11話 作戦!ペペロンチーノ会議!
「……ふふ、楽しかったですね」
「うん。良い店だった」
酒場を出た時にはすっかり夜も更けていて、澄んだ夜風が少しだけ酔いを醒ましてくれた。
宿までの道のりを歩きながら、俺たちはぽつぽつと他愛もない話を交わす。
もうすぐ宿に着くというところで、マリネさんがふと足を止めた。
「どうした?」
「……あの」
彼女は少しうつむきながら、ぽつり、ぽつりと語り出す。
「改めて、ですけど、今日、探しに来てくれてありがとうございました。すごく……嬉しかったです。そらから……急にいなくなって、本当にごめんなさい」
目を伏せたまま、彼女は深く頭を下げる。
「ほら、私……あちこちで問題起こしてるって言ったじゃないですか。プリンはどこだー、プリンを食わせろーって騒いで、最後には大暴れして。……そんなの、絶対ヤバいやつじゃないですか」
「……まあ、その言い方だと、否定はしづらいな」
「でしょ。どこに行っても嫌な顔されて、居場所なんてどこにもあるわけないって思って……そんな中で、この街に流れついて、あなたと出会って――」
「そして、俺を吹き飛ばして」
「……ふふっ、そうですね」
小さく笑ったあと、彼女は続ける。
「それなのに、あなたは私のわがままを聞いてくれて、寄り添ってくれた。……誰かにちゃんと手を差し伸べてもらったの、たぶん初めてだったんです」
しばしの間をおいて、震えがちに言葉が続く。
「最初はすごく戸惑ったけど、でも嬉しくて……嬉しさのほうが何倍も大きくて。グルメマンさんと一緒に本当にプリンまで作り出しちゃって――でも、あの後あんなことが起こって、私、怖くなったんです」
「それは……」
「こんなに優しくしてくれた人を傷つけてしまうかもしれない。……いえ、それよりも、嫌われるのが怖かった。怖くて……気付いたら街の外にいたんです」
その声は小さいけれど、しっかりと俺に響く。
「……ごめんなさい、わがままで。――でも、これからも……どうか、よろしくお願いします」
顔を上げた彼女は、どこか吹っ切れたように、晴れやかな笑顔を浮かべていた。
その後、宿の前で別れ、マリネさんが手を振って部屋へと戻るのを見送った俺は、自分の部屋に入り、服を脱いでそのままベッドに倒れ込んだ。
――色々あった一日だった。
プリンの完成、そして謎の存在の出現から始まり、マリネさんの失踪と、彼女の心の内。
……俺は、これからも彼女にちゃんと向き合っていけるのだろうか。
『その苦しみも、俺が一緒に引き受ける。だから、もう一人で抱え込まないでください』
今日、自分が言った言葉がふと胸に浮かぶ。
今思い返すと、ちょっと気取ってて、こっぱずかしい。
――でも、あの時の気持ちに嘘はなかった。
……まあ、言っちゃったもんは仕方ないか。
ふっと微笑みがこぼれる。
そのまま俺は、静かに目を閉じ、深い眠りについた。
* * *
数日後。
まだまどろみの残る目をこすりながら起き上がると、部屋のドアの前に小さな封筒が落ちていた。拾い上げて見ると、それはマリネさんからの手紙だった。
『少し、相談したいことがあるんです。できればグルメマンさんも一緒に……』
その一文を読み終える頃には、ぼんやりしていた頭が一気に冴えていた。
何か、ただ事じゃない。
急いで着替えを済ませ、俺はグルメマンの宿へ向かう。
途中、通り沿いのパン屋で、真剣な顔つきでバゲットを吟味しているグルメマンを発見した。
「グルメマンさん!」
「むっ……!これはサクッとした耳と、ふっくら断面の理想形では……」
「すみません、そのパンより急ぎの用があるんです!」
事情を話すと、彼はすぐに表情を引き締めてうなずいた。
「よし、行こう。パンはまたの機会に!」
こうして俺たちはマリネさんの部屋へ向かい――彼女の提案で、朝食がてらギルド酒場で話すことになった。
「……それで、相談っていうのは?」
席に着き、俺が尋ねると、眉をひそめ、声を落として言った。
「ねぇ、二人とも、"ペペロンチーノ"って知ってる……?」
「ペペ……?」
そう言ってグルメマンは俺に視線を向けるが、当然俺も知らないと首を横に振る。
「この前、ニンニクを初めて食べたとき……なぜか、頭の中にそれがぼんやり浮かんだんです。朝起きたら、どうしても食べたい気持ちが抑えられなくて……」
「ちなみに、ペペロンチーノを食べたことは?」
「ないと思います。名前すら、今まで聞いたことないのに……なんでか、頭から離れないんです」
「――つまり、マーシュ殿とワタシも知らない料理……」
沈黙が落ちる。
