第38話
現にコハクは今そのリバーシを辞めて協会の会長になったからこそ、そんな縛りに苦しまずにいられる訳だ。そしてエンペル・ギア総帥は辞めた後であれば何をするにしても自由だとも言った。
この事から分かるように少なくとも界庭羅船絡みであれば、コハクを束縛するものはもう無いように思える。だからこそユエルには分からない。何故そこまで周囲の目やリバーシメンバーの事を気にしながら計画を進める必要があるのかを。
この疑問に対し、コハクは特にもったいぶる事なく答えていく。
「確かに『私には』デメリットは無いかも知れないわね。でも、牢政の方はどうかしら?」
「え?」
「五大機関……この世界を統べる五つの最高機関……そう聞くとこの五つの機関は横並びのように聞こえるけれど、実際はそんな事無いわ。これはあくまで『アルカナ・ヘヴンで影響力を持つ代表的な五つの機関』という意味であって、平等である事を示している訳じゃないの。そして、この中でもエンペル・ギアは絶対的な王として存在しているのよ。その影響力は他四つの機関ですら霞むレベルでね。そして他四つの機関に対するエンペルギアの接し方とその影響力は、リバーシに対するそれに近いの」
「……! つ、つまり、牢政を含めた他の五大機関も、エンペル・ギアには服従しているって事ですか?」
「ごめんなさい、言い方が悪かったかも。服従までいっちゃったら主人と奴隷みたいに聞こえるから、そこまででは無いって事は伝えておくわね。うーん……創作物で例えるとより分かりやすいかしら。エンペル・ギアが世界征服を企む魔王軍のボスだとしたら、他四つの機関は大幹部のポジションで、リバーシは魔王の寵愛を受けている番犬ってところかしら。『五大機関』という名称で括られている『一つの巨大組織』のような状態になっているのが実態なの」
「な、なるほどです。ぜ、全然私の認識と違いました……」
アルカナ・ヘヴンを牛耳っている組織・機関を一つだけ挙げよと言われればさすがにエンペル・ギアと答えるが、そんなの質問の仕方が悪いだけで、五大機関の間での差は微々たるものだとユエルは思っていた。
ところがまさかエンペル・ギアがそこまで突出していた機関であるという事実を知り、ユエルは自分の認識をアップデートするのに忙しく以降の話をまともに聞けるだろうかと少し不安になっていた。
「まぁこの辺は結構認識を間違えている人が多いかな。普段からニュースとか見てて政治系にも興味があったらこの辺は一般人でも知っている知識だけれどね」
「う。す、すみません……勉強不足でした……」
「良いのよ、別に! 私だって正直そういう場に身を置いていたからこそ知っているだけだし。で、正しい認識になった今なら、ようやく話せるわね。牢政のボスがこの計画をエンペル・ギアに知られたくない理由……」
一体何を考えてここまで秘匿性を高めているのか。その答えが知れると知り、ユエルは緊張した様子でコハクの次の言葉を待った。
「牢政のボスがこんな提案をしてきた以上、まず間違いなく彼は界庭羅船問題を解決する為の目処が立っていると思うわ。そして私が彼の用意した壁を乗り越える事ができたら、実力を認められてその解決策の元で動いているチームに加えてもらえる可能性が高いの」
「チーム?」
「ええ。十中八九彼はとあるチームに所属しているはずよ。『あらゆる世界の來冥者で構成された世界最大規模の警察組織』――聞いた事無い?」
不敵な笑みを浮かべるコハクのその発言に、ユエルの心臓がドクンと鳴った。もしも牢政のボスがその人間であるならば、激熱と呼ぶ他無い。
「そ、それって、まさか……!」
「ええ。多分そのまさかね。私の本気度と実力を見極める為にこういう事をしている以上、この壁を乗り越えない限り私の事は『ただの一般人』と見なして『企業秘密』は話さないでしょうから、敢えてその辺は確認取っていないけれど。まぁこれで外してたら死ぬほど恥ずかしいやつね」
確かにコハクは与えられた課題をクリアしない限り真意は教えてもらえないし、それを熟知しているからこそ今話したチームについても特に聞きはしなかった。故に全くの見当違いの可能性もあるが、仮にコハクの予想が正しかった場合は色々と辻褄が合って来るのだ。
「確証バイアスって言われたら正直返す言葉が無いんだけれど……でもね? もしも牢政のボスがそのチームメンバーだとしたら、あのエンペル・ギア総帥が把握していない訳無いでしょう? 彼女がやたらと界庭羅船問題に首を突っ込むなって言うのは、『そういうのは専門の人たちに任せてお前は自分の仕事に集中しろ』って意味だと思うの。ちょっと推理力がある子どもが事件に首を突っ込もうとすれば大人に任せておけば良いんだって怒られるでしょ? それと一緒なんじゃないかなって。そしてリバーシを辞めた後なら好きにしろっていうのは『情報ゼロの今の状態であれば、どうせ計画一つまともに考え付かずに終わるのがオチだ』って高を括っているからなんだと思うわ」
「何と言うか……け、結構冷静に分析してるんですね」
「当然でしょ! とは言え世界の王が界庭羅船問題を自分には関係無いものとしている点にはやっぱり納得いかないけれどね。牢政の人間だっていつ被害に遭うか分からない訳だし。まぁ話を戻すけれど、もしもそうであった場合牢政のボスは、『ただの一般人である私』をその道に進みやすくする手助けをしている状況でしょ? エンペル・ギア総帥からしたら面白くないだろうし、飼い犬に手を噛まれた気分になるんじゃないかしらね。『たかが元リバーシ関係者が過剰に己を評価するなよ。そしてお前もこいつに助言をするとは何事だ。この世界では私が王なのを忘れるな』って感じにね。どう? 今の。似てたでしょ? 私の持ち芸なの!」
「あ、あはは…… (どうしよう、話に集中してて渾身のモノマネに対するリアクションが何も思い付かない……。乾いた笑いで誤魔化す事しかできない自分を殴りたい……) 」




