第78話
「演技って……そんな事急に言われても……!」
「何? そんなに私に殺されたいの? あなた、異常性癖の持ち主なの? まぁ人の趣味嗜好はそれぞれだし、それを批判するつもりは私には無いけど」
「シンプルに君の発言を疑っているんだよ。そう言って僕の警戒心を緩ませようとしているんじゃないのかってね」
クオリネの言っている事は一見筋は通っている。
確かに彼女たちは自分の思い通りに交渉が進まなかったからと言って、即殺しのような真似はしない。
モデルNに連れて来たのも、ここで断れば即來冥力を解放して殺しに掛かって来ると司に認識させる為と考えれば辻褄が合う。
クオリネが言った通り彼女のした事を一言で言うならば脅しに該当するが、界庭羅船に対する殺人のイメージと自分たちの実績を利用して殺すという宣言を脅し文句に使うのは自然な事だろう。
司を勘違いさせる程の殺気やセリフも全てはただの演技で茶番なのであれば、彼はこれ以上余計な緊張をせずに済む訳だがクオリネのその行動は逆効果だったようだ。
一度は気が緩み脱力してしまった司だが、簡単には信じられないのか今は再度気を引き締めて緊張と警戒を増幅させた。
「もう……何て言えば信じてくれるの?」
クオリネはいつまで経っても自分を睨みつけてくる司に対して若干呆れ気味だ。
「僕を元の世界に……できれば君が僕を襲ったあの場所に帰してくれれば信じるよ」
「はぁ、仕方ないな。分かったよ。ああ、でも……」
「……?」
これで何事もなく無事に帰れるのだろうかと司が思った矢先、クオリネは無表情を維持したまま不穏な事を言い始めた。
「元候補生とは言え、せっかくリバーシだった人に接触できたのにこっちが情報提供だけして、私が手ぶらで仲間の所に帰るのはやっぱり納得いかないな。リバーシについては普通に知りたいしね」
「……。それで……どうする気?」
「うん。こうする」
そう言ったクオリネは雪原を蹴り上げ、一瞬にして司の背後へと移動した。
「――ッ!」
超人的な反射神経と気配察知で司はクオリネの右手に握られていた片手剣による斬撃に反応し、振り返りながらバックステップをする事で間一髪躱す事に成功する。
地面に無事着地した司は変貌を遂げたクオリネの姿を視界に捉えた。
アイスブルーのドレスに身を包み、スカート部分は丈の長さが前よりも後ろの方が長いフィッシュテールスカートとなっていた。頭には小さなティアラを被っておりまるでお嬢様のようだ。
クオリネの左目は相変わらず髪で隠れて右目しか露出していない。
両手の甲には氷の花が浮かび上がり、まるで刺青のようで美しかった。
容姿の変化もそうだが纏う雰囲気がガラリと変わった彼女は、誰がどう見ても來冥者としての姿を披露してくれたと言えるだろう。
本来ならば容姿と雰囲気の変化だけで終わるはずなのだが、クオリネの場合、來冥力を解放した時に訪れる変化がそれだけでは無かった。
途端に周囲の気温が一気に低下し、更に気候は猛吹雪へと変わり低体温症を引き起こしてもおかしくはないレベルにまでなったのだ。間違いなくクオリネの來冥力によって自動的に発生したそれは司に痛みを覚えるレベルの強烈な寒さを与えた。
界庭羅船クラスともなればその溢れ出る來冥力で世界の環境そのものを変化させてしまう力を持っているという証なのかも知れない。
クオリネは肩から胸元付近、腕、そして脚が露出していると言うのに一切の寒さを感じていないかのようだ。この環境を彼女が作り出したのだから自分自身に対しては影響しないのだろうか。
いずれにせよ自分にとって有利な場を作り上げる事に長けた界庭羅船にとって、こんな事は朝飯前なのだろう。
一瞬で來冥力を解放したあのスピードと言い、実際にまだ戦っていない段階から彼女たちが相当戦闘に慣れたプロである事が容易に推測できる。




