第68話
「い、いひゃい、いひゃい! ごめんなひゃい、マキナお姉ひゃん!」
「まったく……今からそんな態度ばっかり取ってると、ロクな大人にならないよ」
マキナは少女の頬から手を放し、呆れた表情を見せる。
「うるさいな。あんたもどうせまだ未成年でしょ? それなのにあたしに説教する気?」
引っ張られた頬をさすりながら涙目で少女は言う。
「歳は関係ないでしょ! て言うか私は名乗ったんだから、あなたにも自己紹介して欲しいんだけど」
「そっちがいきなり絡んできて自己紹介し始めたんでしょ。あたしは名乗るなんて一言も言ってないわよ。別にあんたと親しくなりたい理由も無いし……何だったらどっちかと言えば絡みたくないタイプの人間だしね。今すぐどこかに行ってくれると助かるんだけど」
ストレートに拒絶の反応を見せる少女だがマキナは一切動じない。
全員が全員自分の性格を受け入れてくれる訳では無い事を彼女は誰よりも理解しているし、このような発言一つ一つに落ち込んだりしていては元からこんな風にはなっていないだろう。
マキナは見た目上は残念そうな表情を浮かべ、それでも優しい声で返した。
「そこまで言われるといっそ清々しいまであるね。はぁ、分かったよ。別に私も強要したい訳じゃないからさ。あなたがそう望むなら、以降は見かけても話し掛けないようにする」
「そうしてくれると助かるわ。それじゃあ私はこれで」
謎の少女はそれだけを言うとマキナの目の前から急に消えた。突然の出来事にマキナは目を丸くし、少しの間思考が停止する。
人体消失マジックでもない限りこの世界において人が物理的に一瞬で消える理由は一つしかない。
アルカナ・ヘヴンとは異なる別世界へと転移したのではないか。そう予想立てする事が可能だ。転生協会に所属しているメンバーであるなら別に珍しい話でもない。
だがそれにしたって不可解な点がある。
初めて司とユエルに出会った時、マキナはモデルNに二人を連れて行く為に転移手鏡を使用したが、先程の少女はそれを使った様子は一切無かった。
アルカナ・ヘヴン内の人間がモデルNへと転移する際には、転移手鏡の使用か転移部屋の利用をしなければならない。彼女が実際にどこに転移したのかは不明だが、いずれにしてもマキナの常識が通用しない手段で彼女は消えた事になる。
「い、今のって……も、もしかして……!」
ようやく頭が回り始めた事もあってか、マキナは今の現象を説明するのに必要な情報を思い出す。
「あのクオリネって女の子が言ってた『異世界間の転移』の瞬間だったんじゃ……」
界庭羅船は恐らくアルカナ・ヘヴンという世界で生を授かった人間ではない。こことは違う世界の技術で彼女たちは無数に存在する数多の世界へのアクセスが可能であり、悪の味方をするという仕事に役立てている事だろう。
もしも先程の謎の少女が見せた消失が、あの夜クオリネが口にした異世界間の転移を示すのであれば、彼女の正体は一つしかない。
「もしそうだとしたら……さっきの子は界庭羅船の一人……?」
改めて口にした事で恐怖心が芽生え始めた。心臓の鼓動は速くなり嫌な汗が滲む。
界庭羅船の事については琴葉から聞いた情報以外詳しく知らないマキナだが、それでも恐怖を覚えるには十分過ぎる程であり、呆然と立ち尽くしてしまった。
生意気ではあったが普通の女の子のように見えた。だがあんな小さな女の子でも一度來冥力を身に纏えば今世紀最悪の來冥者になる可能性があるのだ。
自分はもしかしたら関わってはいけない人物に接触したのではないか。この時マキナは軽々しく少女に話し掛けてしまった事を後悔したのだった。




