表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/39

10話 酒場とニンニク

俺たちはそれぞれ準備を済ませ、待ち合わせて酒場へと向かった。

「ノルン」という名の、隠れ家的なお店だ。人通りの少ない路地にひっそりと構え、落ち着いた曲が店内に流れている。

 そんな雰囲気の良い店だが、なにより料理の評判もいい。


 席についたマリネさんは、ちょっと照れくさそうに笑った。


「……こうして、また一緒にご飯が食べられるの、嬉しいです」


「……俺も。……さあ、何か頼んじまおう」


 照れ隠しのようにメニューに目を落とす。

 この店では自家製のハーブ酒や果実酒が楽しめるが、酒が飲めなくても料理だけで十分に満足できる程だ。

 ――もちろん、俺は飲むけど。


「うわぁ、美味しそうなメニューがいっぱい……!」


 マリネさんは目を輝かせ、まるで子どものようにメニューを見つめている。

 ――ほんと、食べるのが好きなんだな。


 しばらく悩んでようやく注文が決める。ここの店は二人だけで切り盛りしていて、テーブルに備え付けの注文表に記入してカウンターに渡すスタイルだ。


「じゃあ俺は、自家製ハーブ酒に自家製ソーセージ、旬野菜のオイル煮……っと。マリネさんは?」


「私は……キノコシチューに白パン、それから……スモモ酒で」


「スモモ酒?ジュースじゃなくて?」


「ふふっ、私だって、まったく飲めないわけじゃありませんよ」


「りょーかい」


 注文票をカウンターへ持っていく途中、誰かの料理が運ばれてきて、香ばしい香りにクラクラした。

 注文を終え、先に酒を受け取って席へ戻る。


「はい、スモモ酒」


「ありがとう!……わぁ、きれいな色……」


 スモモ酒はほのかに甘く香り、淡い赤紫色が照明を反射してキラキラしている。

 一方、俺のハーブ酒は若草色。森の中にいるような香りが鼻を抜け、爽やかな気分にさせてくれる。


「じゃ、乾杯」


「乾杯っ!」


 心なしか、マリネさんはいつもより明るく見える。

 無理をしてる感じはなくて、自然に楽しんでいるようだ。


「……ふう。うまいな、これ」


 ハーブの香りとほのかな苦味、旨味が複雑に絡み合って身体に染みる。


「マリネさん、そっちは――」


 顔を上げると、マリネさんは熟れたリンゴみたいに顔を真っ赤にしていた。


「……んぇ?おいしいですよ~」


 間延びした語尾。やたら明るい声色。

 ――これは……酔ってるな。出来上がる一歩手前位くらいに。


「ちょ、ちょっと水も飲んどこ?」


「うん、分かった~」


 両手でグラスを持ち、こくこくと水を飲む彼女。

 ……ちょっと心配だ。


「お待たせしました」


 やがて料理が運ばれてくる。

 見た目もさることながら、匂いも良い。どれもこれも抜群にうまそうだ。


「さっそく食べようか」


「いっただっきま~す」


 ソーセージはカリッと焼けていて、ふんだんに使われているであろうハーブが香る。

 一口かじると、パリッという音に続いてハーブの香味と肉の旨味が口いっぱいに溢れる。

 充分に堪能したらそれをハーブ酒で流す――最高だ。


 一方、マリネさんのキノコシチューも凄い。この店は水ではなくクリームで煮ていて、濃厚なキノコとクリームの香りに、黒胡椒のアクセントが効いて実にうまそうだ。


「マリネさん、どう?」


「……もう、最高ですっ!このシチュー、濃厚でドロッとしてるのに全然クセが無いんですよ!パンとの相性もバッチリです!」


「……大きめのタオル貰ってこなくてもいい?」


「……?……っ、もう!」


 一瞬きょとんしたあと、すぐに察して照れ笑いを浮かべる。

 気付けば、彼女の酔いの気配はすっかり抜け落ちていた。


 ……すごいな、食欲。


「マリネさん、これ食べてみてよ」


「ん?」


