偽レターに一本、線を書き忘れただけでラブレターになってしまった話
俺が通っている学校には割と面食いが多いと思う。
男女ともに顔のタイプで好きな人が決まって狙いに行く。
お互いのタイプだったら簡単に付き合えるけれどどちらかがタイプじゃなかったらまず近づけない。
性格は二の次なので、性格が合わなかったら1ヶ月で別れるとかはザラにある。
ちなみに女子では同性の友達作りの段階で同じことが起こっているらしい。
可愛い人たちばかりとつるんで、可愛くない人は淘汰される。
要するに顔面至上主義のこの学校で俺には人権がないというわけである。
「謙人よおー。彼女欲しい羨ましいってよく言ってるけど、作る気ないのかー?」
休み時間の高一教室、廊下側の隅の方に座っている俺と一緒に話している男子生徒の名前は本田 晃。
不覚にも俺の友達で、イケメンである。
顔面至上主義のこの学校で無双中の男だ。
なお、性格は終わっているので付き合えるまでの間も終わるまでの間も早い。
色々と早いので男子からは早漏プレイヤーという不名誉なあだ名が付けられている。
今の記録は一ヶ月、さて、最高記録の二ヶ月を越せるだろうか。
「うるさいなあ、早漏プレイヤーは黙ってくれ」
「……そのあだ名で呼ぶのいい加減やめないー?」
「お前がする俺に対する彼女いないいじりやめてくれたらやめる」
「別にいじりじゃねえって、疑問だってー。欲しいなら作れば良くないかー?」
……嫌味か?
本田の普段の性格の悪さからそう思ったものの、表情を見るに単純な疑問らしい。
どちらにせよ嫌味である事実に変わりはないので、苛立ちを感じながらも抑える。
この顔面至上主義の学校で俺のようなブサイクに人権はないとどれだけ本田に説明すれば理解してもらえるのだろうか。
「……俺がお前みたいにイケメンだったら作れたかもだけどな。俺みたいなやつは顔でそもそもノーをもらうんだよ」
「でもお前アタックしたことあるのか?」
「ある。一学期までに五人」
「一人くらいは行けただろー」
「いや、誰一人としてイソスタすら交換できなかった」
その経験から俺はもうこの学校で彼女を作ることは諦めた。
……好きな人がいても、それは気持ちを心の中に留めるだけにしている。
無理なのがわかっているけれど好き。
だからこそこの気持ちを大切にしたいのだ。
アタックして、イソスタすら交換できずに、恋を終わらせたくない。
「……いやあ、そっか。じゃあ俺、イケメンで生まれてよかったわー」
「……嫌味か?」
「嫌味」
「本当にいつか後ろから刺されでもしてくれ」
「でもなあ……世の中、別に顔が全てじゃないとは思うんだけどなあ」
俺たちがそんな会話をしている時だった。
ある一人の飛び切り可愛い容姿を持つ女子生徒が俺たちのいる教室の前の廊下を歩いていた。
歩く。
たったそれだけの行動で、クラス中の男子も女子も会話の内容を彼女に関するものに変えていた。
俺たちも当然、その一員だった。
そして俺はその姿が見えなくなるまで彼女のことを目で追っていた。
「……いやまあ、顔が全てじゃないって言ってもあの子に関しては例外だよなー」
「やっぱりそう、だよな。彼女と釣り合う男子がいるのかどうか……高嶺の花だな」
俺は彼女が見えなくなるとため息をつく。
木田 彩花。
高嶺の花のマドンナとも呼ばれる存在だ。
さらさらの黒のロングヘアに、大きな目、うるうるとした綺麗な瞳。
顔のパーツのバランスがよく、どこから見ても、誰が見ても綺麗な人だと言う。
背筋もいつもピンとしていて、綺麗な姿勢を維持。
佇まいも堂々としていてかっこいいと思う時さえある。
運動神経抜群、勉強面でもいつも学年一位をキープ。
そんな非の打ち所がない彼女が高嶺の花のマドンナと言われるのはもう一つ理由がある。
それは……。
「そういえば、前に一個上のモデルもやってるイケメンの先輩が彩花に告ったらしいぞ」
「え、そうなのか? 結果は?」
「言わなくてもわかるだろ、振られたってよ。なんでだろうな」
本田はそう言うと両手の平を上に向けて肩を上げる。
木田彩花が高嶺の花と呼ばれる理由はもう一つ、その外壁が硬すぎることである。
どれだけ学年トップ……いや、全国クラスのイケメンが告白しても彼女はその告白を断るのだ。
『ごめん、忙しいから』『今は勉強に集中したい』『好きな人がいるの』
彼女に振られた人が多すぎて、振られた言葉リストというものも作られているらしい。
最近多いのは『好きな人がいるの』だそうだ。
