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四畳半の世間

「オレ、学生時代にふらりと寄ったバーがきっかけなんすよ。軽く一杯のつもりで入ったバーがダーツバーだった。そこでお姉さんたちが、ビール片手に楽しそうにダーツをやっていたんすね。それにあこがれて、ダーツを始めました」

 根津シンイチは語り始めた。

「それまでダーツなんて興味なかったし、周りにもダーツをやっている奴なんていなかったから、始めるにしてもどうしたらいいかわかりませんでした。とりあえず、最寄り駅近くのダーツバーに入ったんすよ。それがここ、ホワイトホース」

そこで根津はバーのマスターに目線を移した。それに応え、マスターが口を開く。

「あれから、もう三年になるか。ルールも投げ方もわからない兄ちゃんが来たなと思ったよ。そのとき、他にお客さんもいないから、ダーツのいろはを教えてやったんだよな」

「それから、週一で通うようになって、トーナメントにも参加するようになりました。ダーツが確実に趣味になって、生活の一部になりました」

「根津くん、この前の大会は惜しかった。でも、初めて会ってから、ここまで上手になるなんて、想像できなかったよ」

「マスター、ありがとう。でもさ、今、ふと思い出しました。ダーツをやろうとしたきっかけを。きれいなお姉さんが楽しそうにダーツをやっているのを見たからですよ。そんなお姉さんたちと一緒にダーツをやりたいと思ったから始めた。だから、ここで野郎共とダーツを投げるのは、望んでいない」

そう言って、根津はジョッキのビールを飲み干した。

 このときのダーツバー「ホワイトホース」にいる客は、八木のほか、辰野ユウサク、寅井タカヒコ、八木シンヤの四人、まさに、野郎だらけのダーツバーだ。みんなバーの馴染みの客であり、店で会えば気軽に飲みあい、ダーツをした。最高齢がマスターの三十二、一番若いのが根津の二十五で、比較的、みんな歳が近い。

根津の愚痴に最初に反応したのは、八木だ。

「根津、ひょっとして溜まっているのか? オレが抜いてやろうか?」

「八木さん、お母さんに笑えるジョークと笑えないジョークの違いを教えてくれなかったのですか?」

八木の言葉に根津が返す。実際、根津は溜まっている。だから、そんな愚痴がでる。そんな根津を八木はからかったが、辰野はたしなめようとした。

「たしかに、女の子とキャピキャピ、ダーツをやるのも楽しかろう。でも、このメンバーは全員、トーナメントで入賞経験のあるメンバーだよ。そんなメンバーとダーツができるのは、なかなかないよ」

「今はそんなダーツより、超初心者の女の子が、野球投げでダーツを投げるのを、手取り足取り教えてあげたい。そう、手取り足取り、じっくりと」

根津は座った目で欲望を吐き出す。そのあとに吐き出すのは、不満だ。

「だいたい、その入賞経験者の一名、つぶれているじゃないっすか! 四人いるのにダブルス対戦ができないんすよ」

寅井は店に入ってきている時点で、そうとう酔っていた。どうも、付き合っていた女性に別れを告げられたようだ。「ほかに好きな人ができたから、別れよう」と言われたそうだ。別の店で、安い焼酎を流した涙以上に飲んでから来て、ここでは、別れた彼女の愚痴を口から出して、代わりに安いウィスキーを口に入れていた。そして、ダーツを一投もせず、カウンターに突っ伏している。たまに「リサのばかぁ」と口から漏らしている。

