第76話
司はクオリネが何を言っているのか全く理解できなかった。
コハクが裏でそんな事を進めているなど司は知らなかったからだ。当然この情報は現在限られた人たちしか把握していない事であり、司が知らないのも無理は無いが。
「ちょっと待ってよ! 一体何を言っているんだ? 新旗楼? そんな組織聞いた事無いけど」
少なくとも自分が答えさせられる事は全て知識として蓄えられている内容に限定されると勝手に思っていた司は、いきなり出鼻を挫かれた気分だ。
司の動揺した姿は演技では無いと見抜いたクオリネは小さく息を吐くと続けて話した。
「でしょうね。だってこの話はコハクさんとユエルさん、そして牢政のリーダーしか知らない話らしいんだから」
「な……どうしてそこで先輩の名前が……」
界庭羅船絡みである事、そして極秘情報であった事を考えると牢政のトップが協力者である事にはあまり驚き要素は無い。だがユエルは協会の人間であり、司と同じくただのラスボス役に過ぎない。
コハクが秘密裏に動いていたであろう計画を何故ユエルが知っているのか。その疑問を抱き、驚くのは当然の反応だろう。
「先輩? 牢政トップを先輩と呼ぶのは違和感あるし……ああ、ユエルさんの方ね。先輩という事はあなたよりも歳上か、協会歴が長いか、そんな感じかな」
「……」
色々と信じられない新情報が一気に押し寄せてきたせいか、司はクオリネと会話を続ける事を忘れ、どういう事かと一人で考え始める。クオリネの口振りとこれまでの発言から考えるに彼女が嘘を吐いている可能性は極めて低い。
飛び出た情報が全て真実だとしたらコハクは全世界を揺るがすレベルの大計画を進めている事になり、その計画にユエルも関わっている事になる。
正確にはユエルはまだ誘いを受けた状態で止まっている訳だが、今与えられた情報だけを元に思考した場合、その結論になってしまってもおかしくはない。
「さて……私はあなたの質問に答えた。次はあなたの番だよ。リバーシについて知っている事を全て教えて。まぁ私たちは普段から色んな異世界にアクセスしている関係上、一応この世界についてもそれなりに知識はあるの。当然リバーシについてもね。ただ、私の知識が古い可能性だってあるし、情報を更新しておく必要があるならしておかなきゃ。嫌だ……なんて言わせないからね? 天賀谷司くん」
クオリネに再度質問をされた事で司は現実へと強制的に戻された感覚がし、頭を切り替える事に成功した。
「 (正直今すぐにでもコハク会長と先輩には色々と聞きたい。でもまずはその前に、この女を何とかする……! 界庭羅船……それもクオリネ相手に僕が勝てる訳が無い……でも……!) 」
「……? おーい、司くん? 天賀谷司くーん? 聞こえていますかー?」
「……。そうだね……じゃあリバーシにおける基礎中の基礎知識をまず教えてあげるよ」
覚悟を決めた司は未知の怪物を相手にする恐怖を、強がりで無理やり切り払う。
そしてクオリネのお望み通り、リバーシについて知っている事を口にしてあげた。
「リバーシってね、情報漏洩は厳禁なんだよ。この部分は今でも変わらないから、その点に関してだけは情報の更新なんて必要無いって言えるかな。以上だよ」
「そう」
クオリネは司の言いたい事を全て理解したようで、憐みの目を彼へと向けた。
「ならもうあなたに用は無い。残念……あなた、もっと頭の良い男の子だと思ったんだけど。私ね、バカな人は嫌いなの」
「そっか。僕も残念だよ。君みたいな美人な女の子に嫌われてさ」
今の司には虚勢を張る事こそ全てだ。だが怖気付いた姿を見せるよりは何倍もマシである。そう自分に言い聞かせ、一瞬にして司は來冥者としての姿になった。