多くの人が嘘だとわかっているが一部の人間はそれを信じてやまない。
「でも、高嶺の花も大変だよな」
と、俺は本田にそう呟く。
「勉強頑張らなきゃ行けないのに、結構な頻度で好きでもない人に告白されて振らなきゃいけない」
「たしかにー?」
「だから告白とか、デートに誘うこととか……いや、恋愛感情すら相手はそういうのきっと全部迷惑なんだろうな」
「……たしかにー?」
「俺みたいなやつだと挑戦権すらなさそうだな」
「あー、俺もあれは無理だけどなー」
たとえ、俺が彼女に恋をしても、彼女は迷惑なだけ。
だったら隠しておいた方が自分のためにも相手のためにもなる。
「っていうか急にどうした? 彩花のこと好きなのか?」
「いや、そんなのじゃないから。俺なんかじゃ無理だと思っただけで、好きでもなんでもないし、その気も一切ないし」
「ふーん……で、本当は? さっきもずっと彩花のこと目で追いかけてたよな?」
「だーかーらー! 好きじゃないって!」
「あれ、図星? ねえ、お兄さん、図星っすか?」
本田はニヤニヤとした顔で追求してこようとする。
俺は強引に席を立つとそれから逃げるようにトイレへと駆け込んだ。
しかしそれでもついてくる性格に難ありのイケメンに腹を立たせながら俺は個室に篭った。
***
俺が木田のことを好きになったのは木田に傘を貸してもらったという単純な理由だった。
顔面至上主義のこの学校で、ブサイクの俺の立場は弱い。
女子に優しくしてもらったことなど一度もなかった。
そんな中、木田だけが優しくしてくれた。
そして気づけば身の程知らずの恋と知りながらも彼女のことを好きになっていた。
かっこよくなろうと少しでも努力して、規則正しい生活を続けて、してこなかった運動を毎日して、彼女に追いつこうと勉強をして。
恋を隠して終わると思いながらもそんな努力をしないと気が済まなかった。
でも、ついに、ついにそんな努力が、報われたのかもしれない。
『謙人君へ
話があります。放課後、校舎裏に来てくれませんか?
木田 彩花 より』
朝のことだった。
いつも通りに下駄箱を開ければ俺宛のそんなラブレターが中に入っていた。
何回読んでもそれは間違いなく、俺宛であり、木田彩花からだった。
この顔面至上主義の学校で底辺のブサメンである俺に告白どころか話そうとする女子もいなかったわけで、ましてやモデルのイケメン先輩を振るほどの高嶺の花のマドンナが俺にラブレターを送る確率など0のはずだった。
……のだが、目の前のラブレターは事実である。
俺がラブレターを手に持ちながら下駄箱エリアを挙動不審に往復していると、同じクラスの女子生徒が登校してくる。
担任の先生の性格がどうたらこうたらと朝から愚痴を言っていたが、俺にそれを聞く余裕はなく、急いでラブレターをポケットに入れる。
「あ、お、おはよう……」
「……」
ですよね。
俺が挨拶したところで、大抵の女子生徒は無視をするどころか睨む。
そんな俺にマドンナがラブレターを渡したなど、到底考えることはできなかった。
放課後までの時間はずっとラブレターのことを考えていた。
普通に考えればまずありえないことなので、友人との罰ゲームか何かで俺を使って笑いを生み出そうとしているのだろうと推測してみる。
しかし俺に傘を貸してくれるほど優しい心の持ち主がわざわざ俺をダシには使わないだろう。
それに、もし本当に罰ゲームだとしたら好きになる相手を間違えてしまった、と自分が惨めで仕方がなくなるのでやめてほしい。
次に俺は実はかっこいいのだと推測してみる。
「あ……あの、黒板消し手伝って、くれない?」
「……はあ」
となると、同じ日直の女子も冷たい理由に説明がつかないので、これも違う。
結局、考えが結論づかないまま、放課後になっていた。
考えながらも内心では浮かれていた。
とうとう俺にも春が来たかと。
好きな人と付き合った後のことをムフフと想像しながら校舎裏に向かった。
……けれどそこにいたのは本田だけだった。
***
朝、俺は本田の下駄箱の前に一枚の手紙を持って立っていた。
内容は偽のラブレター、略して偽レター。
一週間前に俺は本田に嵌められたのである。
嘘のラブレターにまんまとつられて校舎裏に行けば、全て本田が仕掛けた罠だった。
「よ……ぷふっ、笑い止まんねえわ。それ、俺が書いたやつ」
そこで俺のマドンナへの恋が本田にバレてしまって、毎日のようにいじられている。
なので俺は復讐することにした。
『本田さんへ
話があります。放課後、校舎裏に来てくれませんか?
