第196話
カムリィからそう言われると本当に涙が零れそうだ。
だが今は泣いて良い時では無い。そう自分に言い聞かせたコハクは満面の笑みを浮かべると、カムリィの送った賛辞にたった一言だけ返した。
「ええ!」
この一言にはコハクのこれまでの苦労と努力の全てが詰まっているかのようだった。
その後コハクは今後の動きを軽く説明し、今日の集まりは終わりを告げた。
基本的にコハクと鴻仙が裏で進め、何か動きがあったら司たちにも情報を共有し、いざとなったら指示を出してチームとして動く。それがスタンダードな流れになるそうだ。
つまりしばらくはいつも通りの、協会の一員としての日常を過ごす生活にはなりそうである。
この説明に不満を漏らす者は居なかった。ムイですら寧ろそれが普通だろうと納得していたので、他の面々が不満を抱くなど起こるはずも無かった。
解散後の各々の行動として、まずカムリィは報告の為にエンペル・ギアへと向かった。
一応新旗楼の事については正直に話し、その上で自分はこの組織の一人として活動を続けていきたいと説得するらしい。この話をする以上、自分の正体がバレている事も伝える必要があり最悪クビになる可能性があるのだが、そこをどう切り抜けるかはカムリィの手腕にかかっていると言えるだろう。
カムリィ曰く、事情を知っている者数名にバレる程度であれば最悪の事態は回避できるはずだと口にしていた。だが言葉の選び方次第ではその限りでは無い為、ここはカムリィお得意の口先が光り輝く時だろう。
いずれにせよカムリィに関しては彼を信じて待つしかない状況となっている。彼に訪れた第二の試練を無事乗り越えられるよう祈るばかりだ。
司とユエル、ムイとロアは同時にコハクの部屋を出た後に協会内を歩いていた。だが謝罪や仲間化を経たとは言え、手錠双璧とは別に仲良しになった訳では無い。それが影響し、司&ユエルとムイ&ロアのペアでそれぞれ歩いており、二組の間には距離が空いていた。
ムイとロアは謹慎処分を受けている為これからしばらくの間は協会の出入り禁止だが、司とユエルは違う。
評価対決が中止になったとは言え一応ラスボス戦まで終わらせた二人は、シルベルスに関する報告書作成やフィードバックを受ける必要があり、これらの事後処理を終わらせなければならない。
これも協会のラスボス役としての日常の一つである。
「あの。司くん」
コハクの部屋を出てからしばらくの間会話は無かったのだが、そんな中急にユエルが司の名を呼んだ。
「はい?」
彼女に呼ばれた事で司は大分前を歩いているムイとロアの背中から、彼女の方へと顔を向ける。その時視界に入ったユエルは少しだけ照れくさそうにし、モジモジとしていた。まるで告白前の少女のようだ。
「……ちゃんと……お礼を言っていないと思いまして……」
ユエルはその小さな口を開き喋り始めた。
「お礼? って、何のですか?」
「手錠双璧との戦いの時に私の事……ずっと守ってくれたじゃないですか」
「ああ、その事ですか。先輩、律儀ですね。当然の事をしただけですから! 何と言うかあの時は、体が勝手に動いていたと言いますか……」
司もこうして改めて面と向かってお礼を言われるとどこかくすぐったい気持ちになるのだろう。ユエルと同じく少し照れているようだ。
「司くん、照れてます?」
「いや別に照れてなんか……! すみません、今嘘吐きました。正直そんな面と向かって言われるなんて思ってなくて……」
「……司くん……」
「な、何ですか?」
ユエルの瞳はいつになく真剣だ。彼女にとってこれから話す事は大切な事なのだと、それだけで痛い程に伝わってくる。




