5話 推参、グルメマンッッ!!
「第一回、プリン会議を開始する……!」
俺が高らかにそう告げたのは、朝の10時を過ぎた頃だった。
昨夜は各々でしっかり休息を取ることにして、俺達は翌朝宿の応接間に集まって作戦会議を開いていた。
「さて、作戦会議を始めるにあたり、まず大事なことを伝える」
俺の言葉をマリネさんは固唾を飲んで見守っている。
「それは……プリンという食べ物は存在しない……!」
「えぇっ!」
マリネさんは思わず椅子から立ち上がる。
「……という前提で、会議を進めるということだ」
「えぇ……?」
彼女は俺の発言を聞いて棒立ちになった。
これは、こういった会議とかで何かを決める際に有用な方法として親から教わったことで、前提条件を設けるということだ。
特に、議題内容がふわっとしている場合は前提条件をつけることで会議の方向性が決める位には重要だ。
今回においての前提は、"プリンはこの世に存在しないもの"とすることだ。
「で、でも、それだと私の頭に浮かぶイメージとかはなんなんですか…?」
マリネさんは席を立ってオロオロと質問する。
「もちろん、プリンという食べ物がこの世界のどこかにあるかもしれない。でも、飲食店の経験がいくつかある俺は少なくとも聞いたことがないし、あちこち旅してきたマリネさん自身も、なんの情報も得られなかったんだよね?」
「それは、まあ……」
「だというならば何の策も無く探し回るより、それがもとから無いものとして考えれば別の方法にたどり着くと思うんだ」
「別の方法……?」
困惑した様子のマリネさんをよそに、俺はニヤリと笑う。
「ああ……なければ、作ればいいんだよ」
「作る……?」
「そう、俺達でプリンを作ればいいんだ」
俺の、プリンを作る発言を受けてよろよろと席に座るマリネさん。
「……で、でも、作るっていたって、そんな、何も情報がないわけですし……」
彼女は動揺した様子を見せながらも、一気に上がった声色と明るい表情から、隠しきれない弾む気持ちが伺える。
「それは、大丈夫!マリネさんの頭の中にはイメージがあるじゃないか」
「でもでも、それはすごく断片的なイメージで……できるかどうかなんて――」
「やろう、マリネさん!」
「……!…………はいっ!」
俺の言葉におされたのか、彼女は意を決したように大きく頷いた。
これでとりあえずの方向性は決まった。
後は肝心なプリンについてだが、そこはもう完全にマリネさん頼りにはなってしまう。
「さて、プリンについてなんだが……とりあえずイメージの共有をしたいと思うんだけど」
「はい……って、えっと、イメージがその時その時で違ったりするんですけど……」
「それは今思い浮かぶのとか、強く残ってるイメージとかでも全然いいよ」
「分かりました」
マリネさんはそう言うと、椅子に座って固く目を閉じた。
相変わらず眉間にすごいしわが寄っているが、これはクセなんだろうか……
そんなことを考えていると、彼女はカッと目を見開いた。
「分かりました!えっと、なんというか……」
「なんというか……?」
「甘くて、ぷるぷる……?」
「甘くて、ぷるぷる。それ以外は?」
「いや、それだけ、ですね……」
俺の選んだ道は、思っていた以上に過酷な道のりなのかもしれないと、いまさらながら後悔した。
* * *
昼を少し過ぎた頃、俺たちは冒険者ギルドへ向かった。
情報収集もあるが、やはり稼がないといけないからな。
クエストカウンターを見ると、そこには見慣れた顔――ココットさんがいた。
(今日は……ビンタされないといいんだが……)
そう、俺に平手打ちを食らわせたあの人である。
ギルド内の話し合いで、群青の破壊者が来たら力ずくでもいいから追い出そうとなったらしく、結果あの行動をとってしまったようだ。
もっとも、宿での騒動のあと、すぐに駆けつけて何度も頭を下げてくれた。
マリネさんへの説明不足と、ビンタを含めて全面的に謝罪してくれたし、俺も根に持つような性格じゃないから今ではもう気にしてない。
「ココットさーん」
俺が手を振ると、彼女はすぐにこちらに気づいた。
