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本編『紺青のグレンセラ』の主人公、アルスノの父・アゼルレッド王の若き日、そして、破滅までを描く。

( 単体でお読み頂ける短編です。)


 愛ゆえの哀しみ、苦しみ、か。

 予とは全く無関係の代物だ。


 何故か?


 答えは明白だ。

 愛ゆえの喜びを得たことがないからだ。



 此処はグレンセラ王国。


 エグバート王の治世、それは動乱の時代。ラスヴェート帝国を初め、リウガルト共和国、テュール公国、ヘリオット王国、更にフリーシア王国とも戦争状態にあった。


 ラスヴェートとグレンセラが拮抗し、他国はこの二国に蹂躙されてゆく、そんな戦いが繰り返されていた。


 グレンセラは、初めから強大な国であった訳ではない。このエグバート王の世に、戦闘能力が格段に上がったのだ。指揮者としての力量と才覚、それが、エグバート王にあった訳だが――。



「おおアゼル、来たか」

「陛下、お呼びでしょうか」

 此処は、グレンセラ城の一室。

「アゼル。そう堅くなるな、前からそう言っておろう」

「……叔父上」

「ふむ、それでよい」

 満足そうに頷く国王。


「今日はお前に贈り物があるぞ、ほら、持ってこい」

 王の側近が、両手で剣を差し出す。

宝剣(レイピア)だ、良い品だろう。うむ、お前に相応しい」

「有難う存じます。ですが、このような高価なものを……私に? また殿下達がお怒りになられるのでは」

「あやつらのことなどお前が気にせんでよい。言わせておけばよいのだ」

「仰せのままに」


 この青年。黒い髪に、紅榴石(ガーネット)の双眸。彼の名は、アゼルレッド。

 


 ()()()()家の長男だ。



 アゼルレッドは王の甥だった。アゼルレッドの父は、王の弟にあたる人物。アゼルレッドは両親と折り合いが悪く、十になる頃には離れて暮らしていた。その代わりに、伯父であるエグバート王に大変可愛がられている。それは、必然と言えば必然だったのかもしれない。


 何故なら、王の子供、王子達は揃いも揃って()()だったからだ。


 王には二人の王子がいた。王太子である第一王子は、何一つとしてアゼルレッドに勝てるものが無かった。元の性質なのか、アゼルレッドという存在がそうさせたのか。第一王子を表す言葉として横柄、そして傲慢、それから能無し、と周囲の家臣や貴族からも不評を買っていた。アゼルレッドに強く当たり、幾度となく嫌がらせを行わせた。だが、それは自らの名を汚し、アゼルレッドの支持を高めるだけだった。


 第二王子は、いつも兄の陰に隠れていた。王妃の庇護の元、王子としての務めを殆ど手放しているような状態だった。


 無能な第一王子に、頼りない陰の第二王子。そんな中頭角を現す王の血縁者アゼルレッド。全てにおいて非がなく、品格があり、若いながらに揺るがぬ威厳。誰が王位に相応しいか、火を見るより明らかであった。


「お前は才能がある。勇猛果敢で、立派だ。だがそれより、うむ……そうだな。お前には内なる炎が宿っている。今は表には出ておらぬ、火が」

「陛下の御目には、そう映っているのですか」

「ふむ。その炎が、燃え盛る日が……近いのやもしれんな」



 回廊の真ん中で。


「俺は王になるんだぞ! お前なんて、俺が王になったら殺してやるからな!」

 人目を憚らず声を荒らげる第一王子。


 王子の名は、何だったか。己の名前と似た響きだったような、まあどうだっていい。


「調子に乗るなよ?」

 顔を近づけられても、アゼルレッドは微動だにしなかった。

 



 ある日の真昼にも。一体何処からか、壺が天から降ってきた。アゼルレッドは易々と身体を躱す。

「大丈夫ですか、お怪我は……っ!」

 飛び込んできた従者に首を振る。

「こんなの、暗殺のようなものだ! アゼルレッド様が秀でた方だからといって、妬んで、挙句こんな仕打ちを……っ」

「騒ぐな。……じきに、決着がつく。今はその時ではない」

 笑みさえ浮かべるアゼルレッド。

「……敵は感情に囚われている。ああ、興が乗ってきた」





 アゼルレッドは隠していた牙を剥く。

 時は来た。



 城の寝室。


 扉が開く。王妃が戻ってきたのだ。

「……?」

 何かが倒れている。何か、いや、それは、




「アルフレッド……?」




 呆然と呟く言葉。

「アルフレッド、嘘よ、ああ、アルフレッド! どうして、ああっ、アルフレッド……っ」

 死んでいた。愛する息子が、真っ赤に、血に塗れて、息が無かった。目を大きく開いたまま硬直している。




 揺らす手を止め、その視線の先にあったのは――。




「お母様っ、ああっ、助け……」

「エドワードっ! お、お前は……っ」

 黒いマントから、顔が明らかに。

「待ちわびていたぞ、王妃。我がグレンセラの王妃!」

「アゼルレッド、お前がアルフレッドを? 何故、何故なの!」

「何故か? そうだな、貴様の心に聞いてみたらいい、そのうちに宿る背徳の罪に」

「な、なにを……エドワードを、放して! エドワードは何も、何もしていないじゃない!」

「そうだな、このエドワードは、特に俺に対して何かしたわけじゃあ、ない。愚かしい兄と違って、ただただ隅に隠れてただけだったな」

「そうでしょうとも! この子は純粋で、潔白なの。お前を脅かすような真似は決してしないわ、分かって、分かっているでしょう?」


 アゼルレッドは頷いた後、首を斜めに傾けた。


「ああ。……だが、残念ながら殺すほかないのだ。そう決まっている」

 焦って王妃は口走る。

「へ、陛下に、お前を突き出してやるわ、きっと、お前も死に」

「陛下。そうか、貴様はまだ、あの方に信を置いているか。寵愛が残っていると。……馬鹿馬鹿しい」

「何ですって?」





「無害で無知な者よ、無に帰すがいい」



 


