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異界のグルメとメシ道中  作者: スギセン


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34話 ワタガシ、実食!

 俺は夢中で駆け戻った。


 背中に抱えた袋の中には、さっき見つけたばかりの、新鮮なスパイダークラブの巣がぎっしり詰まっている。途中で転びそうになりながらも、なんとか野営地にたどり着くと、二人の姿が見えた。


「――マーシュさん!? どうしたんですか!」


 マリネさんが目を丸くして立ち上がる。


 俺は息を切らしながら答えた。


「……試したいことが、できたんだ!」


 汗まみれの額をぬぐい、すぐに調理器具のそばへ向かう。


「グルメマンさん!」


「うむ、どうした!」


「俺が茹でた糸を、天日干しできるようなものを用意してもらえませんか?」


 グルメマンは少し驚いたように肩をすくめたが、すぐにニヤッと笑った。


「……ちょうど良いものを買ってたんだ!」


 そう言って、ガストラの荷台をごそごそと漁る。そして得意げに取り出したのは、三連式の折りたたみ乾燥ラックだった。網が細かく、角度も調整できるタイプだ。


「うおお、最高ですね、それ……!」


 俺のテンションも一気に上がる。これなら、いけるかもしれない。


 さっそく鍋に湯を沸かし、塩と、ほんの少しの砂糖を加える。そして、繊細な糸を五分茹でる。

 ――これが、幾度も失敗を重ねて導き出した、火が通りすぎず、食感を残せるベストな茹で時間だ。


 時間を見ながら、そっとざるにあげ、冷水でぬめりを取り、指先で丁寧に洗う。余分な水分をしっかり拭き取ると、仕上げは乾燥ラックだ。


 糸の束を山型になるように整え、網の上にふんわりと載せていく。太陽の光がじりじりと照りつける中、白い繊維が徐々にその形を変えていく気配を感じながら――


「……さて、今できることは以上だ!」


 俺は腰に手を当てて、一息ついた。


「しばらく、海を満喫しよう!」


 すると、マリネさんがぱっと笑顔になり、両手を上げて叫んだ。


「ヤッターーっ!」


 その声は、空に弾けるようだった。失敗ばかりの昨日が、ちょっと遠い記憶になっていく。


 うまくいくかはまだわからない。でも、ようやく“あの菓子”に近づけたような、妙な確信があった。


 * * *


 糸が乾くまでのあいだ、俺たちはそれぞれの時間を過ごすことにした。


 乾燥ラックを設置したのは、野営地から少し離れた陽当たりのいい場所。岩場の隙間には、小さなビーチがひっそりと広がっている。

 潮の満ち引きのせいか、濡れた砂と乾いた砂がまだらになっていて、ちょっとした“秘密基地”のような雰囲気があった。


 俺たちはそこに腰を下ろし、のんびりとした空気に身を委ねていた――が、しばらくして。


「……おまたせっ!」


 岩陰から現れたマリネさんに、思わず俺は言葉を失った。


 青い水玉模様のワンピース水着。肩にかかる髪をふわりとかきあげるように立っていて、水面のきらめきが白い肌に反射していた。


「えへへ……初めての水着、なんだけど……どう、かな?」


 少し照れた様子で両手をぎゅっと前に握りながら見上げてくる。

 ……結局、水着、買ってたんだ。


 普段見ない姿に、なぜかちょっと呼吸が浅くなって、慌てて頷く。


「うん。かわいいと思うよ」


「うむ、よく似合っておるぞ!」


 グルメマンが胸を張って言った。


「一足早い夏気分だな!」


 マリネさんは嬉しそうに笑い、水際へ駆け出す。白い飛沫が上がり、楽しげな声が浜に響く。


 俺とグルメマンはその間、近くの潮溜まりを調査することにした。


 岩陰のくぼみには、透き通った水たまりが点々とあり、小さな魚やエビが泳いでいる。夢中になって網や手で掬おうとするが――


「くっそ、逃げ足早すぎる……!」


