第90話
さすがにもう我慢しなくても良いのではという気がしてきた司は半ば冗談、半ば本気でその質問をした。
「あんたにあたしを怒る権利があるとでも? 理解してないようだから言っておくけど、あたしは本メンバーじゃないにしろ界庭羅船の一人なのよ。あんた如きが相手できる存在じゃないの。発言には気を付ける事ね」
「……」
エマの目が口以上に言っていた。いざとなったら自分はお前如き瞬殺できると。
クオリネ戦でその現実を痛感した司は、思わず黙ってしまった。
「まぁ良いわ。取り敢えずこれであんたの疑問は解消されたでしょ? あたしの名前と目的だけじゃなく、何で新旗楼の事を知っていたのか……とかもね」
「そうだね。ご丁寧にどうも」
何だかんだ言いつつもエマは答えてくれた。その点に関しては取り敢えず礼を言った方が良いだろうと思った司は、嫌々ながらも感謝の言葉を伝えた。
「ああ、そうそう。あんたから人工異世界について聞く前に、一つだけ……これはあたしの個人的な事になっちゃうんだけどさ」
「……?」
これまでずっと生意気を通り越して不快な気持ちにさせるような態度を取り続けていたエマだったが、ここにきて急にしおらしくなった。
バカにする気も煽る気も罵倒する気も一切今の彼女からは感じられず、一体どうしたんだろうかと司は彼女の次の言葉を待った。
するとエマは愁いを帯びた表情でこんな質問を投げてきた。
「あんたたちが普段から協会でやってる異世界運用は、この世界……アルカナ・ヘヴン以外で死んだ人には適用できないって、ホント?」
「え?」
エマの目は至って真面目だった。そしてどこか悲しさも含まれており、思わず司は協会関係者であれば即答できるその問いに、すぐに答える事はできなかった。
「ねぇ。どうなの?」
なかなか答えない司に痺れを切らしたのか、エマは答えを急かした。
「……。本当だよ。人工異世界だろうが本物の異世界だろうが関係無い。アルカナ・ヘヴン以外の世界で死んだ人間は、協会が用意した異世界に転生できない仕組みになってる。それに仮にできたとしても、協会にその旨の登録をしていないと、どのみち無理だよ」
協会に侵入して調査をしていたのであれば、とっくに知ってそうな初歩的な知識だ。現にその質問をする事ができたという事は、調査中に知ったのだろう。
しかし調査で得た情報が本当に合っているかどうかを逐一確認しようとしてこなかったエマが、何故その部分だけ執拗に気にしているのか。
彼女の様子から察するに、その仕組み・仕様が自分にとって都合が悪く、できれば嘘であって欲しいと願って確認してきたように映る。
「そう」
司の返答にエマはあからさまにガッカリする。
「どうしたの? さっきまでの威勢の良さはどこに捨てたのかな? エマちゃん」
「うっさい。ちゃん付けすんな。気持ち悪いわね」
「声に覇気が無いよ。……何でそんな事を訊いてきたか教えてくれる?」
「別に。もしかしたらパパとママに会えるかなって。そう思っただけよ! 悪い?」
「……! つまり、君のご両親はもう……」
この話の流れから考えるとエマの両親は既にアルカナ・ヘヴン以外の世界で死んでいるのだろう。そして協会の異世界転生事業を活用すれば再会できるのではと考えた。
しかし残念ながらその願いは叶わない。
「ええ。あたしの両親は殺された。界庭羅船の誰かにね」
「……!」