 王子の首に、刃が臨んだ。

「ああああああっ、あっ……ううっ」

「やめて! ああっ、なんてこと、あああっ……あ、悪魔っ!」

「悪魔、ほう……王の血筋を偽り欺きを行った貴様が、私を悪魔だと? 面白い思考だ。偽りを正す者を悪魔呼ばわりか……」

「どうして、」

 エドワードは伏して、痙攣している。

「ああ、陛下からお聞きした。すべてを、あの方は知っている」



 王妃には気に入りの従者がいた。下級貴族の出の、青年。この男が王子達の父親だったのだ。それを国王は初めから知っていた。知っていて、沈黙していた。


 王子達が王に似ていないのも当たり前だ。王の血筋ではなかったのだから。



「一つ、夫を欺いたこと。一つ、王を欺いたこと。一つ、王国を欺いたこと。従者と密通し、挙句の果てに子を成すとは、恐ろしいことよ」

「ああ、何故……」



 どこから狂ったの、今頃この憎きアゼルレッドの死体を眺めるはずだったのに、どうしてアルフレッドとエドワードが、どうしてなの、



 王妃の瞳に、真赤に染まった剣が映る。二人の王子の血が混ざり合い、濁った赤色。



「貴様は殺さぬ。……その方が良い、陛下もそうお考えだろう」

「え……」

「貴様はわざわざ手を下さずとも、死ぬ。運命(さだめ)は私が決める。貴様はそのようになっている。子供という大事な道具を失った貴様に、生きてゆくことなど不可能だ」

 二つの死体を見下ろすアゼルレッド。

「無様なことだ、父親に、いや、そう()()()()()()()愛する父に殺されるとは、哀れな王子たちよ」



 紅に染まったその手を見、アゼルレッドは嗤った。



「ああ、喉が乾いた。下賎の者と話すと、疲れてしまう」

 わなわなと血を握りしめて、王妃はアゼルレッドを見上げた。

「お……お前は、殺人を犯して、何のお咎めも無いなどと……」

「ああ、案ずるな。筋書きは全て整っている。『王妃達が国王の甥、アゼルレッドを殺そうと刺客を雇ったが、あろうことか誤って王子達を殺してしまった』とな。そういえば、刺客の死骸は城の前に吊るしたんだが、見るか?」

「な、なんて、こと……」



 アゼルレッドは窓を見、思い出したように口端を上げた。

「そうだ、大事な事を忘れていた。私としたことが。何といったか、ジェームズ? 奴の処刑が決まったぞ」


 ジェームズは、王妃が愛した下男の名だった。


「……っ、お前、彼に何をしたのっ!」

「別に何も?」

「嘘を吐け!」

「ははっ、明日の昼、露台(バルコニー)から広場を望むといい。大罪を犯してでも愛した男の最期を、見届けるがいい」


 アゼルレッドは、ただただ優れた子だと思っていた。ただの、利口な子。これを殺して、アルフレッドの地位を頑丈にしようと、そう謀っただけなのに。これの本性を暴いてしまった。この悪魔、この化け物。ああ、




 災厄(パンドラ)の箱を、開けてしまった……。




 二人の王子の死を、悼む者など何処にもいなかった。貴族も民衆もアゼルレッドを称えた。彼らにとって、アゼルレッドは勇者であり英雄だった。


 程無く、王の裁断が下された。王妃は称号を剥奪され、郊外の塔に幽閉されることになった。王城を出、彼女は馬車に乗ることさえ許されず、手錠をかけられたまま歩いた。つまり、民衆の見せ物。塔への道、人々は野次を飛ばし、石を投げた。


「哀れな女だ!」「この奸婦が!」


 酷い罵声の数々。だが王妃は、否、王妃だった女の耳には届かなかった。呆然と、一点を見つめるだけ。



 呪われた王妃と英雄アゼルレッド。



 王妃の名は、歴史書に書かれることなく、永久に忘れ去られるだろう。



 アゼルレッドは順風満帆だった。最早、邪魔者は無く、後は地位を継ぐ備えをするだけ。だが、アゼルレッドはさらに先へ、上へと昇っていった。



 戦場に、アゼルレッドが()った。



 大人しく、利口な青年の姿はもう、無い。戦場がアゼルレッドにとって格好の舞台だった。戦場ほどアゼルレッドに相応しい場所は無かった。その才覚と狂気が露見。他国にとっては、寝耳に水。王の退き際、漸く一矢報いることが出来る――そんな希望は、脆くも崩れ去った。瞬く間にアゼルレッドの名が広まる。二つ名は「グレンセラの狼」。戦場を掻き回し、焼き尽くし、(まさ)しくアゼルレッドは燃え盛る炎だった。





 エグバート王を上回る強者の出現に、大陸は戦慄した。





 その日。王が危篤だった。


「あ……アゼル……」

「何でしょう、叔父上」

「遂に、お前の……頭上に、冠が(くだ)るな……」

 アゼルレッドは遠慮がちに頷く。

「……好きに、やれば、よい……王の力は、強大、だ……だが、この国の、誰よりもお前に、相応しい……お前、は……予が、見込んだ子、だ……から、」

「陛下の御言葉、しかと胸に刻みます」

「ああ……お前は、最期まで、」



 王は深く息を吸った。



「予に……己の、魂胆を、漏らさなかった、な……」


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