ずるいって言うならじゃあずるくなってやろうかな、って
ゆるふわご都合主義話。
自分がとある小説の世界に転生したと気づいたのは、転生先の母親が死んでからだった。
思い出すの微妙におっそ~~~~いっ!!
小説のタイトルは覚えていないけど、内容は覚えている。
母が死に、父が再婚相手を連れてくる。
そこから始まるヒロインの苦難の日々。
まぁ要するに。
ドアマットヒロインとして踏みつけられて最終的に助けてもらって幸せになるシンデレラ系ストーリーである。
父と母は政略結婚だった。
母はどうやら父の好みのタイプではなかったようで、母が歩み寄ろうとしたところで父は最初から最後までそっけなかった。一応、私の事はそれなりに、あくまでもそれなりに可愛がっていたようだけど、それだって政略の駒に使えなくもない……みたいな感じの、人として可愛がるというよりは、将来良いところと縁を繋ぐための、父にとって都合の良い道具程度の愛着だろう。
まぁ、再婚相手とは母と結婚した後くらいからの関係だったし、連れ子としてやってきた義妹は父との子らしく、義母と義妹が家にやってきてからは私のこの家でのヒエラルキー最下層にまで落ちるんだけどね!
義母は私の事をちくちくいびってくるし、義妹は「お姉さまばっかりずるいわ!」を伝家の宝刀のように口にしては私から母が贈ってくれたドレスやアクセサリー、ぬいぐるみだとかを奪っていく。
義母は当然義妹の味方だし、父はアテにならない。
好きでもない女との間の子と、自分が愛している相手となら、まぁ好きな方味方するよね。わかる。
私も父と隣の家で飼われているジョンどっちの味方するのって言われたらまぁジョンかなって。父は可愛くないけれどジョンは私を見ると一応尻尾振ってワンッ! て元気に挨拶してくれるからね。わんこ可愛いよわんこ。
ジョンは躾もバッチリだからね。
純粋にこっちを慕ってくれてるわんこと、精々使い勝手のいい道具くらいにしか思ってない父となら、そりゃあ私だってわんこに天秤が傾こうというものだ。
父がもうちょっとこう、私にもそれなりに愛着とか持ってくれてたらねぇ、私も政略結婚の道具だろうと何だろうと家のために! って感じになったかもしれないんだけど。
ほら、もっと別の話しちゃうとさ。
ブラック企業にうっかり入社したとしてよ?
その職場の同僚が上司以外皆いい人だった場合、自分が抜けたらこの人たちに負担が……! みたいに考えて辞めるに辞められないってなりそうだけど、上司も部下も皆クソ! ってなったら躊躇わず逃げるでしょ?
だってどうでもいい相手の事を気にしないもの。
仮に上司も部下も同僚も皆いい人たちなのに仕事量が純粋に多すぎてブラック、みたいなところだと、より一層辞められない罠が待ってるのよね。
もうアンドロイドでもなんでもいいからさっさと人間の代わりに働いてくれるロボットはよ! って思う事もあると思うの。
まぁつまりは。
私のこの家庭内での立場は父が再婚する前の今はまだマシだけど、再婚して義母と義妹がやってきたらお隣のジョンよりも辛辣な扱いになっちゃうわけよ。
室内に自分の部屋があるだけマシと思え、的な。
母が死んでから再婚までの期間は短い。
もう母が死ぬの手をこまねくどころか、実は父が何かしたんじゃないかと疑うレベル。
証拠がないから何かしたとも言えないのよね。やっててもおかしくないけど。
ともあれ。
このままぼーっと日々を過ごしていたらあっという間に地獄みたいな生活になるのは確かであって。
どうにかしようにも、時間は有限で。
この世界には魔法という便利なものがあるけれど、しかし誰もが使えるわけではない。
まぁ、ヒロインでもある私は使えるんだけど。
だが魔法が使えるからといっても、今の私に使える魔法はとてもしょぼいものばかり。
これで義母と義妹に立ち向かえとは土台無理な話。
初期装備でラスボス戦に挑めとかいう縛りプレイだって、裏技駆使してクリティカル連発できるとかそういうのなかったら厳しいというのに、私の場合は魔法を使ったところで正直どうにかなる気がしない。
というのも、今の時点では私の魔法レベルがとても低いからだ。
小説内で魔法レベルというものは存在していなかったけれど、誰だって初心者の時点では大したことがないってのは世の真理みたいなわけで。
物を燃やすような炎は出せない。精々種火になるかどうかの小さな火ならどうにか。
全てを押し流すような水は出せない。頑張ればコップ一杯分の水ならどうにか。
何もかもを吹き飛ばすような風も出せない。一瞬のそよ風ならどうにか。
勿論、人を押しつぶすような土を、なんて事もできないし、地面の土を自在に操って、なんてのも無理。
これで魔法が使えて私ったら最強ね! とか言ったらさ、間違いなく死亡フラグにしかならないじゃん?
