第105話
結局その日は以降特別な事は何も起こらず、普通に会議は進んでいった。司は出席できなかった昨日の会議内容を確認しつつだった為に序盤こそ付いていくのに苦労したが、昼休憩が近付いてきた頃には特に問題なくラスボス役として参加できていた。
こんな普通の協会の一日が司はどこか懐かしく感じた。
ここ二日で彼はクオリネとエマに出会っているのだ。二連続で界庭羅船という非日常の権化に接触した司にとって、当たり前の日々はどこか安らぎを覚える。
コハクが新旗楼設立を裏で計画している事やカムリィがユエルの実力を気にしている事など、司が介入不可の領域で物事が進行している気配は感じられるが、カムリィの言う通り司がそれらを気にする必要は無い。
今はシルベルスの運用、そして評価対決で手錠双璧に勝つ事だけを考えて行動すれば良い。
そして司はその日こそユエルを見る度にカムリィの質問を思い出したり、たまに界庭羅船の事を考えたりしてしまったが日が経過していくにつれて気にしなくなっていった。
いや正確には気持ちを切り替えたと言った方が正しい。自分に与えられた一番の使命は此度のシルベルス運用でダブル主人公をもてなす事であり、それ以外の事に色々と考えを巡らせるのはその後でも十分だ。
一日、また一日と日は経過していき、各々が有限な時間を活用していく。
司とユエルはシルベルス運用の為に。
手錠双璧は司とユエルに勝つ為に。
コハクはようやく訪れた絶好の機会の為に。
カムリィはシルベルス運用とコハクの出した謎の答えを見つける為に。
そして。
「まったく……何で私が君の調査に付き合わないといけないんだ」
「別に良いじゃん! それにさ。ウダウダ言いながらも私に付き合ってくれる琴葉ちゃん好きだぞ!」
「あーはいはい。嬉しい嬉しい」
「反応が雑いんだけど~」
マキナと琴葉は手錠双璧という存在について、より深く知る為に。
司がクオリネと出会った日、マキナは手錠双璧と接触してその結果彼らに興味を持ってしまった。マキナに目を付けられたら彼女の気が済むまで徹底的に調べられてしまう。
マキナが司に興味を抱いた時は彼がリバーシ候補生であった事と、蒼異世界運用の真の理由が公にされなかった事もあり、特に目ぼしい情報は得られなかった。
手錠双璧もカムリィの調査結果によってリバーシ関係者と言えなくも無い事実が明らかになった訳だが、外部の人間がそれを知る手段は無い。従ってマキナが彼らの來冥力の秘密を知る手段は基本無いのだが、果たして彼女はどこまで知っているのか。
「それで、君は何を調べたいんだ?」
「最初はあの二人の特殊な來冥力について知りたかったんだけど、これについては正直お手上げだね」
「ふーん。それでもこうして私を調査のお供に誘ったという事は、それとは別に他の事について調べようとしているって事かい?」
「ピンポーン! 実は超超超大物に聞いた極秘情報なんだけどさ……とんでもない事実が分かったんだ! ムイくんとロアちゃんって実は……」
それはまさに偶然の事であった。
マキナが後半の続きのセリフを口にしたその瞬間、偶然カムリィが近くを通りかかり、運良く彼女の言葉を聞く事ができたのだ。
「……! おい、お前ら!」
「あ! カムリィさんだ~! おつか……」
「今の話、詳しく聞かせてくれねぇか?」
翌営業日はいよいよ評価対決本番だ。そしてそれはカムリィにとっては『答え合わせ』の日でもある。だがそんな中カムリィは謎の内の一つだけ解けずにいた。
ロアが被害者の強姦未遂事件およびムイが加害者の暴力事件。これの真相だけがどうしても解明できておらず焦りを感じていたのだ。そんなカムリィにとって、今のマキナは女神のような存在として感じられたのだった。