第42話
ユエルは考えながら歩いていたせいで周囲への注意が散漫になっていた。そのせいで曲がり角から人が二人来た事に気付かず、ユエルはその内の一人とぶつかってしまった。
「きゃっ」
「おっと……」
小柄なユエルはぶつかった衝撃で尻餅をついてしまった。対してぶつかった相手は特によろめく事なくユエルを見て心配そうに声を掛ける。
「おいおい、大丈夫か? まぁ確かにここ死角だからな。こっちも注意不足だったけど、あんたも気を付けろよ。ほら、立てるか?」
ユエルとぶつかった男性は少し屈んでから彼女に手を差し出す。
「あ……は、はい、大丈夫です。すみません、ありがとうございます」
差し伸べられた手を素直に握ってユエルは立ち上がる。
「あ、あの……改めてすみませんでした。考え事しながら歩いちゃってて……」
「良いって良いって。そんなに気にするなよ。さ、行こうぜ、ロア」
「ん」
立ち去ろうとした際に男性は連れの女性の名を呼ぶ。その女性の名前を聞いたユエルは驚愕で思わず二人をまじまじと見てしまった。そして心の中で再度その女性の名前を唱える。
「 (ろ、ロア……? え、も、もしかしてこの二人……!) 」
実際にその二人に会った事もその二人を見た事も無いから顔と名前の一致はできなかったが、今目の前に立っている男女は間違いなく手錠双璧の二人であった。
「ねぇムイ。その子、私たちの事何か見てる」
「は?」
ロアの指摘を聞いたムイは視線を再びユエルの方へと向ける。その結果確かに自分たちを凝視して固まっているユエルの姿が確認でき、急にどうしたのかと頭を悩ませる。
だが少し考えれば難しい話では無いとムイは納得した。先程口にしたロアという人物名から二人の正体に気付いた為に、このような反応になっているのだと結論付けた。
「あー……さっき俺がお前の事ロアって呼んだから俺たちが手錠双璧の二人だって気付いたんじゃないか? ほら、俺たちって協会内じゃちょっと有名になっただろ?」
「納得」
必要最低限の言葉で返したロアはそれを最後にまた沈黙状態に入ってしまった。どうやらムイが相手でも自分の方から積極的に話し掛けたりする事は無いようだ。こうなってしまってはムイが会話を続けないと三人の間には非常に気まずい空気が流れる事だろう。
「おい、あんた。いくら俺たちが有名だからって、そんなジッと見られちゃさすがに俺らも少し居心地が悪いんだが」
「あっ……す、すみません。私たちの対戦相手にまさかこのタイミングで会えるとは思っていなくて」
「私たちの対戦相手? ……。おい、まさかあんた……」
今度はムイの方が目の前に立っている少女の正体に気付く。手錠双璧に対して自分たちの対戦相手と口にする事ができるのは現在この世に二人しか居ない。
ムイが確認の意味でユエルの名前を口にしようとした、まさにその時であった。
「先輩! こんな所に居たんですね!」
ユエルにとっては聞き馴染みのある声が聞こえてきた。声に反応して思わず振り返るとそこには困ったように微笑みながらこちらに向かって来る司の姿があった。
「司くん!」
彼の登場はベストタイミングであったと言えるだろう。これで偶然にも今回の評価対決で火花を散らす予定の四人が一堂に会したのだから。
「……。へぇ……こいつが元リバーシの、天賀谷司か」
ムイは司を見てぼそりと呟く。その目は完全に標的に狙いを定めたハンターのような鋭さがあった。




