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第80話

 この場に司の味方が誰も居なかったのは逆に良かったかも知れない。リバーシであった司がこんなにもあっさりとワンパンで沈められる光景を目の当たりにすれば、恐怖や絶望といった感情に支配され悲鳴を轟かせる事になってしまう。


 リバーシのメンバーは攻撃性能だけでなくスピードと防御も桁違いなのだが、そんな彼が一撃で仕留められてしまう程の瞬間火力を、クオリネは簡単に出したのだ。


 界庭羅船には誰も敵わない。そんな気持ちになってしまっても不思議ではない事象が今発生したのである。


「約束通りあなたの居た世界には返してあげる」


 剣を別次元へと格納する事で両手を空けたクオリネは、ピクリとも動かない司をお姫様抱っこする。


「あ。そう言えば。私の攻撃に反応できた人って、界庭羅船と『彼ら』以外だとあなたが初めてかも。……。もしかしたら本当にいつか、私たちにとって脅威的な存在になるかも知れないね、あなたは」


 そんな事を言ったクオリネは司の顔を一瞥すると短く息を吐く。そしてその直後にモデルNから二人の姿が完全に消え去った。彼女の存在が消えたが故に、気温と気候も元に戻り、もうクオリネの力はこの場に影響を及ぼしていない事を証明していた。




 司がアルカナ・ヘヴンのメルトリアに戻り、目を覚ましたのはクオリネと出会ってから翌日の事であった。


「……ぅ……ん……」


 吐息にも似た小さな声を漏らし、司は瞼を開ける。


 横になっている自分の体、暖かな毛布、どこか見た事あるような白い天井。様々な感覚と視覚情報により、今置かれている状況を何となく司は理解した。


 ここは病院で自分は病室のベッドで横になっているのだと。周囲を見渡す限りどうやら個室のようだ。壁に立て掛けられている時計と窓の外を見るに今は昼の十二時を少し過ぎた頃だった。


「……」


 無言で司は体を起こす。先程まで頭を置いていた枕に腰を預け、司は改めて状況を整理し始めた。


 リバーシの事を知りたがっているクオリネが突如として目の前に現れ、モデルNへといきなり連れて行かれた後、彼女に敗北した事を思い出す。


 強力な氷剣士であるクオリネは司を一瞬で氷漬けにし、そして目にも止まらぬ斬撃の嵐を浴びせる事で司を簡単に戦闘不能へと追い込んだ。


 クオリネの能力やステータスを何も把握していない司だったが、では彼女の戦闘能力を知識として把握していたら勝てたのかと問われれば答えはノーだ。


 融解不可能であると言われても疑わないレベルの圧倒的な氷結能力に、難なく繰り出せる異次元の瞬間火力は、來冥者としての格の違いを司に見せつけた。


 來冥者として見ても剣士として見てもクオリネは界庭羅船の名に恥じない無敵の実力者であると、あの数分にも満たない短時間の戦いで司は感じ取ってしまった。


 何回戦っても自分はクオリネには勝てない。そう確信を抱き、自信を失ってしまった司は毛布を悔しそうにギュッと握り締める。


 せめて反撃の一つでも行えたら良かったのだが、それすらも叶わず最初から最後まで終始彼女のペースであった現実が重く圧し掛かった。


「界庭羅船……クオリネ……こんなにも実力差があるなんてね……」


 そう呟いた直後、病室の扉がガラッと開かれる。


 思考を中断させられた司は思わず音の方向へと視線を向けた。そこには司にとっては協会で最も顔馴染みと言っても過言では無い、ユエル、琴葉、マキナの三人が立っていた。


 恐らくお見舞いに来てくれたのだろう。

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