14
木々の生い茂る丘陵地帯。自然豊かな森の中に、その集落はある。
とある少数民族が住まう町の名は"ナバルファルマ"。彼らの言葉で『湖畔の小さな村』という意味だ。
夜が訪れると町全体は静寂に包まれる。外灯はなく町はその姿を闇に沈めるが、ところどころの家々から漏れる灯りが淡い光でその輪郭を浮かび上がらせている。湖を中心に広がるこの町は、周辺の地域とは異なる独特の空気を纏っていた。
とある女性が枯れた湖の傍に立つ。嘗ては美しく空の色を映していた水は今、そこにない。けれど彼女の頭上には美しい夜空が広がっていた。
光を飲み込むような暗い空が世界を抱擁する。冷たくも優しい夜闇が黒い天鵞絨のように広がり、その上には無数の星々が散りばめられている。まるで、宝石を砕いたかのような煌めきだ。けれどきっと、見る者によっては砕かれた石よりよっぽど尊く思える無価の宝なのだろう。
星たちはひとつひとつが微かに瞬いている。眼差しのようだ。無数の眼が、今この世界を見つめて本当に瞬きをしているのかもしれない。
眩い輝きに満たない輝きは、然れど壮麗だった。
「水が涸れ果てた時、我らの目には未来が霞み、行く末を見通す術を失ったかのように思われた。しかし振り返れば、見通すまでもなく、運命は沈黙と枯渇で以て我らの行く末を告げていたのだろう」
厳かな声で女性は語る。枯れた湖の底、根を張る不気味な植物を藍色の目が見下ろす。
風はひんやりと彼女の頬を撫でた。遠くから虫たちの小さな声が聞こえてくる。その音が、夜の静けさをさらに引き立てる。
チョコレートのような肌に映える白い刺青は、左半身ほぼ全てを覆っていた。赤を基調としたローブに青を基調としたヴェール。どちらにも刺繍されている、星の模様。
ローブには美しい朱色の糸が模様を刻み、ヴェールは透明感のある青白い糸で模様が描かれている。
腰に巻かれた布はヴェールの刺繍糸と同じ蒼白色。数年前までこの湖の周辺に咲き誇っていた花の花弁も、それと同じ色をしていた。
彼女は視線を上げると星空を仰ぐ。左手を空に翳し、暗がりの中でも見える刺青と星々を繋ぎ合わせ、星回りを見る。
神秘的な仕草だ。独自の文化と伝統を思わせる光景。どこか儀式的な雰囲気。厳粛さを帯びる空気。
「未来を見失ったのではない。我らの見通すべき未来そのものが失われた故に、水面の星々は姿を消した。託宣はここにある。生気が失せても湖は未だ、我らの行く末を映す鏡である」
女性の後ろには数名の大人たちが立っていた。彼らは皆、彼女が身につけているものと同じような文様の描かれた服を身に付けている。そして数名の大人たちもまた、空に手を翳していた。
「____気付くのは、遅過ぎただろうか。だが、これは破滅に非ず。苦難なり。信仰とは困難に立ち向かう勇気を頂くものであり、困難を受容するためだけのものではない。我らイサタナは嘗て故郷を失ったが試練に打ち勝ちこの地へ辿り着いた。星が沈黙したとして、その輝きは失われぬ」
『然り』と女性の最も近くに立っていた者が呟く。暗い空には無数の星々が今尚浮かび続けている。孤独の月に寄り添うように、空の世界を飾るように、星々は泰然と瞬いている。
「我らの頭上に無数の星々が在る限り、我等の道が真の意味で潰えることはない。誇り高きイサタナの魂は、再び試練を越え、その先にある新たなる未来を掴むであろう。全てはその輝きの、導きのままに……」
女性が胸に手を当てると他の者たちが続いた。丁度、心臓の辺り。彼らの纏う衣服のその場所には、一際大きな星が描かれている。
ふわりと魔力が漂った。濃紺のそれは夜に紛れるようでいて、不思議と明るく光っているように見える。
夜の色だ。
「…………破滅に打ち勝ち、祝福を与えてやらねばならん」
女性は振り返ると、後方に立つ一人の男を見た。男は胸元に押し当てていた手のひらでぐっと星を握りしめ、頷く。
魔力を帯びた彼らの衣服の刺繍は、きらきらと閃いた。