21話 発進、魔導荷車!
翌朝。俺たちはギルドで受けた新たなクエストに備えて、街の市場で準備を整えていた。内容は、街から東に二十キロほどの森林地帯で〔ゴブリン〕を五体討伐するというもの。
ゴブリン自体はEランクのモンスターだが、個体数に応じてクエストの危険度は変わる。今回のクエストは五体討伐でDランクだが、群れる性質上もっと数は多いかもしれない。
俺自身、多少はレベルが上がっているとはいえ、ステータスは相変わらず心許ない。
(……いつだって命懸けだな)
グルメマンが広げた地図に指を滑らせながら、「このあたりに出るらしいぞ」と呟くのを横目に、俺は食材や調味料、調理器具を手際よく買い集めていく。
「……よし。準備万端だ」
人気の少ない路地へ移動し、深呼吸をひとつ。
「出でよ、荷車……!」
そう念じると、足元に淡い光が灯り、まるで水面のように揺れる魔法陣が現れる。光が収束し、低く唸るような音を伴って“それ”は姿を現した。
ゴウン――
木材を基調に黒鉄の金具で要所をしっかりと補強した、重厚感ある六輪車両。前方には操縦用のレバーとハンドル、二人掛けの革張りの座席。そして後部には、調理台や棚、収納スペースを備えた、見事な調理区画が設けられている。
「うおおおおお……!」
グルメマンが感嘆の声を上げ、興奮気味に荷車を隅々まで観察する。
「こ、これが……魔導荷車……! しかもこの調理スペース……完璧ッッ!」
そういえば彼は初対面だった。俺たちが初めて見た時のリアクションも、似たようなものだったな……それをアベルに笑われたのを思い出して、少し照れ臭くなる。
さて、次は操縦だ。問題は「誰が運転するか」。
「ふふ……やはり最初は年長者の私が――」
袖をまくったグルメマンが意気揚々と運転席に座り、レバーに手を添える。俺とマリネは数歩離れた位置から見守ることにした。
「む、これは……案外――」
ガタッ
魔導荷車が急に前に進んだかと思うと、車体がぐらりと左右に揺れ、舗装された道から逸れそうになる。
「わ、わあっ! そっちじゃありません!」
マリネが悲鳴を上げ、グルメマンが慌ててレバーを引き戻す。だが、今度は急停止。勢いで身体がガクンっと前のめりに傾く。
「……ふむ。これは、繊細な操作が要求されるな……」
「次、俺が試してみます」
グルメマンと交代し、俺は操縦席に座った。革張りの座面はしっとりと腰に馴染み、手元のレバーは意外と軽い。ゆっくりとレバーを倒すと、車体がわずかに浮かび上がるような感覚があった。
「……行くぞ」
さらにレバーを前へ倒す。魔導荷車は滑るように前進を始めた。地面の凹凸をまるで吸収するかのような滑らかさ。方向も安定しており、揺れはほとんどない。
「おお、やるなマーシュ殿!」
「すごい……マーシュさん!」
「ははっ……!」
二人の言葉に照れくささを感じながらも、どこか誇らしい気持ちになった。
「操縦は君に任せよう。だが長距離なら副操縦士がいた方が心強い。――ほら、ここに補助席があることだし」
グルメマンが荷台の側面を指すと、マリネが一瞬だけ驚いた表情を見せた。けれどすぐに、ふっと笑って頷いた。
「じゃあ、私が隣に乗りますね!」
「うむ、助かる」
グルメマンが優しく頷くと、マリネが少しだけ緊張した面持ちで俺の隣に腰を下ろした。座席は決して広くはない。革張りのクッションが沈み、肩と肩が、ほんのわずかに触れそうな距離。お互いに何も言わないまま、ただ、少しぎこちなく息を合わせるように座る。
俺は、静かにレバーを押し出した。
――ブゥン。
魔導荷車がスッと加速し、舗装石の街道を滑るように進み出す。車輪の軋みはなく、浮かぶような走行はまるで水面を渡る小舟のようだった。風が肌を撫でる。陽の光が木々の葉を透かし、ちらちらと荷車の屋根を打つ。
街を抜け、街道に出ると一気に世界が広がった気がした。
草の匂いと、暖かな日差しが心地いい。どこか現実味が薄れていく。まるで、物語の中に紛れ込んだような気分。
ふと、横を見ると。
マリネさんも、こちらを見ていた。
目が合う。
その一瞬――
胸が、ほんの少し高鳴った。
俺の目が驚きを映したせいか、マリネさんの頬がふわりと赤く染まる。けれどそのまま、気まずさを拭うように、小さく笑った。
「ふふっ……なんか……旅って感じですね!」
そう言って、マリネが前を見た。
その笑顔に、胸の奥がほどけていくのを感じる。俺もつられて、力が抜けるように笑ってしまった。
「……ああ。そうだな」
笑い声が、荷車の風に乗って遠くへ消えていく。
言葉も、恥ずかしさも、昨日までの不安さえも、ぜんぶ風に溶けていくようだった。
魔導荷車は進み続ける。街の外れを抜け、広がる平野へ。
俺たちはまだ知らない。これから出会う魔物も、人々も、そして出来事の数々も。
けれど今は――
風と、匂いと、ぬくもりと。隣にいる仲間の存在だけで、充分だった。
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