「そんな根津君にいい知らせがあるよ。女の子が店にくるよ。今、連絡があった」

マスターの朗報に、根津は一瞬、笑顔に変わったが、すぐに戻った。酔った座った目でマスターを問い詰める。

「これ、洋画でよくある『いい知らせと悪い知らせ』のやつですよね。いい知らせと一緒に悪い知らせもあるでしょう」

「根津君、酔ったときの方が鋭いねえ。そうだよ。悪い知らせは、その女の子は、猪瀬君の連れなんだ」

猪瀬というのも、このバー常連であり、このメンバーでは馴染みのある仲だ。

マスターの知らせに、根津は「くそっ」とだけつぶやいた。壁わきのスツールに座り、仏頂面で空を見つめている。そんな根津に声をかけたのは八木だ。

「あのさ、そんなふうに求めてばっかりいても、事態は悪化するよ。男はドンっとかまえていないと。昔の歌にもあっただろう。『恋はあせらず』ってさ。まあ、オレなんてかまえすぎて、浮いた話のひとつもできないけどさ」

「いや、恋はあせっているつもりはないですよ。最近、女の子と遊んでなくて、イライラしていましたね。空気悪くしてすみませんでした」

こうして八木と根津は、二人でクリケットを始めた。辰野はボトルビール片手に、二人のプレイを眺めていた。


 数分後、猪瀬と細身のかわいらしい女の子がやってきた。

「こんばんは。駅前に『ブルズアイ』っていうダーツバーあるでしょ。そこで飲みながら二人でダーツやっていたんすよ。でも、学生の団体がきてさ、うるさいから出てきたんすね。でも、彼女が投げたりないと言うから、ここに来ました」

「初めまして。ユカリといいます」

そこで寅井が顔をあげ、酔った虚ろな目で、ユカリを見つめた。瞬間、ユカリは「やばっ」とだけ口走り、寅井から目をそらした。寅井はふらふらになりながら、ユカリに近づいた。