だが、それぞれの頭に浮かんでいたのは、きっと同じことだった。
「……次の料理が決まったな」
「うむ!いざ、ペペロンチーノを目指す旅へ!」
冗談のように言いながらも、空気は静かに引き締まっていた。
それは、プリンのときと同じ――マリネさんの魔力暴走の前兆かもしれない、という不安からだった。
俺たちはひとまずギルドへの報告を済ませ、前回プリンを作った広場へ向かうことにした。
ギルド側も、彼女の欲求を満たすのが現時点で最も現実的な解決策だと判断したらしい。
ただし、今後マリネさんが街中にいる間は、一定の監視がつくことになった。
それも、仕方のないことだろう。
広場に着くと、俺たちは即席の作戦会議を始めた。
地面に枝で簡単な円を書き、その周りに三人で腰を下ろす。
「よし、それじゃあ――「ペペロンチーノ作戦会議」、始めようか」
そう宣言すると、グルメマンが真剣な顔で頷いた。
「まずは、グルメマンさん。あなたの想像するペペロンチーノとはどんな料理ですか?」
「うーむ、プリンと違って名前の響きだけでは何とも言えんが……」
「でも、“チーノ”ってオシャレ響きじゃないですか?軽やかで柔らかいような……」
マリネさんがぽつりと呟き、グルメマンが顎に手を添える。
「……"ペペロン"と"チーノ"。これは別の要素を現しているのかもしれん」
「……もしくは、”ペペ”と”ロンチーノ”。要するに、何かと何かと組み合わせってことか」
「ペペロン……どこかで聞き覚えがあるのだが……」
俺たちはじわじわと白熱した議論を展開し始めた。
そんな中、マリネさんが不安そうに眉をひそめる。
「マリネさん?大丈夫?」
「……はい。ちょっと、頭の中に新しい言葉が浮かんできて……」
「おお、早く聞かせて!」
「うむ、期待しているぞ!」
少しの間をおいて、マリネさんが口を開いた。
「……”アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ”。それが、たぶん本当の名前です」
「…………アーリオ?オーリオ?」
俺とグルメマンが同時に首をかしげる。聞き慣れない響きの連続に、壁にぶつかった感覚があった。
しかし、グルメマンは何かを思い付いたように身を乗り出す。
「マリネ殿、それは辛い料理か、甘い料理か。どちらに感じた?」
「えっと……たぶん、辛い方だと思います」
「ふむふむ……そうか」
彼は顎をさすりながら考える。
「となると、"チイノ"の実が関係してしてくるのでは?」
「チイノの実……?なんですか、それ」
「小さくて赤い木の実でな。ビリビリと辛い、毒草の一種だ」
「ど、毒草っ!?」
マリネさんが目を見開く。
「いや、加熱すれば毒素は完全に消える。適度な辛味が残って、肉の臭み消しなんかにも使えるんだ」
「な、なんだぁ……良かった……」
グルメマンは枝を取って地面に三つの単語を書き込んだ。
「”アーリオ”、”オーリオ”、そして”ペペロンチーノ”。仮に、これが食材や調理法の名前だとしたら――」
「ペペロンチーノは、それらを組み合わせ完成形ってことか?」
「その可能性は高い。”アーリオ”と”オーリオ”が鍵になるのかもしれん」
議論は一気に熱を帯びていく。
「俺、思ったんだけど……ニンニク、使ってるんじゃないか?」
「ほう、ニンニクとな」
「マリネさんが初めてニンニクを食べた時、そのイメージが浮かんだって言ってた。だったら、何か関係はあるはずだ」
「うん、私もそう思う。この前食べた、えーと……あれなんだっけ?」
「旬野菜のオイル煮、だな」
「……!」
グルメマンがパッと顔を上げる。
「オイル煮……オイル……!なあ、”オイル”と”オーリオ”、てると思わんか?」
「あ、ほんとだ!」
マリネさんはパチパチと手を叩く。
「つまり、アーリオがニンニク、オーリオがオイル。それを使った、辛い料理ってことか?」
「うむ……だが、それなら”辛いオイル煮”で終わってしまう。”ペペロンチーノ”としての決定的な違いはなんだ……?」
マリネさんは、うーんと頭をひねりながら言葉を発した。
「……満足感、かな?なんだかこう、ずっしりお腹に入るような――」
「――思い出したぞッ!!」
突然、グルメマンの大声が広場に響いた。
「”ペペロン”という響き……似た名前のモンスターがいた!その名も――ペロゴン!」
親指を立てて、例の決めポーズを取るグルメマン。
……はぁ、嫌な予感しかしない。
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