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<長女5歳、12月下旬>

 毎月第3土曜日は、チヒロを”父親” (つまり元夫) に会わせるために、家からバスで30分ほどの距離にある児童館に出向く。離婚後の別居親との交流には様々な形があるが、子供が幼いケースや、両親同士がコミュニケーション不全と判断されるケースでは、児童心理や保育に関しての有資格者の児童館職員同伴で、児童館で面会するオプションがある。私たちのケースも両方に該当すると判断された。元夫と直接のやり取りでは紛糾する事がわかっていたので、有り難く提示されたオプションを受け入れた。


 離婚を切り出したのは元夫からだったが、今でも、彼が何に苦しみ、解放されたがっていたのか、私はきちんと知らない。別居の2ヶ月ほど前から、私がやる家事への不満やダメ出しが増え「こんなはずじゃなかった、僕はこんな生活は望んでいなかった」と繰り返し呟き、不機嫌な顔をしていることが増えた。そしてある日「家を出ていく、生活費はもう入れない」と言い残して引っ越してしまった。

 元夫が家を出て2ヶ月経ち、元の家の賃貸契約を解約して安いアパートに引越した。夫婦2人分の収入を見込んで借りた家の家賃は高すぎた。3歳になったばかりのチヒロと引っ越した先は古いアパートだった。前の家より住み心地は少し悪くなったが、保育園までの距離が少し近くなったことは良かった。弁護士に依頼して、元夫に生活費を請求するための調停を申立てた。それに続く形で離婚調停になった。彼から提出された書面には、結婚生活への不満と怨嗟が並んでいたが、内容は不明瞭で調停委員も首を傾げていた。


 元夫の家出から、娘の生活費の一部を (養育費として) 元夫が負担する事と毎月に娘と元夫が面会する事を取り決めて、離婚を成立させるまで1年近くかかった。養育費分担と面会条件が中々まとまらなかったからだ。父娘の再会は、チヒロが4歳の誕生日を迎える少し前、試行的な面会交流になった。その日は、チヒロが不安にならないように私も付添った。元夫も、調停員の強い勧めに応じて渋々ながら、初回だけは私の付添を認める形で譲歩した。

 約一年の空白があったものの、チヒロは父親を覚えていた。幼いながらも父親を覚えていることに安堵した。その一方で、忘れていてくれれば楽なのに、という気持ちも湧いて心境は複雑だった。その日、チヒロは、父親のところで少し遊んでから、スタッフの向かいで本を読んでいる私のところに戻って膝に乗り、また父親のところに行って遊び、また戻り、行っては戻りを繰り返していた。


 退出の時間が来てチヒロに声をかけると、チヒロは

「パパ、今日はお家に帰ろう」

と言った。元夫は黙っていた。

「チヒロ、パパはパパのお家に帰るから。バイバイ、またねって言っておいで」

チヒロは、小さな声でバイバイと言って私と手をつないだ。スタッフが、元夫に声をかけ、私とチヒロは部屋を退出した。元夫はこちらを向かなかった。チヒロも、ぎゅっと押し黙って、私の指を握っていた。


 その後約1年に渡り、今も毎月の交流は続いている。チヒロは、最初のうち、パパとママ (つまり元夫と私) を仲直りさせる機会を伺っていた様子だった。

2回目の面会が終わった日、チヒロは、

「あのね、ママ。ケンカしちゃったらね、ちゃんとごめんね言うんだよ。保育園でもそう習ったよ」

胸が詰まる思いがした。私の中では、すでに家族としての信頼関係は終わったつもりでいた。チヒロの視点では、まだ仲直りの余地があるように見えていたのか。

「仲が悪くなり過ぎちゃったケンカはね、ごめん、が出来ないこともあるんだよ。パパとママのケンカはそうなんだ。ごめんね、チヒロ」

 私の答えを聞いて泣き出したチヒロの背中をさすりながら、ごめんね、と繰り返した。もっと努力して離婚を回避すればよかったのかもしれない、と思った瞬間はこの時だけだった。それから半年ほど経って、チヒロ自身も、もう両親は仲直りしないんだという事を理解して受け入れ始めた様子だ、と前回の面談で館長から聞いていた。


