第189話
「それとムイ、ロア。あなたたちにもお話があるの」
コハクの言葉にムイは、もう全てを受け入れる気満々の、どこか諦めたような表情になる。そしてロアは眠そうな目でムイの肩に頭を乗せ、無表情でいた。
「ここで話しても良いんだけど、あなたたちも休息が必要でしょう? これ以上拘束するのはさすがに気が引けるし、そうね……あとでユエルが返事をする時に一緒に私の部屋に来てくれるかしら」
「……。ああ、助かるよ」
どんな話が飛び出るか分からないが、恐らく具体的な処罰の内容に関する事だろうとムイは予想していた。そう考えると正直気は滅入るが覚悟はできている。
そんな事を思いながらムイとロアの意識は二人同時に落ちたのだった。
界庭羅船の討伐を目的とした対抗組織――『新旗楼』設立計画に、大きな進展が見られたのはこの三日後の事であった。
その日、司、ユエル、コハク、カムリィの四人に加え、ムイとロアは協会最上階にあるコハクの室内に居た。
コハクはデスクに座って余裕そうに微笑み、カムリィは片手を自身の腰に当てながら彼女の側に立っていた。その姿はすっかり彼女の側近であるかのようだ。司とユエル、ムイとロアはコハクのデスクの前に横に並んで立ち、彼女を見つめていた。
さすがのコハクにも疲れが見えている。だがそれも無理は無いだろう。あの事件から今日に至るまで、コハクはずっと後処理に追われていたのだから。
手錠双璧はあの日から今日まで治療と休息に時間を充てていた。
その間コハクはカムリィと共に協会の上層部に今回の評価対決の顛末を説明した。結論として彼女は、手錠双璧による侵入はあったものの空久良蓮の時のような襲撃事件では無かったと主張したのだ。
あの夜審査員はバカ正直に部屋の外で見張りの仕事をし、更にカムリィの予想通りラスボス戦後の記録は不必要として記録されていなかった。
つまりコハクとカムリィの証言が全てとなり、まさか総責任者と会長が嘘を吐く訳無いという決めつけも働いて彼らはすんなりとそれを事実として受け止めた。
しかしそれはそれで別問題が発生する。即ち何故ムイとロアはシルベルスに侵入したのかという部分だ。
この点においてコハクは事前に考えていた、次のような嘘理由を堂々と口にした。
ダブルラスボスとして絶対的な自信とプライドを持っていた彼らは今回の評価対決にそもそも納得がいっていなかった。対戦相手の片方は入会して間もない司であり、内心完全にバカにされている気がして乗り気では無かった模様。だがダブルラスボスとしては雲泥の差がある司&ユエルをわざわざ自分たちの対戦相手に選ぶからには、それなりの理由がさすがにあるのだろうとも考えていた。一体司&ユエルはどんな異世界運用を行うのか気になって仕方が無く、思わず直に様子を見に行ってしまったとの事。
手錠双璧が治療と休息を必要とする結果になってしまったのは、空久良蓮の襲撃事件を経験している司とユエルが同様の事件が起こっていると勘違いして戦闘に発展してしまったからと説明した。もともと自分たちに対して異常なまでの敵対心を感じていた二人は、この世界を滅茶苦茶にされるに違いないと思い込み、防衛目的で立ち向かってしまったが故にこのような結末になってしまったと。
コハクのこの話を聞いた瞬間、上層部の全員が妙にしっくりきたようで唸っていた。
どうやら異世界創生会議の段階で手錠双璧は今回の異世界運用に乗り気では無い感じが態度に出ていたみたいだ。加えて評価対決開始日や手錠双璧側の異世界運用が終わった日に、彼らは異様に司&ユエルペアの事を気にしていた。
審査員たちの証言もあり、彼らがそのような理由でシルベルスに侵入した事は間違い無さそうだと結論付けられたのだ。
とにもかくにもシルベルスへの侵入事件はあったものの、パノンの時のような牢政を巻き込む事件では無かった事に上層部の誰もが安堵する様子を見せていた。
ちなみにだが、コハクの嘘に簡単に騙された彼らを見て、「 (こいつらチョロ過ぎだろ) 」とカムリィが心の中でツッコんだのは内緒である。
そしてある意味最も重要な秘密となるユエルの開花適応に関しては当然ながら話さず、把握しているのはあの時シルベルスに居た人間だけとなる。しかしながらその対応でこの件が完全解決とはならない。カムリィも言っていたが、ラスボス役としての活動時にバレてしまうだろう。だがコハクはその事に対しての解決策は用意しているようだ。
コハク曰く――
『ユエルの開花適応の件だけれどね。私、今回の件でエンペル・ギアのあの女を引きずり出してやる事ができると思ってるの。向こうからやって来るか、私がエンペル・ギアに行かなきゃいけないのか、そこまでは分からないけれどね。どっちになったとしても、最近の協会の治安問題や管理体制に関して話をする事になったって言えば協会の人たちは納得するでしょ? で、その話の結果、警備をまず強化する事、そして最悪來冥者が異世界に侵入して戦闘に発展したとしても対処できるよう、蓮と手錠双璧……二つの事件で活躍したユエルの來冥力を一段階引き上げる事を要求されたって伝えれば良いんじゃないかしら。ユエルの次の異世界運用までは期間があるでしょ? その間に彼女は時間の合間を縫ってエンペル・ギアに足を運び、リバーシ向けの訓練を受けたって設定でいけるんじゃないかしら。一応そういう訓練は本当に存在しているしね。そして見事エンペル・ギアの要求に応えてくれたって事にしておきましょう。協会に潜入しているリバーシに疑われて報告されたとしても、そもそもその頃には鴻仙を交えてあの女との話は終わってるはずだしね』
との事らしい。