あなたの将来の恋人より』
センスのないラブレターだが、女子に飢えている本田なら食いついてくれるだろう。
ふふ、ふふふふ、楽しみである。
俺は薄汚い笑みを浮かべながら、本田の下駄箱に偽レターを入れた。
でも、まさか……あんなことになるとはこの時はまだ知らなかった。
ちょうどいいタイミングで好きな先生について語っている女子生徒が登校してくる。
俺が挨拶すると、いつも通り睨まれた挙句に舌打ちまでされた。
***
その日の朝は登校してきた本田に話しかけに行ったりしてみた。
「おはよう。本田、朝から気分良さそうだな」
いつも通りにも見えるが、俺は本田の友人。
少しの気分の高鳴りも見逃さない。
「そうか? 普通だぞ……っていうか、お前の方がニヤニヤしてね?」
「ふふふ、何かいいことでもあったのか?」
「いや、別にないけど……やっぱりお前の方が気分いいよな」
恥ずかしがりなのか、それともイケメンゆえ慣れてしまっているのか。
どちらにせよ気分の良さそうな本田を見ると憎たらしい。
俺に偽レターを送ってきた借りは絶対に返す。
そうしてずっとその日は放課後が楽しみで仕方がなかった。
いつもよりも笑顔の多い本田の顔があの時の俺と同じような顔に変わるのだと想像すると笑みが溢れてくる。
性格が悪いことに自分でも気付きつつ、やはりブサメンの俺は性格をどうにかしたところで女子からは嫌われるばかりなのでどうでもいい。
……性格の良い俺が誰に恋をしようと、結局それが叶うことはないのだからもうどうでもいいのだ。
やがて放課後になって、俺が誰もいない校舎裏に足を運んで本田を待っていた時だった。
前から人が歩いてくる。
お、来た来た。
さて、本田が俺の顔を認識した瞬間、どんな顔をするのか楽しみ……だ……?
俺はてっきり本田が歩いてきているのだと思っていた。
しかし現れたのは木田彩花だった。
なんでここに?
また誰かからの告白をされにきたのだろうか。
タイミングが悪いし、ここは本田が来るまで隠れてた方がいいよな。
突然、視界に映った歩く美貌に俺はそんな思考を走らせる。
そして俺が隠れようとした時だった。
「あは、やっぱり謙人くんだ。そうだよね、やっぱりこの文字の癖、謙人くんが書いたものだよね……ふふ、嬉しいな」
木田が俺の名前を呼んだ。
何やら木田の手元には一枚の紙がある。
どうやら木田に告白する相手が俺だと勘違いされているらしい。
……ん、待てよ? なんで俺の名前を知ってるんだ?
「ごめんね。お待たせ、謙人くん」
「あ、あの……木田さん? 待ってないんですけど」
「あぁ、サラッと気遣いしてくれるそういうところ好き。でも、さん付けはやめてほしいな。彩花って呼んでほしい。私の将来の恋人さん?」
木田はそう言って、手元の紙を俺に見せた。
その紙は俺が本田宛に書いたつもりの偽レターだった。
「え、な、なんでその紙を木田さんが持ってるの?」
「なんでって今朝下駄箱に入っていたもの。謙人くんが入れてくれたんでしょ……意外にロマンチックな人なのね。でもそういうところも好き」
……な、なんで木田の下駄箱に入ってたんだ?
