべたなのが見たかったんだって。もう、華子ちゃんそんな調子だから、全然輪廻に戻れないじゃん」
「見た目天使で輪廻とか言われたら宗教観ぐっちゃぐちゃになるからヤメロ」
あー、腹が立つ。腹が立つが、コイツに対して殴りかかることも蹴ることもできない。
なんといっても、コイツが私の生殺与奪を握っているからだ。
すでに私は死んでいるらしく、その生前の行いがかーなーり悪かったらしく、ちょっとやそっとじゃ成仏できないらしい。
そこで、魂の洗濯(誤字に非ず)のために、この見た目天使の案内人が、私の成仏に関して色々と手助けをする役目を担っているらしい。あくまでも「らしい」なのは、それを目の前の「自称」案内人が言っているだけで、私自身が確かめる手段がないからだ。はっきり言って、死んでいる自覚もないのだが。
そして、その魂の洗濯というのが、ふざけたことに「お約束展開をしよう」というものだ。
この「お約束展開」というのは、いわゆる少女漫画や少年漫画にありがちな設定だ。それを体験することによって、純粋な気持ちに戻り、それが結果魂の洗濯に繋がるというのが彼の言らしいのだが、私にははっきり言って悪ふざけにしか感じられない。
さきほどの「実は血のつながった兄妹設定」もその一つで、どうやら私は間違った選択肢を選んでしまったため、失敗したみたいだ。
「さぁて、それじゃ次はそんな設定にしよっかな」
「まだやるのかよ……」
「あったりまえじゃん。そうじゃなきゃ、華子ちゃんが成仏できないんだから」
「だから成仏言うのヤメロ…」
うぜぇ。果てしなくうぜぇ。これだったら、成仏なんてできない方がいい。絶対コイツの暇つぶしに使われている気がする。
そう思っても、抗う術はない。
なんといっても、私は「不良死者」であり、ヤツは「案内人」なのだから。
「よーし。次の設定決めた! だから次ではぼくの満足する展開をよろしくね」
「今本音見えた! 本音がぽろっとこぼれ出た!」
「あはははは。じゃ、いってらっしゃ~い!」
「ちょ、まっ…」
そこで私の意識はブラックアウト。きっとまた、アイツの悪ふざけの世界に飛ばされるのだろう。
畜生、次こそは絶対にアイツを満足させられる結果を迎えてやる……!
意識を保てたのはそこまで。
目覚めたときは、きっとまた、新たな世界。
「まぁったく。華子ちゃんも強情なんだからっ」
一人ぽつんと残った空間で、彼は呟く。
見た目天使。だけど、天使ではない。
彼は、ただ「そこに在るだけのモノ」
「彼女」が来るべき日を迎えるまで、見守る「案内人」
「早く思い出してよね。
―――――でないと、さすがのぼくも怒っちゃうんだから」
くすくす、くすくす。
彼の笑い声だけが、あたりに響いた――。
お約束展開の裏側みたいなノリです。
意味が分からなかったらすみません。
中途半端感すみません。
(20131208)