でも、魔法は切り札になるだろうなと思っているので、とりあえず私は父が再婚するまでの間、必死こいて魔法の修練に励んだのである。
さて、暇なときは時間って割とゆっくりに感じるけれど、忙しいとあっという間なわけで。
気付けば父は再婚するとか言い出したし、それからロクに時間をおかないうちに義母と義妹はやってきた。
そして始まる原作展開。
義母は最初の内は暴力をふるってくるような事はしない。
ただ、自分の娘をこれでもかと可愛がって、そして私の事を貶す程度だ。
まぁねぇ、元は私の母がいたから自分は日陰の存在だったってわけでもあるから、その母親の娘とか、好きになれるかって話なのかもしれないけどさぁ。
再婚した相手に子供が虐待される時の理由はいくつかあるけれど、私の場合は間違いなく虐待コースが待っている。嫌いな女の血を引いた、嫌いな女に似た自分よりも弱い存在、とくればそりゃあ甚振りますわ。マトモな人間はそもそもそういうのがいるってわかってるなら再婚しないか、するにしてもせめてその子供は親戚とかどこかに預けてほしいとか、顔合わせる機会を減らそうと試みてる。
勿論、内心は隠してそれなりにいい継母を演じる人もいるだろうけど。
義母は義妹が私のドレスやアクセサリー、それ以外のあれこれを羨ましがって「お姉さまずるーい」でもっていこうとするのを止める様子はなかった。
それどころか、私がそれはお母さまの形見だからダメとか言おうものなら全力で義妹の味方をしてこっちが悪いみたいな空気にして、強引に何もかもを奪っていく。
そうこうしているうちに、父は義妹に婚約者を作ってこの家の後継ぎにしようとか考え始めるわけだ。原作では。
まぁ、義妹の方が父からすると愛らしいからね。素敵なお婿さん迎えればこの家は安泰だものね。
じゃあ別に私とかいなくても、ってなっても仕方……ないわけあるかい!
作中で、あまりにも虐げられまくったヒロインは精神的にも病む。闇堕ちする。
まぁそれでもその後、そんなどん底から引っ張り上げて助けてくれる人が現れるわけなんだけど。
生憎そこまで待ってらんない。
そもそも私だってそこまでの間虐げられ続けてるとか冗談じゃない。
現状をどうにかするための打開策。
原作を知らなきゃ思いつかなかったけど、ヒントは闇堕ち。
ヒロインは闇堕ちした事で、魔法の力がぐっと強くなるのだ。
ダークサイドに落ちて得る力とかロクでもなさそうだけど、私が目を付けたのはそこだ。
嫌なことを嫌だと言っても誰も助けてくれない状態で、ヒロインは心の中にそういった嫌な事や物を溜め続けていった。そしてそれが限界になった時に、闇堕ち状態になったわけだ。
まだそこまでいくような状況じゃないけど、でも、既に起きた嫌な事や、これから起きるだろう嫌なことを想像して心の中に恨みつらみをため込むような状態になっていけば。
毎日が鬱々とした状態になるけど、でも思ったよりも早くに私の魔力は開花したのだ。
そう、普通の魔法はしょぼすぎて父も利用しようにもできねぇなこんなんじゃ、みたいに思ってたけど。
実のところヒロインの魔法適性は闇と光である。
ちなみに原作だと闇堕ち後の救済で光属性に転じる。
そうして今までヒロインを踏みにじってきた相手が断罪されていくようになるんだけど……
だからね、そこまで待ってらんない。まどろっこしいわ。
とあるゲームでは最初闇属性だった主人公が途中で光属性になって、なんてのもありましたが、私は別に光属性になろうというつもりはない。闇属性のままで問題ないとすら思っている。
むしろ光属性になったらなったでやろうと思ってる事ができなくなるから、闇属性極めたらぁ! くらいの気持ちだ。
――お姉さまずるーい、で何でも持ってく義妹だけど。
一度に全部ごっそり持っていったか、と言われるとそうではなかった。
私が着ているドレスが目についたとか、部屋に押しかけてきて目についた物だとかを、ちょこちょこと奪っていくのである。
いっそ全部一度に持って行こうとかしてたら、私もこんな悠長に構えてなかったかもしれないというか、魔力を強めてこれからやろうとする事を実行するどころか他の作戦考えたかもしれないんだけど。
最初から嫌がらせがフルスロットルだったら私もただでは済まなかったかもしれないけど、あくまでも実行犯は義妹で、義母は気の向くままに私に嫌味を言う程度だ。今のところは。
まぁ、義母からすれば私は潰そうと思えばいつでもぷちっと潰せる存在なのだろう。体力的にも今は勝てそうにないし、ましてや精神的に甚振るのであれば心の傷は目に見えない。だから、義母は今は精神をじわじわと削っていくのがメインなのだろう。
これで私がもう少し成長して、義母と肉体言語で渡り合えそうになったなら、そうなると義母も痛い目を見るのでそうなる前にこちらを痛めつけて抵抗する気をなくそうとするはず。原作ではそうだった。
まぁ、その前に精神的にやられまくって心バキバキなんですけどね。抵抗しようって気力がなくなっとる。
ともあれ、そろそろいいだろうと思ったので、私は作戦と呼んでいいかも微妙なそれを実行する事にした。
丁度タイミングよく、義妹が私の母の形見のアクセサリーを持って行ったのもあって、その時の悲しい気持ちをより強めるように何度も脳内で反芻して。ついでに前世の記憶で覚えている限りの、悲しい出来事とかも追加していく。
「ねぇ、貴方は私の事をずるいって言うけれど、何がずるいの?
