<長女5歳、8月>
お盆休み、チヒロを連れて、実家に顔を出した。電車で片道約1時間。ちょうどいい距離だ。実家に住んでいるのは父と母の2人だが、弟夫婦の家もそのすぐ近所で子どもの足で歩ける距離にある。弟家族は、弟のユウタ、その妻のメグミさん、小学校2年生の姪っ子、ミチルちゃんの3人だ。ユウタの部屋だった和室は、今はミチルちゃんのセカンドハウスの様相で、彼女のためのおもちゃが置いてある。私の部屋だった場所は、今は母の寝室だ。
玄関先で迎えてくれた母に、駅前で買った果物ゼリーの詰め合わせを渡した。チヒロは、ミチルちゃんに連れられて、早速、子ども部屋の和室に向かっていく。
「先に手を洗ってね」
声をかけるが、聞いているのだか聞いていないのだかわからないようなきゃいきゃいとした笑い声がして、一応、水の流れる音がした。父と弟夫婦は、居間の食卓でお茶を飲みながらテレビを見ている。
「座って、座って。お茶でいい?」
そう言いながら、母は私の前に緑茶の入った湯呑みを差し出した。母は、子供たちのいる和室に麦茶を持って行って戻ってきた。
母が座るのを待って、話し始める。
「今、妊娠4ヶ月、経過は順調です」
よかったわね、と母は言う。母の第一声に、嫌悪や不安の響きがないことに安心した。父と弟のユウタは「おめでとう」とだけ。メグミさんは、満面の笑みで、
「おめでとう、悪阻とか大丈夫?ひどくないなら、何か食べられそうなものでお祝いしようよ」
と言ってくれる。
半年前に相談した時も、2年前の離婚の時も、メグミさんは「協力するよ」と答えてくれたことを思い出す。メグミさんは、私より4歳年上だ。同世代の働く母親として、心強い同士であるように感じる。
「もしチヒロちゃんの預け先で困ったら、遠慮なく相談してくれていいからね。ミチルも喜ぶし」
「メグミさん、お仕事休めないでしょ。私、お休みもらえそうだから預かっていいわよ」
と母が続ける。結局、産前休暇〜産後休暇のうち、私が地域出産医療センターに入院する前後の1ヶ月ほどの期間は、母が仕事を休んで、私たちの家に来てくれることになった。チヒロの保育園最終年度なので、登園休みの期間をできるだけ短くしてあげたい、と母と私の意見は一致していた。
「ありがとう、助かります」
「仕方ないわよ。あなたたちが頑張るって決めちゃったんだから。おばあちゃんは、自分ができる事で助けるしかないじゃない」
昨年末、精子提供を受けるか前に両親と弟夫婦に相談した時、母は反対した。もし妊娠出産で死んだり、働けなくなったりしたら、チヒロをどうするつもりなのか?生まれてくる子に最初から父親がいないのは可哀想ではないのか?大人ひとりで子どもを2人も育てるのは大変過ぎるのではないか?と。
「そうだね。わかってる」
全部、もっともな心配だと思う。妊娠出産は必ずしも安全ではないし、うまくいかなかった時に苦しいのは子どもたちだ。とは言え、館長との面談を経て、後者2つは乗り越えられる可能性が高い課題だと判断していた。最初の一つについては、両親や弟夫婦の協力を得られるかどうか、が鍵だ。
「だから、もし私に何かあった時にチヒロを助けてもらえるかどうか、訊きに来たの」
その場では、母の結論は出ず、少し考えさせて欲しいと言われて解散になった。
その日の晩、メグミさんから電話があった。
「今日の話。万が一の時は、私とユウタでチヒロちゃんを育てるよ」
ありがとうございますと言いながら、電話口で思わず泣きそうになった。
「私もね、もう少し子どもたちの仲間が増えたらいいなって思ったことはあって。でも、私は、もう産めないと思うから。自分にできる形で協力するね」
メグミさんは、2年間の不妊治療の後で、ミチルちゃんを授かったと聞いていた。「たくさん調べて、妊娠が難しい体質だってわかったから、2人目は諦めることにしたんだ」と話してくれた。メグミさんとユウタのおかげで、母も「やるだけやってみましょうか」と協力してくれることになった。2人には、また、借りができてしまった。
大人だけの話が一段落したところで、昼ごはんにしましょう、と母がテーブルを用意し始める。ユウタがミチルちゃんとチヒロを呼びに行った。
「ミチルちゃん、チヒロちゃん、お箸とコップ並べて」
母が、ミチルちゃんにコップ、チヒロに箸を渡し、2人が並べ始める。コップを並べ終わると、ミチルちゃんは、子供用の2つのコップにジュースを注ぐ。チヒロもやりたがったので、ミチルちゃんから、コップをおさえておく係に任命される。食卓には、子どもたちが好きな宅配のピザとサンドイッチ、母の手作りの唐揚げとエビフライ、サラダが並ぶ。
父は、子どもたちが食べる様子を眺めながら、手酌で注いだワインを少しずつ飲んでいる。勧められたメグミさんも一杯だけ飲む。ユウタは車の運転があるから、と断った。父は、元々口数の多い方でもないが、話し合いの間は努めて空気のように振舞っていた。自らの家事育児の実績を鑑みて、口出しは控えた方がいいと思ったのかもしれない。それでも、子どもたちを眺める嬉しそうな顔を見るに、孫が増えることをこっそりと喜んでいるようだった。




