第8話
コハクの部屋から出たムイとロアは彼女が転生協会を出るよりも先に帰路についており、道中目に留まった飲食店に入って食事をしていた。
「……」
眠そうなと言うべきか、つまらなそうだと言うべきか、そんな表情をしながらロアは静かにナイフとフォークを動かして巨大ステーキを食べていた。
この見た目と雰囲気からは想像できないが、彼女は結構な大食いだったりする。普段はムイよりも多く食べ、彼女の事をよく知らない人からすれば驚きの光景だがムイからすれば日常の一つに過ぎない。
「ロア。どうした? 何か元気無さそうに見えるが」
ムイはロアが気になり声をかける。彼の呼び掛けに反応したロアは一瞬だけ固まり、その後ナイフとフォークを置いてから答えた。
「大丈夫、だよね?」
「大丈夫って何がだ?」
「評価対決。私たち、負けないよね?」
こうして実際に話して彼女に触れると分かるが、見た目は遊んでいそうな女性なのにその性格は真逆である事が窺える。
心配性で声は小さい。それがロアだ。
「当たり前だろ。もしかしてコハクに言われた事、気にしてるのか?」
「ん」
ロアは小さく首を縦に振る。
ムイとコハクの会話中、ロアは一切口を挟まなかった。基本的に他人と関わる時はムイが話を進め、ロアは黙って見守る役に徹するのが彼らの基本みたいだ。
「安心しろ。俺たちに弱点なんて無い。百万歩譲ってあの女の言う通りだったとしても、それのせいで今回の勝負に負けるなんて事にはならないさ。だって相手の片方は元リバーシ候補生とは言え、ウチでは『ただの新人』だろ? しかも協会を受け直した時に一回落ちた奴らしいぞ。つまり天才タイプでも無いって事だ。ユエルの方はラスボス役としてはかなり優秀らしいが、ダブルラスボスは今回が初みたいだしな。そんな平凡以下のコンビに俺たちが負けるかよ」
「それ、負けフラグ」
「……。俺も喋ってて少し思った」
ムイの返答にロアはその無表情で何を考えているか分からない顔に笑みが浮かび、くすくすと静かに笑った。
この様子を見るに他人には機械的に接する分、ムイに対しては心を大きく開いているようだ。
ムイだけに見せるロアの笑顔。
元気が無さそうなロアに対して心配していたムイだったが、彼女のその笑顔を見た事でホッとし、つられて顔が綻んだ。
「ま。それはそれとして。大事なのはいつも通りを貫く事だ。変に舐めプしたり、力を入れ過ぎたりせず、いつも通りに異世界運用をするだけだろ? 二人で」
最後の『二人』を強調したムイはロアの目をジッと見つめる。
「……うん」
数秒間の沈黙の末、ロアは少しだけ口角を上げたまま小さく頷いた。
絆だけで言えば既に彼らは司とユエルに完全勝利しているだろう。二人で一人。ムイとロアはまさにそんな関係だった。
異世界運用をする時も、そうでない時もペアで行動している二人なのだ。ことダブルラスボス役という舞台においては転生協会ナンバーワンと言えるだろう。
「一緒に頑張ろ。ムイ」
「ああ」
誰が相手であろうと手錠双璧に勝つなど不可能。この時ムイはそんな事を思っていた。そしてその絶対的な自信を維持したまま、力強い目でロアの言葉に返事を返したのだった。