「久しぶりだな、ユカリ。今はこいつと付き合っているのか」

ユカリは小さくうなずく。すると寅井は、猪瀬に顔を向ける。

「猪瀬くん、ユカリちゃん、夜は甲高い声で鳴くだろう。ニワトリみたいな声だから、真夜中なのに、もう朝かと勘違いしたもんだ」

寅井の発言には悪意しかない。猪瀬もユカリも、周りもイライラしていた。そこで最初に口を出したのは辰野だ。

「寅井、おまえ飲みすぎだよ。発言にデリカシーがなさすぎるよ」

「たしかに、飲みすぎなのは認めるよ。でも、オレはかわいい弟分と熱く語り合いたいだけだよ。ある意味、弟分の猪瀬とね。兄としては、弟にアドバイスがしたいだろ」

寅井は言うとゲラゲラ笑った。辰野は困った顔をしてボトルビールに口をつけた。

「寅井、こういうときは、黙っているのが大人だと思うぜ。おそらく、オレの方がお兄ちゃんだと思うから。ある意味な。兄のアドバイスは従えよ」

辰野が強気に出たら寅井は黙った。猪瀬も周りも、今の状況に理解が追いついていない。そこで、ユカリが一言もらした。

「なんで、彼氏の行きつけのバーに、元カレが二人もいるの」


 しばらくの沈黙のあと、口を開いたのは猪瀬だ。

「いや、ユカリもいい大人だから、過去はいろいろあります。そのいろいろが、辰野さんと寅井さんですか?」

辰野も寅井もユカリも無言でうなずく。次に口を開くのは根津である。

「そういや、みんなここに彼女を連れてくること、なかったですよね。今日、猪瀬さんが彼女を連れてくるの、超、珍しいと思ったんすよ」

「そりゃ、お前がいるからだよ」

寅井が間髪入れず答えた。辰野が続ける。

「根津さ、今日だけじゃないだろ。口を開けば『女と遊びたい。とことん女と遊びたい』。そんな奴のいる店に気軽に彼女を連れて行きたくないよ」

辰野に猪瀬が続く。

「オレもここにユカリと来る予定はなかったよ。でも、いろいろあったからここに来たけど、よほどのことがない限り、彼女をつれてこない」

一同に責められ、根津は黙った。黙った根津を、まじまじとユカリが見つめた。

「あんた、どっかで見たことあると思ったら、この前『ブルズアイ』でわたし達をナンパしてきた男でしょ」

「いや、人違いじゃないかな」

根津はすぐに否定したが、目が泳いでいた。そんな根津を、きびしい目で猪瀬が睨む。

「てめえ、オレの大事な彼女に手を出したのか!」

「いや、オレ、猪瀬さんの彼女だと知らなかったです。しかも、オレ、ユカリさんに手をだしていないです。手を出したのはユカリさんの友達です」

根津の弁解に、ユカリが詳しく説明をつける。

「そう。わたしとミナでダーツしていたら、この男が声をかけてきて、わたしはテキトーに流していたんだけど、けっきょく、ミナは子犬のように、この男について行った」

これを聞いて、目つきを鋭くなったのはマスターだ。

「この前、オレの彼女が明らかに浮気した後だったのね。厳しく問い詰めたら、友達とダーツをしていたら、ナンパしてきた男についていったということだったのね。…… 、そうか、彼女の浮気相手はおまえか」

「いや、あの娘がマスターの彼女だったなんて知らなかったです。というか、知っていたら手を出さないです」

猪瀬、マスターの次に目つきが鋭くなったのは寅井だ。

「今日、彼女が好きな人ができたからと別れ話を切りだしてきたけど、根津、お前がからんでいないか?」

根津は大きな声で誤解と言いたかったが、誤解を解ける自信がなかった。黙っているところで、寅井はスマホの待ち受けを見せてきた。

「ほら、この娘だけど知らないか? リサっていうんだ。隣駅のダーツバーでしりあった」

待ち受けを見た根津は、すぐに顔をしかめた。

「寅井さん、この娘、リサっていったんですよね」

「ああ、そうだけど」

「オレにはエミリと名乗っていました」

「はあ?」

そこで、通りすがりのマスターも待ち受けをのぞいた。

「オレには、ミサトと名乗っていた」

「ちょっとよくわからない」

ここで根津とマスターが顔を合わせた。

「根津、ひょっとして、ミサトちゃんかなり、尻の軽い娘だった?」

「いや、オレにはエミリだったけど、まあ、軽かったっすね。一夜限りに最適な」

「ミナと付き合う前に出会ったけど、忘れられない一夜を体験させてもらったよ」

「……、おそらく、彼女の中で浮気をするときは偽名を使うのがルールなんでしょうね」

「オレ、一夜をともにしただけで、あの娘のこと、何もしらないけど、一人の男で満足するタイプでないぜ」

「オレも同感です。そんなわけで、寅井さん、彼女は好きな人ができたのではなく、一人の男に満足できないから、別れ話を切り出したと思います」

寅井は黙って聞いていて、絞るように言った。

「根津くん、けっきょくはオレのリサに手をだしていたんだね」

根津の目は、アメリカへ渡るのではないかというくらい泳いだ。泳いだ結果、自分なりの誠実な対応を考えた。

「知らなかったとはいえ、すみませんでした。オレ、みんな大切なダーツ仲間だと思っているんで、彼女がいたら、教えてください。その彼女にはどこで会っても手を出しません」

それを聞いた辰野は、スマホを取り出し待ち受けを根津に見せた。

「いいか、これがオレの彼女だからな。ぜったい、手を出すなよ」

根津は、気まずそうに頭をかいた。

「この方、ユウさんですよね」

「……、もうすでに手を出していたか?」

「手を出すも何も、オレ、ユウさんに女を教えてもらったんすよ」

「……、マジで?」

ここで、寅井が乱入してきた。

「辰野、ユカリに関してはお前がお兄ちゃんだったけど、ユウに関してはオレがお兄ちゃんだからな」

「……、マジで?」

ここで黙って聞いていたユカリが呆れ顔で口をだした。

「あなたたちって、大切なダーツ仲間であると同時に複雑な兄弟関係を築いているのね。まあ、そうとう仲がいいことで」

「本当、オレ、ぜんぜん知らなかった」

そう言って、八木はおもいっきりテキーラをあおった。

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