俺が記憶を遡ってみても、本田の下駄箱に入れたはずである。
……あと何で俺の名前を知ってるんだ?
っていうか、好きって言った? 木田が好きって言った?
俺の頭の中は半分混乱状態である。
「木田さんへ、話があります。放課後、校舎裏に来てくれませんか? あなたの将来の恋人より……私、これ受けとった時にドキッとしちゃった」
ん、木田さんへ?
俺がそう疑問に思って偽レターを目を凝らして見てみると、そこにはたしかに本田ではなく木田と書かれていた。
……ああ、一本だけ線が足りなかったのか。
「で、どうしたの? 告白してくれるの? ……って早まりすぎかしら、話があるのよね?」
「……あの、木田さん」
「彩花って呼んでほしいな」
「……その、申しあげにくいんだけど」
「何? 申しあげにくいって……あ、そっか。私ったら。そうだよね。告白とか勇気のいることだもんね。でも私の返事は決まってるから。いつでもいいよ」
「ん?」
「え?」
俺はそれが本田に宛てた偽レターだと説明しようとする。
しかしどうにも話が噛み合わない、というか喋らせてくれない。
待てよ。
本田は先ほどから落ち着かない様子で、早とちりしている。
返事は決まっているということから、告白されすぎて振ることに慣れてしまっていると読み取れる。
つまり、先ほどから本田は早く帰りたがっているのだ。
本田にも時間があるにもかかわらず、それを奪ってしまったのは木に一本の線を足していなかった俺の責任。
それゆえ、わざわざ誤解を解く必要もない。
ここは俺が告白して振られた方が木田のためになるだろう。
……ああ、ばいばい、俺の恋。あっけなかったなあ。
「好きです。付き合ってください」
「はい、お願いします」
「だよな……ん?」
「私も謙人くんのことが好きだったの。同じ気持ちで嬉しい」
「ん?」
「え?」
***
0日目(金)ーその日の帰り道。
「私、ずっと謙人くんのことが好きだったの。けど、同じ高校に入学したはいいもののクラスも違うし、どうしよって思って、いろいろ頑張ったんだよ? ずっと待ってたんだから」
「あ、そ、そうなの?」
「うん。でも……ごめんね。待ってたって言ったけど、私から攻めればよかったな。そうしたらもっと早く付き合えたのかな」
「ち、ちなみに、今日が話したの初めてだよね。なんで俺の名前知ってたの?」
「初めて……好きな人の名前を知っているのは当然だよ。謙人くんだって私の名前知ってたでしょ?」
俺の隣にはあの高嶺の花のマドンナがいる。
モデルのイケメン先輩を振るほどの高嶺の花が、彼女として俺に無邪気な笑みを見せながら隣を歩いているのだ。
夢、だろうか。
うん、きっとここは夢。
「じゃあ、私こっちだから。また来週ね? 謙人くん」
***
1日目(月)
どうやら俺はまだ夢の中にいるらしい。
「おはよう。謙人くん。そうだよね。やっぱりこの時間に登校したら会えると思ったんだ」
「お、おはよう、木田さん」
「もう、いつも彩花って呼んでほしいって言ってるでしょ? ……ふふ、私ね、こうやって謙人くんと登校したかったんだ。それが叶って嬉しい」
木田は今まで俺が知らなかった笑顔をたくさん見せてくれる。
その度に胸がドキドキするし、やっぱり木田のことが好きなのだと思わされる。
それと同時に……。
『な、なあ、なんであいつ木田と歩いてるんだ?』
『うわあ、本当だ。付き合ってるとか?』
『それはないだろ。あんなブサイクと木田が付き合うとか天地がひっくり返ってもあり得ない』
