第79話
「安心して」
司が寒さと必死に戦っている中、クオリネは司へと話し掛ける。強風で舞っている雪のせいで視界が悪い状態の為、クオリネの姿は上手く認識できないが恐らく目の前に居るのだろうという事だけは分かった。
この視界不良の中、界庭羅船の一人を相手にするのかと考えると気が滅入るどころの話では無い。
「今回のは自己防衛でも仕事でもない、ただの私的な興味による戦闘なの。私が満足したら、ちゃんとあなたの事は帰してあげるから。ま、こうなればあなたも戦わざるを得なくなるでしょ? リバーシの実力を知るにはこれ以上の手段は無いよね」
「予想はしてたけど結局こうなるんだね」
「へ~。やっぱりリバーシって自分の心騙すの上手いんだね。何でもない風を装っているけれど、本当は怖くて仕方無いくせに」
「自己暗示って大切だからね。自分を奮い立たせて立ち向かえる能力って、結構大事だからさ」
「そんなの界庭羅船の前では無意味な才能だよ。今から分からせてあげるから」
クオリネの目的は司と戦ってリバーシの戦力を肌で感じ取る事だ。実際に口で教えてもらうよりもそちらの方が確実であり、司が頑なに教えようとしない事も加味するとクオリネが急に戦闘意欲を剥き出しにした判断は間違っていないと言える。
「数十秒はもってくれると嬉しい……かな……ッ!」
そう言ったクオリネは吹き荒れる雪の中、高速で司へと迫った。戦闘をする上では最悪と言えるこの環境ではあるが、この状況でも対応できるのが司であった。
冷気を纏った剣の一撃に対し司は片手でそれを難なく掴み、二人の力が拮抗した。
「 (何て冷気と來冥力だ……反撃どころか防御に全神経を集中させないと一瞬でやられる……!) 」
司からしてみれば何の心の準備もしていない時、いきなり目の前に瞬間移動して来た敵から襲撃を受けたようなものであったが、それでも咄嗟に反応できた。その点は素晴らしい事だが、司はそれを素直に喜んでいる余裕など無い。
今の司は本気を出している。それでも彼女の剣から手に伝わって来る強烈な冷気と來冥力は、司のそれを遥かに凌駕し、感覚が凍傷によって麻痺するレベルであった。
この一瞬の戦闘だけで自分と彼女の間にはあまりにも高すぎる壁があるのだということを嫌でも悟ってしまう。このままでは本当に数十秒以内で決着が着いてしまいそうだ。
「元リバーシだけあって反応速度はなかなかのものなんだね。でも残念だよ」
「え?」
クオリネが言った意味を理解するよりも早く剣を握っていた司の手が凍り始め、凍結は急速に全身へと広がりを見せる。
「 (……! まずい、このままじゃ……!) 」
自身の体へと襲い掛かる脅威に対し司は抵抗や氷からの脱出を試みるが、それは叶う事なく完全に氷漬けにされてしまった。
「残念だけど、内側から壊したり抜け出そうとしても無駄だよ。だって私の來冥力による凍結は……ああ、でも……もう私の声は届いてないか……」
冷めた目で司を見下すように視線を送ったクオリネは、名残惜しそうに口にした。
「リバーシは界庭羅船に遠く及ばない。それが分かっただけでも十分ね。それじゃあ、バイバイ……天賀谷司くん。次会う時はもっと強くなっていてくれると嬉しいな」
クオリネがバックステップで司から距離を取った直後、彼女の握っている剣が水色の光を帯び、冷気が莫大に増す。その切っ先が狙う標的は氷の中の司だ。
狙いを定めたクオリネは最初の先制攻撃時と同様、雪原を豪快に蹴り上げ一直線の軌跡を描いて司の真横を通り過ぎる。それと同時に氷は無数の斬撃によって切り刻まれ氷片が四方八方へと飛び散った。
痛みに悶える時間も悲痛の叫びを上げる猶予も与えられる事なく、その攻撃だけで司の体から來冥力が消える。普通の姿へと戻った彼は無言で目を閉じ、そのままゆっくりと膝を付いて雪へと倒れ込んだ。




