第7話
「仮に俺たちに問題点……改善すべき点があったとして、それを俺たちの対戦相手は気付かせてくれる事ができるって考えてるのか?」
「ええ」
「……そうか」
ムイは特に反論や意見を述べる事なく一言だけそう口にすると、コハクに背を向けてロアの元へと歩み寄る。
「行くぞ、ロア」
「ん」
口を動かさず返事なのかどうか分からない音を出したロアは、ムイと一緒に部屋のドアまで歩いて行く。
そして部屋を出て行く寸前、ピタリと立ち止まりコハクに背を向けたままムイは一つだけ質問を投げた。
「そうだ、会長さん。俺たち、前にどこかで会った事はあるか? 協会以外でだ」
「……。気のせいじゃないかしら? 私とあなたたちとの出会いは協会が初めてだと思うけれど」
「そうか。あと最後に言っておく。今回は転生協会会長様のご命令だから仕方なく付き合ってやる。だけど今回限りだ。二度と俺たちをこんなくだらない遊びに巻き込むなよ」
その言葉を最後にムイとロアは部屋を出て行った。
再び部屋に一人きりになったコハクは協会用のノアを展開し、二人の情報が記載されたデータを開いて目を通す。
「手錠双璧『ムイ&ロア』、か。本当に『ダブルラスボスによる異世界運用』の導入で、人生が変わったって感じね」
こうして改めて彼らの事を情報で知るとそんな感想が漏れてくる。
ダブルラスボスというジャンルが導入されるまで二人はラスボス役ですらなかった。協会で活動してはいたが、いわゆる裏方に徹していたのだ。
噂によると二人で一緒に行動できないなら意味が無いとし、ラスボス役は受けなかったとの事。
だがダブルラスボスが取り入れられた瞬間、ムイとロアは所属していた部署を辞め、ダブルラスボス専門として試験を受け直した。そして何故これほどまでの原石が眠っていたのだろうかと思わせるレベルの高水準の演技、連携力を審査員に見せつけ、文句無しの一発合格を勝ち取った天才組だ。
それだけの実力があれば協会もこの二人組はヘタに他のラスボス役と組ませるよりも固定化させた方が良いだろうと判断してもおかしくはない。
ムイは自分たちに弱点なんて無いと口にしたが、恐らく二人以外も同じ評価を下すだろう。自他共に認める超優秀なラスボスペアとして、協会内ではその存在が知られている。
今までは日陰でひっそりと活動していた二人だが、自分たちが一番になれる舞台にようやく巡り合えたのだ。まさにコハクの言う通り、人生が変わった二人なのだろう。
これまで周囲から最高評価しか貰ってこなかった中、いきなり心当たりが全くない弱点があるからという理由で強制的に評価対決への参加を宣告されれば、内心良い気分にならないのも頷ける。
それも対戦相手はダブルラスボス役は初めての司&ユエルペアだ。バカにしているのかと思ってしまっても仕方が無い。
「……さて。そろそろ行かなくちゃ」
ある程度の確認と情報整理が済んだコハクはノアを閉じて立ち上がる。ムイに対してこれから予定があると発言していたが、その件だろう。
コハクは部屋の電気を消してそのまま退出し、鍵をかける。
ムイとロアの相手をする事は本来のスケジュールに含まれていなかった為に少しだけ計画が狂ったが、大きな遅れには繋がらないはずだ。
コハクは文字盤が内側に向けられるように手首に付けていた腕時計を見ながら、そう思った。
「ふふ。私が急に現れたら、皆どんな反応するのかしら。楽しみだわ」
これから会う予定の人たちの事を考えると自然とわくわくし、思わず笑みが零れる。ついさっきまでムイの無礼な言動を目の当たりにしていたトップの姿にはとても見えない。
時刻的には外が少し暗くなってきた頃にコハクは転生協会を後にし、約束の場所へと向かうのだった。