第53話
カムリィの真剣な声色と表情により、場の空気がより一層引き締まった。
結局のところ異世界運用において一番重要で目立つ要素かつ印象に残るものと言えばストーリーだ。今回の対決で評価の根幹を担う部分は世界観とストーリーが主人公を満足させ得るかどうか、そしてダブル主人公とダブルラスボスにした事の魅力があるかどうかの二点だ。
ラスボス役同士の呼吸はどうか、演技の上手さはどうか等、評価対決においてチェック項目は色々とある訳だが、評価者たちは主にその二点を注力して見ていく。
シルベルスは最終的には大団円のハッピーエンドで終わり、世界を救った事による充足感、そして旅を経た事によって成長できた実感も得られ、主人公の中での満足度合いは高いものだろう。即ち重要項目二点の内の一点目は手錠双璧とも渡り合えると言える。
だが二点目はスタートラインにすら立てていない状況だ。司、ユエル、カムリィの三人だけでなくシルベルス運用に関わるチーム全員で考えていくべき点だろう。
その後の会議は白熱したものとなり、様々な意見が飛び交った。
「……というのはどうでしょう?」
「お前の考えだと片方の主人公のポジションはもう片方の主人公の相棒役って感じがすんだよな。俺らは今回の転生者を二人とも主人公として扱わなきゃならねぇ。つー事で却下だ」
「あの! …………で…………というのはいかがでしょうか?」
「なるほど、別々の視点でストーリーを展開させるパターンか。却下だ。忘れたのか? 協会が提供すんのは、二人の主人公に対して二人のラスボスを対峙させる展開だ。俺らは別に第三者にストーリーを見せる為に異世界運用してる訳じゃねーぞ。評価対決は審査員たちの為にある訳じゃねーからな。それに主人公二人それぞれの視点から物語を展開するやり方で進めたとして、今から二つ分の物語を用意すんのは現実的じゃねぇ」
「カムリィさん! ……というのは……」
アイディアこそ出るものの、その全てがカムリィに却下される流れはもはやお決まりとなっていた。こんな調子で本当にカムリィを納得させられる答えは出るのだろうかと半ば諦めている者も出現するレベルだ。
そんなこんなで議論を開始してから三時間が経過した。外は少し朱色に染まってきた頃であり、第一回目の会議もそろそろ終わりの時間が迫って来ている。そんな時間帯の時、司が少し自信無さげに挙手しながら口を開いた。
「あの。一つ思い付いたんですけど……」
「お。何だ、司。言ってみろ」
これまで自分の意見だけでなく、ユエルや他大先輩の周囲の人たちの意見も次々と破棄されていく様を司は目にした。そのせいかまた却下されるのだろうかと不安な気持ちを持ってしまう。
だが発言しなければ何も始まらない。司は勇気を振り絞って自身の思い付いたアイディアを全員に伝えた。
「ダブル主人公とダブルラスボスって、やっぱりそれぞれの片割れが欠けてもストーリーが成り立ってしまうような存在になってはダメだと思うんですよね」
司とユエルの考えたストーリーが、いつも通りのソロによる展開で良いのではと思ってしまう最大の要因がまさにそこだった。
主人公一人、ラスボス一人でも問題なく展開できるストーリーになっており、評価対決用に主人公とラスボスの数をただ一人仕方なく増やしただけのように映る。
「確かにな。何せそれが今回の評価対決において満たしていなければならない最低条件だからよ。これを考えるのは難しいとは思うが、お前は思い付いたって事だろ? それも、シルベルスの世界観に見合った内容で」
カムリィは期待の込めた眼差しを司へと送る。司は彼のそんな眼差しを正面から受け止め、そして覚悟を決めた。
「はい。どんな展開にするか……シルベルスの世界観に合った内容で思い付きはしました」
正直これが却下されたらもう司には手札が無い。情けない話だがもしそうなってしまえば、今日は会議が終わるまで他人の意見に賛否の意を示すだけになってしまいそうだ。




