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第85話

「先輩!」


「は、はい! 何ですか?」


「あ……っと、その……」


「……?」


「……。すみません、何でもないです」


「そ、そうですか?」


 さすがに呼び止めておいて何でも無いは無理があり、ユエルは怪訝な表情を浮かべるが特に追及はしなかった。


「はい。午後の会議、よろしくお願いします」


「わ、分かりました。それでは」


 納得がいっていない様子のユエルはそのまま病室の入り口付近で待機していた琴葉とマキナの元へと歩いて行く。


 ユエルは扉を閉め、三人はそのまま帰って行った。これで病室には司一人が取り残された。先程まで三人が居た事もあり、静かさと寂しさを感じてしまう。


「 (クオリネが言ってた『新旗楼』について聞こうと思ったけど、もう少し落ち着いてからの方が良いか。それに、病室で話すような事でも無い気がするし) 」


 今すぐにでも聞き出すべき最重要内容と認識していなかった司は、まずは今回の異世界運用が終わってからでも良いだろうと思い、質問を飲み込んだ。


 元々ユエルたちは自分たちの昼休み時間を削ってお見舞いに来てくれた訳であり、これ以上彼女たちを拘束するのも悪いと思っての判断だ。


「さて。マキナが剥いてくれたリンゴ食べたら一休みしようかな」


 そう思った司は可愛らしくうさぎリンゴにしてくれたマキナに感謝し、長座体前屈時のような姿勢のまま、上半身を前に傾けてリンゴへと手を伸ばした。


 その瞬間の事である。何の前触れもなく目の前にユエルよりも小さな少女が出現し、司の思考を停止させた。


「うわぁ! ……! いったっ!」


 やがて脳が少女の存在を完璧に認識したのか司は驚きのあまり声を上げ、そのまま勢いよく後退して結果盛大に後頭部を壁にぶつけた。


 後頭部を擦りながら司は早鐘を鳴らす心臓を無視して少女に話し掛ける。


「ななな、何だ君は! い、一体どうやって…… (ん? 待て……シルクハットにモノクル、ゴスロリ衣装、先輩よりも幼い容姿……) 」


 全ての要素がマキナから聞いた謎の異世界人の特徴と一致していた。


 界庭羅船の一人かも知れない少女が目の前に居るのだ。クオリネの一件もあるせいか司は一瞬にして動揺を振り払い、警戒モードへと入る。


 そんな中少女はジロジロと司を見てから興味無さそうに呟いた。


「ふーん……あんたが天賀谷司って奴? 見るからに弱そうね」


「初対面の人を相手に随分な物言いだね。君は界庭羅船の一人で合ってるかな?」


 今は少女の言葉にいちいち心を乱されている場合では無い。そう判断した司は適当に返した後に本命となる質問をぶつける。


 マキナの話だけでは彼女が界庭羅船に所属しているかどうかまでは不明だった。その謎に対する答えを知れるチャンスだ。


 少女は司の質問に数秒黙った後に小さく溜め息を吐いた。


「半分正解よ」


「半分? 僕の質問に対する答えはイエスかノーの二択だと思うんだけど」


「あたしは以前までのあんたとほぼ同じような立ち位置なの。あんたの質問にイエスと答えてしまったら、あたしは界庭羅船の正式メンバーって事になっちゃうでしょ? それは違うからね。かと言ってノーでも無いし……」


「つまりインターン生のような状況って事?」


「そ」


 右手を脇腹付近に当てて偉そうなポーズを取った少女は一言そう返した。

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