……俺もそう思ってるよ。
「よ、謙人……って、なんで彩花が隣にいるんだ?」
そうして木田と一緒に校舎内を歩いていると後ろから来た本田に声をかけられる。
「謙人くんの友人の本田さんでしたっけ?」
「え? ああ。は、はい」
「私、謙人くんだけに彩花って呼ばれたいから、名字で呼んでくれる?」
「あ、は、はい」
「あと、私と謙人くんは付き合ってるから隣を歩くのは当然のことでしょ?」
木田はマドンナの顔でニコニコとしながらそう言い放った。
「は、は、はああああああああああ?」
***
2日目(火)
同学年どころか学校中のほぼ全員に俺と木田が付き合っていることを知られてしまった。
どうやら木田の口から言っているらしい。
高嶺の花のマドンナと付き合うやつがどんなやつなのか気になる。
そんな感情が芽生えるのは当然。
だって、俺も気になる。
人は気になればそれを確かめに行こうとする。
するとどうなるか。
昼休みには俺の席を学年男女問わず大勢の人が囲む事態にまで発展するのである。
「なあ、あのマドンナと付き合ったって本当か?」
「どうやって口説き落としたの?」
「っていうか、まず馴れ初め教えてくれよ。馴れ初めを」
「はい、みんな、質問するなら順番に順番に! 並んで並んで!」
本田はこの状況を面白がって、廊下に列をつくらせている。
それでも俺の席の周りを囲む人は多い。
「いや、馴れ初めと言われても……」
俺が線を一本書き忘れたので付き合いましたなど言っても、到底信じてもらえないだろう。
「まじでマドンナはあんなやつのどこを好きになったんだろうな。俺の方がカッコ良くね」
どこからかそんな言葉も聞こえてくる。
俺も正直、気になっている。
木田が俺のことを好きになる要素はないし、まだ半分、現実を信じられていない。
「それなー。どんなイケメンかと思えば、ただのブサイクじゃん」
「彩花の彼氏ならイケメンかと思って来たのに。めっちゃ損したわ。私、帰ろうかな」
相手が誰なのかというただの好奇心や興味で近づいて来た人と同じくらい、容姿の整っていない俺を見てそんな声を上げる人も多い。
付き合えたのが嬉しいという感情よりも、今はただ不安と劣等感が大きかった。
なんで木田は俺なんかと付き合ったんだろうな。
俺だって、木田と付き合っているのが俺みたいなやつだったら多少は軽蔑する。
容姿も性格も最悪な俺を好きになってくれる人なんて……。
「ちょっと通してくれないかしら?」
「あ、彩花ちゃん?」
俺を嘲笑する人々の中を、堂々と通り抜けて来たのは彩花だった。
彩花は俺の前に立って、俺の手を取る。
そして立ち上がらせた。
「みんなの謙人くんじゃなくて。私の謙人くんなんだから……行きましょ」
顔面至上主義のこの学校で流されないで一人輝いている人物がいる。
木田彩花。
俺のことが好きな変人の彩花だけれど、俺はやっぱり彼女のことが好きだ。
***
3日目(水)
付き合っているという事実は何となく飲み込み始めてきた今日。
「はい、謙人くん。あーん……」
昼休み、俺が学食で食べようとすると、彩花が教室に二人分のお弁当を持ってやってきた。
弁当を作ったから一緒に食べようと言われて、今に至るわけである。
彩花は箸で弁当の肉団子をつかむと、俺の口の前まで持ってくる。
「さ、流石に自分で食べるよ」
「……もう。私が食べさせてあげたいの」
「じゃ、じゃあ……」
俺は彩花の圧に負けて口を開けると、大人しくあーんをされた。
……ん? なんか今、薬っぽい味がしたような?