貴方が持って行こうとしてるそれは、私のお母様が私にくれた物よ。貴方のじゃない。
どうしても欲しいのなら、貴方が自分のお母様から貰えばいいじゃない」
「ひどいわお姉さま、わたしのお母さんは貴族じゃなかったんだから、こんな素敵な髪飾り持ってるわけないじゃない。お姉さまは今まで貴族としていい暮らしをしてきたんだから、これくらいくれたっていいじゃない」
「お母様の形見であっても?」
「え、えぇ、そうよ」
「そう。貴方ってそういう子なのね。もういいわ」
私は知っている。
どうせお姉さまずるーい、で奪っていった物は、最初こそ使うけれど長く大事にするわけでもないという事を。
私は、お母様から貰ったからこそ、大事に大事にそれこそ末永く使えるように大切に扱ってきたけれど。
義妹はそうじゃない。羨ましいから持っていって、自分の物になったら羨ましくもないから部屋の片隅に放り投げられたりしている物だってある。
あぁ、この子は人の気持ちを踏みにじってもなんとも思わないんだなぁ、と思いつつも、どうせこの後奪う物がなくなれば、今度は者に目をつける。私の友人や将来の婚約者になるだろう相手。私の周囲の人間全て、自分が私の代わりに中心にいないと気が済まないのだろう。
でも、その結果。
長年私を虐げてきた結果、私は闇堕ちしかけて。
そうして助けられた後、義母も義妹も今まで好き勝手してきた事の清算をとばかりに人生お先真っ暗になるのだ。
どれだけの物や人に囲まれたって、結局それって私から奪っていったものばかりだからこそ。
本当の意味で義妹の得たものではない。
お姉さまに虐められてるんです、なんて言って同情を買ってそうして私から引き離して、自分の味方につけたとしても。
実際虐められたりしていないから。
嘘で自分の周囲に固めたところで、その嘘が暴かれたら義妹の周囲からは誰もいなくなる。
日陰の身であった義母が、せめてそこら辺義妹にちゃんと教え込んでいれば、もしかしたら原作でもそこまでの転落っぷりはなかったと思うんだけども。
貴方が私から大事な物を奪うなら、私も貴方から奪いましょう。
等価交換にはならないかもしれないけれど。
でも、綺麗なドレスも、宝石も。可愛らしいぬいぐるみも。
私の部屋に飾られていた絵画やその他の芸術品も。
全部欲しいというのなら、くれてやっても構わない。
でも、あとから返すって言われても、私は貴方から奪ったものは絶対に返さない。
「持っていくなら好きにすればいい」
だからこそ、私は呆れた口調を隠す事なく義妹に告げたのだ。
絶対に、私の言葉の真意なんて気付きもしないだろうなと思いながら。
案の定義妹は私が許可を出したということで喜んであれもこれもと持っていった。
タダより高いものはない、って言葉、知らないのかしら。
これから私が義妹から奪うものに対しての、先払いだと思えば……等価交換として考えると釣り合ってないかもしれないけれど。
でも、相場がわからないのだから、仕方ないわよね。義妹だって文句を言うでもないでしょうし。
自分だけじゃ一度に全部は持っていけない義妹は、何度も部屋を往復して私の部屋から持てる物は全部持っていった。
そうして残されたのは、最低限の家具だけだ。
まぁすごい。お部屋がとても広く見えるわ。
床もとっても広々としてるように見えてくる。
ベッドに関しては義妹が使うための新しいのを用意されていたから、私のベッドはそのまま。
もっとも、仮に義妹が持ち出そうとしたところで一人でもっていけるものじゃないから、だから放置されたのだろうなとも思うのだけれど。
この後邪魔が入るとは思わないけど、万が一誰かが来たら面倒なので部屋の鍵だけはしっかりとかけて。
広くなった床に、私は早速こっそり用意しておいたあれこれの準備を開始しだした。
上手くいけば効果は明日にでも出るでしょう。
上手くいかなかったら、諦めて他の手段でこの家を出るか、あの二人をどうにかするかね。
なんて、思っていたのだけれど。
天は私に味方した。
えっ、いいの天!? と言いたくなる程度には事が上手く運んだようで、私は思わずぽかんとした顔をしてしまったくらいだ。
昨日までは私の顔を見るとチクチク嫌味を言ってきた義母だけど、今日は違った。
にこやかに挨拶をして、今までは一緒の食卓も囲みたくないみたいな雰囲気だったのに、今日からは一緒に食べましょうと誘われる。
ちなみに父は仕事で昨日から家を空けているのでいない。
今までは、私は一人で別の場所で食事をしていた。もしくは、他の皆の食事が終わってから私一人が、という状況だった。
私としては折角のお誘いなので一緒に食事をしたけれど、気まずそうなのは義妹である。
彼女は母からマナーがなっていないと何をするにもお叱りを受けていた。
うん、まぁ、確かに元平民とはいえ、貴族の家に入って、一応父が貴族だからこれから貴族の令嬢としてやってく事になるっていうのに両親に甘やかされて見た目こそ可愛いかもしれないけれど、でも……みたいな感じだったものね。
元平民の義母も義妹も、食事のマナーはどちらかといえばなっていなかった。
けれども今日は違う。
なんと義母のマナーは見違えるほどであった。ナイフとフォークの使い方も一切の迷いも間違いもない。
勿論私のマナーは幼い頃からしっかりと学んでいたからこそ、私も問題はない。