「あっ、マーシュさん、マリネさん!先日は本当に、本当に申し訳ありませんでしたっ!」
彼女は地面に頭がめり込みそうな勢いで深くお辞儀してきた。
「いっ、いやいや! もう全然気にしてませんから、顔上げてくださいって!」
「そうですよ、私ももう大丈夫です!」
「そ、そうですか……ありがとうございます……」
おずおずと顔を上げた彼女は、長い髪をかき上げて、きりっと姿勢を正した。
「……では改めまして、ようこそクエストカウンターへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「はい、プリンについて何か情報がないかってのと、普通にクエスト受けに来ました」
「プリン、ですか……うーん、申し訳ありませんが、それは……」
「まあ、やっぱり無いですよね。じゃあクエストだけでも」
「はい、承知しまし――あっ!!」
急に大きな声を出されて、俺もマリネさんもビクッとなる。
「な、何ですか!?」
「"あの人"なら……もしかしたら知ってるかもしれません!」
「あの人?」
「はい、最近この街に来た冒険者さんで、お料理にものすっごく詳しくて、それに、ものすっごく強いんです!」
マリネさんと顔を見合わせて、こくりと頷く。
「その人って、今どこに?」
「えーと、普段はクエストか酒場に――」
その瞬間、ギルドの扉がバンッと開いた。
「はぁっはっはっはッ!!! 今戻ったぞッ!」
現れたのは、見覚えのある……コック帽を目深にかぶった大男。
両手にパンパンの獲物袋をぶら下げて、ずかずかと中へ入ってくる。
「うわ……」
二メートル超えの身長に、筋骨隆々の体。農夫みたいなオーバーオールに、両腰にはサイズの違う細身の刀を帯刀している。
そして何より目を引くのは――鼻まで覆うほど深く被ったコック帽。目元がくりぬかれていて、そこにはサングラスのようなものが着けてある。
……もはや帽子というより仮面だ。
「ああ、グルメマンさん! クエストお疲れさまでしたー!」
……グルメマン?
なんだその名前。まさかコック帽からとったのか?
「うむ! 大漁だったぞ!」
自慢げに獲物袋を掲げるその男は、俺たちの前を「失礼」と言いながら通り過ぎ、納品箱にガラガラと魔結晶を放り込んでいく。
そのサイズ、量、どれもスライムのものとは比較にならない。
……バケモンかよ。
「確認終わりました。こちらが報酬です」
大量の報酬を受け取ると、彼は颯爽と帰ろうとする。
「あっ、ちょっと待ってください!」
ココットさんが慌てて呼び止めた。
「こちら、マーシュさんとマリネさんです。ぜひあなたの知識をお貸しください!」
彼女が俺に向かってウインクする。善意なのは分かるけど、俺としてはこの謎の大男と向き合う自信がない……。
ほら、マリネさんだって驚いて口が半開きじゃないか。
「は、初めまして、マーシュです」
「ま、マリネと申します」
「やあ初めまして!ワタシはグルメマンだッ!」
至近距離なのに無駄に声がデカい!
そして満面の笑みで親指を立ててポーズをキメる。
ついていける気がしない……。
とはいえ、話さずには帰ってもらえないだろう。俺はこれまでの経緯を手短に説明した。
「――というわけで、プリンという食べ物を探しているんですが、何か心当たりありませんか?」
「ふむ……まったく分からないな!」
はい、ですよねー!
マリネさんを見ると、さすがの彼女も呆然として項垂れていた。
「ああ、すみません、お時間取らせて……」
俺が引き下がろうとしたとき、グルメマンがふと立ち止まって、宙を見つめる。
「……プリンが何かは知らんが。なんだかこう、甘くてぷるんとしていて……うまそうな響きだな!
もし見つかったら、ワタシにもぜひ食べさせてほしいものだ!」
高らかに笑いながらそう言ったその言葉。
……それは、マリネさんのイメージと完全に一致していた。
ハッとして彼女を見る――
が、床を見つめたまま微動だにしていない。
……気付いてないな!
「グルメマンさん! すみません、もう少しだけお時間もらえませんか!?」
帰りかけていた彼を慌てて呼び止める。
(ちなみに、マリネさんはまだキョトンとしたままだった)