そんな気のせいを感じるほどに俺の感情は荒波のように変化が激しかった。
おかげで、肉団子の味が全くしない。
俺は貴重な肉団子を味わおうと目を瞑って咀嚼すると、飲み込んだ。
「どう? 美味しい?」
「う、うん、すごく美味しい」
「よかった。もう一回、あーんってさせてあげよっか?」
「も、もういいよ」
「ふふ、なに? ちょっと照れてる?」
「う、うるさいなあ。じゃあ俺も彩花にやってあげようか?」
「え、私に……う、うん」
俺は肉団子を箸でつかむと、彩花の口の前まで持っていく。
彩花は頬を赤らめながら、髪を耳にかける。
そして口を開くと、顔を前に出して肉団子を口に入れた。
咀嚼して肉団子を飲み込むと、彩花は俺の方を向いた。
彩花は自身の唇に指の腹を当てると、俺の唇にもそれを当てる。
「間接キス……だね」
彩花はそう言って微笑んだ。
なぜだろう。
体がすごく暑い。
周りの目線など気にならないほどに、今の俺は彩花のことしか見えていなかった。
彩花の全てが魅力的に思えて、胸のドキドキは異常なほどに加速していた。
***
4日目(木)
「まさかお前が彩花と付き合うとはなあ」
休み時間、俺の前の席に座った本田はそう呟く。
しかしそこに嫉妬や羨ましいという感情はどうやらなさそうだった。
付き合ったという事実をただ受け止めている。
偽レターを送ってくるほど性格が悪い部分もあるが、純粋な部分も多いので憎めない友人である。
「付き合えてよかったな。好きだったんだろ」
「いや、まあ、そうなんだけどさ」
「ちなみにどうやって付き合えたんだ? 言ったら悪いけど、謙人だとハードル高かっただろ」
「……俺もなんで付き合えたのかわかってない」
「謙人から告白したんだろ? どうやって告白したんだ? 校舎裏に呼び出したとか?」
「……線を一本書き忘れたから、告白した」
「はあ……?」
そこで俺はあの日のことを本田に全て説明することにした。
偽レターに相当な恨みを持っていたので復讐しようと思ったこと。
本田宛に書いたつもりが、線を一本書き忘れて木田宛になっていたこと。
わざわざ説明するより、告白して振られた方が時間短縮になると思って告白したらオッケーされてしまったこと。
説明を聞き終えると、本田はケラケラと笑っていた。
「そういえばあの日、木田って書かれたラブレターが俺の下駄箱にあったな。誰がか間違えたと思って入れ直したけど、あれ書いたの、お前だったのかよ……ぷふっ、あなたの将来の恋人よりだっけか? ロマンチックなやつもいるんだなと思ってたら……ぷふっ」
「……元はといえばお前のせいだからな」
「でもいいんじゃね。付き合えたんだから」
俺は軽く本田を睨むのだが、本田はまだ笑っている。
付き合えたのはある意味では本田のおかげなのだが、本田のせいとも言える。
「一本線書き足し忘れただけで、付き合うとか……あ、いや、待てよ。あのラブレター、たしかお前が書き間違えた文字のところに……」
俺たちがそんな会話をしている時だった。
誰かが俺の肩を叩いた。
振り返ると、後ろに立っていたのは彩花だった。
しかしどういうわけか口を可愛らしく尖らせている。
「もう。私とも話してよ」
「おやおや、彼女さんが男友達に嫉妬してるよ」
本田が揶揄うようにいうと、彩花はギロリと本田を睨んだ。
「……私だけの謙人くんなんだから」
彩花はそう言うと、後ろから俺を抱きしめる。
ただ抱きしめると言うより、体重を俺に預けるようにしているので髪やら、体やら、比較的大きなメロンやら、色々当たっている。
そんな状態で……。
「……ね? 謙人くん」
と、囁いてくるのだから、テントが張ってしまうのは不可避の現象だった。
***
5日目(金)
線を一本書き忘れたらマドンナと付き合うことになって一週間が経つ金曜日。
放課後、俺は彩花と帰り道を歩いていた。
そろそろ自分の恋が叶って、好きな人と付き合っているという実感が湧いてくる。
……のだが、大きな疑問がまだ解消されていなかった。
「もう付き合って一週間だね。早いなぁ」
「……彩花ってさ、なんで俺と付き合ってくれたんだ?」
「どうしたの? 好きだったからに決まってるじゃない」
「その好きな理由が気になる……正直、俺はイケメンでもないし、性格がいいわけでもないから。それに接点もなかったし」
俺はイケメンでもなければ、性格がいいわけでもない。
惚れる要素など一つもないにも関わらず、彩花とは接点がなかった。
そんな俺が告白しても振られると思っていたが、結果、彼女として俺の隣を歩いている。
今は最高に可愛くて、性格のいい彼女がいるなんて、過去の自分は信じないだろう。
「……やっぱり覚えてないんだ」
「覚えてないって?」
「私が謙人くんのことを好きになったのはね。梅雨の時に謙人くんが私に傘を貸してくれたからなの」
……そんなことあったっけ?