 面会交流当日の朝、チヒロは小さな一口でゆっくりと朝食のオニギリを食べる。目を離せばモコちゃんとごっこ遊びを始める。急かしながら着替えさせ、髪を結い、靴を履かせ、少し小走りで歩いて、なんとか児童館行きのバスに乗った。毎回、何のためにこんな苦労をせねばならないのか、と悪態をつきそうになる。児童館に着くと、チヒロはスタッフに付添われて、遊戯室に向かった。今日は、館長と私の面談も予定に組まれていた。面談室に入り、簡素な白いテーブルとパイプ椅子の卓に、向かい合って座った。

「お変わりはありませんか」

穏やかな口調で話し始める児童館館長のタケダさんは、がっしりした体型の60代の男性だ。子ども達に混ざってかけっこやドッジボールをしたり、幼児を順番に抱き上げたりする姿を見かける事があり、年齢を感じさせない体力に感心する。

「あの、今日はご相談しておきたいことがありまして」

できるだけ簡潔に、今の状況と質問事項を伝えた。精子提供を利用した第二子出産は、チヒロにとって最悪の選択になっていないかどうだろうか。


 館長は、状況を整理するために私にいくつかの事項を確認してから、ゆっくりと答えてくれた。

「僕は、チヒロちゃんの場合は、大丈夫だと思います。賢しくて優しい子ですし、母子の関係性も、交流中のお父さんとのコミュニケーションも安定しているように見えます」

専門家の目から見て、チヒロとの関係性が安定しているという評価はありがたい。一方で、父子のコミュニケーションが安定しているという評価には、少し不満が残る。交流後のチヒロに「楽しかった?」と聞いても、毎回「パパから、これもらった」とゲームセンターの景品のようなおもちゃを見せてくるばかりだ。

「一般に、妹や弟が生まれる時、上の子は親の目や手が離れることで不安を抱えやすくはなります。赤ちゃん返りとも言われる事がありますね。ただし、それは、両親が揃っている家庭でもよく起こることです。ご親戚の手を借りるなどして、産前産後の体制を整えてください」

「やめなさい、とは言われないんですね」

「私たちは、基本的に子どもを産み育てることに反対しない立場です。あなたが産みたいとお考えなら、それを支援し続ける事が仕事ですから。まあ、こうやって前もって相談に来られる方は、大丈夫な場合が多い印象ですね」


 もう一点、今のうちに聞いておきたい事があった。

「チヒロには父親がいますけど、下の子には”遺伝子上の”父親しかいないことになります。この違いを、子ども達は気にするでしょうか」

「そうですね。気にする事もあると思います。チヒロさんとお父さんとの交流も続けてもらっていますし、ある程度の年になれば、お子さんたちから理由を訊かれることはあるでしょう」

やはり、避けて通れない問題なのだろう。

もちろんわだかまりが残るケースもありますが、と前置きして館長は続けた。子どもというのは、生まれ育った環境に慣れていくもので、家庭環境が安全であればその変化にも適応していくも多いのだと言う。

「ご自身を振り返っても、そう思いませんか?結婚生活を始める時、あなたの家庭の”普通”と元夫さんの”普通”が違っているように感じられたと思います。兄弟姉妹や親の存在も、お子さんたち自身にとっての”普通”を形作っていくものです。その”普通”が、お子さんたちにとって心地よいものになるよう努めること、それが親の役割だと、僕は思いますね」


 30分予定の面談だったが、延びてしまった。館長に「お忙しいところすみません」と謝ると「また気になることがあれば遠慮なくご相談ください」と暖かい返事が返ってきた。この後は、チヒロが戻ってくるまで1時間と少し時間を潰さなければならない。時間まで面談室に居ても良いとのことだったので、本を読みながらチヒロを待つ事にした。


 父親との面会を終えて、スタッフに連れられたチヒロが戻ってきた。

「ありがとうございます」

「はい、どうも。チヒロちゃん、またね」

スタッフが手を振ると、チヒロもバイバイと手を振る。そのまま、私の腕にぶら下がるようにして、手を繋ごうとする。他所に預けた後、チヒロは、思い出したように甘えてくることがある。(大丈夫、私はちゃんと帰ってくるよ) と心の中で語りかけながらチヒロと手をつなぎ直す。

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