問題があるのは義妹だけだった。
皆が皆、ざっくりとしたマナーであるなら義妹は目立たなかったかもしれない。
もしくは、昨日までなら。
昨日までなら、義母も義妹もマナーは覚束なかったから、そこで一人きちんとできる私がいたら逆に私が浮いていた事だろう。
けれども今日は。
私と義母のマナーができているせいで、一人できない義妹だけがとても浮いて見えてしまった。
優秀であれ無能であれ。
それが少数の場合異端となって目につくのはよくある話で。
だからこそ、今日の義妹はあまりの不出来さに義母に叱られ続けていたのだ。
私から言われていたのなら、お姉さまずるいわ。今まで平民だったのだからマナーなんてすぐにできるはずないじゃない、とか言って嘘泣きでもして母親にお姉さまに意地悪されてるとでも言っただろう。
だが同じ時期に屋敷にやってきた母親が、昨日まで全然駄目駄目だった母親がしかし今日には見違えるほどにマナーをマスターしているのだ。同じ期間学ぶだけの時間はあったのに、しかも若い方が覚える事は早かったりするのに、お前は今まで何をしていたのか、とか言われてしまえば言い返そうにも言い返せない。
母とて必死に学んだのですよ、とか言われてしまえば、自分は今まで学ぶつもりもなくて遊んでばかりでした、とか言えば余計に叱られるのが目に見えているからだ。
「駄目ね、このような有様では人前に出すなんてとてもじゃないけれどできないわ。まずはしっかり礼儀作法を教え込まないと」
「えっ」
「これからは甘やかしたりなんてしませんからね。死ぬ気で学んで覚えなさい」
「そんな!」
「これは決定です。嫌なら家を出ていきなさい」
じろり、と睨みつけられて、義妹は言い返せなかった。
折角平民として暮らしていたのが貴族の仲間入りをしてこれから贅沢な暮らしができると思っていたのだ。しかも姉から様々な物を奪っていって、自分の思い通りなんでも好きにできると思い込んでいた。
父は自分を甘やかしてくれただろうし、母だって自分の味方だった。だから、私を虐げたところで誰からもお咎めなんてなかった。
ところがそれは昨日までの話で、今日からは一転。自分の母が義姉の味方に回るかのような言動をとっているのだ。義妹からすれば何が何だかわけがわからないのだろう。
母の言葉どおり家をでたところで、まだ自立できる年齢でもない義妹が一人でやっていけるはずもない。
親切な人が助けてくれる? 精々孤児院に案内されて終わるわ。
それよりも、言葉巧みに人買いに騙されて売られて奴隷になる方が余程可能性としては高い。
平民として生活していた義妹なら、まだ子供と言っても過言じゃない年齢の子供が一人で生きていくのがどれだけ大変な事か、流石にそれくらいはわかっているはずだ。
だからこそ、癇癪をおこして家を飛び出すなんて真似はしなかった。そこまでは馬鹿じゃなかったらしい。
かわりに仕事から帰ってきた父に義妹は泣きついたのだ。
お母さまがひどい事を言うの! ってね。
でも、馬鹿よね。
確かに父は義妹の事を可愛がってはいるけれど、それってあくまでも私と比べたらってだけの話で。
父が愛しているのはあくまでも愛人にしていた義母であって、義妹はそういった行為の延長上でできただけの存在だ。オマケ。付録。言い方は悪いけどそんなもん。
勿論世の中にはオマケや付録の方が価値がある、なんて物もあるけれど。でも父にとってはオマケはあくまでもオマケでしかないのだ。
だから義妹の言う事を鵜呑みにしないでまずどういう事かと義母に問いかけたのだ。
父の問いに義母はあっさりと答えた。
「いつまでも貴族の世界に足を踏み入れたと浮かれっぱなしでも困りますから。いい加減きちんとした、何処に出しても恥ずかしくないマナーを学んでもらおうと思っただけですよ?
下手なことを外でやらかして家の名に傷をつけるのは、貴方にも迷惑がかかりますから」
愛する人の足を引っ張るような真似はしたくないのです、とちょっと恥じらうようにいえば、父はあっさりと理解した。成程確かにな、と。
再婚相手を家に迎え入れたばかりだけれど、いつまでも家の中に閉じ込めておくわけにもいかない。いずれは社交の場で夫婦として参加しなければならない事だってあるだろうし、その時に再婚相手がロクにマナーもなっていないとなれば、周囲はそれはもう陰で笑いものにするだろう。貴族社会なんてそんなものだ。
愛人を後妻に迎え入れたという噂も既に社交界に広まってそうではあるけれど、その後妻がひそひそ言われるだけで済むのか、はたまた父までぼろくそに陰で言われるのかは後妻の態度次第だ。
父とてそれくらいは理解できたのだろう。できてなきゃ困る。
だからこそ、義妹も社交界デビューする際恥をかかないようにしっかり教育していこうと思うの。なんて義母が言えば、父が反対などするはずもなかった。
これが、義妹の地獄の始まりである。
正直最初からある程度厳しい環境下であったならまだしも、ぬるま湯みたいな生活をそこそこ送ってそこから突然氷点下の水に叩き落されるような落差があると、より一層以前の楽だった時を思い返して今が厳しく感じられるものだ。
そう、お母様が生きていた頃の私と、お母様が亡くなって義母と義妹がやって来た時の私みたいに。
