第60話
これまで何度も異世界運用に携わってきたカムリィであったが、今回のように特定の情報を故意に隠すように指示を出されたのは初の事だ。しかしもしもそのような命令が下されなかったとしても、教えられた時点でカムリィは自らの意思でその情報は伝えるべきではないと排除していた事だろう。
いや、それどころか何故この主人公二人の異世界転生をわざわざ今回行おうとしているのかと進言していたに違いない。そうしなかったのは意見は一切受け付けないと先に言われたからだ。有無を言わせないその雰囲気に負けたカムリィは、釈然としない気持ちになりつつも渋々従うしか無かった。
「……ったく……司たちならまだしも、本番までにムイとロアにバレたら面倒だぞ」
司が来る前の協会では主人公とラスボス役は顔馴染みであってはならないというルールが設けられていた。蒼の異世界運用によってそのルールの見直しも行われた訳だが、それでも絶対に合わせてはならない主人公とラスボス役の組み合わせが存在していた。
ラスボス役と主人公の間に何かしらのいざこざがあった場合だ。
両者の間にある問題次第ではラスボス役が加減を忘れてしまう危険性がある。蓮にキレた時の司のように。仮に理性で抑え込められたとしても、シンプルに両者にとって精神衛生上良くないだろう。
そういう背景もあり主人公とラスボス役の関係性に気を遣う点は、これまで通り変わらないのだが、今回の異世界運用は別だ。
司たちサイドの主人公二名が、実はムイ&ロアの二人と過去に事件を起こしていたとカムリィは聞かされている。
ムイ&ロア側の主人公では無いのだが、総責任者として一ミリでも不安要素や危険因子が存在しているのならば取り除きたいと思うのは普通だろう。
特にムイの方は一度感情的になったらどんな行動を取るか分かったものではない。評価対決中、蓮のようにシルベルスに侵入し暴れる可能性だってある。
さすがに無いと信じたいが絶対に無いと言い切れない以上、今回の評価対決において主人公の人選には異議を唱えたいとカムリィは思っていた。
決まったからには仕方が無い事なので、カムリィにできる事は情報の取り扱いをいつも以上に丁寧に行う事だけなのだが。
当然問題は何故そのような人物を主人公として選んだかだが、その理由を知っているのはカムリィに指示を出した情報提供人物しかいない。
ちなみにその人物はカムリィに気付かれないよう静かに忍び寄り、後ろに立つと微笑みながら言葉を発した。
「ダメじゃない。総責任者ともあろう人がそんな無防備に情報を口にしちゃ」
「……ッ!」
心臓が口から飛び出そうな程に驚いたカムリィだったが、どうやら驚きすぎて逆に声が出なかったようで叫び声を上げる事は無かった。
「ふふ。ビックリした? お疲れ様~カムリィ」
「コハク会長……。心臓に悪いんでそういうのは止めてくださいよ」
そこに居たのはクスクスと笑っているコハクだった。彼女こそ主人公の事をカムリィに教え、かつその事を絶対に厳守するように指示を出した張本人だ。
カムリィはやれやれとため息を一回吐くと即座に本題へと切り替える。
「……何で司&ユエル側の主人公を、ムイ&ロアの二人と軋轢がある人たちにしたんです? できれば理由を聞いておきたいんですがね。それだけじゃない。会長はくだらない嘘を吐く人じゃないっていうのは知っていますから、彼らの関係性については本当の事なんでしょうけれど、そうなると何故そんな情報を手に入れているのかって事も気になりますね」
「そうね。あなたになら特別に教えてあげても良さそうだけれど……」
コハクはカムリィの質問に対して少しだけ悩んだ後、微笑みながら回答した。
「やっぱりノーコメントで。うふふ」
「 (……。この女……うふふじゃないが) 」
答えてくれそうな素振りを見せはしたが結局答えてはくれず、更にからかうような表情を見せられては内心イラッとしたのも頷ける。




