第33話
「ふふ。どうやら少しは緊張感から解放されたようね。それじゃあ早速で悪いのだけれど、本題に入って良いかしら?」
やはりユエルは分かりやすいのだろう。彼女の様子を見てその変化に一発で気付いたコハクは嬉しそうに微笑む。
「は、はい」
「本当にごめんね。多分お互いのスケジュール的に今くらいしかゆっくりお話できるタイミングが無いと思って」
「き、気にしないでください。それより、仕事とは無関係の……私個人の疑問の為にわざわざお時間を割いてくれてありがとうございます」
「良いのよ別に。それに、仕事と無関係って言うのは違うわ」
「え?」
「あなたにも関係がある話になりそうだから、こうして時間を作ったのよ。さすがにプライベート過ぎる話の為に仕事の時間を削ったりはしないわ。だからどちらかと言えば仕事の話だと思って聞いてちょうだい」
これからする話はユエルの記憶違いで無ければ、何故コハクはリバーシを辞めたのか――その話だったはずだ。
ここから仮に仕事の話に繋がったとして、それがユエルにも関係がある話だとはどうしても思えない。
ユエルは色々と考えを巡らせるが、考えたところで自分にコハクの真意など読み解けるはずも無い。諦めたユエルは取り敢えず話を進めようと思い頷く。
「は、はい。分かりました」
素直に首を縦に振ったユエルに満足したコハクは、少しだけ頭の中で整理してから話し始めた。
「さてと。私がリバーシを辞めた理由だったわよね? これについて話す前に聞いておきたいのだけれど、あなた……界庭羅船って知ってる?」
偶然か奇跡か。数日前に琴葉とマキナ側で話題となった、全世界共通の敵の名がコハクの口から語られた。
「……! ……な、名前くらいなら……」
ユエルは琴葉程詳しく知っている訳では無いが、どのような集団なのかくらいの知識はある為、思わず緊張が走る。
「なら話が早いわ。一応奴らについて話しておくと、界庭羅船は犯罪者たちを警察組織から守る事を仕事としているボディーガードのチームよ。一つの世界に留まらず、無数に存在しているあらゆる世界を駆け巡り、各世界の犯罪者を依頼人にしているみたいね。世界中の警察組織が頭を悩ませ、未だに逮捕する事ができていない……今世紀最大の闇として語られている存在よ」
「……今世紀最大の闇……」
「ええ。私も人から聞いた話だからどこまで正確な情報かまでは判断できないんだけどね。例えばこの世界みたいに來冥力が使用できない世界の場合の話なんだけれど、界庭羅船の依頼人を逮捕しようとした時、もしくは逮捕した時……彼らは現れ、依頼人やその場に居る警察組織の人間と共に來冥力が使用可能な適当な異世界へと転移するらしいの。普通であれば、彼らがそもそもどこの異世界に転移したのかなんて把握しようが無いし、仮に分かったとしてもその異世界へ同じく転移できる術なんて無いでしょ? 結果彼らを追う事は叶わず、後は転移先の世界で、無理やり連れて来られた警察組織の人間が界庭羅船によって蹂躙されるって感じね」
「うぅ……想像したくないですね……」
アルカナ・ヘヴンやモデルNはこの世に存在するあらゆる『世界』の一つでしかなく、まだユエルたちが知らない異世界が無限に存在している。
転生協会が創生した世界と、アルカナ・ヘヴンやモデルNのような世界の違いは『人工世界』か『自然世界』かだけだ。
界庭羅船が依頼人を守る為に転移した先の世界は後者の方に該当する。
そもそも人工世界は転生協会関係者しか自由に出入りはできない。つまりアルカナ・ヘヴンやモデルNのような人の手によって創生された訳では無い世界が、彼らの避難地となるのである。
異世界間を自由に転移しながら犯罪者を守る厄介な來冥者、それが界庭羅船だ。
界庭羅船は別に世界征服を企んでいたり、世界の民を奴隷にしたりといった事はしていない。加えて法外な依頼料を払えない者は、犯罪者であっても護衛対象にはしない。
そんな活動をしているせいか、普通に過ごしていれば界庭羅船について考えたり、彼らに苦しめられる事などまず無いのだ。そのせいか今まで見て来なかった現実を突然突き付けられた気持ちになったユエルは、一気に沈み込んだ。
そんな彼女の心と表情の変化にいち早く気付いたコハクは、心配そうに声を掛ける。