原作ならどうして死んでしまったのお母様……と悲しくて嘆いたこともあったけど、でも今の私は違う。泣く必要なんてどこにもない。
貴族令嬢としての礼儀作法を完璧にこなせるようになるまでは外に連れ歩く事もないと母親に宣言されて、義妹は毎日厳しいレッスンをすることになった。
レッスンだけではない。お勉強だってそう。
貴族令嬢として生きていくのであれば、平民の頃のようなお馬鹿さんではとてもじゃないが他の家の貴族に食い物にされて終わる。男だろうと女だろうとそれなりに知識を蓄えておかなければならない。そうでなければ利用されるだけされてポイだ。
父の許可も出たことで、家庭教師を雇う事になった。
そのお相手は厳しい事でとても有名な人だった。
折角なので私も学ぶことになった。
義妹は最初の時点で不満を隠しもしなかったし、あまりの厳しさに秒でもう無理ですぅ、と弱音を吐いていたけれど。私も正直泣きそうになった。一応、お母様が生きてた頃にそれなりに学ばせてもらっていたけれど、あの時の教育はまだ私が幼かったのもあって、こんな厳しいものではなかった。
義妹よりは多少貴族として学んできた部分があったからどうにかついていけてるけれど、そうじゃなかったら私も義妹のようにぺしゃんこに萎れていたに違いない。
だが、厳しくはあるが教え方は上手なのだ。厳しいけど。できなきゃお叱りがとんでもないけど、できたらきちんと褒めてもらえる。
できたときの達成感が凄い。
自己肯定感がとんでもなく上がる。できない時の精神的な凹みもすごいけど。
飴と鞭が絶妙すぎるんだろうなぁ。
義妹は最初、義母に甘やかされていたこの屋敷に来たばかりの頃と比べて、とてもげっそりしていた。
今じゃ贅沢なんてさせてもらってないものね。お姉さまずるい! で目ぼしいものは大体奪い去った後だから、お姉さまずるい! も使えなくなっちゃったし。
私も厳しい家庭教師にビシバシしごかれてるから、お姉さまだけ学ばなくていいなんてずるい! も使えないし、ここ最近では着る物も私と義妹両方を義母が用意しているから、お姉さまずるい! は完全に封印されてしまった。だって同じ物なのだもの。違うのはサイズくらい。しかも外に出るでもない完全部屋着なので、動きやすさ重視の見た目はとても地味なもの。これをずるいと言って奪おうにも、そんな事をすれば義妹の手元には自分の分と私から奪った地味な部屋着が増えるだけ。綺麗なドレスならともかく、流石に奪い甲斐がないのだろう。
今まで甘やかされてきた義妹にとって、突然始まった淑女としての教育はあまりにも辛かったのだろう。毎日泣き言が酷かった。泣いたって貴方の出来がよくなるわけでもないし、何も事態は解決しませんよ、と母にぴしゃりと言われて、泣く暇があるならこちらの本に目を通しておきなさい、と分厚い本を数冊課題として追加される始末。
原作で虐げられてた頃の私か、ってくらい日に日に義妹の表情は死んでいった。
いやでも、貴族令嬢としてやってくなら必要なものしか教わってないのだぜ?
無駄に役に立たないいらない知識を詰め込まれてるわけでもないし、物にできれば後々の自分の役に立つ。原作の私は間違いなく虐げられていたけれど、義妹にとってこの教育は将来の自分のためになるものなのだ。
だが甘ったれな義妹は、辛い厳しいという目の前の状況にばかり意識を向けて、その先の事は一切考えていないようだった。美味しいお菓子が食べたいとか、あれが食べたいこれが欲しいといった要望は今までならあっさり叶えられていたはずなのに、今はある程度の合格ラインにならないと叶えてももらえないのだ。
でも別にご飯を抜きにされているとかでもない。きちんと食事は出ている。ただ、義妹の好きなメニューではないというだけで。
義妹が好きじゃなかろうと、野菜たっぷりお肉やお魚もバランスよく出て栄養は考えられているメニューなので。
これを虐待とはとてもじゃないが言えないだろう。
だって原作の私が虐げられてた頃に出されてた食事よりきちんと食事してるもの。
デザートだってあるしね。これで文句言おうものなら原作の虐げられてた私に土下座して謝れって思うもの。
でもそれでもやっぱり日に日に不満がたまっていった義妹は、ある日とうとう爆発した。
ギャン泣きして癇癪起こして喚いて喚いて――
そうして、屋敷から姿を消した。
仕事が一段落ついてようやく屋敷でゆっくりできる、となった父が戻ってきたのはその後だった。
何やらお城でごたついていた案件がようやく片付いたとかなんとか。
帰ってきた父を出迎えたのは使用人たちと義母と私である。
義妹がいない事に気づいた父が問いかける。
「あの子は修道院に行きました。礼儀見習いで他の家でメイドにするにもあまりにも問題がありすぎて……」
溜息混じりに答えたのは義母だ。修道院!? と驚いた父だが、義母は悩みに悩んだ結果です、とさめざめとした表情で続けた。
「だってあの子、あまりにも酷すぎるんですもの。貴方が家をあけている間に誘われたお茶会に私、参加していいかと窺ったでしょう?」
「あ、あぁ、そういえば手紙が来ていたな。大丈夫だったのか?」
「参加したのは私だけなので……ですが、お誘いしていただいた家のご令嬢よりあの子ったらマナーも何もあったものじゃなかったのです」
「誘ったのは確か……」
