21話 発進、魔導荷車!
それから俺たちはギルドで新たなクエストを受け、街へ買い出しに向かった。
さすがに大金を持ち歩く訳にはいかないので、ギルド保管庫へ魔導荷車の権利書やさっきの報酬金のほとんどを預けておいた。
胃がキリキリしてしょうがなかったから、これでようやく落ち着けるってもんだ。
さて、次のクエストは街から東に二十キロほどの森林地帯で〔ゴブリン〕を五体討伐するというものだ。ゴブリン単体はEランクのモンスターだが、個体数に応じてクエストの危険度は変わる。
今回のエストは五体討伐でDランクだが、群れる性質上もしかすると数はもっと多いかもしれない。
距離的に魔導荷車の試運転に丁度良いし、俺たちでも対応可能なクエスト難易度だろうということでこれを選んだ訳だが……俺自身、多少はレベルが上がってもステータスは相変わらず心許ない。
なんというか……いつだって命懸けだな。
俺たちは三日分の食料を準備し、最低限必要なものだけを買いそろえた。
何が必要になるかは、焦らずに実際に魔導荷車を使ってみてから考えたらいいからな。
それから人気の少ない路地へ移動し、いよいよあれを呼び出す時だ。
「……よし、じゃあいくぞ。 出でよ、荷車……!」
俺がそう唱えると、足元に淡い光が灯りまるで水面のように揺れる魔法陣が現れる。光が収束し、低く唸るような音を伴って“それ”は姿を現した。
ゴウン――
昨日ぶりに姿を現した魔導荷車は、相変わらず目をみはる程の造形美だ。
明るい日差しに照らされて、昨日よりやや赤みを帯びて見える車体は、見るだけで冒険へのワクワクが掻き立てられるようだ。
「おぉ、うおおおおお……!」
グルメマンが感嘆の声を上げ、興奮気味に荷車を隅々まで観察する。
ふふっ、分かる。分かりますよ……その気持ち。
「こ、これが……魔導荷車……! しかもこの調理スペース……広さ、機能、申し分ない。 なにッ!?釜戸と煙突まであるのかッ!? うぅむ、うぅむ……完璧ッッ!」
文字通り、舐めまわすように魔導荷車を吟味するグルメマン。
昨日の俺も、アベルから見たらあんな感じだったのかなー。
……そう考えると、ちょっと恥ずかしい。
さて、いよいよコイツを稼働させる訳だが……問題は操縦――誰が運転するか。
長旅を想定するなら、基本的には三人で交代して操縦することになると思うけど……
「マ、マーシュ殿! さっそく操縦してみてもいいかッ!?」
「ど、どうぞどうぞ……」
グルメマンの勢いに押されて、ひとまず彼のターンだ。
やっぱり俺よりも食いつきが激しくないか?この人。
「ふんふん、やはり最初は年長者の私が――」
袖をまくったグルメマンが意気揚々と運転席に座り、レバーに手を添える。
俺とマリネさんは数歩離れた位置から見守ることにした。
「む、これは……案外――」
ブゥンッと起動音のようなものが鳴り、ゆっくりと車輪が動き始める。
――が、次の瞬間にはガタンッ。
急発進したかと思うと車体がぐらりと左右に揺れ、街の外壁に衝突しそうになる。
「わ、わあっ! そっちじゃありません!」
マリネが悲鳴を上げ、グルメマンが慌ててレバーを引き戻す。
だが、今度は急停止。勢いでグルメマンの身体がガクンっと前のめりに傾き、ご自慢のシェフハットが大きく揺れる。
「……ふむ。 これは、繊細で緻密な操作が要求されるな……」
彼はしょんぼりとした口調で肩を落としながら荷車から降りる。
「つ、次は俺が試してみますね」
「うむ……」
見るからに落ち込んだグルメマンと交代し、俺は操縦席に座った。
革張りの座面はしっとりと腰に馴染み、手元のレバーは意外と軽い。ゆっくりとレバーを倒すと、車体がわずかに浮かび上がるような感覚があった。
「……行くぞ」
さらにレバーを前へ倒し、ハンドルに手をやる。すると、魔導荷車は滑るように前進を始めた。
地面の凹凸をまるで吸収するかのような滑らかさ。方向も安定しており、揺れはほとんどない。
「すごい……マーシュさん!」
「うむ、ワタシとは雲泥の差だな……」
「は、ははっ……」
思いのほかスムーズに操縦できたことに若干の気まずさを覚える。なんとなく、乾いた笑いでごまかすことにした。
試にマリネさんも操縦してみると、まあまあ悪くない。
キャアキャアはしゃいではいたが、少なくとも道を大きく外れる心配もなさそうだ。
「……さて、結果は明白――操縦はマーシュ殿に任せよう。 だが長距離なら副操縦士がいた方が心強い。ほら、ここに補助席があるわけであるからな」
グルメマンが俺の隣を指差すと、マリネさんが一瞬だけ驚いた表情を見せた。
けれどすぐに、ふっと笑って頷いた。
「じゃあ、私が副操縦士ということで!」
「うむ、助かる。 それではワタシは、後方警備兼ごろ寝担当ということで」
グルメマンはそう言うと、荷台にドカッと乗り込んだ。
「じゃあ、俺たちも」
「はい!」
御者席に座ると、マリネさんが少しだけ緊張した面持ちで俺の隣に腰を下ろした。
座席は決して広くはない。革張りのクッションが沈み、肩と肩が、ほんのわずかに触れそうな距離。お互いに何も言わないまま、ただ、少しぎこちなく息を合わせるように座る。
「……魔導荷車、発進……!」
なんだか、ガラにもないことを口走った気がする。
だが、そんなことを気にすることもなく俺はゆっくりとレバーを押し出した。
――ブゥン、カタ、ガタガタ……
魔導荷車がすぅっと加速し、舗装石の街道を滑るように進み出す。昔乗った馬車のようなひどい揺れはなく、浮かぶような走行はまるで水面を渡る小舟のようだった。
風が肌を撫でる。車輪が街道を打ち、カタカタと小気味いい音を立てる。
門を抜け、壁外の街道に出ると一気に世界が広がった気がした。
草の匂いと、暖かな日差しが心地いい。どこか現実味が薄れていく。まるで、物語の中に紛れ込んだような気分。
ふと、横を見るとマリネさんと目が合った。
その一瞬――
胸が、ほんの少し高鳴った。
俺の目が驚きを映したせいか、マリネさんの頬がふわりと赤く染まる。けれどそのまま、気まずさを拭うように、小さく笑った。
「ふふっ、旅の始まりって感じですね!」
そう言って、マリネさんが前を向く。
その横顔に、胸の奥がほどけていくのを感じる。
俺もつられて、力が抜けるように笑ってしまった。
「……ああ。そうだな」
暖かな風が荷車を過ぎ去っていく。
緊張も不安も、ぜんぶ風に溶けていくようだった。
魔導荷車は進み続ける――
舗装の粗い街道にさしかかり、更に広がる平野へと。
俺たちはまだ知らない。これから出会う魔物も、人々も、そして出来事の数々も。
けれど今は――
風と、匂いと、ぬくもりと――旅路を共にする仲間の存在だけで、充分だった。
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