そう思ったが、どうせ過去の俺のことなので女子を助けたいという安易な下心からだろう。
「あの時の謙人くんからは下心とか一切感じなかった。その頃の私は男子が私に向ける恋愛感情とか下心に飽き飽きしてたから、純粋に私を助けてくれた謙人くんに惹かれたんだろうね。そこから私、謙人くんのことが好きだって気づいたの」
彩花はキラキラとした目をしながら、そう語った。
けれど彩花の思う俺のイメージと実際の俺とでは大きなギャップがある。
「……彩花はそう思ってるんだろうけど、そんなにいい人間じゃないよ、俺。助けたのもきっと気まぐれ」
彩花の隣に立つたびに、自分の容姿と性格の悪さに嫌気がさす。
傘を貸したのだってそう、本当は下心があったはず。
普段なら誰かが貸してくれると思って、貸さないような人間。
告白したのだってそう。
自分から攻めたのではなくて、物事の成り行きで告白しただけ。
何一つ、俺は自分が褒められるところがない。
「彩花が思っているよりも俺は……」
「ううん、そんなことはないよ。謙人くんは優しい」
「っ……」
「それに私が好きなのは優しいところだけじゃない。私は謙人くんが好きなの。どんな謙人くんでも、謙人くんからなら恋愛感情を向けられたいって思うし、私も謙人くんに恋愛感情を向けてる」
「彩花……」
「自分に悩みがあるのかもしれないけれど、そんなふうに自分を蔑まないでほしい。それでも自分のことがまだ嫌いなら、そういう悩みも一緒に抱えさせて……だって、私は謙人くんの彼女なんだから」
彩花はそう言って俺の手を取った。
そしてニコッと、俺にしか見せないような可愛らしい笑顔を浮かべた。
俺はまだ自分に自信が持てない。
けれどいつか隣に立つ彼女に釣り合えるような人間になりたいと思う。
そうなれた時にはもう一度、俺は彩花に好きですと胸を張って告白したい。
それから、俺は彩花と手を繋ぎながら歩いた。
少しだけ彼氏としての自信が持てたような気がした。
***
XXX日目(X)
今日は私の彼氏である謙人くんが私の家に初めて来る日。
私の部屋の写真を謙人くんに見られると少しまずいから片付けておかないといけない。
机の上にも、押し入れの中にも、扉にも、窓にも、カーテンにも、壁一面にも、天井一面にも、謙人くんの写真が貼ってある。
謙人くんをいつでも見れるように、こんな部屋にしてある。
私は部屋の写真を剥がして、押し入れに移動させながらも、手に取った謙人くんの写真を一枚一枚眺める。
……万が一のことがあるかもしれないし、ムードは考えたいのよね。
惜しさを感じながらも、謙人くんとの『万が一』に備えるために私は部屋作りをしていた。
「久しぶりだなあ。謙人くんが私の部屋に来るの」
謙人くんは覚えていないけれど、私と謙人くんは保育園の頃からの仲。
毎日のように遊んでいて、私は謙人くんのことが好きだった。
明確に好きになったきっかけは覚えていないけど、謙人くんは私のヒーローのような存在だったことは覚えている。
何かと遊んでいたし、何かと私を守ってくれた。
趣味も同じだった。
小さいながら運命の相手ってこういう人なんだろうなって思った。
小学校に上がると同時に、親の都合で謙人くんは引っ越して行った。
でも、その思いが消えることはなかった。
むしろ会えなくなったことで強まるばかりだった。
「ああ、謙人くん、好き好き好き好き」
私は部屋にあった最後の一枚の写真の中の謙人くんにキスをすると、押し入れにしまった。
私が変な行動をしても、それを見る人は誰もいない。
一人暮らしをしているから。
私が中学生になっても同じく大きくなった謙人くんを想像するだけでドキドキしていた私は謙人くんをあの手この手で探し出して、謙人くんの居場所と通っている学校を見つけた。
SNSでも謙人くんのことを見つけられたから、ネッ友になって、受験する高校を第三志望まで聞き出した。
『お母さん、高校生になったら一人暮らししたい』
『どうしたの? 急に』
『自立しようと思って。行きたい高校があるし』