「フランツ伯爵家ですわ。その家のお嬢様ミシェルちゃん七歳よりうちの娘の礼儀作法が酷すぎて。でも、ほら、平民として生きていた時期の方が長かったから、最初から貴族として育てられてた子よりできなくても仕方ないかなとも思っていたのです。
ですが……」
そこで一度言葉を切る。
そうして少しばかり深呼吸をして、続けた。
「その子がただ優秀なだけ、という可能性も考えて、私、恥を忍んで他のご夫人に尋ねたりしましたの。その結果他の家のお茶会にも誘われて、最終的に判明したのです。
マグラン男爵家のアイーナちゃん四歳よりうちの娘の出来が悪いと」
「なんだと」
「ちなみにアイーナちゃんは最近になってマナーを学ぶことになったようで、ほぼ初心者。できないという意味では平民の子とそう変わらなかったかもしれません。でも、興味をもって学んでいるようで、教えられたばかりのカーテシーをする姿はとてもおしゃまで可愛らしかったですわ……」
ふふ、と微笑ましいとばかりに笑う後妻の姿に、父は一瞬だけ和んだのだが。
「元は平民とはいえ幼女……いや、下位貴族の女児よりマナーがなってなかった、と……?」
「えぇ、家庭教師には優秀だと評判の方をお呼びしたのですが、娘は毎日文句ばかりで学ぶつもりはこれっぽっちもなく、そのくせあれが欲しいこれが欲しいと我儘ばかり。
このまま成長して社交の場に出るような事になれば家の名に泥を塗るなんてものじゃありません。
ですから心を鬼にして、まずは修道院でその性根を叩き直すことにしたのです」
ほろり、と涙が一筋流れたのを見て、父は表情を引き締めた。
同時に、そうまでして家の事を考えてくれたのかと仄かに感動すら覚えた。
父が仕事で城に行っていた案件は、何せ身分違いの恋によるいざこざが原因だったようなので。
王子がよりにもよって真実の愛とか抜かして身分の低い娘を自分の妻にとのたまったらしいが、本来の婚約者を蔑ろにした挙句、その婚約者に婚約破棄を突きつけるなどした結果、様々な部分での仕事が滞ったのである。
王子の公務を婚約者に押し付けていたのが原因だ。
恋愛に現を抜かして自分の仕事もしないくせに、更に仕事ができない女を妻に、などと許されるはずがない。男爵家あたりの貴族がやるならまだ許されたかもしれない。まぁ没落の危機は常にあるのだけれど。
けれど王家でそんな事をされて国が傾くようであれば、そんな無能を王になど、学の無い平民ですら冗談じゃないというのは目に見えている。
真実の愛だとのたまった相手がせめて身分が低くても優秀であればまだどうにかなったかもしれないが、女の頭はお花畑で、王子も恋に浮かれているとなれば。
盤石だと思われていた国は一転して大河に突き進む泥船である。
そんな出来事があったばかりなので、新たに迎え入れた妻にそう言われた父は義妹を修道院に入れた事に対して特にお怒りになるような事もなく。
何せ王子が見初めたという身分の低い娘も、見た目こそは愛らしかったのだ。それこそ、義妹のように。
だが、見た目はよくても中身は……となると。
下手に外に出してはいけないレベル。
そんな相手のせいで色々とやらなくていい仕事が舞い込んでとんでもなく忙しい思いをしていた父は、いくら可愛くても家庭教師をつけてなお男爵家の幼女以下だという娘を、無条件で擁護などできなかった。
きっと脳内で、今回の一件の頭の中身お花畑だった女が義妹にすり替わった状態で想像したんだろうなというのが窺える。
他人事であっても巻き込まれた方はたまったものじゃないのに、血縁関係の当事者となればその後の謝罪行脚で果たしてどうにかなるだろうか。そこら辺を考えたのだろう。
もし以前の父なら義妹を早々に連れ戻そうとしたかもしれない。
けれども、見た目がよくても貴族令嬢としては男爵家の女児以下だ。
「これを言うのはどうかと思うのですけれどね。なんだったらハルケシュ侯爵家で飼われているペットのマギーくんよりも食事マナーは酷くて。ね?」
「えぇ、そうでしたね、おかあさま」
私が頷けば父は私を見て、ハルケシュ侯爵家のペット? と首を傾げた。というかお前も参加したのか? とも聞かれたので私はしっかりと頷いた。えぇ、二人でお茶会に参加してきましたとも。
「お猿さんです。バナナの皮をむいてナイフとフォークで切り分けて食べてたんですよ。とても賢いお猿さんでした」
にこーっと私が微笑んで言えば、もしかして猿以下だったのか……? と聞かれる。
「気取って食べたら味なんてわかんない、とあの子は手づかみで食べたりしてましたよ」
猿以下、という言葉の意味をこれ以上ない程わかりやすく伝える。
確かに義妹は手づかみで食事をした事もあったけど、別に毎回ではない。というか最初の頃はカトラリーをきちんと使っていたのだ。ただ、あまりにも厳しい礼儀作法のレッスンやお勉強に嫌気がさして、更に自分の我儘が聞き入れてもらえない状況に反発しただけだ。
きちんとしてほしかったら自分の我儘を叶えろ! というような、ある意味幼稚な交渉だった。まぁガン無視されてたけど。全くお馬鹿な子である。
でも、手づかみで食べてたのは事実なので。
毎回そうだったわけじゃないけど、事実は事実なので。
私はしれっとあの子のマナーが最底辺だったかのような言い方をしたけれど、でも別に嘘ではない。
私の言葉を嘘だと思うのなら、それこそ使用人にも聞けば済む話だ。
