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第39話

 幸いな事にユエルの薄いリアクションをコハクは特に気にしていないようで、何事も無かったかのように続きを話した。


「ま、とにかく。多分これが隠密に活動しろって指示してきた理由だと思うの。あれだけ私に辞めた後は好き勝手してもらって構わないって言った以上、私相手には強くは出れないけれど、牢政のボスは違う。彼にも立場ってものがあるだろうし、エンペル・ギア総帥がもしもこの件を知ったら『素人に首を突っ込ませるな、まったく面倒くさい……』って思うのは明白よ。結果牢政のボスに雷が落ちるって訳。私の予想に過ぎないけれどね」


 コハクの言う通りその考えは状況証拠すら無い完全な彼女の予想だ。だがそれでも恐らくその予想は当たっているのではないかとユエルは思っていた。


 歴代最年少で転生協会会長になったコハクだが、年齢と有能さはイコールで結ばれていない事を彼女は証明している。人や物事を見極める力と考察力は常人のそれを遥かに超越しており、何手も先を常に見据えているのだ。


 能力だけで見れば転生協会会長としてあまりにも相応しい人間なのである。それは彼女と触れ合う機会が皆無だったユエルでも知っているレベルの事だった。


 そんなコハクがここまで自信満々に言っているのだ。恐らくそれが正解だろうと思ってしまっても無理は無い。


「あの……と言う事は……エンペル・ギア総帥の本心としては、リバーシを辞めた後も界庭羅船問題には拘わらないで欲しいって事なんでしょうか?」


「それは違うわね。これも分かりやすく例を出しましょう。ヒステリックな教育ママを想像してみて。成績は常に百点じゃないと許さない典型的なやつをね。自分の子どもが勉強から逃げて遊び呆けていたら怒りそうだけれど、じゃあ全く知らない他所の子が同じく遊んでばっかりいたら、そのママさんはその子に喚き散らすかしら? それと一緒。エンペル・ギアに尽くす人たちには禁止事項を設けていたりして縛っているけれど、そうじゃない人たち相手には知らん顔ってところね。で、牢政のボスは彼女にとって『内側』の存在でしょ? 完全な部外者を介入させて、橋渡しの役割を担った彼を腹正しく思うのは自然な事だと思うわ。極論『私一人』で今回の計画を思い付き、進行させていたら多分向こうも何も思わないんじゃないかしらね。あくまでも『身の程知らずの素人部外者の夢を叶えさせようと手助けしてしまった』って点が、彼女の怒りポイントになると思うわ。五大機関の……特にそのトップともなれば、エンペル・ギア総帥の思考回路を理解する事は必修科目だからね。彼からしたら、バレたらどうなるか分かりきっている事なんでしょう」


「な、なるほどです。凄く納得しました。でも、そうだとしたら良かったですね。雷が落ちるのを覚悟でコハクさんに協力と言いますか、道を示してくれたんですから」


「ええ。だからこそ私は彼の期待に応えたいし、掴んだチャンスは絶対に手放したくないの。……って、最初は張り切ってたんだけどね。今でも当然諦めてないのだけれど、全っ然理想の人を集められてない現実を実感すればするほど、さすがにキツいと弱音を吐いちゃいそうよ」


 小さく溜め息を吐いたコハクを見ていると、本当に辛いのだろうと思えてくる。


 一筋の光明を見出したのは最初だけで、その後は一切の進捗が無いなど心が病みそうである。余程強い意思の元で行動を起こしていない限り、すぐに潰れてしまうだろう。逆に考えればそれだけ彼女はこの計画に熱を注いでいる証とも言える訳だが。


「三年……ですよね? それほどの間進展無しともなれば、いつ心が折れてもおかしくないですよね……。せめて元リバーシが誰か分かって、その人を引き込む事ができれば……あ……」


「ふふ。気付いた?」


 ここで若干ネガティブ寄りな感じになっていたコハクの表情と声に元気が戻った。


 淑女の微笑みを見せるコハクを見たユエルは全てを察する。恐らくコハクは最初からそれ狙いで『彼』に近付いたのだと。


「……司くん……」


 思わずユエルは彼の名前を口にする。


 彼の登場はコハクにとってまさに奇跡だったのだろう。ずっと待ち望んでいた条件に合う人が、転生協会に遂にやって来たのだから。


「三年待った甲斐があったわ。まさか元リバーシだとバレた人が転生協会にまたやって来るなんてね」


「も、もしかしてコハクさん……最初から勧誘目的で司くんに……?」


「当然でしょ。私が『元リバーシのよしみで応援したくなったから』だけを理由にして、彼に近付いたと思う?」


「そ、そう思ってました……」


 実際司とコハクの出会いの話を聞いただけではそうとしか考えられない。司に近付いた真の目的など、コハクが抱える裏事情を知らない限り分かるはずも無い。


「ふふ。まぁでも普通はそう思っちゃうわよね。一応そういう気持ちがあったのは嘘じゃないし。あ、先に言っておくけれど彼の合格自体に私は一切関与してないからね。私的な理由で彼を合格にするよう人事部に圧をかけた訳じゃないからそこは安心して。司が合格できたのは、間違いなく彼自身の実力によるものよ」


「それを聞いて安心しました。もしも会長の力のおかげで合格できただけだったとしたら、落ち込んじゃいそうですし、もう一度受け直すとか言いそうです。ちなみに司くんの事はもう誘ったんですか?」


「まだよ。彼にその話はまだしていないわね。この話はあなたにしかしていないんだから」


 サラッととんでもない事を言ったコハクだが、あまりにも当たり前かのように話してきたせいかユエルはその重大さに気付くのが少しだけ遅れた。


「な、なるほどです。……。……ん? え……そ、そそ、そんな話を私なんかにして良いんですか!? 私、ただのラスボス役ですよ?」


 慌ててユエルは声のボリュームを落として、今この場には自分とコハクしか居ないにも拘わらず周りをキョロキョロとする。そんなユエルを見たコハクは思わず吹き出してしまう。


「あはは! 良い反応! そんなに慌てなくても大丈夫よ」


「う……そ、そう、ですか……?」


 コハクのあまりにも余裕なその態度は、本当に気にしなくても大丈夫なのだと思わせるには十分だった。そんな彼女を見ていたユエルは次第に落ち着きを取り戻していく。

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