ブルースター【信じあう心】
玄関にありえないものが置いてあった。そのままにしておくには、俺が酷いやつになってしまう。そんなものがあった。
家を出ようとして玄関に置いてあったものをとりあえず俺は拾って家の中でそれとにらめっこする。
隣には、さっき連絡して家に駆け込んできた婚約者の玲奈が顔を怖くして立っている。ちなみに結婚は来月の半ばだ。
話を戻して、隣に立っている玲奈は俺が拾ったものを電話で報告するなり、いきなり叫んで電話を切られて、ものの数分で家に来たとたん顔を怖くして、拾ったものと俺を見比べているから、多分混乱しているんだと思う。あくまで多分。顔が怖いのは混乱のせいだ。
「・・・はぁ?待て、ちょっと、え?何これ、聖」
ほら、やっぱ混乱していた。しかもなにか、勘違いしてそうだからはやめに訂正を入れるに越したことは無い。
前に一度、面倒なので訂正をいれないでいたら、ものすごくさらに訂正となだめるのが面倒になった事から学習したので、ぼりぼりと頭をかきながら、玲奈の顔を見てゆっくりと訂正を入れる。焦って入れたら、それこそ怪しいのも学んだ。同じ失敗は二度踏まないのが俺の主義だ。
「先に言っとくけど、俺・・・じゃないよ?」
うん、我ながらいい訂正のしかただ。何も言わないで勘違いされていたら、前の二の舞だ。あれはもうこりごりだ。
前回を思い出しながら、自分では結構いい線いったかな?と、感心していたら、キッと玲奈に睨まれた。
「なによ、その空白は。自分かもしれないって思ってるんでしょ!」
俺の頭は一瞬真っ白になった。心なしか、頬が熱い。そうか、叩かれたのか。冷静に理解できる自分の性が悲しい。
それより、何故俺が叩かれなくてはいけない。本当に俺は知らないのに!
叩かれた頬を腫れる前に冷やそうと立ちながら玲奈に背を向ける。しかし、訂正だけは忘れない。
「誤解も何も本当に俺じゃない。これが家に居るのは不可抗力だ。家を出ようとしたら置いてあったん
だよ。なんだ、このベタな展開とか思ったけど、赤ちゃんを外に置いていける訳無いだろ?俺は冷酷人間じゃないからな」
幸い、キッチンはリビングから見える形になっているので俺は、冷蔵庫からシップを取り出し、玲奈の言葉に耳をかたむける。これはいつものことだから、つい癖でもやってしまう。
話のすれ違いが無いためだ。玲奈は同じ事を二度言う事を嫌がる。だから話がずれる事がたまに在る。今でさえ、話がずれているというのにさらにややこしくするのは、本意ではない。
「そんなの警察に電話して、さっさと引き取ってもらえばいいのに。なんで、ここに置いとくの?赤の他人でしょ?置いとくから、やましい事でも在るんじゃないかと思うのよ」
聞いてよかった。これで俺が反論しないとさらなにグレートアップしてたんだろうな。しみじみ、玲奈に関することが習慣づいている事が分かった。
シップを貼り終えて、リビングに戻る。玲奈は俺に顔を向けない。
「そんなのすぐさまやったよ、大丈夫だから頑張って!ってノリで押し切られたんだよ。」
玲奈の頭に手を置いて優しい口調でそういうと、恐る恐る玲奈が俺の顔を見た。ついでに赤ちゃん騒動の原因である警察官の顔を思い出してむかっとしたが、まぁ俺は大人だ。でも、あの警官の声、どっかで聞いた事が在るような気がする、様な・・・
それより、玲奈がこうするときは、反省しているときだ。自分の頬が自然に頬が緩むのがわかる。
「勘違いして、ごめん。でも、誰だって疑うよ。普通、赤ちゃんなんているわけないし・・・」
ふて腐れたように体育座りをして頬をふくらませる玲奈は可愛いと素直に思ってしまう。
