第8話
「華井」
「……るん♪」
「るん、じゃない!」
奥井龍一は目の前の自分の頭半一つ分低い女子生徒を見た。
そして拳骨を落とす真似をしようとして止めた。
先程はかなり本気で怒気を込めた。
それに対し、華井まりは少ししょげた目を眼鏡の奥からして自分を見上げている。
……そんな小動物みたいな所作をするな。
つい、そう思ってしまった。
「おまえ」
「ごめんなさい!」
駅のホームで電車を待つとなった時、俺は華井まりを呼んでもう一度苦言を呈そうと思ったがいきなり頭を下げられた。
周りに人があまり居なかったが、俺は慌てて華井まりの肩に手を置いた。
「おい、いいから頭上げろ」
「嫌」
「おい!」
「私が、噓ついたから、本気で怒ってくれてるんでしょ? 貴方の事心配して嘘ついたとはいえそうした行動は褒められたことじゃないもの。だから謝ってるの。ごめんなさい」
「……分かったよ」
侮れない。
どうして俺が本音で思ってること伝わってんだ。
華井まりは、どうしてこうも。
「許すよ。だから頭上げろ」
ガバッと華井まりが顔を上げる。
そして俺に向かって嬉しそうに笑った。
ふいに眼鏡の奥が痛くなる。
華井まりの眼鏡の奥からの真っすぐな視線が痛い。
こういう時、どうすれば、いいんだか……。
ふいに二人の間に沈黙が落ちた。
駅を通過する列車が通る。
風が二人の髪を揺らした。
華井まりは目立たない、ボッチ生徒。
そう認識してた俺は、馬鹿だったのか。
こんなに感情豊かな女子ではないか。
俺はふと気付いた。
「華井」
「な、なに?」
どきまぎした風に華井まりが答える。
「眼鏡、片方のレンズどうした?」
まるで音がしそうに華井まりの顔が青くなった。
そして慌てて目元に手をやると、眼鏡を触る。
本当に、いつの間にか片方のレンズの螺子が緩んだのだろうそこはぽっかりとした空間になっていて、華井まりの瞳が良く見えた。
「み、見ないで!」
「華井」
「お願い! この事誰にも言わないで! お願い!」
「華井、落ち着けって!」
「嫌、貴方もあの人たちみたいに揶揄って笑うんでしょ! もう、もう嫌なんだから!」
明らかにパニック状態になった華井まりの手を掴んだが、思いっきり振り払われた。
その手が、俺の便底眼鏡に当たる。
ガッ!
ガッシャン!
俺の視界が急激に見えなくなる。
極度の視力の悪さに加えて、目の病気があった俺。
だからこその、この眼鏡だった。
「華井!」
「っ! ごめんなさい!」
電車がホームに止まる音がしてローファーの靴音が遠ざかる。
列車の扉は、閉まった。
今度は遠ざかる列車の音を聞きながら、俺は盛大に溜め息を付いたのだった。
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