第81話
司が何故こんな事になってしまったのかをユエルたちがどこまで把握しているのかは不明だが、少なくとも彼が未だに目覚めていない状態だと思ったまま病室の扉を開けたのだろう。
上半身を起こしている司を視界に捉えた三人は安堵の表情を浮かべた。
「あ……司くん、目が覚めたんですね! 良かったです……」
「その様子を見るに、万全とは言えないが元気そうではあるってところか。取り敢えず安心したよ」
「路地裏で倒れてる所を発見されて緊急搬送されたって聞いた時は本当にビックリしたよね~。でも無事で良かったよ。あ、リンゴ食べる? 私、皮剥くよ!」
近くの店で買って来たのだろうか。マキナは手に持っている小さな袋を掲げて司に見せる。中にはリンゴが三個は入っていそうだ。
「先輩……琴葉さん……マキナ……。心配かけたみたいですね……」
「気にするな。それより目覚めたばかりのところ申し訳無いが、何があったのか詳しい話を聞かせてはもらえないだろうか。ああ、もちろん、もう少し休みたいという事であれば当然そうしてもらって構わない」
琴葉は歩きながら真剣な眼差しを司に送る。詳細は知らないが何者かによって司はやられた可能性が高いという推測はしているらしく、事態の重さを把握してはいるみたいだ。
やがて琴葉の後を追うようにユエルとマキナも病室へと入り、それぞれ好きな位置で止まった。ユエルは司のすぐ側の丸イスに座り、マキナは司の足付近にあるテーブルの近くにあるイスに座ってからテーブルを台にしてリンゴの皮を剥き始め、琴葉はベッドと窓の間に立つ。
「……」
司は琴葉の質問に思い詰めた表情になる。クオリネと出会って負けましたと即座に言えない理由が彼にはあった。
元リバーシ候補生が界庭羅船にあっさりと敗北したと伝えれば、計り知れない絶望が彼女たちを襲う事になると思っているからだ。リバーシはまともに界庭羅船と戦った事は無いが、もしかしたらリバーシだったらあの界庭羅船に勝てるかも知れないと淡い期待を抱いている可能性は大いにある。
司がこれから伝える事実はその期待を木端微塵に破壊する事と同義だ。それを理解しているからこそ正直に言うべきかどうか躊躇ってしまう。
「司くん? どうかしましたか? あの……辛いなら無理に言わなくても……。さっき琴葉ちゃんも言いましたけどまだ目覚めたばかりのようですし。本当に無理だけはしないでください」
「いえ、違うんです。ただ結構言いにくい事で……」
「どんな事であれ私たちは三人とも受け止める覚悟はできているよ。だから思い切って話して欲しい。候補生とは言え元リバーシの君がこんな事になるなんてよっぽどだ。一体何があったのかを知らないままの方が、私たちとしては怖いしモヤモヤだってする」
「……。分かり、ました。何があったのか、話しますね」
琴葉の言葉と三人の事情を知りたい気持ちに負けた司は意を決して話し始めた。
帰宅途中、界庭羅船の一人であるクオリネに出会った事。そのまま無理やりモデルNへと連れて行かれた事。彼女がリバーシについて探りを入れている事。クオリネと戦闘になり彼女に一切のダメージを負わせられず敗北した事。
司の状況説明に三人は驚きと動揺を隠し切れていない様子だったが、それでも司が何故話すのを躊躇っていたのかを察したのか、なるべくその感情を表に出さないように努めていた。だがいくら表情は誤魔化せても空気までは誤魔化せず、司から見たらバレバレではあったが彼女たちの気遣いは素直に嬉しかった。
本当であればこの情報共有と併せてクオリネの口から語られたコハクの計画も話し、どういう事かとユエルに聞きたかった司であったが、今は伏せておいた方が良いだろうと考えた。
クオリネ曰く、新旗楼はコハクを除けばユエルと牢政トップしか知らない話らしい。何の理由もなくコハクが計画を公にしない訳はなく、何かしらの事情があるのだろうという事は容易に推測できる。ここで安易に口にして、彼女の考えや計画を水の泡にする事だけはしたくなかったのだ。




