第6話
コハクの取っている態度がムイを更にイラつかせたのは言うまでもない。
全てを見透かしたかのようなその瞳は彼らの思考回路や今抱いている感情がどんなものかを完全に理解しているに違いない。それなのにも拘らずこうしてわざとらしくとぼけた口調で質問をしてくるのだ。
立場的に彼女の方が圧倒的に上だというこの事実のみがムイに申し訳程度の理性を与えているが、そんな小さなものは少しの刺激で簡単に消し飛ぶ。
「……ナメてるのか、あんた……」
「あなたもう少し自分を抑える事を身に着けた方が良いわよ。転生協会に籍を置くラスボス役だったら尚更ね。……私、この後予定があるのよ。ケンカしたいだけなら帰ってくれるかしら?」
そう言ってコハクはデスクの引き出しから手鏡を取り出して前髪を整え始めた。それだけに留まらずリップも唇に塗り、もうムイとロアから興味の対象は移ったとでも言いたげな振る舞いを見せる。
「……っ……いい加減にしろよ。おい、こっちを見ろ!」
完全にバカにされていると思ったムイはもう我慢できなくなったのか、コハクのデスク前まで早歩きで歩み寄り、彼女に対して手を出そうとした。
胸ぐらを掴んででも無理やりこちら側に顔を向けさせてやるという固い意志を感じる。
あと少しでその手がコハクに届きそうといった時、それは起こった。
「……!」
ムイの右手はリップをデスクの上に置いたコハクの左手で弾かれたのだ。
彼女の表情からは笑みが消え、心臓を射抜くような鋭い眼差しへと変化している。だがそんな表情であってもコハクの綺麗な顔立ちが影響し、怖さよりも美しさが勝っていた。
一瞬にして纏う雰囲気が真逆になったコハクを目の前にして思わずムイは硬直する。
しかしその時間はほんの僅かだったようで、ムイが大人しくなった事を確認したコハクはすぐに先程までの笑顔に戻る。
この切り替えの早さの方がよっぽど恐怖である。
「ふふ。頭は冷えた? さて、それで質問は何だったかしら? 確かあなたたちの対戦相手に司とユエルを選んだ理由だったわね。安心して、ちゃんと答えるから。さっきのはちょっとからかっただけよ」
「……」
イライラと動揺が短時間でムイを襲った状況だったが、ようやく少し落ち着く事ができた彼は目を閉じてから深呼吸を一回する。
「それ相応の理由があるんだろうな?」
目を開けコハクをジッと見ながら彼はそう口にした。理由次第では今度こそ手が出そうだ。先程は突然の豹変っぷりを見せられて面食らったが、一度経験した以上二度目は無いだろう。
「さあ。それを判断するのはあなたたちだし、私がここで首を縦に振っても大した意味が無いように思えるけど。でもこれだけは言っておくわ。面白半分で決めた事では無いし、あの二人の実力を測る為にあなたたちを利用した訳でも無いって」
それを聞いてどこか安心したのかムイは内心ホッとした。
「じゃあどんな理由だよ」
「そうね……あなたたち二人に、自分たちの問題点に気付いて欲しいからよ」
「は? 問題点だと? 俺たちにそんなものある訳ないだろ。現に俺たちはダブルラスボスとしての実力が群を抜いていたから特別に固定ペアが認められた組だぞ」
「実力が高い事と問題点が無い事はイコールじゃないのよ。そっちのロアはどうか知らないけど、少なくともあなたはプライドが高すぎる。きっと言葉で言っても伝わらないし、認めようともしない。だから実際に対決という形で証明しようと思ってね。今後の手錠双璧さんの成長を願って、今回の件は決定されたと思ってくれて構わないわ」
どこまで本気か分からないコハクの言葉を聞いたムイは少しの間沈黙を貫く。予想外の回答を貰ったからだ。
やがて自分の中で整理ができたのか、ムイは閉じていた口を開いた。