<長女5歳、3月>
保育園の土曜保育にチヒロを預け、病院に向かう。平日休みを取れなくもないが、できるだけ仕事を休みたくない。幸いなことに、チヒロは土曜保育を楽しみにしていたようで、教室に吸い込まれるように入っていった。婦人科の受付を済まし、待合室の椅子に座る。生殖医療的治療や妊婦健診は予約制だが、土曜は混雑で待ち時間が長くなりがちだ。今は、出産する時には地域出産医療センターに入院するのが一般的なので、産婦人科としてひとまとめだった時代に比べると待ち時間が減っていると言われているが。それでも、土曜日だ。
初回は説明と遺伝子検査だけだった。遺伝子検査は、提供される精子を決めるために必要だ。使用する精子は「提供時点で健康上の問題、遺伝疾患、犯罪歴、一定回数以上を超える精子提供がないことが確認された日本国籍を持つ25-40歳の男性」に限られることを保証する精子バンクから提供される。その中から、指定のプロトコルに従って、遺伝子的に不具合の出ないような候補者が提供者として選ばれる。当然ながら、昔のように、カタログを見て誰がいいか選ぶような非道徳的な方法は取られていない。
まず、私自身の遺伝型、生育歴(通った学校や就職先)、親族の写真をもとに、重篤な遺伝子疾患リスクの排除、近親婚と同様のリスクを排除するための適度な遺伝的距離、親族との特徴的な身体的形質の類似性の観点で候補者が絞られる。2回目の検診で、絞られた数名の候補者の写真と出身地が提示される。お互いが顔見知りである場合など、社会的に避けたいケースを排除するためだ。この時も、2人以下に絞る事はできない。最終的な決定を私が下すことはできないよう、仕組みが作られている。
随分と手間がかかるような気もするが、自分の意思で結婚したものの離婚に至った自分の経験と比較すれば、こんなにあっけなく決まるのかという気もする。交際2年と結婚6年、離婚に1年。それだけの時間を費やした。配偶者との相性の良し悪しなど、私がどれほど真剣に悩んでも、正しい選択は不可能なのかもしれない。そんな不謹慎で滑稽な事を想像してしまい、笑いそうになる。私は、提示された4人の候補者のうち、高校のクラスメートに似ている気がした1人だけに×印をつけて提出した。
3回目以降の受診で人工授精の処置を受けられるようになる。平均して3回程度、このために受診をする必要がある。今日はその2回目だった。受付で提出していた基礎体温のグラフを見ながら、主治医は「今日で問題なさそうですね」と言って治療を開始する。ズボンとパンツを脱いで診察用の椅子に座ると、椅子が動き、上半身と下半身の間にカーテンが引かれる。「痛かったら言ってくださいね」と看護師から声をかけられ、カーテンの向こう側でシリンジに詰められた精子が膣内に打ち込まれる。これだけで、今日の処置は完了した。
それから3週間後、妊娠検査薬で陽性反応が出た。悪阻のような気持ちの悪さも始まっていたので、薄々、うまくいったような気はしていた。もう少しして安定期に入ったら、チヒロにも「お姉ちゃんになるんだ」と教えてあげなければいけない。