謙人くんの行こうとする高校はどれもそれほど偏差値の高いところではなかったから母の説得を得るのは大変だった。
何とか理由をつけて許可をもらうと、私は謙人くんと同じ高校を受験した。
どの受験会場にも謙人くんはいたけれど、私は声をかけなかった。
覚えていないかもと怖かったから。
不確定要素なのが謙人くんの合否だったが、第一志望まで全て受かっていたらしく、晴れて同じ学校になったわけである。
しかしやっとのことで謙人くんと同じ学校に通えると思ったら、違うクラス。
話す機会がなく、そうこうしているうちに謙人くんの方も何やら恋愛を楽しんでいたようだった。
それに私のことは覚えていなさそうだった。
『また振られた……彼女欲しい』
『お疲れ、切り替えてこうぜ』
謙人くんに接近しようと思っても、厄介な男たちに付き纏われるし、謙人くんは別の女の子を狙っているしで大変。
でも、謙人くんは私のもの。
たとえ謙人くんが覚えていなくても、私は覚えている。
謙人くんが狙った女の子には全員にその子のタイプの男子を紹介しておいた。
面食いの多いこの学校の女子の恋心を操作するのは簡単。
厄介な男たちはさっさと振って、そんな日々の繰り返し。
けれど、告白してくる人の中に謙人くんはいなかった。
だから余計に好きになった。
……もう回りくどいことはやめて、さっさと好きって言っちゃおうかな。
でも、今のまま攻めても謙人くんなら絶対に遠慮しちゃうだろうな。
そんなある日のことだった。
いつも通りに謙人くんの登校時間と合わせて登校していると、謙人くんが下駄箱にラブレターらしきものを入れていた。
私は謙人くんが去った後にすぐに確認してみる。
『本田さんへ
話があります。放課後、校舎裏に来てくれませんか?
あなたの将来の恋人より』
本田って誰よ。
そう思ったが、そういえば謙人くんの友人だったと気づく。
謙人くんはゲイではないことは知っているので、私は悪戯か何かの類だと思った。
そうして私が偽レターを戻そうとした時、閃いた。
この『本』の一本線を消してしまえば、本田宛のラブレターは私宛のラブレターになる。
本田が来たらこのラブレターは私の下駄箱に入れるはずだから、私がそれを持って校舎裏に行けば謙人くんは私に告白してくれるかも。
要するに逃げられないような状況を作ってしまえばいい。
私は計画通りに一本の線を消した。
校舎裏では圧をかけて、そして、謙人くんに告白させた。
謙人くんは優しすぎるから、流されて告白してくれると思ったけど……こんなにうまく行くなんて。
そこからは押せ押せでどうにかなった。
私が好きと伝え続けていれば、謙人くんは私を好きと言ってくれるようになった。
予想外だったのは謙人くんが私のことをもう少し前から好きだったこと。
でも、嬉しい予想外だった。
遠回りになっちゃったけど、今日で謙人くんを本当の意味で私だけのものにする。
『万が一』を起こして、既成事実を作るのだ。
……上手く行くかしら。
軽い女だと思われて幻滅されたくないから、お菓子に媚薬でも混ぜて謙人くんに襲わせたいな。
私は謙人くんと結婚をして、子供も産んで……謙人くんと幸せな人生を送るの。
そんなことを考えているとインターホンが鳴った。
やっと来た。
私だけの謙人くん謙人くん謙人くん謙人くん謙人くん謙人くん謙人くん謙人くん謙人くん謙人くん謙人くん謙人くん謙人くん謙人くん謙人くん謙人くん謙人くん謙人くん謙人くん謙人くん謙人くん謙人くん。
私はあなたのことが好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで堪らないの。
私は謙人くんのためなら謙人くんのためなら謙人くんのためなら謙人くんのためなら謙人くんのためなら謙人くんのためなら謙人くんのためなら謙人くんのためなら謙人くんのためなら謙人くんのためなら謙人くんのためならなんだってできる。
あぁ、あなたが好きなの、謙人くん。
あなたの全てが好きなの。
こんな私だけど、許してね。
私を、まだ好きでいてね、謙人くん。