あの子が食事を手づかみで食べていたのは本当か? と。
毎回、とついていなければ事実なので、誰に聞いても「はい」と答えるだろう。
大体あの子が手づかみで食べた事で飛び散ったソースがテーブルクロスを汚して、その片づけをする羽目になった使用人もいるのだから。余計な仕事増やされて大変だなって思ったものだわ。
その他にもいくつかこれは酷いと思うような義妹のエピソードが語られて、父は額に手をあてていた。
「うぅむ、実のところまだお前はともかくとして娘の方は貴族入りする際の手続きに時間がかかりそうだとなったのだが……きちんとした手続きを済ませるには修道院から戻ってきて、それからの態度次第でもいいだろうか」
「えぇ、構いませんわ。むしろそうするべきかと」
その言葉に父はどこか疲れたような顔をしていた。
「結局のところ、この家の後を継がせるのであればあの子には無理でしょうね……普通のマナーですらさっぱりなのに後継者としての教育なんてとてもとても」
「そうだな……教育の方は」
「貴方が家庭教師を雇って構わないと言っていたから、雇ったついでに一緒に色々と学んでいるところですの」
「そうか。それならまぁ、どうにか……」
父の視線が自分に向くのを感じる。一応まだ私の存在を認識していたのね、と思っただけだった。
「まだ他にもやる事が残っているから、私は先に失礼する」
「えぇ、お気をつけて」
最愛の女性に見送られて、父は笑みを浮かべ出ていった。
もっとも、その笑みはかろうじて笑みの形をしているだけのとても疲れ果てたものだったけれど。
「……行きましたね、お母様」
「えぇそうね」
なぁんにも気づかなかった父に対して、私と母はお互いに顔を見合わせてくすりと笑った。
義妹は私の事がずるいというけれど。
本当に何がずるいのかわからなかった。
貴族の家に生まれていい暮らしをしていたからずるい?
でも、遊んでばかりもいられなかった。いっぱいお勉強をしないといけなかったし、時として辛く苦しいと思う事だってあった。
綺麗なドレスをいっぱいもっててずるい?
でも、それって貴族の普段着だもの、それに他のお家に行く時にみすぼらしい服なんて着ていけないし。
平民だって着る服がないからって全裸で外を歩かないのと一緒なのに。
素敵なアクセサリーを持っていてずるい?
親からの贈り物がたまたまそれだっただけで、平民だって親から生まれたことを祝われたりはするでしょうよ。余程生まれたことを疎まれでもしていない限り。
贈り物が手元に残るかどうかの差でしょ?
思い出があるなら充分じゃない。
あの子は目に見えてわかりやすいものにばかり目がいっていたけれど。
私からすればあの子の方が余程ずるいと思うのよ。
だって今まで平民だったのが貴族になって、父にもそれなりに存在を認識されて子として受け入れられていた。私はお母様が政略結婚の相手で愛なんてなかった相手の子供だったから、父からすれば子というよりはいずれ政略に使う道具程度にしか思われてなかったのに。
両親に愛されて生まれてきた、それだけでとてもずるいと思う。あぁ、いえ、ずるい、ではないわね。
羨ましい、が正しいかしら。
私の前世も家族仲は希薄なところだったから、そういうものって諦めるのは簡単だったけど。
私が欲しかったものを最初から持っていて、でもその私の欲しいものを当たり前すぎて無いものとしていた義妹の事が正直許せなかった。
物は、いつか自分が働ける年齢になってからいくらでも手に入れる事はできるけれど。
人の心は手に入らない。
しかも今世で私を愛してくれていたのは母だけだったのに、その母も死んでしまった。
せめて母の思い出の品と共に生きていこうとしていたのに、あの子はそれすら奪っていったのだ。
私の欲しいものを持っていて、その上で更に私に残された大切な思い出に手をつけた。
ずるいっていうのなら、そっちの方が余程ずるいわ。
義妹はずるいならそいつから奪ってもいい、という考え方だったから。
勿論その考え方は私限定だったかもしれないけれど、でも、向こうがそうならこっちも同じようにしたって問題はないと思ったのよ。だって私から見れば義妹の方が『持って』いるもの。
目に見えてわかりやすい物なんかはいくらでもくれてやりましょう。あるだけ全部差し上げましょう。
だから、私もあなたから一つ、貰う事にしたの。
私は義妹の母親をもらう事にした。
と言っても、義母をそのままもらったところで自分が産んでもいない子供を可愛がるわけがない。
義母にとっての私は、正妻が産んだにっくき子。いずれこの家で好き勝手するためには邪魔な存在。
勿論私だってそんな義母はいらない。
だから、いらない中身を捨てて、欲しかった中身と交換したの。
半分くらい賭けだった。
儀式もしたけど、そもそも魂が天国か地獄に行っているようなら失敗していた。
けれど、成功した。してしまった。
お母様の魂はまだこの屋敷にあって、だからこそ私はその魂を呼び寄せて、丁度いい入れ物に押し込んだ。
元々そこにあったはずの魂は……押し出されたかそこで消えたか。どうでもいいわ、そっちは私にとっていらないもの。
私に必要なのは私のお母様だけ。外見が変わっても、中身が以前と同じ私の事を愛してくれるお母様なら何も問題はない。