「むう、まるで我らを愚弄するかのように……!」


「こうなったら、スキル【サーチ】!よし、よく分かる……けど普通に採れない!」


 何度挑んでも、ぬるりとすり抜けていく魚たち。悔しさに歯噛みしていた、まさにそのとき。


「キャーーー!!」


 甲高い悲鳴。思わず顔を上げると、マリネさんが砂を蹴散らしながら全力でこちらへ走ってくる。すぐ後ろには――


「おいおい……なんだあれ!?」


 タコのような足が八本、地面を這い、貝殻のような外殻が上下にパカパカと音を立てている。まさにタコと二枚貝の融合体。


「ほう。あれは〔シェルオクタ〕だな」


 グルメマンが嬉しそうに言った。


「……食べれるんですか?」


「もちろんだとも!」


 ぐっと親指を立てた彼は、すぐさま刀を構える。


 * * *


 数時間後、乾燥ラックに戻った俺たちは、ワタガシの仕上げに取りかかった。


 シェルオクタはグルメマンの一撃で仕留め、昼飯に決定。マリネさんに「もう一度泳いだら?」と勧めたら、無言で肩を叩かれた。


「じゃあ俺はワタガシを仕上げる。グルメマンさんとマリネさんは昼の準備を頼む」


「任された!」「はーい」


 二人が準備に取りかかる間、俺は乾いた糸に触れてみた。表面はしっかりしていて、まだ水分を少し含んでいる。このままでは“ふわふわ”とはいかないが、狙いはそこじゃない。


 調理台へ移動し、鍋に油を注ぐ。火は中火。温度を確かめたら、束ねた糸を崩さずに投入する。


 ジュバァァッ!!


 弾ける音とともにすぐ引き上げる。するとそこには、ふわりと膨らんだ白い物体――


「すげ……」


 思わず声が漏れた。ここまでふわふわに仕上がるとは。


 驚く二人に向けて、「ちょっと危ないから気を付けて」と声をかける。


「そ、それが……ワタガシ」


「本当に綿みたい……」


 別の鍋に、ハチミツ、ソイソース、クワサの果汁を加えて軽く煮詰める。それをワタガシの上にかけると、しっとりと沈み込み、ふわふわ加減を際立たせる。


 そのまま、一口かじった。


 ハシュッ。


 物体のある空気。口に入れた瞬間に溶けて、甘い余韻がふわりと残る。


 まるで夢を食べているような、不思議な感覚だった。


「これ……早く食べて……!」


 俺は興奮を抑えきれず、二人にワタガシを差し出した。マリネさんとグルメマンも、すぐさま手を伸ばす。


「おおっ、本当に口の中でとろけるっ! ウマイッッ!!」


「んんっ、美味しいっ! このソース、ワタガシにぴったりです!」


 二人とも夢中で次々と口に運んでいき――気づけば、皿の上は空っぽだった。


「マーシュ殿、おかわりをっ!」


「おかわりをっ!」


 まるで子どものようにおねだりするふたりを見て、思わず笑ってしまった。


「はいはい、続きは昼ごはんを食べてから、な」


 俺が手を拭きながら言うと、マリネさんはしゅんとしながら「はーい」と返事をした。


「そうだ、マリネさん。これは君の望んだワタガシだった?」


「え……? あ、はい! これはもう、完全にワタガシです! すっごく、満たされた気分ですっ!」


 本来の目的をすっかり忘れていたらしいマリネさん。よっぽど気に入ったんだな。まあ、ともあれ彼女の"ワタガシ欲"は満たされたようだ。


「ふふ、よかったよ」


「うむ、今回も大成功であったな!」


 グルメマンと俺は軽くグータッチを交わす。


 なんだか、肩の荷がふっと下りたような気がした。


 ――さあ、次は、昼飯作りだ!

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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次回もよろしくお願いしますm(__)m

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