原因はあの警察官だが、気を取り直した玲奈が赤ちゃんを抱っこして嬉しそうな顔をしてるので、相殺という事にしておくことにする。
俺が叩かれたのは、水に流す。女の力なんて、親父から飛んでくる鉄拳に対したら赤子の手だからだ。
「・・・さっきは動揺していたけど、赤ちゃんってやっぱ可愛いよね」
「そりゃな、自分の子だったらなお、可愛いんだろうけど」
赤ちゃんを愛おしそうに抱きしめる玲奈を見ていたらポロッとでた本音。目を丸くして、こちらをみる玲奈。口をぽかんと開けて俺を見る姿はマヌケだ。
「・・・うん、楽しみだね!」
「だな。ん?なんか紙が今落ちたような・・・」
マヌケな顔だったけど、素直に返事が言える玲奈は凄いと思う。
しかし、一気に真っ赤になる玲奈を見ていると、抱き上げていた赤ちゃんの服から何か紙が落ちた。
俺と玲奈が紙を覗き込むとそこには見慣れた字が並んでいた。
『拝啓 まい・ぶらざー聖&玲奈ちゃんへ
我が娘をお願いね!ちょっと、1ヶ月の海外旅行をエンジョイしてくるから
あ、もちろんダーリンも。さすがに、娘は無理なんで・・・
もうすぐ新婚な二人に任せる。将来のためだと思って、一生懸命世話してね?
私の娘なんだから、変な事を教え込まないこと!んじゃ、お土産は任せてねっ
敬具 まい・しすたーより』
「「・・・・・・」」
紙に書かれている文を読むと2人してくらっとした。ありえない、こういう人だということは百も承知だったが・・・
娘より旅行をとるなんて、無茶苦茶だ。ありえない。
この手紙で思い出した。あの警官、姉の悪友だ。さんざん、昔はあくどい事をしたくせに警官になったという変な人だ。
見た目に騙されて涙を流した女性が何人いたか・・・ほろりと涙が流れる。
しかし、そのことは今は関係ない。関係あるとしたら、共犯だった事くらいだ。まぁ、昔からだからしょうがない。しょうがないけど、しょうがないけど・・・
2人には頭が上がらないし。
「さて、世話代くらいのお土産は期待できそうだし・・・今から同居始めちゃいますか?」
「だね。聖に世話することなんて皆無そうだし」
紙を丸めて、ゴミ箱に投げる。結婚してからだった同居をはやめに始めて、姉の帰還を待つしかないな。
溜息をついて、これから送られてくるだろう赤ちゃんの荷物を置く場所を確保するためにリビングを離れる。
「待って、聖!この子の名前ってなに?」
「ん・・・そこらへんに名前書いてあるんじゃないか?」
姉だし、とりあえず名前を書いてあるかもしれない所を探す。
ところが、どこにも書かれていない。聖が首をかしげていると家のインターホンが鳴った。とりあえず、聖が玄関に向かい戸を開けるとそこには宅配便の人が立っていた。
「あ、聖さんのお宅ですよね?佳奈様宛てにお荷物が届いております」
「はい、そうですが・・・あ、荷物はこちらにおいていただければ結構です」
見に覚えの無い名前で届けられた荷物だが、多分の赤ちゃんの名前だろう。
しかし、腑に落ちない。荷物が多すぎる。赤ちゃんと1ヶ月だからという事を視野に入れても多すぎる。
特にオムツやミルクに服の数。
「玲奈!」
「はぁーい?」
「あの糞姉、どれだけ帰ってこないつもりだ!」
あまりにも多すぎる荷物は多分、1ヶ月以上分ある。すなわち、1ヶ月以上お願いね!
文句を言いたくても本人の所在は知らない。泣く泣く、世話をしなければいけない。
母達はもう高齢だから無理。仕組んだな・・・
-やってやろうじゃないか、姉の顔を忘れるくらい可愛がってやる。それくらい、当然だろ?