 そう言って俺が差し出したのは、旬野菜のオイル煮だ。

 その時期ごとの食材を、香りの良いオリーブオイルでじっくり煮込んだ一品で。俺はこの店に来るたびに必ずこれを食べていた。


「わあ、すっごく良い香り……!」


「だろ?今日の具材はキャベツとニンニクだよ」


「へぇ、これが……ニンニクなんだ」


 マリネさんは、スプーンですくったニンニクをまじまじと見つめる。


「えっ、ニンニク食べたことないの?」


「うん、私、〔ガンダラ地方〕の出身なんだけど、あっちでは見たことなかったな~」


 ――ガンダラ地方。


 その名前を聞いた瞬間、胸の奥がひやりと冷えるのを感じた。

 あそこは、俺が幼い頃に住んでいた場所。……そして、両親が命を落とした土地でもある。


「……?マーシュさん?」


「ん、ああ、いやなんでもない……向こうは暑いから、ニンニクは育ちにくいんだよ」


「へえ~、詳しいですね!」


「……まあね。――ほら、冷めないうちに、早く食べてみて」


 動揺をごまかすように、俺はグラスのハーブ酒をぐびりと口に含んだ。

 ――さっきより、少しだけも苦く感じた気がした。


「じゃあ、お言葉に甘えて……いただきますっ!」


 マリネさんはニンニクをぱくりと口に運ぶと、目を閉じて頬に手を当てる。


「んんっ!すごい……口の中でとろけていくっ!香ばしくて、甘い……いくらでも食べれそう!」


 嬉しそうにぱくぱくとニンニクを平らげていく彼女の姿に、思わず笑みがこぼれる。


「実際、ニンニクには食欲増進とか滋養強壮とか、色々いい効果があるんだよ。栄養たっぷりでさ。それから――」


 俺が言いかけて口ごもると、マリネさんが不思議そうに首を傾けた。


「それから……?」


「食べると、めちゃくちゃ口が臭くなる」


「ええっ!?」


 慌てたように口を押さえるマリネさん。……まあ、すでに遅いんだけど。


「ちょ、ちょっと、マーシュさん!?そういうのは先に言ってくださいよぉ……!」


 口元隠したまま、もごもごと文句を言う彼女の顔は、さっきよりさらに真っ赤になっている。


「いや、言おうとは思ったんだけど……その前に食べちゃったから」


「うそうそ!”早く食べなよ”って言ってたじゃないですか!」


「ばれた?」


「ばれてますっ!私だけ口臭いなんてイヤです!マーシュさんも早く食べてください!」


 マリネさんはぷりぷりしながら、オイル煮の入ったお皿をずいっと俺の方に押しやった。


「……でも、マリネさんが全部食べちゃったみたいだけど?」


「…………っ!!!!」


 彼女は、耐えきれなくなったように両手で顔を覆ってしまった。


 ……さて、泣いてしまう前にそろそろネタバレをしなければ。


「――まあ、ここの店のは”無臭ニンニク”っていって、匂いが残らない優れモノなんだけどね」


「…………え?」

 マリネさんは、指の隙間からじとーっとこっちを見てくる。


「…………マーシュさんっ!?知ってて驚かせたんですねっ!?」


「うん、ごめん」


「ごめん、じゃないですっ!すっごく恥ずかしかったんですからねっ!!」


 怒ったように手をぶんぶんと振ってくるマリネさん。

 ――その姿を見て、俺は胸のつっかえが取れたような気がした。


「じゃあ、これでおあいこってことで」


「……おあいこ?」 


「うん。――急にいなくなったこと。いいかな?」


「う……それは…………じゃあ、おあいこで……」


「よし」


 俺たちはその後も料理を堪能し、心ゆくまで食べ、飲み、笑い合った。

 静かで落ち着いた雰囲気の中、どこか心が解けていくような、そんな夜だった。

読んでいただきありがとうございました!ブクマ、感想等いただけたら大変励みになりますm(_ _)m


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