7話 ぷるんへの道
「――と、いうわけなんだ。 卵ってのはたくさんのスイーツに使われているし、特に天然物は質が段違いに良くてね」
「……なるほどぉ。 だからプリンに使えるんじゃないかっていう話なのね」
「うむ、まさしく! この卵を使えば、"甘くて、ぷるんとした"……そう、“プリン”に近づけるかもしれん!」
俺は掌に乗せた卵をじっと見つめた。
通常のものより小さく、殻が脆いこの卵。
確かにうまいが、もっとよく知る必要があるな。
「よし……それじゃあまずは、素材の味を堪能するとしよう」
* * *
その日の夕方。
俺たちは早急にクエスト報告を済まし、宿屋の近くの空き地に簡易的な調理スペースを設けていた。
街の共同調理場を使うとかも考えたが、これから奇妙な食材や調理法を試すとなると視線が気になる。
ギルドの計らいもあり、誰にも邪魔されないこの空き地を使わせてもらえることになった。
手頃な石で即席の釜戸を作り、火を起こす。
調理器具は、バドさんが「興味本位で」貸してくれたものだ。感謝しつつ早速試作に取りかかった。
まずは――茹でる。
「切る」「焼く」「煮る」あたりが基本の調理法とされていて、茹で料理といえばイモを茹でたもの位だ。
しかし、卵に関しては冒険者の専ら人気の料理がある。
――それが"ゆで卵"だ。
卵さえあれば、特別な調理スキルもいらず、簡単に栄養補給ができる
それにシンプルな調理法だからこそ、素材の味を感じられるというものだ。
「まずは、シンプルに殻ごと茹でたものを食べようと思う。 それから、調理の方向を決めていこう」
「へぇ……殻ごと茹でるんだ! 楽しみ!」
茹でている間に、調味料や他の食材の準備に取りかかる。
クエスト報酬の大半を食材や調味料に費やしたため、荷物の量がなかなかのボリュームになっていた。
こうしている間にも、鍋はふつふつと音を立てる
十分経過――そろそろ頃合いだ。
火を止め、慎重に鍋から卵を取り出す。
あまりに熱いので、布で包んだまま丁寧に殻を剥く。
――出てきたのは、全体が濃いオレンジ色のゆで卵だった。
「うわぁ……えっ、これ、白身はないの?」
「ふふ、これも天然物の特徴なんだ。 割ってみると、中は全部黄身。栄養価が凝縮されているんだよ」
三等分にして、それぞれの器に盛り付ける。
ほんの一口にも満たないこの卵だが、まるで宝石のような輝きを見せている。
「よし、いただこう」
「うむ、いただきます!」
「いっただっきまーす!」
フォークを入れると、しっかりと火の通った黄身が滑らかに崩れる。
口に運ぶと、ほろほろとほどけるような食感とともに、濃厚な風味が広がった。
そしてその奥から、ほのかに甘い後味が追いかけてくる。
「美味しいっ……!」
マリネさんが、目を丸くして声を上げた。
「本当にハチミツみたいな優しい甘さ。このままでも充分スイーツみたい!」
「うむ、口当たりもよく、これは実に……ウマイッ!!」
「ふふ、本当はもう少し弱火でじっくり加熱すれば干しイモみたいなねっとり系になるんだが……これだけで充分うまいな」
俺は、彼らの反応を見て思わず頬を緩めた。
やっぱり、誰かのために作るのは、いいもんだな。
「さて、ここからは実験タイム。 お腹の準備はどうかな?」
俺はわざとらしく問い掛ける。
「バッチリです!」
「おかわりをッ!!」
二人はそれに力強く応じた。
――ここからが、本当の戦いだ……!
「ふふ……まずは、ゼリーに近いもを作ろうと思う。 食感がどうなるかは……作ってのお楽しみだ」
俺は、溶き卵に乾燥スライム粉末を少量の水で溶かしたものと、液状のスライムを混ぜ込んだものの二種類を小鍋で火にかけた。
三分程煮て、粗熱をとってから器に移す。
冷やせば固まるかと思ったが、出てきたものは――
ぷるぷる……とは言いがたい、ぶよぶよしたゼリーもどきだった。
「うわぁ……」
思わず漏れた声を隠しもせずに、俺は一皿をグルメマンに差し出した。
「むおっ!?」
警戒しつつ口に運んだ彼は、咀嚼するなり苦悶の表情でのけぞった。
「くさッ!! うぅむ、なんというか……卵の甘さが、スライムの生臭さを際立たせておるな。 口当たりも、こう……ぬるぬる、ぐちゅぐちゅ……」
俺も恐る恐る一口食べたが、噛むほどに鼻に抜ける生臭さと、喉にまとわりつくような感触に思わずえずいた。
「……これは、失敗か……?」
「ですね……卵とスライム、相性が最悪でした」
俺とグルメマンは一度、静かにスプーンを置いた。
次だ、次を試そう!
――今度こそ、正統派の甘味に向けて。
「まずは、卵の濃厚さを生かしつつ、甘みを引き立てるスイーツ路線でやっていこうと思う」
「お願いしまーす!」
俺は卵とミルク、そこに少しのハチミツを混ぜ合わせ、鍋に流し入れた。
固まりにくいのは難点だが、分量と火加減を調整していけば、何とかなるはずだ。
やがて、ほんのりと甘い香りが鍋から立ち上った。
火から下ろして、しばらく冷ましてから器に取り付ける。
――見た目は完全に、ドロドロの粥状だ。
まあ、そのあたりは次の課題ってことで。
「さあ、グルメマンさん、まずはどうぞ」
「むっ……!? うむ、ではいただこう……」
見た目にやや怯えながらも、グルメマンそっと口に運ぶ。
「……!」
沈黙ののち、彼は目を見開いた。
「うん、うーん……ウマイ!……ウマイのだが、何だか惜しい感じがするな」
ひとまず"食べられる"ことが分かったので、俺とマリネさんも一口。
「うん、なるほど……」
作ってる最中からうすうす感じてはいたが、やっぱりかという仕上がりだ。
「甘くて美味しいっ!」
マリネさんは変わらず、にこにこしながらスプーンを運んでいる。
「うーん熱が入りすぎた……?ミルクの割合も少ないかな。 舌触りがざらつくのは火の通りが均等じゃないせいか……?」
「ふむ。 マーシュ殿、まるで料理人のようだな」
ぶつぶつと呟く俺に、グルメマンが感心したように言う。
「まあ、実際料理作ってましたからね」
「なに、そうなのか?」
「……昔の話ですけどね」
マリネさんが「あれ?」という表情でこちらを見るが、気付かないフリをした。
「さて、どうしたもんかな……」
「うむ、マーシュ殿。やはりぷるん、という食感が大事になってくると思うのだが……難しそうか?」
「……うーん、方向性は悪くないと思うんですよね。 火を弱めに、均等に、じっくり加熱すれば形も整った仕上がりになるはず……」
二人してああでもないこうでもないと話し合っていると、「ふふっ」という小さく楽しげな笑い声が聞こえた。
見ると、マリネさんが器を両手で抱えたまま、優しい目でこちらを見ていた。
「すごいですね、二人とも。 食べる人と作る人って、全然違うのに、ちゃんと同じものに向かってる」
「ワタシはただ美味しいものが食べたい一心だからな! 当然、マーシュあってこその挑戦だが!」
「……まあ、料理を作る以上、目指してるのが“美味しい”って声だからな」
俺はそう言って、微笑んだ。
「よし、もう一回だ」
俺は再び鍋を火にかける。
焚き火の赤に照らされながら、まだ見ぬ“ぷるん”を目指して。