平民で、貴族の愛人となっていた義母は外見は美しかった。お母様だって美しかったのに、父は自分の好みじゃないというだけで夫婦として歩み寄ろうともしなかったけれど。
でも、平民をずっと平民のままにしようとしないで、後妻として引き入れていずれは貴族として……と考えていたのなら。
外見は父の好みで、中身は貴族女性として生きてきたお母様でも何も問題はない。
むしろ、既にいくつかの貴族の家と交流して何も問題がないという状況なら父にとっては願ったり叶ったりだろう。
「お父様、全然気づきませんでしたね」
「そうね、最愛というのならもしかして、気付くかとも思ったけれど……」
「貴族の家に入った以上、少しでも早く相応しくなって家の名に傷をつけないように、なんて言葉であぁも簡単に信じるなんて思いませんでした」
「あの人はそういう人よ。あの娘はきっとそこが似てしまったのね」
見た目だけは母親そっくりで将来はきっと義母のようになるだろうと思えたけれど。
義妹は頭の中身が残念だった。
平民でロクに学がないから、きちんと教育すればきっとマシになる……と思ったけれど、そもそも学ぼうという気概もなかった。
そのまま成長したところで貴族令嬢としてはとてもじゃないが使い物にもならないだろう。
早々に見限った母が修道院にぶち込んだのは正解だったかもしれない。
もしあの子が自分も貴族令嬢として相応しくなろうとしていたのなら、いつか私はあの子をちゃんとした妹として見る事もできたでしょうけれど。
魂が別人になってしまったとはいえ、お母様は良くも悪くも貴族だから。
あの子がやる気をみせて意欲的に学んでいるうちは、多少出来が悪くてもお母様も見捨てなかったでしょうに。学ぶつもりもなかったからバッサリ切り捨てられてしまった。
……修道院で、せめてちょっとはマシになってくれていればいいんだけど……どうかしらね。
ともあれ、私はあの子に物を奪われていったけれど、その代わりに私はお母様を手に入れた。
自分をいびってくる義母ではなく、一度は死に別れたお母様を。
死者の魂を呼び戻した挙句別の器に入れるなんて、闇堕ちしてなきゃできる芸当じゃなかったものね。
だって、仮に光の力に目覚めて死者を蘇らせる事ができたとしても。
お母様の身体はとっくに埋葬されてしまったもの。
その状態で蘇らせるなんて……いくらなんでも無理が過ぎるわ。
――その後の事は、特に何があったわけでもない。
私はドアマットヒロインのように虐げられる事もなければ、後妻としてやってきた相手と円満に親子関係を築いていると周囲から思われているし、周囲も平民だったはずの後妻が貴族として申し分ない礼儀作法や知識を身につけているとなってあからさまに悪く言われる事もなく。
夫婦仲も良好だった。中身がかつての妻だって気付けないのはどうかと思うけれど、ガワが違うだけでこうも相思相愛になってるなんて……
お母様は別に義母に性格を寄せたりしてるわけでもない。大体義母の事なんて知りようがなかったもの。真似るのは無理がある。
本当に、お母様の生前の見た目だけが気に入らなかったのね……
そう思うと私の父への気持ちは冷めきったまま、改善の兆しもない。だって私は生前のお母様の見た目に似ているから。
けれど、母親として私とうまくやっているのを見ていくうちに、ちょっとは態度が軟化したのか。
父から私に対する態度はちょっとだけマシになってきたかもしれない。
ちなみに修道院に行った義妹は相変わらずのよう。
多分まだまだ出てこれないんじゃないかしら。
若いうちにどうにか矯正されて出てこれればいいけれど、もしかしたらずっと……なぁんて。
せめて令嬢として結婚できる年齢の間に戻ってくる事ができればいいんだけど……どうかしらね。
見た目が変わっても中身は以前のお母様だから、私との関係は良好。
父との関係も、少し前に比べればマシに思えてきた。
更には、冷え切っていたはずの夫婦仲も今では熱烈な関係に。
これも義妹が私の事をずるいと言ってくれたから。
だって別にずるいとは思わなかったけど、でもそれでもずるいというのなら。
じゃあお言葉どおりに、ずるくなってやりましょう。
そう思ったって仕方ないじゃない?
だって義妹の母はまだ生きていたのに、死んだ私のお母様を羨ましがっていたのだから。
生きてる本当の母に目をむけていれば、こうならなかったかもしれないのにね。
死んでしまった母親の方が羨ましいと、そう受け取れるような言動をとったのは義妹なのだから、私は遠慮なく生きてる義母の身体をもらい受けただけ。奪ったとも言うけれど、その前に義妹は私から色んなものをたくさん奪っていったのだから一つくらいは、ね?
その結果我が家は以前よりも人間関係がマトモに修復されたのだから、義妹も少しは役に立ったんじゃないかしら。
義母の魂は多分元の器に戻れなくて消滅してるか、未練がましくそこら辺漂ってるかもしれないけど他に死者の魂どうこうできる術者が身近にいないから最終的に消滅してる。自分の娘の教育をもうちょっとマトモにしてたら奪われなかったのにね。自分に被害はないと思い込んだ末路。
次回短編予告
聖女召喚されたりその聖女があまりいい待遇されなかったりして酷い目に遭うけど最終的に幸せになる話。嘘は言ってない。ホントだよ僕を信じて!!(とても白々しく)