第35話
「改めてこうして話すと本当にファンタジーの世界にしか居ないような大悪党ですよね。そんな人たちが現実世界に居るなんて未だに実感が湧かないですよ」
「そうね」
もしもアルカナ・ヘヴンのように來冥力が使えない世界であれば、ただの人間に過ぎない彼らを逮捕する事は容易だろう。だが物事はそう簡単な話では無い。
界庭羅船にとって異世界間の転移など、五感を奪われたとしても簡単にできてしまう程に日常茶飯事な事なのだ。來冥力が使用できない世界に居るタイミングで彼らを逮捕するなど夢物語以外の何物でも無い。
琴葉とマキナがクオリネに接触した時、彼女を捕らえようとしなかったのは正解と言える。その行動に出ようとした瞬間、間違いなくクオリネは二人をどこか別の世界へ連れて行き半殺しにしていただろう。
「……もしも……リバーシだったら……」
ユエルはぼそりとそう呟いた。
「え?」
「いえ……司くんが來冥力を使用した姿を思い出したんです。もしもリバーシの人だったら、界庭羅船に勝てるのかなって……。各世界の來冥者がどれだけの來冥力を有しているかは分からないので、もしかしたら井の中の蛙かも知れないですけど……でも……あんなにも圧倒的な來冥力を目の当たりにしたら、どうしてももしかしたらって考えが浮かんじゃうんです」
「その答えを知りたくて、私はリバーシを辞めたわ」
「……!」
それは不意打ちにも似た回答だった。コハクが界庭羅船について話し始めたからには辞めた理由と何か関係があるとユエルは思っていたが、いざこうして言葉にされるとやはり衝撃はある。
リバーシに所属していたからこそ経験する苦しみ。それをコハクは語り出した。
リバーシには絶対的なルールがある。
その一。決められた仕事以外の実施は禁止。
その二。正体がバレてはならない。
シンプルで分かりやすいこの二つのルールを、リバーシ所属のメンバーはどんな理由があろうと遵守しなければならない。守れない者は去り、破った者はクビとなる。それが司やコハクが居たリバーシという組織の掟だった。
ここで特にコハクが釈然としなかったルールがその一の方だ。このルールがあるせいでコハクはリバーシ時代に界庭羅船問題に介入できずにいた。
リバーシの仕事の中に『界庭羅船メンバーの逮捕に協力する』は含まれていない。つまり界庭羅船と対決する事はルールその一に違反する事になる。故に彼らは界庭羅船含む、自身の今の活動内容と関係無い事柄に関しては介入しないよう心掛けているのだ。
仮にスパイ先が牢政だった場合はそもそもの牢政の仕事として犯罪者確保がある為に、運が悪ければ界庭羅船に出会ってしまうかも知れないだろう。もしもその結果異世界に連れて行かれた場合、彼らの生死は担保できない。
そうなる事を避ける為、牢政に送り込まれたリバーシメンバーは『今自分が追っている犯罪者の金銭周り』は完全把握しておく必要がある。
界庭羅船を味方に付けられる犯罪者は、法外な依頼料を用意する事が絶対的な条件だ。逆に言えばその依頼料を用意できなければ界庭羅船が味方に付く事は絶対に有り得ず、安心して逮捕まで進める事ができると言える。
この事から現在進行形で追っている犯罪者の金銭周りを把握しておけば、『こいつは界庭羅船の依頼人かも知れない』と予め予測が立ち、危機を回避する事ができるのだ。
だからこそ牢政で活動しているリバーシメンバーは、他の牢政の人よりも神経質なまでにその辺の事情を気にしておく必要がある。リバーシに居続ける為に、そして自分の身の安全を確保する為に。
狂気的なまでに徹底している所はリバーシらしさと言える。悪く言えば『逃げ』にあたるかも知れないが、ハッキリ言ってリバーシに界庭羅船を捕らえる義務など無いし、エンペル・ギアのトップが不要だと判断すればそれは無意味な正義感として片付けられてしまう。
そして界庭羅船の被害に遭う確率は極めて低い事も加味すると、アルカナ・ヘヴン内の事を捨ててまで界庭羅船問題に取り組むなど時間の無駄だとエンペル・ギアのトップは考えていた。
リバーシがどれだけ凄かろうと結局のところエンペル・ギアには逆らえない。トップの命令であれば尚更だ。正義感に燃え、界庭羅船をどうにかしたいと奮闘したくてもできない、いや、させてもらえないのが現状である。
コハクにとって都合が悪いのが、そのトップの考えを他のメンバーはすんなり受け入れている事だ。自分には関係無い問題だし、どうせ勝てないと思っているが故に、コハクのような人は逆に異常者扱いされてしまう。
彼女がそこまで界庭羅船問題を解決したい理由は単純な正義感からなのか、それとも特別な事情があるからなのかまでは語らなかった。
ただエンペル・ギアが課しているルール、そしてリバーシ内の空気を考えると、コハクにしてみれば居心地が悪い場所だったのだろう。




