第75話
自分の体がアルカナ・ヘヴンから消えたと認識した時、司はそれが異世界への転移だと悟った。
思わず目を閉じてしまった司だが、地に足を付けている感覚を覚えて目を開ける。
「……。ここは……」
司が目を開けるとそこにはスキー場のような光景が広がっていた。
一面真っ白の雪原、遠くには雪山、周囲には雪が積もった針葉樹などが視界に飛び込んでくる。空は青空が広がっており、適度に風も吹いていた。
気温は低く冷たい風が容赦なく体を凍えさせてくる。
「感謝してよね。余計な緊張感を与えない為に、あなたたちアルカナ・ヘヴン人にとって馴染み深いモデルNをわざわざ転移先異世界にしてあげたんだから」
「……!」
背後から聞こえてくるクオリネの声に司は振り返り彼女の姿を瞳に映した。距離は十数メートルといったところだ。
「『環境レベルゼロ』のモデルN……未だに多くの謎を秘めている異世界の一つだよね。なんだっけ、あの子の名前……ひ……何とか? って研究者が注目してる世界なんだっけ?」
格好で言えば薄着のクオリネだが一切寒さを感じている様子はなく、適温環境かのように平然と話し始めた。
急にモデルNに連れて来られた司は当然防寒具を身に着けておらず、この寒さに震える事しかできない。
「 (……。もしかして氷雨さんの事言ってる? まぁ彼らと界庭羅船の関係性を考えると、確かにクオリネが彼女の事を知っているのは納得か……) 」
証拠は無いが間違いなくクオリネが言いたい人物の名はそれだろうと思った司は、もはや懐かしいとすら感じる一人の女性を思い浮かべた。
だが懐かしさに浸る余裕など今は無い。司はすぐに切り替え、クオリネから情報を引き出そうと動く。
「どうして僕をここに……? 正直急に現れた女の子にモデルNへ強制連行される事に対して、あまり良い思い出が無いんだけど。しかも今回は相手が界庭羅船だしね」
マキナと初めて会った時の事を司は思い出す。あの時も突然自分たちに接触して来たマキナがモデルNへと有無を言わさず連れて行った。結果としてマキナは内なる好奇心を抑えきれなかっただけで、別に敵と呼べる存在では無かった訳だが今回は違う。
アルカナ・ヘヴンどころか全世界の敵となる存在が目の前に立っているのだ。
この出来事が良い思い出になるなど天地がひっくり返っても有り得ない。
「まずは軽い雑談からって思ったんだけど、そんなの必要ないみたい。ならお望み通り単刀直入に聞くね。リバーシについて知っている事を全部教えて。抵抗したり嘘情報教えたりそもそも答えなかったら、ここであなたを殺すから」
前髪で左目が隠れているせいか右目でしか判断できないが、それでも彼女の言葉が上辺だけのものではなく本心なのだと伝わってくる。
「……。あのさ」
「何?」
「君の感じだときっと僕が元リバーシ候補生である事を知ってるんでしょ? 僕の予想だけど、君自身か君の仲間の誰かが協会に侵入して調査でもしてたのかな。それで、リバーシについて知りたい理由は何? 答える答えない以前にまずはそこを知りたい。今すぐにでも情報を聞き出さないといけないって訳でも無いんでしょ? まずは軽い雑談から入りたかったみたいだし、割と時間と気持ちに余裕はあると見ているんだけど」
当然司は殺すと脅されていようと拷問されようとリバーシについて教えるつもりは一切無い。どうせ断ってクオリネとの戦闘に発展する未来が必然なのであれば、まずは彼女がリバーシについて探りを入れている理由を先に聞き出した方が良いだろう。
「もしどうしても納得いかないならこうしよう。君が理由を話さない限り僕も君が欲している情報はあげない。これなら……」
「別に隠す必要は無い事だし、そんな交渉みたいな事は不要だよ。私たちがリバーシについて情報を集めている理由なんだけど……」
クオリネは驚くほど素直に話し始めた。どうやら本当に界庭羅船にとって、リバーシを調査している目的を教える事は問題無い事のようだ。
「コハク・カンツィオーネとかいう元リバーシの女が、対界庭羅船組織『新旗楼』の設立を計画しているという情報を手に入れてね。リバーシについて知っておいた方が今後私たちも動きやすくなると思っただけ」




