<長女8歳、次女2歳 12-5月>
日々を忙しく過ごすうちに、あっという間に12月になり、マヒロは2歳の誕生日を迎えた。マヒロの誕生日は、ちょうど12月の面会に重なってしまった。その日、チヒロは、中々出かけたがらなかった。マヒロ用の離乳食と紙オムツ、着替えをバッグに詰めながら、チヒロに対してつい声が荒くなる。
「遅れるよ。着替えて準備して」
「ねえ、ママ。今日はさ、マヒロも一緒にパパと遊んでいい?」
「え?」
聞き間違いかと思った。が、チヒロは真顔で繰り返す。「後で相談しよう、まずは準備を」と言って急かし、何とかいつもの時刻のバスに乗り込んだ。
チヒロの話を整理すると、チヒロだけがパパと会うのは、マヒロがまだ赤ちゃんで小さいからだと思っていたようだ。もう、大きくなってきたから一緒に遊んでもいいかと思ったのだと、言う。
「そうねぇ。パパは、チヒロのパパなんだけど、マヒロのパパじゃないんだよね」
だから、多分、パパはマヒロと一緒に遊ぶとは言わないと思うよ、と続けた。
「じゃあ、マヒロのパパは、どこにいるの?」
「マヒロのパパはいないの」
そうなんだ、とチヒロは難しい顔で考え込んでいた。
遺伝子的な父親はいるのだから、これは不正確な答えだ。しかし、チヒロの言う”パパ”とは、毎月自分と遊んでくれる存在、もしくは、友達や従姉妹の父親のように一緒の家に住んでいる男親を指すはずだ。そういう定義での”マヒロのパパ”は、存在しない。「もう少し考えさせて、ママとマヒロはいつも通り別の部屋で待っていから」とチヒロを送り出した。チヒロは、難しい顔のまま、スタッフに連れられて父親のところに向かった。
あの時、もう少し上手くやれたかもしれない、と悔やむ。あの日、チヒロは、自分の父親にも「マヒロを連れて来ていいか」と尋ねたようだ。
あの12月の日以降、チヒロと父親の面会交流は、中断されたままになっている。年が明けてすぐに1月以降の交流のキャンセル連絡が来た。2月には面会交流と養育費の停止を求める申立ての書類が入った封書が裁判所から届いた。
「僕は、あなたの次女の父親ではありません。このような不躾なお願いをされる筋合いはないし、娘にこのようなお願いをするよう吹き込むのもやめていただきたい」
と、彼が提出した書面に書かれていた。私が吹き込んだと言うのは誤解だが、彼がそれを理解することはないだろう。離婚の時も、調停に持ち込むように私を唆した誰かがいるはずだ、と真剣に考えていたようだったから。
面会交流の調停は、すでに2回の期日が終わったが、お互いの主張は平行線だ。次回もこのままならば、養育費は現状のまま、面会交流だけが債務名義から外れて結審されるだろう、と前回期日で調停委員から聞いた。そこから先は、向こうが不服だと主張すれば、裁判になるだろう。おそらく結論は変わらないだろう。
今、彼がチヒロを拒絶しているのは「自分と愛する娘」の2人だけで完結する完璧な関係性が崩れることだったのではないか、と思う。チヒロに、彼女自身が守りたいと思う存在ができた事を受け入れられなかったのではないだろうか。そうでないなら、一足飛びに、裁判所に面会交流中止の申立てをする必要はなかっただろう。マヒロを受け入れられないとしても、チヒロとの関係性はそのままにしておく事だってできたはずだ。
そして、それは、私がチヒロを産んだ時に起こった事とよく似ているのではないか、と思う。私がチヒロを産んだ頃、赤ちゃんだったチヒロの世話で手一杯になり、元夫への関心が薄れていたのは、その通りだと思う。彼は、私の無関心への不満を繰り返し、調書に書き連ねていた。私はチヒロの世話しかしない、自分の食事は自分で温めろと言う。両親と会う約束はするのに、自分と2人で出かける機会は作ろうとしない。仕事を言い訳に家事の手を抜く、その割に収入は自分ほど高くない。そんな恨み言がびっしりと書かれていた、離婚調停の調書を思い出す。
2人だけの完璧な関係性なんて、フィクションの中にしかない。私は、2人の娘の母であり、両親の娘であり、仕事の仲間や、友人たちともつながっている。夫婦という唯一の関係性だけで生きていけるほど、世界は単純じゃない。私は、自分の2人の娘たちには、たくさんの関係性を築く事を教えていかなければならない、と思う。
娘たちが「父親」のいない子として育つことに、自分自身が両親から与えてもらったものと比べて足りないのではないか、と申し訳ない気持ちを覚えないでもない。私自身、もっと正しい選択が出来た可能性もあったのかもしれない。それでも、父親がいないことだけが、彼女たちの人生を決めるわけではない。私自身が、2人の娘に贈れるものは、出来る限り贈ってあげたいと思う。娘たちには娘たちで、それぞれのたくさんの人間関係の中で、それぞれの人生を歩んでいくことになるのだ。そのための練習場所として、私の時間を、リソースを、提供していけたらと思う。




