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第34話

「ユエル? 大丈夫?」


「は、はい。今まで深く考えた事無かったんですけど、こうして聞くと現実味が湧かないなって思っただけです。あ、あの……話を整理しますと、界庭羅船は依頼人に危機が迫った時に、場合によっては來冥力が使える異世界へと一緒に逃げて、護衛と迎撃ができるような環境を整えるって事ですよね?」


「ええ、合ってるわ。補足すると、転移先の世界で依頼人が第二の人生を歩む決断をしやすくする為に、転移する世界はモデルNみたいな世界じゃなくて、アルカナ・ヘヴンみたいな文明がある世界にするそうよ。気配り上手よね、本当に」


「そ、そうですね。 (絶対皮肉だろうなぁ) 」


 正直そんな都合の良い異世界にすぐ転移できるものかと突っ込んでしまいそうだが、界庭羅船はこれまで何度も転移と護衛に成功している。そして犯罪者たちからは絶対的な信頼と高い評価を得ているのだ。


 それはつまりそういう都合の良い異世界はいくつも存在している事の証明になっていると言える。


 恐らくはありとあらゆる異世界の情報が頭の中に入っているのだろう。來冥力だけでなく異世界に関する知識量も常人のそれを遥かに上回っているに違いない。


「界庭羅船の人たちは私たちも把握できていない無数の異世界に精通した、異世界人の集まりって事なんですね」


「異世界人……確かにその表現がピッタリね。少なくとも界庭羅船はアルカナ・ヘヴンの人間では無いでしょうね。現時点でこの世界には、数多の異世界を自由に行き来可能な技術は無いでしょ。つまり別世界には存在している『何か』を使用して、それらを可能にしていると思うの。どんな手段を用いて異世界の転移を容易にしているのか、私も知りたいところね。シンプルに興味があるわ」


 残念な事にアルカナ・ヘヴンで生きる人たちにとっては、モデルNくらいしか実態が判明している異世界は無い。故に彼らがどこで生まれ、これまでどんな異世界を渡り歩き、そして今に至るのかなど分かる訳がなかった。


 唯一今自信を持って言えるのは、アルカナ・ヘヴン以外の世界の住人だろうという事だけだ。もっともその考えだって本当に合っているかどうかは不明である。


 ここまでコハクの話を聞いてユエルは、一つだけ疑問に思う事があった。その疑問を解消するべく、彼女はコハクに質問を投げる。


「あの……界庭羅船の人たちは異世界に人を連れて行く事ができても、意識して私たちがその世界に行く事はできないんですよね? それだったら……」


「わざわざ依頼人を捕まえようとする人たちを異世界に連れて行って、危害を加えたり殺したりする必要は無いんじゃないか……かしら?」


「は、はい。こちらから行けない以上、逃げるだけで良いじゃないですか。それなのに牢政の人や……えっと、彼らの依頼人がアルカナ・ヘヴン以外の世界の人だったら、その世界の衛兵さんとかを連れて行って、徹底的に痛めつけて……時には……その……こ、殺しちゃうんですよね……? どうしてそんな事を……」


 それこそ界庭羅船が危険視されている理由の一つだった。


 ユエルの言うように捕らえる側が彼らを追って名も知らぬ異世界へ行く手段は無いと考えられている。もしかしたらユエルたちが把握していないだけで、この広い世界のどこかでは界庭羅船と同様の技術や力を持った人々が同じく異世界転移を行っているかも知れないが、一体いくつの世界がそれを成し遂げられているか甚だ疑問である。


 異世界の転移などそう簡単に行えるものでは無い。行うとしたら、マキナが司とユエルに使った例の鏡のように、何かしらの『道具』、もしくは來冥力とは違った別の力が必要になってくるであろう事は容易に想像がつく。


 そんな状況下であるが故に、基本的には転移さえ上手くいけば依頼人の安全は保障されたも同然なのだ。それでも界庭羅船が武力行使に出る目的がユエルには分からなかった。


 だがコハクにはその目的が予想できているようで彼女の疑問に即答してみせた。


「私の予想だけれど、理由は誇示でしょうね。界庭羅船の依頼人に手を出すとこうなるぞって事を示したいんでしょう。どうやら界庭羅船は転移先の世界に連れて行った警察組織の人間を痛めつけた後、彼らを元の世界に送り届けるそうよ。良くて瀕死の重傷、最悪なケースでいけば死体をね……」


「……っ……酷い……そんなくだらない理由で……!」


「予想って言ったでしょう? そんなに熱くならないで」


 苦笑しながら言うコハクの言葉を聞き、頭に昇った血が引いたユエルは冷静さを取り戻す。


「あ……す、すみません……」


 確かに今ユエルが怒っても何も解決しない。ましてやただのコハクの予想にしか過ぎない界庭羅船の行動理念に腹を立てるなど無意味な事だ。

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